ちょっと怖い小咄。


 
小咄其の八拾伍   

(けっこう怖い話のつもりなので注意)

 整えた髪からするり、とヘアブラシをひきぬく。

途端に男は険しい顔になった。

(まただ…)

50センチはあろうか、長い黒髪がブラシには巻き付いていた。

心当たりがない訳ではない。

肩まで伸ばした茶髪に端正な顔立ち。男はかなりもてるほうである。

言い寄って来た女性も多いし、現に今も二股をかけた女のマンション

から朝帰りをし、身支度をしていたところである。

「あの女、こんなに髪が長かったっけ?」

男はからまった髪を洗面所に投げ捨てた。

 男は女癖が悪いのは変わらなかったが、いつからかセミロング、

ショートヘア女性とばかり付き合うようになった。時には無理やり

髪を切らせることすら。それでも

するり。

「なんだよ! どいつの髪の毛なんだ?」

髪をすくブラシや指にからまる長い黒髪。男は日増しに神経質になって

いった。ナンパや合コンの回数が減り、盛り場に悪友と行く回数も増え

る。そんな時、遊び仲間が酒場でひそひそ話すのが聞こえた。

「×××、あの子やぱり自殺なんだってな。」

「ああ、あの長い髪の」

「!」

男は二人につかみかかるように女のことを聞いた。

「な、なんだよ、お前が前に付き合っていた子じゃないか」

「振られたせいじゃねえの?」

思い出せない。

確かにそんな女もいたが、顔すら覚えていない。平凡な、特徴もない、

ありきたりの…だが、確かに見事な黒髪だった。それだけは記憶に

ある。

男は息せききってマンションへ戻った。言いようのない不安感、恐怖。

ドアの鍵を閉め、顔を洗い、ばりばりと髪をかき乱す。

(いったい、なんだってんだ?)

そんな髪の毛しか特徴のない奴なんか、振られて当然だし、忘れられ

ても仕方がない。そう思い込もうとし、自分の茶髪からかき乱した指

を抜く。

 ずるり。

黒髪が大量に引き出された。

「う、うわあああああ!」

男は必死にからみつく黒髪を引き抜こうとした。

 ずるり、ずる。

震える手にそれは生きているかのようにまとわりつく。どうして捨てる

のか?、と非難するように。

「ひ、ひ、ひいぃッ! だ、誰なんだよ!」

男の悲鳴が絶叫に変わる時。

 ずるうり。

男の頭部から、黒髪とともに女の頭部と、額と、恨めしげな目をした顔

の一部が現れた。

 男は思い出した。「それ」が誰で、どんな顔をしていたかを。どれだけ

髪を大事にしていていたかを。髪の毛だけに執着する女に嫌気がさして、

ひどい悪態をつき女を捨てたかを。

 

 崩壊する意識のなか、男は思い出した。


 ・・・おしまい。

2008/5/25(日)  up

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