| <1> その晩は11月だというのに、分厚くまっ白い霧が立ち込めていた。 神和住明彦は会社帰りの車の中で苛立っていた。 「ちっ、まったくノロノロ走りやがって、下手くそ共がっ!」 この濃い霧のため、国道はノロノロ運転の車で渋滞していたのである。 「そんなにあせんないでよ、そのうち着くでしょう」 隣の座席で明彦の妻沙織が明彦をなだめている。 明彦と沙織は職場結婚で結婚してからまだ半年になるかならずであった。 明彦は車の運転には自信があり、峠で負けたことがないといつも自慢しているような カーキチであった。もちろん車も国産のスポーツタイプである。 「しっかし、遅いよな〜、このまま走ってたらうちに着くのは明日の朝になっちまうぜ」 「しかたないわよ、この霧じゃ」 沙織が言うように、目の前は真っ白い闇が濃厚なミルクのように前方に立ち込めてい た。前方の5台先の車のテールランプがやっと微かに見える程度なのだ。 「おっ、あそこに道があるっ」 明彦が指さすところをみると、国道から右手の方に細い道があるようだ。 「でも、こんなトコどこに繋がってるかわかんないわよ」 沙織が躊躇った。 「いいさ、カーナビがあるから、なんとかなるさ」 そういうが早いか、明彦は車を国道から細い未舗装の道へ進入させた。 道は車がやっと一台通れるほどの細い道であった。 両側は真っ暗な林のようであった。 明彦はその細い砂利道をグングンと進んで行った。 「へっ、どうだい、車さえいなきゃこんな霧なんかどうってことないよ」 しばらく走ると林が切れ前方が開けてきた。 その時二人は見たのである、前方左斜めの方向に、ぼんやりと仄かに光る光の列 を。 『ギギーッ』 明彦は急停車した。 「な・なんだ、アレ?」 「なにかしら」 30メートルくらい先に、提灯の灯のような仄暗い灯が1メートル位の間隔を空けて20個 くらい、ゆっくりゆっくり移動しているのである。 白い闇の中で微かに瞬きするように、ユラユラと揺れながら灯は移動しているのであ る。 <2> 車の中で二人は息を殺して、その光景を眺めていた。 「もしかして」 沙織が口を開いた。 「昔、おばぁちゃんに聞いた『狐の嫁入り』かしら」 「何、それ?」 「狐がね、こんな晩に嫁入りするんだって」 「ふ〜ん」明彦は半信半疑で聞いていた。 だいたい狐がこんなところに住んでいるだろうか、と思った。 「それでね、それを見たものは間もなく死んじゃうんだって」 沙織が続けて言った。 「えぇぇぇ〜っ、ウソ〜」 明彦は慌てて大声を出した。 「どうしたらいいんだい?」明彦は真っ青になって沙織に聞いた。 「見ないフリして逃げちゃえばいいんじゃない?」 沙織が言った。 「見ないフリたって・・・」 「取り敢えず、ここから逃げよう」 明彦は車のギアをバックに入れ、そーっと後ろに向かってバックした。 すると来るときには気づかなかったが、右の方に道があるではないか。 「こっちだ」明彦はギアを前進に入れると右の方に向かってアクセルを踏んだ。 しばらく走ると白く光る舗装道路があった。 「やったー」 明彦は左にハンドルを切り、後輪をドリフトさせながらアクセルを踏んだ。 車は思い切りよく、道路の方へ向かった。 「あぁーっ!」 しかし、白く光る舗装道路に見えたものは川だったのである。 車は一瞬空中に浮かび、それから川に向かってダイブした。 『ザバーン!』 「なんだ、あの音は?」 提灯を持つ老人が前を歩く男に声をかけた。 「さぁ、なんだべな」 「とにかく、こんな見通しの悪い夜は早く祭りを切り上げるこった」 「んだな」 提灯を持つ男たちは足早に神社へと向かった。 その夜は神無月に出雲へ行っていた神が帰ってくるのを迎える『お返り』と呼ばれる 神事であった。 <3> 白い、白い霧が薄らいでいく。 白い天井のようなものが見えてきた。 「うぅ〜、ここはどこだ」 明彦は朦朧とした頭を振りながら呻いた。 「気がついたのね」 はっとして横を振り向くと、明彦の妻沙織の顔が心配そうに覗き込んでいた。 「沙織〜」 「あ、動かないで、明ちゃんは頭を強く打ってるんだから」 「えっ!」 明彦が頭に手をやると、確かに頭に包帯が巻かれ、頭の中もシクシクと痛い。 「どうしたんだ、オレは?それにここはどこ?」 沙織の話によると、車で川に落ち、3日間意識不明だったそうだ。 「あっ」 明彦は思い出した、狐の嫁入り行列から逃げ出して、道と間違えて川に落ちたこと を。 「それで沙織、お前はなんともなかったのか?」 「ええ、私は気を失っていたらしいけど、怪我はなかったんですって」 沙織はにっこり微笑んで言った。 「そうかー、それは良かった、うっ」 明彦も笑おうとしたが、頭が痛くなり顏をしかめた。 「ダメよ、無理しちゃ、明ちゃんは重体なんだから」 沙織が心配そうに言う。 「はっはー、大丈夫だよ、オレは頑丈に出来てんだから」 明彦は無理やり顏をほころばせた。 「明ちゃんも早く治って私と一緒に行きましょうね」 「うん、治ったらまたドライブしようか?」 明彦はニッコリ笑って手を伸ばした。 その時、巡回に来た看護婦は、不思議な光景を目にしていた。 重症の患者が虚空に手を伸ばし、ニッコリ笑っているのである。 「可哀相に、奥さんを亡くして気がヘンになってしまったんだわ」 看護婦はドアをそっと閉め、患者が意識を取り戻したことをドクターに報告に向かっ た。 ========おしまい。========= え〜と、ここで何が言いたかったかというと、主観と客観ということです。 nirvanaさんどもどもー。小咄初参加、ありがとうございます〜! |