ちょっと怖い小説。(4)



【プロローグ:人形を売る老人】 
 
 久しぶりに晴れた日曜日。

古い団地と、それなりの値段の建て売り住宅が並ぶ住宅街に私はいた。ここに越して来た友人

を訪ねてやってきたのだが、近くまで来て私は彼に会うのを少しためらっていた。つのる話も

多い。会ってどうしても言わなくてはならないこともある。しかし、それ以上に「激しい感情」

が私を躊躇させていた。

今、あいつに会ったら…。

 気晴らしにぶらぶらしていると、団地近くの公園でフリーマーケットが開かれているのが目

にとまった。

「ママ、これは買えるの?」

「う〜ん。とりあえず聞いてみようか」

雑多な顔ぶれ。若い母親や最初の仕事をリタイアしたような爺さんもいる。みんなニコニコと

楽しそうだが、その顔を見ても私の気は晴れない。

(やはり出直そう。)そう思い踵を返そうとした刹那、私は誰も注目しない、明らかに場違い

な装いの老人のブースを見つけた。

初夏の気候だというのに黒い外套に身を窶し、フードの中から覗く容貌は長く伸びた鼻に干涸

びた肌、白く枯れた長髪に沢山の飾り…。

あまり関わりあいたくない手合いだ。なのにどうしてもその、老婆だろうか? 彼女の前から


目が離せなくなってしまった。そこにただひとつ置いてある、売り物であろう人形…アンティ

ーク・ドールが気になるのだ。

少々薄汚れているが、整った顔立ちに栗毛色の巻き毛、古風な洋服。よくあるセルロイド人形

だ。

なのに、「何か」が違う。

異常だ。何かが、これは…この世の物ではない何か別のいやいやそんなはずはでも確かにあぁ

あぁあああああああ……。

「お客さま」

初めて、老婆が口を開いた。黒くくすんだ色合いのなかで歯の無い口蓋だけが赤かった。

「この人形がお入り用ですな」

私は答えられなかった。何故ならもう出すべき答は彼女に判っているから。

陽射しがさらに強くなり、私に噛み付いてくる。冷たい汗を滲ませている私に、最後に老婆は

ささやいた。

「よく効きますよ、この娘は…。憎むべき相手を呪い殺すのに、ね。」

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 新興住宅地からの転入生が多いこの学校にはわりと変な奴も集まって来る。

春が過ぎ夏が来て、随分と友人関係も固まってきたが、中でも爆弾級のインパクトのあるのが

足代(あじろって読む。念のため。)って奴だ。

とにかく豪放とゆうかまんま野生児とゆうか、授業の途中でもぶらっと現れては寝るだけ寝て

帰っていく。御法度のバイクを乗り回すが暴走行為をするでもなく、ひたすらウィリーの練習

をしては「落馬」して喜んでる。空手も習っていて、「羽柴、お前なら片手で殺せるかな〜?」

などと物騒なことを口走る。この前なんかひき逃げされた猫を連れてきて勝手に学校で飼い始

めた。

ただ頭ン中はまるきり北京原人ちゅう訳ではなく、趣味はギターと油絵。今は俺と同じ美術部

だが、前の学校じゃアイドル研究会に入ってて、同胞…というより、子分を沢山作っていたよ

うだ。

 問題は多い男だが先生や仲間の受けはすこぶる良い。それと…何故かお払いが得意だという

噂がある。(保健室の美人養護教諭と一緒に霊体験をして仲良くなった、とゆう話もあるくら

いだ。)

なんとなく馬が合うらしい俺はよくこいつの怪談話に付き合わされる。はっきり言って迷惑だ。

「でな羽柴、その峠でタイムアタックしてたらヨ。トンネル出て来た対向車のバイクの兄ちゃ

んがピースサインしてくるからこっちもピース返したのヨ。そしたら前輪と首から上が無い

でやんの。何も昼日中から出なくてもイイと思わねえ?」

「だあ〜〜っ足代〜っ!! デッサンやってる最中にンな話ばかりするんじゃねえっ。ここは

オカルト研究会じゃねえぞ!」

……やはり大迷惑だ。

そんな中で、こいつが最近経験した、ちょっとだけ恐い話をしよう…。

紅 い 瞳 の 人 形

- 前 編 -

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 1学期ももうすぐ終わりに近付くと、学校もそわそわと落ち着かなくなる。夏休みに必要以

