|
序章
白鷹の国最果ての寒村、ロウ。排他的だった村人たちは旅の賞金稼ぎ…フロリー
ナたち一行の尽力で改心し、皆が開墾や狩猟に精を出している。
初夏を迎えたこの地方で、しかし未だに雪を被り暗雲がかかる山がある。
ゴ・・ゴゴゴゴォ・・・・
地鳴りとともに麓の森の鳥や動物たちが怯え逃げ出す。
山頂近くの洞窟が氷の飛礫を吐き出し、雪山は大きく揺れた。
ドオオォオン!
巨大な氷の固まりが飛び出す。森に落ちた氷塊は粉々に砕け、一瞬で周囲を氷霧の
世界へと逆回転させた。氷塊の落ちた中心にゆらり、と立ち上がる影。華奢な体つ
きの人影だ。胸と腰に丸みを帯びた鎧、白銀の長髪、ゆったりとした白のドレス。
顔は…見えない。流線型の兜に隠れているが、形の良い顎の線からも美しさは見て
取れる。青い唇が動く。

「ほほほ、やっと抜け出せた。これからは好きに遊ばせてもらうわ。」
木枯らしのような冷たい口調。唇は酷薄に歪む。呪文を唱えると吹雪に人影は巻き
込まれ、消えて行った。
そして、木々も鳥もウサギも凍りつき、森は冬に…白い、死の世界へと戻って
いった。
本章
1
北方に雪山を望み、西にロウ村、東に隣町のココをつなぐ街道に一軒だけ店がある。
『陽気な子豚亭』は食事、居酒屋、簡易宿舎を兼ねる料亭だが、女将のリオの口利き
屋という面も持つ。やっかい事引き受け屋…腕っ節の強い奴、情報屋、占い師、そう
いった面々が常時たむろしている。
「ネイネイちゅわ〜ん、今日も可愛いねえ」
「えーい、近寄るな害虫!」
ゲシゲシと言い寄る痩せぎすの男を蹴飛ばす東方系の少女。男…フロリーナの従者、
カバン持ちのラッキーはへこたれない。が、
がいーん!
いきなり酒樽が飛んできた。見事にラッキーの顔面に命中。
「おぎゃんっ!」
「あんたら! 他の客の迷惑になるならスッ飛ばすよ、フゴ!」
大柄な女性…店を営む豪快な女将、リオが投げ付けたのだ。そこへ今度は黒猫が飛
んできた。
「ふぎゃぎゃ!」
バリバリとラッキーを引っ掻く。もう顔だか落書き跡だかわからない。
「こらーラッキー! 掃除の途中だぞ、早く戻れーい。リオさん、ごめんね、今片
付けるからっ」
使い魔の黒猫が足元に戻る。くりっとした緑の瞳と黒髪、魔法使いの少女マリアだ。
魔族や悪の魔道士「黒い牙」と戦うフロリーナ姫とその一行、彼女たちが逗留し
てひと月が過ぎようとしている。癖の強い客に反発も多かった一行だが、陽気で人
見知りのしないマリアが中心にすっかり打ち解けたようだ。しかし未だに借金は残
り、情報は得られないままである。
「―――待ちな」
掃除に戻ろうとするマリアを呼び止めるリオ。
「うん?」
「上着の袖のところ、ほつれてるじゃないか。ちょいとお貸し」
「あ、ああ、あんがと…ございます」
上着を脱いで渡し、裁縫を始めるリオをじっと見つめるマリア。
「・・・お母さん・・・」
「ああ?」
「ご、ごめんなさい! お母さん、っていたらこんな感じかなって思って…リオさ
ん、て、お子さん、いましたっけ?」
「あいにくだね、あたしゃまだ花の独身だよ! 子供は、まあ、いるにはいるけど
さ。言うことなんか一つも聞かないで、無茶して…」
途端に口を閉ざす女将。
「ええ! まさか、その…」
オロオロするマリアに、上着が投げ付けられた。
「はい、おしまい。今度は破かないようにしな。…息子は死んじゃあいない。ただ、
やっかいなケガで動けないだけ。遠くで療養してるのさ。さ、あんたも炊事、手
伝っとくれ。フゴっ」
そこには悲しみに沈む母はなく、いつもの威勢のいい女将の姿があった。
「うん、じゃない、ハイ!」
元気にマリアは返事をし、リオについて行く。その時、一瞬だが恰幅の良いリオの
体が、純白のドレスに身を包んだスレンダーな女性に見えた。
「―――?」
目をこするマリア。目を開ければその姿は、いつもの女将のそれであった。

