ちょっと怖い小咄。


 
小咄其の六拾八   笑いのユニバーシティ(後編)

(この作品は小咄其の伍拾四『笑いのユニバーシティ』の続編になります)

「ようやくマフィアのアジトを探り当てたな」

「ここに私達の希望の光、”伝説のお笑い”がいるのね」

”お笑い”を忘れた遠くない未来。レジスタントの稲垣広司と三谷喜子は呟いた。

「ああ、みんな、行くでえ!」

関西出身の役所吾郎が地下室のドアを押すが、びくともしない。

「む? んんんんん〜っ!」

顔を真っ赤にし、汗だくになっても開かない。試しにノブを引くと扉は…簡単に

開いた。

「たいへんだったね」

肩で息をし、汗と鼻水だらけの役所に稲垣は渋い顔で言った。

「ぜー、ぜー、せ、せやな。いつ敵が出てくるかわからん、みんな慎重に」

ガンッ。

役所はバケツに足を突っ込み、そのまま前方回転でゴミ箱に突っ込んでいった。

頭から残飯をかぶり、白目を剥いている。

「んがごげ」

口にはかびたパンが。

「たいへんね」

三谷が美しい顔を歪め言う。

レジスタントの皆が心の奥で(何かが違う)と感じている。こういう奇妙なシー

ンの連続に遭った時、生じる感情…それが我々が失ってしまったものではなかっ

たか?

懊悩したまま一行は先に進む。役所はへこへこと付いて行った。

「え、ええか。この先の倉庫室に伝説のお笑い芸人がおるらしいで。みんな音を

立てるな…」

ガチャドチャガラララ〜〜!

今度は扉は前に開き、賑やかな音を立てて役所は転がっていった。

「ぎゃふーん」

稲垣が抱き寄せる。

「お静かに」

ピカッ

照明が稲垣たちにあたる。ライトを付けたのは黒のスーツに身を包んだ、暗黒街

のマフィアたちであった。

「く、見付かったか!」

「それだけ大騒ぎして、気付かないとでも思ったか。馬鹿め」

苦々しく言う。ボスは三人を手下に捕らえさせた。

「お前達が探していたのは、こいつだろう」

余裕の困り顔で彼が連れてきたのは…


「ふごふご」

赤い着物、羽織といういでたち。猿の干物、というか髑髏に申し訳程度に皮と筋

が貼り付いた珍妙な生物がそこにはいた。

「そ…それって?」

三谷が問う。

「そう、落語家の三幽亭炎獄。伝説の"生きたお笑い"だ」

ボスの言葉に一同は驚愕の声を上げる。

「なんやて!」

「もう絶滅したと言われた落語家が…」

「即身仏かと思ったわ」

ボスはますます困った顔で得意げに話す。

「そうだ。最後の生き残りだ。わしらは"笑い"がビッグビジネスになるとにらん

で書物やいろんなメディアを探し、隠し持った。だが…」

悲しげな顔で一息をつく。

「どれも笑えなかったんだろう?」

別の方向から声がした。

「てめえ、誰だ!」

こりゃまたグレーのスーツに身を固めた一団が拳銃を手に現われた。

「内閣諜報部の者だ。落語家と他のお笑いメディア、すべて国家の財産だ。大人

しく返してもらおう」

つまり笑いを封じた張本人たちがやって来たのだ。マフィアたちも身構える。

「我々も、"笑い"を管理するだけのつもりが…思い出せなくなってしまったのだ

よ。昔の笑い話や落語というものを言葉を解析し、実験したが効果が得られない。

一度沈静化してしまった感情を呼び戻すには、笑いを知る人間が心をこめて笑わ

せるし かないのだ。彼でなければそれは不可能なのだよ」

一触即発。

政府と闇マフィアとレジスタンス、三つ巴の攻防となった。

 その時。

「ホント」

小さな動物のような落語家の口が動いた。いきなり回線が繋がったらしい。かな

りボケてはいるが、話しっぷりだけはしっかりと。

「ホント、大変なんですから。まったく体だけは大切にしてくださいよ。どぉ、

すぃあせん」

…しばしの沈黙。そして。

「ぷ」

「あ、あは、はははは」

自然と顔が奇妙に曲がる。さらに師匠が言葉を紡ぐ。

「新年に、坊主が二人で和尚がツー」

心の置くから不思議にわき上がる感情。

「わはははあははははあははははははははは!!」

マフィアのボスが、諜報部のリーダーが、稲垣が爆笑した。心が晴れ晴れとして

体も軽く、力もみなぎる感じだ。涙がこぼれ、目の前が灰色からバラ色になる。

「う、うふふ、こ、これが笑い? すごいわ、何もかも違って今までの自分が嘘

のよう。うふふふ」

「ぎゃ、ぎゃはははははー、た、たまらん、こら傑作や。ケツがサクッと」

「ば、ばか、変なこと言うな。わはは腹がよじれる」

腹を抱えて笑ううちに三幽亭炎獄師匠の体はポンっと投げ出された。

「いひひひ、い、今だ落語家を、いひひひひとらえろ」

ぽんぽんとトスされ、人手に渡って行く生きた伝説。

 笑いは伝染する。

抑えられていた感情が暴走し、全員が笑い出した。それでもなおマフィアと内閣

諜報部、そして稲垣たちレジスタンスの”お笑い”争奪戦は続く。

「はははは、これは凄い。早速我が国が管理して」

「ぐわははちょっと待て、コレは我々ボケット団のものだ。わしらの金づるじゃ、

ぐわははは」

「何だよボケット団てウハハハ」

ぼそり、と師匠の口が動く。

「布団が吹っ飛んだ」

ワハハハハハ!

「ひぃふぅみぃよぉ、いつむぅ何時だい?」

ヒャハハハハハ!

「コマネチ」

もう、何を言ってもおかしい。笑いが止まらない。役所も三谷もひっくり返って

笑い転げている。…こりゃあ、確かに世の中を変えるな、そう稲垣は途切れそう

な意識の中で考えた。

 そうして笑いは感染拡大拡張革新されていった。禁笑法は自壊、マフィアの企

みも潰えた。世界は稲垣たちの希望通り、笑いに満ちハッピーなものへと変わっ

ていった。多少、いやかな りお気楽でイイカゲンではあったが。

 

 ちなみに三幽亭炎獄師匠は今も壇上に上がっている。

                                           


 ========= ・・・おしまい。 =========




2007/04/07 (土)  up

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