上の期待や夢を追い求めるやつらもいるが、部活をしている者はそんなのには構ってはいられ

ない。夏期合宿や秋の学祭に向け、男女合わせて10名の弱小部である俺達美術部も持つ筆に

力が入る…はずだった。実際は暗い、古ぼけた、今にも壊れそうな部室でみな暑さを我慢し、

ため息をはきつつ絵を描いている。

 そんな中、ひとりだけ一昔前のアイドル物の鼻歌を唄いながら絵を描いているヤツがいる。

「どしたの羽柴? 他のみんなも暗いよ。」

「足代〜。お〜ま〜え〜のぉせいだろが!」

そうなのだ。生まれる時代を数千年間違えたこの男のせいで、我等全員がクーラーの効いた美

術室を追い出されたのだ。結果、この取り壊される寸前の旧校舎の1室を部室にさせてもらっ

ている。暑いわ暗いわほこりっぽいわで、志気が上がるはずもない。

「なんでえなんでえ、ちょっと部室でピンポン野球やっただけじゃねーの。お前も共犯だろが」

「ぐっ…。」

部室で大騒ぎを始めたのはコイツだが、乗せられたのは確かに俺達だ。それは認める。だが退

去命令のもととなった、20万もする美術の専用照明をバットで粉砕したのに全然悪びれないコ

イツの神経は異常だ。

すっとぼけたまんまで足代は悠然とキャンパスに向かった。独特の色使いと構図だ。なかなか

真似出来るものではない。

「人の考えてることがバラバラなように、見え方だってホントは別なんだぜ。同じモチーフで

も俺にはこう見える。知り合いで死にそうなヤツの手相を見て判るコもいるぜ。」

「ま、またその手の話で誤魔化す気だな? で、どう違うんだ、手相って。」

こういう時は決まって真顔で足代は云う。

「簡単だよ。緑色に見えるんだって。」

その場の全員がクーラーよりききめがあるコイツの話に身を凍らせたその時。

ガララ……

 部室のドアが開き、三人の男達が、入って来た。同い年ぐらいか、見なれない制服だ。

「よう足代ぉ、久しぶり。」

他の人間には目もくれず、足代に向かってまん中の小太りがくぐもった声で云った。…こいつ

ら、ひょっとして。足代も気付いたようだ。

「お〜お〜、お前らか! 懐かしいなあ。前の学校じゃ随分世話したもんナ。えーと、名前は、

あー、ま・いっか。」

忘れてやがる。確か前の学校で足代がアイドル研をやってた時のとりまきだ。以前このトリ頭

が俺に話した通りの容貌だ。

 が、しかし。

こころなしか生気がない。心ここにあらず、と云った感じだ。何か…いやな感じがする。俺も

足代の影響を受け過ぎたか?

「ああ、いろいろお前には世話になったしナ。こっちの学校じゃ美術部だって聞いたもんで、

いいものを持って来たんだ」

そう云ってやせぎすが背負っていたナップザックから取り出したのは、古ぼけた洋風の人形だ

った。少々薄汚れているが、整った顔立ちに栗色の巻き毛のセルロイド人形…。

 目は。


閉じている。何故だかほっとした。

「旧友と親交を深めようと来たんだ。他のみんな、ちょっと邪魔なんだけど」

天然パーマの男が不遜な態度で云った。そこにいる部員全員が気色ばんだが、三人ともそんな

のはお構いなしとでもいう感じだ。一度も目を合わせようとしない。流石に副部長の俺として

も放ってはおけない。イーゼルをどかし、立ち上がりかけた、その時。

「な、みんな悪ィ。忙しいのになんだけど、今日はこの部屋、空けてくれねえか?」

意外にも足代は三人組の側に立った。が、それ以上に意外だったのはコイツが下手に出て、あ

ろうことか俺達に「悪い」と云ったことだ。

 多少不満は残ったが、俺も含めみんな一応納得し、部屋を譲ることにした。そして、足代と

三人と人形だけが夕日が差し込む旧校舎に残った。

これから後は足代があとで語ってくれた事である。

 三人が、人形を前に突き出し、ほぼ同時に云った。

「…これ、呪いの人形なんだぜ…。」

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「…呪いの、人形…?」

 青ざめた顔で足代が繰り返した。普段のコイツからは信じられない。人の話は聞かない、わ

がままは云いたい放題の天上天下唯我独尊男なのに。

「そーおー、呪われたあ、人形。作った人形師のノロイで、ね。死相が出ている人間に会うと

こう、目が赤く輝くのぉ。ひゃひゃひゃ!」

「あか〜くナぁ」

「普段ンはミドリイロ、きれえいなあ。でも」

三人が口をそろえて云う。

紅く光ってそいつの寿命を 削りい取るんだあああああぁ!!

そこまで云うと、三人組はげらげらとまるで気でも触れたかのように笑いだした。うわずった

声で足代に詰め寄っていく。

「俺達には緑色に見えるけど、足代お、この人形の目は何イいろでしょう、かアアア?」

熱に浮かされたような顔で足代を覗き込む。抱き起こされた人形は、

自動的に目蓋を上げる。

足代が見たのは…。

真っ赤、だ。」

こわばった様子で足代はそれだけ答えた。にじむ汗は、暑さのせい

か。

「ぎゃははははっ残念ンー。どうしようネ?足代ちゃん」

「死んじゃうかも〜。」「死ぬんだ!」

首をがくがくと揺らし、ろれつも回らないかのような状態で、三人は旧友の不幸を肴に踊って

いた。

「…俺、保健室へ行って来る。すぐ戻るから動かねえで待っててくれ!」

足代はその場をいたたまれないかのように、足早に去っていった。

「逃げないでネ〜、すぐ戻ってらっしゃい弱虫の足代おおぉ。」

下卑た笑いがたたみかけるように木造の旧校舎を震わせる。最後の夕日が三人組とアンティー

クドールを、血と闇の色に染め上げた。

 『紅い瞳の人形』                 後編へ続く