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1
「エマージェンシー! 緊急事態だわさー!」
血相を変えてマリアが宿に飛び込んできた。ここは寒村ロウ、ココを
南下し、魔法都市セイヴを横切る街道沿いの町、ファミーマ。先に進め
ば以前マーフォークを撃退した漁村、ジャスコゥが見えるはずである。
フロリーナ姫の一行は氷雪の女王、リオの提言で『地図にない島』を探
すべく、舟の行き来が多いジャスコゥを再び目指し旅を続けていた。
比較的、魔族の襲撃が少ないファミーマでは町長を始め町全体が賑わっ
ていた…の、だが。
「何事ですか、マリア? 騒々しいですぞ。」
「マリアちゃん〜、落ち着いてぇ」
宿にいたギャリソンとルーシーがたしなめる。しかし、マリアの顔には
通りすがりの仮面○イダーのような黒くて太い縦線が張り付いたままだ。
「これが落ち着いてなんか、いられるかー! ひ、姫さまが、町の『ア
プリコ亭』って小料理屋さんで、お…お菓子を作ってるのッ!」
マリアが叫んだ、その途端。
ブ――――っ、ズボッ、ブチチチチッ、ガショーン。
ギャリソンは真顔のまま紅茶を全部吹き出した。編み物をしていたルー
シーは編み物に腕まで通してしまった。鼻毛を抜こうとしていたラッキ
ーは勢い全部の鼻毛を引き抜いてしまい正体不明の液体まで飛び散らせ、
魔鎧セバスはカバンに入ったまま転がっていた。
――姫の愛すべき短所に、恋に恋する乙女モードの発現と、家事全般の
オールマイティな超ド下手、というものがある。掃除をして壊した家具
と家、多数。皿洗いをして割った皿の枚数、洗った数の数倍。そして…
料理という名の元に恐ろしい何かを生み出し、王様や親族、家臣、兵隊
まで食中毒で悶絶した『御館の乱』を始めとする騒動の数、数知れず。
いつしかそれは王宮でも触れてはならないタブーとなっていた――
2
「うえーん、だってお買い物をしてたら『アプリコ亭』って名前の小料
理屋さんでキリっとしたお姉さんが、姫さまを無理やりお店に連れ込ん
じゃったんだよー。”一緒にお菓子を作りませんか?”って」
べそをかくマリア。
「姫さまも最初は遠慮してたんだけど、髪の長いホンワカしたお姉さん
の方が”この辺りじゃチョコレートを好きな男の子やお世話になった人
にプレゼントするんですよー”って言ったの。そしたら…」
「ううむ、姫の乙女心がうずいてしまったのですな」
気を取り直したギャリソンが腕組みをする。
「いででで、は、鼻が」
「お店のお姉さんたち、大丈夫でしょうか〜」
ラッキーとルーシーも起き上がる。
「とにかく私だけじゃ、ニッチもサッチもどうにもブルドッグ、じゃー
ない、どうしようもないよ。みんなで姫さまを止めなきゃ!」
その時。
つーん、と鼻孔を刺激する香りが漂ってくる。
「む、この臭いは?」
ザザザ。老執事を始め全員が宿屋の窓に集まる。
「―――わーっ、出た!」
金髪をなびかせ、美しき乙女が夢見がちな表情で歩いてくる。その手に
は…異臭を放つ大鍋、籠一杯の材料や料理道具が。チョコレートだろう
か、顔や前掛けに飛び散った茶褐色の液体が血しぶきのようにも見え、
籠から飛び出ている包丁と相俟って…羅刹女のようである。
「ひ〜〜〜〜っ!」
普段のんびりしているルーシーでさえ悲鳴をあげた。
いよいよ迫る美しき乙女とチョコ…らしき何か。どうなる!?
3
「皆さん、ごきげんよう」
ズザァ。宿屋に入ったフロリーナに、皆一瞬びくり、と体を震わせ、後
ずさった。
「あ、あははは、姫さま、お帰りなさい。ゴメンね先に帰っちゃって。
ほ、ほんとうに、ごめんなさいいいぃ…」
歯の根が合わないマリア。
「お帰りなさいませ、姫。――その、お買い物は、楽しゅうございまし
たかな?」
緊張気味に出迎えるギャリソン。ルーシーはと言えば、ずっと神に祈り
を捧げている。
「ええ、とっても」
満面の笑みで答える姫。
「それで、皆さんにお土産が…」
ガタタタァ!
