ショート・ヒロイニック・ファンタジー
ばーさーかー・ぷりんせす!
第十二話 氷雪の女王 後編

         絵・文 : J I N


 

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  しばしの沈黙の後。

「改めて問う。この鎧の恐ろしさを、そなたは知っておるのか?」

女王の問いにフロリーナは意を決して話す。

「ええ、その…恥ずかしい呪いも、魔に取り込もうとする恐ろしい副作用も。我が

国が魔族に襲われた時、ギャリソンに案内され、着用しました。100年前に初代女

王が使った伝説の魔鎧だとか。呪いのことは…ちょっと…アレでしたけれど、なん

とか魔族たちを追い返すことには成功しました。でも、わたくしは…父上も、母上

も、他の家臣も守ることは出来なかった…」

悔しさに唇を噛む亡国の若き姫。

「数奇な縁じゃの。わらわもまた魔物に滅ぼされた―――失われた太古の国の住人

じゃ。お前も古代王家の王家の血筋であろう。しかも中原の王国の」

「(中原…どこかで聞いたような…)申し遅れました。わたくしはフロリーナ。この

国の王女です。」

正式な王家の名称を言う。女王はまた冷やかに問いかける。

「そのまま、魔物をすべて八つ裂きにしようとは思わなかったのかえ? 悲しみを

忘れ、怒りに身を任せようとは」

「確かに、そうも思ったこともありますわ。でも、それを父上…王は喜ばないでし

ょう。民を愛し、国を愛した遺志を守らずに、なぜ王族を名乗れるでしょうか」

深い悲しみと大いなる意志を持つ瞳が輝く。ややあって、いにしえの女王は口を開

いた。

「…あの、ギャリソンという男の言うとおりじゃの。己より、他の者を助けようと

する強い想い、か。あいわかった。お前達の願い、協力しよう。」

ぱっと明るい顔になるマリア。

「お前達のことは老執事と情報屋の女将から聞いておる。シアンを救い、魔盾を封

印する手段、ないわけではない。ただし危険は伴うぞ。覚悟はあるのかえ?」

「ええ」「ハイ!」「はい〜」

フロリーナ、マリア、ルーシーに迷いはない。

「では、魔鎧を返すとしよう。それと、もう一人の従者、も。」

「……あ!」

三人はやっと気づく。氷に閉じ込められていたのは魔鎧だけではない。その奥に、

だらしなく鼻の下を伸ばしたラッキーも氷漬けになっていた。

「この男、目が覚めると同時に状況確認もなくわらわに抱き着いて来おったのでな。

――魔鎧も危険だが、コレも相当危険じゃ。解き放ってもよいのか?」

 女王の問いに、三人は顔を真っ赤にし、恐縮し、謝罪しながらもラッキーの解凍

を依願した。

12


 
「ひっひひひひひめ〜、頼みますううう〜、ここから出してえええ〜」

震えながら叫ぶ頼りない声。ラッキーは女王の魔法で作られた氷から抜け出した…

が、首以外は切り出した氷に入ったままだ。もちろん、誰も耳を貸そうとしない。

 はっとある事を思い出すフロリーナ。

「中原の王国…じいから聞いたことがありますわ。わたくしの王国と隣国のマルエ

ッツ、もとは一つの国でした。この西の大陸は1000年以上も昔、北の氷雪の国、

中央の中原の国、南の南洋の国と南北に三つに別れていた…しかし大いなる災いの

ため、それぞれの国は解体、再編されて今の国々となったと」

「――氷雪の王国は滅ぼされたのじゃ。邪悪なる『何か』に。わらわとシアンは、

最後の生き残りなのじゃ…」

「ええ〜?」

「それじゃあ、女王様って1000年以上も生きて――?」

「ふ、そこまで年増ではないわ。我が国を襲った、とてつもなく邪悪な『何か』。

それにより、国はほぼ壊滅状態であったのじゃ。わらわは…王の子を宿し、しかも

謎の熱病に侵されていた。他の国より文明が進んでいた我が国は持てる英知と技術

と魔力を統べ、この場所、『氷の褥(しとね)』を造ったのじゃ。」

「氷の、ベッドってこと?」

マリアが尋ねる。

「ああ、1000年は生きながらえる装置じゃ。わらわの治療法と、せめて王族の一

人でも生き永らえさせる為にの。わらわが…最後に見たのは…魔盾を持ち、死地に

向かう夫の姿であった…」

「そ、そんな…」

三人は悲しき運命に驚き涙した。最愛の女性と新たな生命だけを残し、別れねばな