2
昼。ラッキーは掃除もそこそこに、執事のギャリソンが会計を、シスターのルー
シーが客の治療や手当を終えて食堂にやって来る。そしてもう一人…
ずん!
軽く大地が振動し、子豚亭をも揺らす。それからルーシーとマリアが聖水とシーツ
を持って外へ駆け出す。少しして、豪奢な金髪を揺らし、花の香を振り撒いて美姫
がやってきた。
「薪割り、終わりましたわ。」
見れば外には山と積まれた薪が。
「すげ…お嬢ちゃん、一体どうやってこれだけの量を?」
「それに、この辺りの木は硬いんだぜ。女のあんたの手じゃ無理だろ?」
感心し、不思議がる店の客たち。フロリーナはころころと軽く笑って「秘密ですわ」
としか言わない。
皆もそれ以上は問わなかった。気の良い連中だがなにがしの秘密は誰にもある。他
の者たちもそれを詮索しない、そんな不文律が小さな店には出来上がっていた。
「さーて、食うぞー!」
マリアとラッキーが我先に食べ出す。慌ただしいが、何げない平和な日常。家族の
ような暖かさ。それがいつまでも続くような、そんな気がしていた、が…。

「たた、大変だ、マスター、い、いや女将さん。」
いきなり店の扉を開け現れたモヒカンの大男に、仮初めの平和は破られた。
「なんだいスリーピー、騒々しいね」
「ひょ、氷雪の女王を名乗る魔女が、森を、それからココの町を凍り付けにしや
がった!」
バーサーカープリンセス、フロリーナ一行に、新たなる試練が降りかかろうとし
ていた。
3
雪と氷に包まれたココの町。人も、動物も、建物さえ氷漬けになっている。ドリ
お婆の水晶に浮かぶ変わり果てた町、そして吹雪の中に揺れ動く女性らしき影。氷
の鎧を身に着けたその姿を見て険しい顔になるリオ。
「―――馬鹿だね。魔に魅せられ、制御出来なくなるなんてさ…」
ルーシーがたまらず聞く。
「あの〜! 町の人達や、動物たちはあ、大丈夫なんでしょうかあ」
声はのんびりだが、切羽詰まっているのは間違いない。
「ただの凍付け、って訳じゃなさそうじゃ。魔法だね。命そのものも冷凍保存されと
るが、どんどん鮮度は悪くなる。つまり、ほっとけば間違いなく凍死じゃ」
ドリお婆の言葉に、リオを見つめるフロリーナ。もちろん、きちんとした依頼はない。
かと言って放っておくなど、彼女には耐えられない。
「ふん、わかっちゃいるさ。こうなった以上、誰かが落とし前を付けなきゃならない
のはね…お嬢ちゃんたち、出番だ。あの町を救い、ついでに氷雪の女王とやらをやっ
つけておくれ。生死は問わないよ。報酬は…借金のチャラと、私の持ってる魔導師絡
みの情報、全部だ!」
ざわっ
明らかに子豚亭の人間全員が動揺した。
「マスター、だめだ!」
「だって、だってあの子は―――」
ドドン!
リオを止めようとし、何かを話そうとしたナイフ投げのイワン、鞭使いのネイネイを
張り手で突き飛ばす女将。もともとコワモテだが、迫力倍増だ。
「つまらん話をするんじゃないよ! さ、嬢ちゃん、すぐにかかってくれ。人死にが、
この辺り全土が氷付けになる前にね!」
「え、ええ。わかりましたわ」
フロリーナは澱みなく現場を確認し、ルーシー、マリア、ギャリソンを連れて駆け出
す。ラッキーもまた小山のような巨大なカバンを背負い後を追った。

4
日も傾きだした午後。暗雲うずまく北の山が遠くに見える。ココの町に向かうフロ
リーナ一行。街道を進むうちに道端に粉雪が舞い落ちてくる。
「そろそろお着替え召されたほうがよろしいでしょう。雪は敵のテリトリーに入った
ことを示します。」
ギャリソンの提言に、裏声のような引っ繰り返った声が。
「わたしが〜、ぬがせます〜」
「ええ、お願いね、ルーシ…ん?」
ひょろ長いゴボウのような手がついついっと器用にドレスを脱がす。
「きゃああああ!」
ドカバキャ!
「まったく油断も隙もないだわさ! どうやってルーシーちゃんの声まねなんか覚え
たんだ」
「ごぼがばげげべ、ごがぼぼんぼ」
「んぎゃ」

