小咄其の弐拾 カ マ ド ウ マ の 夜
マタギの甚平はある虫が嫌いだった。文字通り、虫が好かないというやつである。畑も耕す彼は害虫だろうが毒虫だろ
うが怖くはない。ただ…
カマドウマだけは特別だ。以前疫病で死んだ隣の爺さんと同じような、不健康な肌色に茶色く浮かんだ痣かシミのような
模様。便所コオロギのあだ名の通り、わざわざ不快な場所を好んで住み着く。
そのくせ、これがまた元気なのである。まるまると太った胴体やむやみに長い脚。それがぴょーんっと跳ねる。跳ねて迫
ってくる。そのくせ叩けばすぐ死ぬ。その極端さがどうしても許せないのである。
今夜も薄暗がりからそいつはやってきた。
「しっしっ! あっちさ行け!」
追い払えば、不思議と寄ってくるものだ。業を煮やした甚平さん、手元の薪を投げつけた。とたん!
「う、ぅわぎゃーっっ!」
カマドウマはオソロシイ跳躍力で甚平の顔めがけて飛び掛り、見事彼の鼻の頭に着地した。目を白黒させて鼻の上を凝視
する、と。
「ワシもお前が嫌いじゃよ」
それはシミだらけの老人の顔を憎々しげに歪ませ、そう言い放つとまた、ぴょーんっと飛んで逃げていった。