らなかった王の運命を。為す術なく滅んだ国の無念を。そして死ぬことも許されな

かった女王の悲劇を。

「1000 年の後、古代装置を動かし、わらわを目覚めさせたのが、若き日の賢者プ

ロメテウスとハーフエルフのアーサーであった。彼と仲間の援助でわらわの病気も

小康状態となり、わらわもまた、少しでも恩義に報いようと彼等の所属する魔導師

ギルドの手助けをした。魔族との決戦に加勢し、魔法学校の建立に力を砕いたもの

じゃった。だが、わらわの病気が再発してしまったのじゃ。ギルドの仲間は、わら

わを再びここに運んだのじゃ」

マリアも懸命に思い出す。

「お師匠の若い頃…んと、たしかマスター・ヘルのおじいちゃんやその奥さんと一

緒の頃だ。それと、アーサーさんってのは…セイヴ魔法学校で行方不明になった校

長先生。――あ! あそこの肖像画に校長とお師匠と一緒に描かれていた女の人、

氷雪の女王様だったんだ!!」

顔を見合わせる三人。ひとつひとつ、バラバラだった謎のピースが組み合わさって

いく。

「プロメテウスは言った。あと100年あれば、わらわの病気を治せると。子供も無

事に産めると。産み月も近い。急を要する中、わらわはまた氷の褥での眠りに就い

たのじゃ。」

女王の顔がさらに苦悩に歪む。

「そうして、再び起きた時…プロメテウスは約束通り、治癒の方法を発明した。わ

らわの病気は全快し、無事にシアンを出産できた。しかし彼は姿を消した。ギルド

の内乱が起こったのじゃ。要人の殺害、行方不明者の続出…事実上魔道師ギルドは

崩壊し、犯人はプロメテウス一派とされたのじゃ。」

「ええーっ! そんな、ヒドイよ! お師匠がそんなこと、するはずニャイぞ!」

全身の毛を逆立て激昂するマリア。まるで猫のようだ。

「その後プロメテウスの行方は判らなかったが、こんな小さな弟子を持っていよう

とはな。――セイヴの魔法学校は我が友アーサーとプロメテウスの建てた学び舎。

結果的にそこを守れたのじゃ。シアンとの事は不問としよう。何よりあの魔盾に操

られたのはシアンの未熟さゆえ。盾の傀儡となり、魂も吸われてしもうてもせんな

いことじゃ。ただ、このまま他の町や自然さえ巻き込むのであれば…わらわが、始

末をつけるとしよう。」

非情のギルドマスターの面を見せる女王。マリアが叫ぶ。

「そんな、ダメだよ! お母さんが子供を倒すなんて、絶対ダメ! 私はお師匠に

育てられたけど、それでもいっぱい愛してもらったもの。本当の家族が、そんなこ

としたら、だめ…なんだか、ら…び〜〜〜〜!」

泣き出してしまった。そんなマリアをあやすルーシー。その様子を見る女王の瞳に

ほんの少しだが温かみが見えた。

「怒ったり泣いたり、まさに猫の目のようじゃ。ふふ、シアンも手を焼いたであろ

うな。…いいでしょう。わらわの魔法は威力が大きすぎる。他の悪影響も起こしか

ねんしの。お前達に託そう。シアンを追うぞ。」

フロリーナが口を開く。

「女王様、その前に…魔鎧と魔盾、彼等は、いったい何なのでしょう? 何故シア

ンはあんな姿に?」

 魔物のようで魔物でもなく、魔物を倒す生きる鎧セバスちゃん。氷から取り出さ

れた魔盾。その謎が徐々に明らかになっていく…


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 ブゥ・・・・ン・・

氷の町と化したココに、白光とともに再び現れたフロリーナたち。魔鎧を再び着用

している。マリア、ルーシー、ラッキーも一緒だ。ラッキーはさすがに氷漬けは解

除されたが骨身に染みたらしい。本人がツララのようである。

「んーと。アイスゴーレム、もう、この町にはいないみたい。」

マリアが魔法機で上昇し、上空から辺りを見回す。ルーシーは…祈りの姿勢のまま、

トランス状態になっている。

「氷の人形さん、街道を進んでいます〜。このままだとぉ、セイヴに着く前に〜街

道沿いの…」

目を閉じたままつぶやく。天の声が降りたらしい。

「街道沿い、…子豚亭が危ない!」

狂戦姫は街道を南下する道へ駆け出す。

「あ、待って姫さま!」

マリアもついて行く。

「まだ魔法機は飛べて? わたくしの背に乗って!」

「うん! マリア・ブースター、合体〜っ!!」

銀翼を出した魔鎧に魔法機ごとマリアがしがみつく。

ギュオウ!