倍くらいコブで膨らんだラッキーの顔に、黒猫が覆いかぶさっている。哀れラッキー、
マリアに大木に縛り付けられてしまった。
「じい、今回はどのような作戦で…」
姫の問いかけに、ギャリソンは少し考え、
「それは…おお、その前に。私としたことが、『陽気な子豚亭』に忘れ物をしてきて
しまいました。まことに申し訳ございませんが、お先に現地に向かっていただけます
でしょうか?」
「? ええ、かまいませんわ。」
「もし、事が大きく変わるようなことがあったとしましても、姫の中にはこれまで培
われた知恵も腕も経験もございます。御自分を信じ、進んでくだされませ。」
執事は軽く微笑み、深々と頭を下げた。マリア、ルーシーにも後を託し、ラッキーに
も何やら耳もとで囁いている。
「もー、急がなきゃ、トラブルぱにくるスクランブルー!」
「そう言えばあ、氷雪の女王ってえ、シアンさんのお母さんのはずなのに〜…」
ルーシーの言葉に複雑な表情を見せるマリア。
「何かしら事情があるのかも。――それでも、あの暴挙を止めなくては」
「う、うん。そうだね、姫さま、殺しちゃったり、しないよね」
「もちろん。ただ、万が一あのシアンさんの母君となれば、氷の魔法は相当の手練の
はず。気を付けなくては」
鈍い鉛色の甲冑が美姫に取り付けられ、雰囲気が変わる。胸部に付いている悪鬼の瞳
がギラリと光る。バーサーカープリンセス…狂戦姫の誕生である。

「行きましてよ、セバスチャン!」
「ぎへへ、さあさ、飯だ飯だぜーえ」
金髪をまとめ兜を付け、巨大な戦斧を構える少女の声に、生きた甲冑がどら猫のよう
な声で答える。
「姫さまー!」
「お気をつけて〜」
ザンッ!
戦士は粉雪を舞い散らせ、木々を跳躍し、進んで行く。誰にも見つからないように。
誰のためでなく、皆の幸せの為に。
そして、見送る一行の中に、老執事の姿は見えなかった。
5
凍てついたココの町。
「ふふふ、皆、凍れ、凍てついた彫像となり永遠に私の目を楽しませるが良い!」
女王を名乗る者はさらに南に目を向ける。山と峠を越えればそこはもう魔道都市セイ
ヴだ。
「た、すけ…さむ、いよぉ」
ひとり逃げ遅れた少女。まだ5,6歳だろうか。突然の寒波に着るものも薄着のまま、
体を震わせている。大人はいない。既に氷の彫像とされてしまっているのだ。
「あ〜ら、まだいたの? さ、あなたも可愛い氷の人形におなりなさい」
逃げ遅れた少女を追い詰める女王。
「ひ…」
その時!
「これ以上、好き勝手はさせませんわ!」
ズン!
少女と女王の間に氷塊が投げつけられた。反射的に飛び起き、少女は脱兎の如く逃げ
出した。
「バーサーカープリンセス、参上! 偽りの冬をもたらす者よ、町を元通りにしなけ
れば、このわたくしが許しません!」
どこからか勇ましい女性の声が。そして少女にも声をかけた。
「お譲ちゃん、安全なところへお逃げなさい。大丈夫、必ずご家族も、町の皆さんも
助けてみせますわ」
「う、うん。ありがとうお姉さん」
振り向いて礼を言おうとする少女に
「きゃ〜〜っダメ、後ろを向いてはいけませんッッ」

「? は、ハイ」
少女を見送り、凍てついた大地に立つ狂戦姫。彼女の纏う魔凱には秘密がある。心正
しい者や純粋な子供の目には映らない…つまり裸に見えてしまうのだ。無論、悪党に
対しては恐るべき鎧にしか見えないが。
そして対峙した氷雪の女王、彼女の目には…
「ふ、ふふふ、誰かと思ったら…アンタかい? キヒヒヒ!」
「? あなたは…本当に氷雪の女王、なのですか?」
どうしたことか、魔凱姿を見た女王は突然野卑な笑い声をあげた。しかしそれも束の
間、もとの冷酷な笑みを浮かべた表情に戻る。女王というには、何か違和感がある。
若さ、それに何処かで会ったかのような既視感。
「せっかく自由と体を手にいれたんだ。例えあんたでも邪魔するなら容赦しないよ!」
女王は叫び、軽く握った状態の左手を前に突き出した。
ビョオウ!
呪文の詠唱もなしに突然巻き上がる雪嵐。炎を吐くセバスも劣勢だ。
「セバス、どうしたのです? いつもの炎も毒舌もないのですか?」
「・・・・・」
姫の挑発にも、魔鎧はもともとの己を思い出したが如くだんまりだ。冷気に弾き飛ば
される姫。
「キャアッ」
「そろそろとどめにしようかい? …アイス・スピア!」
短い詠唱とともに右手に持つ氷の鎌が形を変え、巨大な槍となる。白い凶器は意志を
持ったかの如く、ゆっくりと照準を合わせ、フロリーナに向かい飛び出す!
・・・つづく。
|