ちょっと怖い小説 (2)。
春はきらいじゃない。新しい出会いに期待しているわけではないけど、惰性に流
れた付きあいを清算するいい機会。
養護教諭なんて仕事に就いたのも一人になれる時と場所を手に入れたかったから。
それなのに前の学校はひどかった。授業をさぼりたいだけの生徒達に、できの悪い
サラリーマンみたいな教師達。おかげで手間がかかったのなんのって。今度の学校
では、教師たちも、うるさい生徒たちも、保健室のことなんか忘れて自分らで好き
にやっててくれたらいいのに。
スラックスとTシャツの上に白衣をはおって、開けはなった窓から桜の花びらが
舞いこむままにして、デスクワークにいそしむのがこの季節の楽しみ。
でも、静かな時は望んだほど永くはもたなかった。ノックもせずに部屋に飛びこ
んできたごっつい男子生徒のせいだ。
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養護教諭 安芸原 素子 (あきはら もとこ) |
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ぎょろぎょろと目を動かせて、そいつはなんの断わりもなしにズカズカ入って来
ようとした。…はああ〜〜、やっぱりこの学校も。
先手必勝、「ちょっと待ちなさい。」額に手をあて、口を開けさせる。
「熱なし、咳なし、腹痛でもなさそうだ。休む必要なんて微塵もないっ!」
射抜くほどの眼光で睨み付けたつもりだが、制服を着た北京原人は悪びれずに言っ
た。
「やだなー仮病じゃないっすヨ。ほらこのアゴの所、羽柴ってゆー凶暴な不良にパ
ンチされたんす。手当てして下さいよ。やっぱお姉様のよーな優しいかたに看病し
てもらわなきゃ〜。」
こいつ目が笑ってる。
「そのコなら前に会ったわ。とても凶暴には見えなかったけど。それよりお姉さん
がもっと分かりやすい傷、付けたげようか?」
「わーははは、参った、降参です。先生たいした度胸っすね! -あ、でも俺サボ
りに来たんじゃないです。寝るんなら教室で寝ますから。本当は……」
扉の後ろに隠していたらしい段ボールを持ってきた。
開けてみると、…黒猫が一匹、丸くなっていた。
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「昨日道で拾ったんです。はじめ気色悪いなあっ て思ったんだけど、コイツむちゃくちゃドジで、 俺が振り返ったら車にぶつかってやんの。…専門 外かもしんねぇケド、診てやってくれませんっす か?」 |
ちゃんと敬語も使ってる。ちょっとだけ、気に入った。
「分かった、預かったげる。その代わりちゃんと『あなたたち』は授業に戻んな
さい。……扉の陰のコ、居るのは分かってるのよ。」
「? 俺一人で来たはずだけど。羽柴でも来たんかいな?」この目と言いっぷり
は嘘ではなさそうだ。
それじゃあ『誰』が。胸の奥で何か警告音が聞こえた気がした。
が、かまわず私は扉に近付き、そして、開けた。
ガララッ…。
軽い、目眩。……なにも、何も見えない。
白い闇が広がっていくよう。意識が遠のき、透明になっていくような…。
…とん、とん。
あ、ノックの…音?
オネガイデス、オネエサン。
だれ? 私の「心」、ノックしたの…。
オネガイ、スコシダケココニ
何? イサセテクダサイ。
…不思議。
誰か分からないけど、あなたの気持ち、
分かるわ…。 …ワタシモ。
あなたは、私。 アナタハ、ワタシ。
私は、アナタ。 ワタシハ、あなた。
「ワタシ」は.......。
「ワタシ」は、会いに来たの。遠い、寂しいところから。このひとに、会い
に.....。
だもの。こんなに「ほんとう」の身体って重く、熱く、痛い程に神経が張り
巡らされていたんだ。
あの人は前の街のプレハブで会った時と同じよう、目をギョロギョロさせ、
肩をいからせている。あの時ワタシには体はなかった。怖い、思い出ととも
に亡くしてしまっていたわ。それでもずっとあそこで応えてくれる人を、ワ
タシは待っていた。
寂しくて、心細かったワタシに、言葉をかけてくれたあなた。怒ったワタシ
に本気でぶつかってきてくれたあなた。自分から「扉」を開けてくれた、あ
なた…だから。
「先生、どーしたんスか? さっきから独り言いったり、妙な体の動かし方
して。まるで操り人形の……え?」
きょとんとしている彼を、オネエサンの腕が、優しく包みこむように抱きし
める。目線は同じくらい。大好きな歌手の舟木さんより、ちょっと線が堅い
かな。彼の厚い胸から伝わる鼓動が、少しだけはやくなった…。
「…連れてって、あげるね」微笑みながら彼の耳もとでささやく。くす
くす、真っ赤になった。
「え、なななんスか?ちょちょちょーっっと、は、話し見えねえです!」

「ワタシ、あなたに会いに来たの。遠い、寂しいところから。...連れてって
あげル。『ト・ビ・ラ』ノ・ム・コ・ウ……」
「!」抱きしめて背中にまわした手から熱いものがしたたり落ちた。オネ
エサンの爪が彼をひきさいたみたい。うめき声がもれる。ぎりぎりとあばら
が軋む音。それと一緒に彼の鼓動も弱まっていく。モウスグツレテイケル…
それなのに、彼、私を抱き返した。強い、暖かいちからで。
「 …先生、あんたそのネコと同じ目ぇしてる…。傷ついてんのに、意地はっ
て、そのくせメチャメチャ寂しいって。…逃げねえから、俺。一緒に居てや
るよ。」振り絞るような声で、彼はつぶやいた。
とん…とん…。穏やかなノックの音。それは彼の鼓動。それといっしょに
彼の温もりが伝わってくる。ワタシは、ワタシハちからがこめられない。も
うオネエサンの手を持ち上げることもデキナイ。ホソい、泣キ声が聞コエル。
ワタシガ泣イテイル。涙、トマラナイ。トマラナイヨ。
オネガイ、モウ、ヤサシクシナイデ……。
もう、いい? ……ウン。
この子を、まだ連れていく気なの? ウウン。モ、イカナキャ。
…気持ち、解け合ってたとき、あなたのこと
分かったわ。悪い気はしなかったわよ。
でも、もしあのまま力を加えていたら…この
腕を噛み切っても止めていたわ。
ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…。
前のところへ戻るの? イイエ、モットアカルイ
トコロヘ、イクワ。
「オハナシシテクレテ、アリガトウ。ソシテ、ゴメンナサイ…。」
私の唇を使って、最後に彼女はそう呟いた。
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* * * * * * * * * * * * 白い、闇が晴れた。私の心は「私」だし、体も ちゃんと動かせる。どうやら「ワタシ」...ノックして きた彼女は、無事に明るい処へ逝けたようだ。 さ〜て、問題は血と、私の涙と鼻水でぐっちゃぐ ちゃの、この心優しき原始人=足代をどう納得させる かだな。足下では黒猫がしたり顔で笑ってやがる。 少しだけ、この学校でやる気がわいてきた。 勢い良く手を引き剥がし、私は叫んだ。 「少年っ! 私に惚れるなヨ〜〜〜っっっっ!!」 |
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おわり。
乱文でスンマセンでした(^_^;)。お約束の足代君のショートホラー続編で
す。ちょっと趣向を変えて女性の目から…どうでしょ? この話は@Nifty
のMacフォーラムの企画用に書いたフィクションです。冒頭の部分と魅力的
なキャラクター、安芸原先生を作ってくれたNif会員の☆咲耶様に感謝致し
ます。御感想を御寄せ下さい。ネタになりそなちょと怖い話も(^^;;)。
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