加速度を増し、一気に飛び出す。ルーシーも覚醒し、後を追おうとするが、

「ガガガ、ガチガチ。る、るーひーひゃ〜ん、しゃむいよ〜ん」

さすがに限界が来たらしいラッキーの治療にあたることにした。

「がんばって〜、姫さまぁ、マリアちゃ〜ん」


14

  ―― アポーツの魔法で引き寄せたものは、逆に返送することも容易い。わらわ

もすぐ追いつくゆえ、ゴーレムの足止めを頼むぞ ――

 女王の言葉通り、フロリーナ一行は一瞬でココの町に戻った。が、そこにはもう

シアンも魔盾も、ゴーレムの姿もなかった。転移の魔法で女王が到着するまでの足

止めを頼まれたフロリーナ。マリアとともに滑空し、ゴーレムを追うフロリーナは

胸にある魔鎧の顔の部分をちらと見る。

フロリーナは氷の褥での女王の言葉を思い出す。

「…1000年も昔、大陸を脅かした邪悪なる何か…『禍々しきもの』を封じるため、

天界と魔界は初めて協力しあった。そして、三つの魔具を造ったと伝えられておる」
驚くマリア、ルーシー。

「ええっ、もう一つセバスちゃんみたいのがいんの?」

「あのお、天界と、魔界が協力、ってことは〜」

フロリーナも気づく。

「その、邪悪なる何か、とは魔界のものとも違う、ということなのでしょうか?