椅子からずっこけるラッキー。
「あひゃほふあわ、お、オイラちょほほっと用事が。いや、今婆ちゃん
が危篤だって神様の声が!」
がっし。神速で逃げようとするカバン持ちの両足をいち早くつかみ止め
るマリアとルーシー。
「あんた、お婆ちゃんは前に亡くなったって聞いてるけどー!」
「神様の声ならあ、もう聞いてます〜。試練を耐えるべし、ですよ〜」
顔色がブルーマンとなったラッキー。
「? 皆さんどうしたのかしら。そうそう、お土産がありましてよ。今
アプリコ亭というお店でお菓子作りを誘われましたの。殿方や大切なか
たにプレゼントするのが習わしなのだそうで」
全員が凍りつく。異臭が部屋に蔓延するが、姫は気づいていない。
「それで、わたくし一生懸命チョコレートを作りましたのよ。そうした
らお店のお嬢さんたち、泣き出して”材料も道具もあげるから続きはお
宅で”って。よほど感動したのかしら?」
ゴボッ、ブクッ…。
姫の持つ鍋から、時折マグマのようなガスの盛り上がりや、ありえない
発光が見え隠れする。
(きっとお店、凄いことになっちゃったんだ)
(体よく追い払われたようですな)
(でもぉ、まだ誰も食べてないんですね〜、あれ。)
誰も姫と目を合わせない。
「それで、このチョコレートを…あ!」
皆が気を逸らせようとするが姫はおかまいなしだ。断り切れなくなった、
その時。
「そうですわ、途中で帰ってきたので、まだ完成していませんでしたわ。
ほほほ、わたくしったら」
フロリーナは台所に向かう。やむなく手伝うマリア、ルーシー。
(いい? 逃げたら許さないからね)
マリアは残る男性陣を睨みつけ、サバトの現場に入っていった。
4

台所の扉に聞き耳を立てるラッキー。3人の会話が聞こえてくる。
「…姫さま、なんだかこのチョコレート、色と臭いが」
「あらそう? 先程マリアが使っているヤモリの黒焼きとマンドラゴラ
を入れたからかしら? でもどちらも体にとっても良いですわよ」
ぼこぼこ。
「こ、この中で光っているのは? オタマ? 包丁?」
「ああ、お店で作っている時、どこに行ったのかと思ってましたわ。何
故でしょう、一生懸命作っているとお鍋もお道具も小さくなってたり消
えたりするの」
ガキッ、ゴキッ。
「姫さまぁ、今入れたの、お水じゃありません〜。消毒薬…」
ごぶっ、ごばあ!
怪しげな音と心を削ぎ落とされそうな会話が聞こえてくる。聞き耳を立
てていたラッキーは油汗をたらたら流し、硬直状態である。そして。
ガララ。
いきなり扉が開き出てくる姫。台所はさらに凄惨な状態となっていた。
「――ふう。完成ですわ」
姫の目がすわっている。大皿にのったチョコレートケーキ、ババロア、
ロールケーキ。しかしそれは姫が目を放すと発光し、ガスを噴出し、ロ
ールケーキの奥で何かが目を見開いている。
(じ、地獄の門が開いたー! 婆ちゃん、オイラ天国へ行けないかも〜)
見ればマリアとルーシーは気絶している。振り返ると…
「ああああーっ! 爺さんとセバスの奴がいねえ! あいつら裏切りや
がったなーっ」
はし。
そっとラッキーの肩をつかむフロリーナ。
「その、お慕いしている訳では、ありませんからね。たまたまラッキー
しかいないから…」
はにかみ、照れながら、茶褐色の物体を差し出す少女。シチュエーショ
ンとしては最上級の萌えポイントだ。だがしかし。
「ひっひひひめ、お、オイラおなかのちょ〜しが」
ギン! 青い瞳が殺気を込めて見据える。行くも地獄帰るも地獄。
「あばばばばばば…ば…」
優雅な仕草で、姫の手でラッキーの口に、今、ゆっくりとお菓子が押し
込まれた。
5
危険区域から脱出していたギャリソンと鞄。そして…彼の隣にゆらり
と影が立ち上がる。
「――いいのかよ、皆を残して逃げ出してさ?」
密偵のジャムである。
「これが、先ほど姫が作られたチョコレートです。未完成ですが、食べ
てみますかな」
(フロリーナ姫の、手作りの…)
普段裏方を務めるジャムではあるが、姫への忠誠は敬愛に近い。それが
彼の警戒心を鈍らせてしまった。老執事から差し出された茶色い固形を
見るジャム。そっとなめてみる。 途端、
「う? ぐおお! こ、これは…猛毒…だ」
痙攣し、悶絶する密偵。
「お解りいただけたかな。命あっての物種、ということを。後で姫には
逆チョコでも差し上げましょう」
さて、完成品の猛毒もとい、チョコレートを口にしたラッキーは。
「おろろろ〜〜〜んんん!」
ガキョバキャ!
宿屋の屋根を突き破り、ショボイあご髭を生やした緑色の巨人が暴れて
いた。
「わーっ、ラッキーがミューテーション起こしたー!」
「突然変異のことですよ〜」
「ラッキーったら、どうして? …でも、喜んでくれていたみたいでし
たわ。ま、また作ってあげようかしら? 」
(ひいいいいい〜!)
少し頬を赤らめる姫に、こちらもラッキー同様、青を通り越し緑に変
色するマリアとルーシーであった。
(皆様、よいバレンタインデーを^^;)
09/02/11 初項up
あいも変わらず閑話休題です。今回はwebのお友だち、APRIさんのHP
「杏亭」で看板娘の杏子ちゃんと百合さん(下の絵の二人です)がチョ
コを作っているバレンタイン絵を拝見しまして、ぴぴぴと来ました。
少しお名前や設定をお借りしています。
(事後承諾ですいませんでした^^;)
バレンタインイラストは(すいません、こちらも描けませんでした^^;)
糸宇 睦月様の素材サイト、【幻想素材サイト First Moon】からお借り
しました。
-サイトURL-
http://www.first-moon.com/
この閑話休題シリーズも長いもので2月のイベントは節分、バレンタイ
ン(キャンディ&チョコボンVer.)と合計3回はやってますんで、まる3
年は経っているいるんですなー、ばさぷり。未だ放浪中の姫ですが(苦
笑)、何卒よしなにm(_ _)m
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