魔族と天使が力を合わせなければならないほど、強力な…」

「そういうことじゃ。その時、上級魔族と天使は人間界において実体化することが

適わなくなってしまった。地上の王だけがその魔具を使うことが許されたのじゃ。

当時の氷雪の国王オーヴ、中原の国の女王アウラ、南海の蛮王バルシャークの手に

魔具は委ねられた。意志を持つ三つの魔具が王と認め、正しい儀式の後、それらは

恐ろしい力を発する。しかし、心弱く王と認められない者がそれを行使しようとす

れば、たちまち闇の面に飲み込まれてしまう…そう、王はわらわに語った。」

そして女王は苦悩に満ちた視線を落とす。

「…シアンは儀式に則らず、私益とも取れる理由で禁断の盾を使ってしまった。わ

らわには、あの魔盾を使役することは出来ぬ。拭え得ぬ悔恨と復讐の心が、誰も信

じることの出来ぬ狭量たる心が、盾を悪鬼の形相に見せるのじゃ。それゆえシアン

にも盾を使うことを禁じていたのじゃ。」

顔を伏せ、そのままフロリーナたちを送り出す女王。

「行くがよい。シアンを…わが子を、たのむ」

15

 
「――姫さんよ、間もなくだぜえ? あのゴーレム、盾ごとぶっ飛ばしていいんだ

ろ?」

ドラ猫のような声が鎧の中に響く。はっと我に帰るフロリーナ。

「やっと口を聞いてくれましたね、セバス。良いのですか? あの魔盾はあなたの

兄妹のようなものなのでしょう?」

「知らねえな。俺様もあいつらもいつの間にか作られた道具だ、戦うためにな。ま、

だいたいはあの王女さんの言う通りだろうがよ」

嘘ぶいている訳ではなさそうだ。100年前、初代フロリーナ女王が共に戦った魔鎧。

彼と同じ力を持つ魔具が力を合わせても封印がやっとであった、1000年前の災厄―

―『禍々しきもの』とは、なんだったのであろうか。

「セバス…わたくし、あなたと共に戦う資格があるのかしら?」

「ぎへ、今だって戦ってるじゃんか。変なこと聞く姫さんだな。あんたの王国の祭

壇から俺様を解放した時だって、ギャリソンの爺さんから作法を教わったんだろ?」

セバスが応える。

「己が血を魔具に分け与え、しかる後王家の証しとなる魂を示せ。…どうすれば良

いのか、わたくしには判りませんでしたわ。ただ、父上からの教え、母上からの愛、

民を思う心。それだけを、頭に思い浮かべたら…」

「そんだけでいーのさ。小難しく考えちゃ、あの魔盾のヤツのように狡猾につけ込

まれて、立派な魔物の出来上がりだ。姫さんが単純なのが結果オーライだったのさ」

「セバス、あなたったら…そうならなかったのが嬉しいみたい」

「ぎへ、んなわきゃねーよ! ギヒ、ギッヒャッヒャッヒャ」

その時、背中に張り付いていたマリアが叫ぶ。

「姫さま、見つけたっ、アイスゴーレムだ!」

緊張感したマリアの声。ギャリソンの不在、そのことが姫の不安を募らせる…が。

ゴン!

斧の腹の部分で自らのおでこを打つフロリーナ。

(ええい、弱気になってはいけませんわ! 始めにラッキーにアドバイスを授け、

わたくしに指示をしなかったのは、じいの信頼の証し。じいがいなくとも、わたく

しは教わった全てを出し切れば良いのですわ!)

瞳にいつもの光が満ちる。弱きを助け悪を挫き正義を全うせんとする、熱い光が。

「ええ。まずはゴーレム、ぶっ飛ばしますわよ!」

 ズン。ズズン。

地響きを立て街道を進むアイスゴーレム。その足跡には薄い氷すら張っている。遠

くには『陽気な子豚亭』が見えてきた。

グオオオォゥ!

火柱が上空より地面に突き刺さる。ゴーレムは歩みを止めた。

「またあんたかい? 逃げたまんまなら、見逃してやったのにさ、キヒヒヒ」

見上げる巨人。その胸元から冷酷に笑う魔盾の声が響く。

「お黙りなさい。女王の名を語る魔具よ、シアンを解放し、盾としての使命を果た

すのです」

マリアを背負ったフロリーナだ。鎧の胸元の口から炎を吹き出し、ホバリング状態

をとっている。

「いやよ。女王? 小僧の事も見捨てる魔女が女王だってんなら、私が新しい女王

になってやるわ。新女王ブリザーディアになるのさ。この小僧もそれを願ってるか

ら、私の言うことを聞いてくれるんだ」

マリアが叫ぶ。

「ぐうー、女王様はそんな人じゃないぞ! お前だって、ゴーレムだって元は一緒

に『禍々しきもの』と戦ったんじゃない」

「ヒッ…その名前は言うな! あ、あんな恐ろしいのはコリゴリだよ。私ゃ好き勝

手に生きるんだ。」

言いたい放題のブリザーディア。

「ならば…力づくで止めるまで。バーサーカープリンセス、行きますわよ!」

魔法機を手放し、マリアがそれに乗り換える。そのまま刃のような羽で滑空する狂

戦姫。一方マリアは。

「シアン、いま、いま助けるから!」

その時。彼女の額に女王やシアンと同じ氷の結晶の紋章が浮かび上がる。


16


 『氷の褥』にいた時の事。マリアの額に手をあて、呪文を唱える女王。浮かびあ

がった紋章は吸い込まれる消えた。

「いまの、氷の紋章は?」

フロリーナが問う。

「精神感応が出来る、まじないの紋章じゃ。同じ紋章を持つ者同士なら接触するこ

とでお互いの心の中に入って行くことが出来る。ただし、暗黒面に取り付かれてい

る者の精神にうかつに飛び込めば…」

ごくり、とマリアが唾を飲み込む。

「その者も同じく暗黒面に取り込まれるか、下手をすれば精神のみ破壊される。二

度と自分の体に戻れなくなるであろう。戦いの姫、フロリーナよ。お前にもまじな

いを…」

「――いいえ。この役目はマリアに任せますわ。」

「なんと。ここに来て臆したか?」

「わたくしは全力でゴーレムの動きを止めてみせます。そして、シアンを今もっと

も救いたいと思っているのはマリアですもの。彼女以外にその大役が果たせる者は

いないでしょう…」

(姫さまが、自分じゃなく、この役を私に任せてくれたんだ。私を信じてくれたん

だ! なるべく近づいて、シアンの心に入り、操られている原因を探すこと。私が

やらなきゃ、ダメなんだ。私がシアンを、女王様を助けるんだッ!町の人を、もと

に戻すんだ!)

マリアは決意の眼差しをうかべ、唇を噛み締める。

ドガッ! バキャア!

氷の巨人の剛腕が、姫の大斧が火花を散らす。胸の部分に浮き出る魔盾から飛礫の

攻撃、それを魔鎧は炎で相殺する。

「きいっ、らちがあかないね! 小僧も顔だしな。あの小娘共をガチガチに凍らせ

るんだよ!」

ズ、ズズ…氷の中から、浮かび上がるシアン。虚ろな目がフロリーナを捉え、右手

を構える。攻撃魔法を放とうとした、その時。

「今だーっ!」

マリアがガス欠寸前の魔法機からゴーレムに飛び移る。シアンの魔法をアンチマジ

ックで相殺し、そのままヘッドバット…ではなく、シアンと己の氷の紋章を合わせ

た。

カッ・・・・・・

「わああ〜あ!」

マリアの意識が瞬時にシアンと繋がる。真っ暗なイメージが延々と続き、吸い込ま

れるように奥へ誘われるマリアの意識。いつしか彼女は自分の姿を闇の中に作り出

した。他の精神に飲み込まれないよう、自らの精神体をイメージしたのである。闇

の中にたまにではあるが映像が浮かび上がる。氷の町と化したココ。鋭角的な兜を

着けた偽りの女王の姿。マリア、フロリーナ、魔法学校の様子も。そして―――

「あれは…?」

闇の中、小さな男の子が泣いている。白い魔道士の服を着た、青い瞳に髪の幼子。

「ね、君は、もしかしてシアン?」

「お姉ちゃん、だれ? ぼくのこと知ってるの?」

「やっぱり――うん。なんでこんな小さな姿なんだろう? シアンくん、お姉ちゃ

んと一緒に明るいところ、行こうよ」

「――ダメだよ。ぼく、母上を助けるの。母上がまた泣いてるだろうから」

あの非情で感情を見せない氷雪の女王様が? とまどうマリア。

「母上は、長いお眠りをして、目が覚めたら父上も、住んでいた国もなくなっちゃ

ったんだって。その次に目が覚めたら、新しくお友達になった人も消えたり、信じ

てた人にウソをつかれたりしたんだって。目が覚めたら大切なものがなくなってい

く…だから毎晩泣いてるんだ。」

幼いころのシアンの精神体なのだろう。気丈に振る舞う母と、泣き崩れる姿、二つ

を見てしまった幼子は自分なりに母親を助けたいと思ったのだろう。

「―――そう、だからお前が氷雪の女王となり、母の代わりとなればいいのだよ…

キヒ、キヒ」

突然聞こえてくる闇からの声。実体化する女王の姿。

「ぼくが、母上の、かわりに」

その声に引きずられるようにふらふらと歩きだす幼きシアン。

「ダメだよ! あれは本当のお母さんじゃない。」

マリアがシアンを抱き締める。ようやく彼女は理解した。目が覚めたら、また大切

なものが失われる。眠ることさえ適わず懊悩する日々を送った女王。帝王学を教わ

り、他人には冷徹に接するよう諭された幼い時のシアン。しかしそれでも母の愛に

飢え、母を救いたいと思う心は捨てられずにいたのだ。新たな魔導師ギルドを作っ

ても心を開かぬ母を、なんとか助けたいと。

(自分が氷雪の女王の代わりになれば、母を助けられるかもしれない)

そう、思った心を魔鎧に利用されてしまったのだ。

「そんな、そんなシアンの心を、オモチャにするなんて!」

怒りのためかマリアの精神体が白光する。

「ぐうっ、なんだいこの光は?」

女王の姿をしていたものは鉛色の盾となり、悪鬼の顔をさらけ出して威嚇した。

「シアン、ちゃんと見て。考えなきゃダメ。本当にお母さんを助けるのは、ただ身

代わりなることじゃないよ。信じる人が側にいる…それだけで、人はすっごく強く

なれるんだ。私も姫さまや仲間のみんな、子豚亭の人達や、いろんな人から教わっ

たんだ。もちろん魔法学校の時のシアン、あなたにも!」

白い光が強さを増す。それはマリアの心の強さか。

「信じるひとが、そばに…人を、信じる…うん、ぼくの母上は、いつも自分を犠牲

にしていた。新しいギルドの仲間を作っても、誰にも冷たい態度で怒ってた。でも」

5、6歳に見えたシアンの精神体が成長していく。

「例え僕が犠牲になっても、それでは母の悲しみが増すだけだ。信じる人のために、

ともに戦い未来を切り開く。それこそが、母上を救うこと」

その姿も、口調も元の姿へと戻っていた。

「…マリア、君に教わるなんて、僕もまだ落第点だな」

皮肉めいた口ぶりが戻る。マリアの顔がぱっと明るくなった。

「シアーン、よかったー、戻った、もとのシアンに戻ったー!」

マリアはシアンを抱きしめた。

「――そうか、魔盾の暗黒面に取り込まれていたのか…すまないマリア。助けるつ

もりが迷惑をかけたようだ」

むにゅ。親指で少年の口を押さえるマリア。

「シアンはセイヴで私達のこと助けてくれたんだから、これであいこだよ。早くコ

コの町の人を助けて、ゴーレムを止めなきゃ」

「ゴーレムか。これも古代文明の産物だ。敵に回すとやっかいだな。とにかく脱出

しなければ!」

急速に闇から光の中に引き出されるマリアの精神体。そのまま意識が肉体に戻る。

おでこをくっつけた、すぐ目の前にシアンの顔があった。

「うわわわあひゃうひゃ! 近づき過ぎだよシアン!」

「ば、ば…か、マリアがくっついてきたんだろ?」

真っ赤になり離れる二人。シアンはやつれているが目に精気が戻っている。しかし

場所はアイスゴーレムの胸元。長い間シアンの意識に潜っていた感じがしたが、ど

うやら一瞬のようであった。落ちそうになるマリアを抱きかかえ、シアンは足元に

つむじ風を起こしゆっくりと着地する。

「ちくしょう! 小僧、目が覚めちゃったじゃないか!」

ゴーレムの胸に浮かび上がった盾の形の透き間。それは間違いなく魔盾の位置を現

した。

「そこですわね! 
どおりゃああああ!

フロリーナが大斧を投げ付ける。

ザンッ! 見えない盾をゴーレムの胸から切り落とした。

「こ、この――」

なおも悪態をつこうとする魔盾ブリザーディア。だが、いよいよ盾だけの姿になっ

た彼女。氷の破片に埋まるように、居場所だけは確かめられる。そこに向かい、氷

の貴公子は言い放つ。

「黙れ。従うべきは…お前だ!」

冷ややかな視線で魔鎧を屈服させるシアン。

「――ふん、わーったわよ。言うこと聞きゃ良いんでショ!」

ふてくされながらも少年の言葉に従う魔盾。

「そのかし契約の儀式は王の玉座で。熱いキスか、あなたの血をくれなきゃイヤよ。

それから私のことはブリザーディアって呼んで。ブリちゃん、でもオッケーよ。キ

ヒャヒャヒャ」

顔を見合わせ、笑うシアンとマリア。ゴーレムもまた動きを停止した。しかし。

「ふう…」

シアンは膝をつき、その場に倒れ込んでしまった。マリアが叫ぶ。

「大丈夫!?」

幽閉され、魔盾に操られ、魔力を吸い上げられてきたツケが今まわってきたのだろ

う。顔に疲労の色が強く出ている。

「ああ…ずっと、悪い夢を見ていたみたいだ…ちょっとだけ休む、よ…」

そのまま意識を失ってしまった。微かな呼吸音。命には別状はないようだ。ちんく

しゃな少女は、母のような慈愛の笑顔で年上の少年に語りかける。

「うん、お休みシアン…」

17

必死にゴーレムの足止めをしていたフロリーナ。巨人の活動が停止し、やっと二人

に気付く。

「マリア、シアンさん! 良かった…あ、あああ、キャア!」

動きが停止したゴーレムの影に隠れる魔鎧姿のフロリーナ。そして巨大な斧の裏に

隠れ、うさぎ跳びのようにピョンピョンとやってくる。しかし少年はすでに意識を

失っているようだ。

「姫さま! 助かりました。シアンも無事です」

「そ、そう、良かっ…はっ!」

殺気を感じとる狂戦姫。その背後で、巨大な氷山の如き体躯が軋みながら再び動き

出す。

「ゴゥオオオオオオォォ!」

主人を失ったはずのアイスゴーレムだが、ゆっくりと動き始め、辺り一面を踏み鳴

らし、氷の飛礫を吐き出した。

「しまった、暴走ですわ!」

シアンをかばおうとするマリア。しかし彼女も体力の消耗が激しい。

「マリア、シアンさんを安全なところへ避難させて。その、ちょっとこちらを見な

いように…」

いまだ斧を盾代わりに前方に置き、縮こまっている姫。魔盾と同じ魔鎧の呪い、心

正しき者にはその姿が見えなくなるということ。全身で鎧を纏うフロリーナは、悪

人以外にはすっぽんぽんに見えてしまうのだ。



しかしフロリーナたちをかまうことなく暴れる氷の巨人。マリアとシアンに向け、

再び氷の拳を振り上げた時。

ヒュ・・・オオオウゥ・・・

木枯らしとともに、ひとつの白い影が街道の中心に現れた。

「ゴア?」

巨人は自分の手がさらに冷たい氷に囚われ、動けずにいることに気が付いた。氷を

も凍らせる、それほどの冷気を操るのは。

「古代、氷雪の国を守りし氷の人形よ、役目は終わった。もとの氷へと戻るがよい」

 白銀のドレス。氷の紋章、アイスブルーの髪と瞳。威厳ある立ち振る舞い。氷雪

の女王が、姿を現した。
                                              


18



 氷雪の女王の魔杖が光り、氷の巨人はさらに氷の呪縛にかかる。

「戦いの姫よ。アイスゴーレムを、もとに氷に戻しておくれ。」

「…はい! うりゃあああああああァァァ!」

フロリーナは大斧を大上段に構え、ジャンプ一閃、空中で縦に回転する。

「バーサーカー・ダイナミック!!!」

ギャリギャリギャギャギャアッ!

ゴーレムの頭部を砕き、胸元に一撃が加えられた。そのまま回転と落下を続ける狂

戦姫。ガガガガ、ガギャアッ! その巨体を縦一文字に切り砕き、着地する。

「ゴーレムよ、お前の使命は終わりました。戦う人形で、なくしてあげましょう…」

「ゴオオオゥゥゥ・・・」

フロリーナの言葉が通じたのか。途端、アイスゴーレムは粉々になり、淡雪のよう

にその姿を消していった。

 

 戦い済んで。

「母上…」

マリアに肩を借り、起き上がるシアン。

「すまなかったね。わらわの氷の如き負の心が、お前の心の中にまで深い傷を負わ

せていたなど…許しておくれ。」

氷雪の女王は口を開く。涼やかだが、慈愛に満ちた声。女王もまた、紋章の力で二

人が見聞きしたものを感じ取ったのだ。その瞳には涙が。後悔や憤怒の冷たい涙で

はない。暖かく、人の心を潤すもの。

「そんな、母上、僕こそ…」

抱き合う二人。お互いの氷の紋章は意志の疎通を図れる印。しかし憎しみと後悔と

いう、心の大きな氷壁の前にはそれは意味がなかった。少女たちの熱い想いが、王

家の呪縛に捕らわれていたリオとシアンを慈しみあうただの母と子に戻したのであ

る。

「マリア、ご苦労様でした。」

「良かった、シアンも。女王様も…」

暖かく見守る姫とマリア。そして遅れてやってくるルーシーとラッキー。見えない

盾だけが、ぶつぶつと不満を言っていた。


 
 そして『陽気な子豚亭』で。その様子を見ていた者がいた。

「…とまあ、こんなもんだよ。リオ様も心の氷を溶かされた。シアン様も、町の皆

も無事じゃ。」

ドリお婆があらましを話す。どっと歓声があがる子豚亭の面々。

「なんで水晶球を俺達にも見せてくれねーんだよ?」

中には様子が見たくてウズウズする者もいる。

「馬鹿もん。お前らなんかにフレアの戦う姿なんぞ、もったいなくて見せられるか

い。ふぇっふぇっふぇ」

意地悪く笑う老婆。悪ぶってはいるが気の良い魔導師ギルドの連中のこと、フロリ

ーナの真の姿を見せるのはちょっと憚られる。そう察したのだろう。

「女王様は、私めが説得した時、ギルドを解散し、滅んだ王国に戻ると申しており

ましたが、…皆様はいかがするおつもりですかな?」

ギャリソンが問う。

「うおおお〜ん、俺は付いてきますぜ、マスタ〜あ」

大きな図体で感涙にむせぶスリーピイ。他のギルドメンバーもまた鼻をすすってい

る。

「俺達はもう、金のためだけに集まったならず者じゃねえ。嫌だと言われても付い

て行くさ」

イワンがつぶやく。

「私はマスターを裏切ったりしない。崩壊したギルド以上のメンバーになってやる

わ!」

ネイネイが言う。

「そして、いつの日か氷雪の王国を、わしらの手で復興させるのじゃ」

ドリお婆も。

「――わかりました。皆様のお気持ちがひとつなら、我が白鷹の王国も援助を惜し

みません。もっとも、我が国も復興してからでしょうが」

ギャリソンが言う。

「深紅の竜も情報を提供しよう。この先は、どうも一つの国の問題ではなくなりそ

うだ」

ジャムもまたつぶやき、そのまま陽炎のように姿がゆらめいたかと思うと、姿を消

した。

「爺さん、フレアさんたち、あんた達も俺達の仲間だ。困った時には呼んでくれ。

女王様も俺達も、きっと手を貸すぜ!」

おお、と全員が声をあげる。ギャリソンは目を細めた。姫達に暖かな紅茶を準備し

ようと考えながら。

終章

 かくしてココの町や森は氷の魔法は解かれ、安らぎを取り戻した。氷雪の女王リ

オとシアンは親子の絆を取り戻し、ともに滅んだ国の王の間に向かうこととなった。

「今度は僕が追いかける番だな、マリア。儀式を済ませ、必ず君と姫のもとへ馳せ

参じるよ。それまでにはこの魔盾も使いこなしてみせるさ」

「えへ、えへへ。んじゃ、ちょこっとダケ、待ってるからっ」

真っ赤になるマリア。

「――礼を言う、中原の王女の血を引く姫よ。わらわとシアン、魔盾も、そして魔

導師ギルドも、必ず恩に報いよう。」

「ええ、ギルドの皆さんにはお会いできなかったけれど、また会える日を楽しみに

していますわ」

ほほ笑み合い、別れる女王と王女。シアンと女王、そして魔盾は木枯らしとともに

去っていった。

 


 北海へ向かうこととなった一行。そして旅立つ日がやって来た。

「リオさーん! あれ?」

子豚亭に挨拶をすべくやって来たマリア。しかし、酒場もどこもがらんとしている。

大柄なリオだけが残っていた。見れば彼女も旅支度をしている。

「いよいよ出発かい。まったく騒々しい毎日だったよ。フゴ」

「ご、ごめんなさい。でもリオさんのおかげで女王様に会えたよ。あんがとござい

ます!」

「私も、息子のところへ行ってくるよ。息子が良くなったら会ってやっておくれ。

いい子だからさ、マリアなら嫁にきてもいいよ。フンゴ」

「ええ〜! いやーまいったにゃー、私ったらモテモテ? …でも、良かった。良

かったよ、リオさんが家族と一緒に暮らせるなら。そか、それでお客のみんなもい

ないんだ。ちゃんとサヨナラ言いたかったな」

(ギャリソンは女将としてのリオの正体とギルドメンバーのことは姫達に言わなか

ったのである。楽しい仲間として、またいつか会える日に。それまでは子豚亭は子

豚亭のままで。そう判断したのである。)

「…ホントに、また会える、よね?」

小さな魔法使いが寂しげに聞く。リオは犬歯を光らせ、にっこりと笑うと、ふくよ

かな胸にマリアを引き寄せ、抱き締めた。言葉はいらない。マリアは嬉しくなった。

「客のやつらもすぐまた集まるさ。あんたの探し人、見つかるといいね。それから

フレア、あの子の願いもかなうこと、祈ってるよ」

「ぐす…ハイ!」

 フロリーナとギャリソン、ルーシーは女王からもらった地図を見ていた。今の地

図には記載されていない島、そこに大きな魔力が集まりつつあるという。果たして

それは聖なるものか、邪なるものか。

「それでは、ごきげんよう」

「バイバーイ」

「さよ〜なら〜」

 旅立つ一行。皆が上機嫌だが、ひとりシモヤケでミイラ男の状態のラッキーは渋

い顔だ。

「ちぇ、結局女王様はいなくなっちまうし、巨乳もなしかー。」

マリアがちょっとだけ意地悪そうに言う。

「へへへー、私はしてもらったよ。究極のパフパフ!」

「なんだよ、どこでだよ、聞いてねーぞ! ムキャー!」

怒り心頭でマリアを追いかけるラッキー。

「あはははッ」

 ひらひらとかわし逃げるマリア。一行の行く先には暖かな春の日差しが待ってい

た。

                 ・・・おしまい。


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