闇の診殺医 大薮ひかる -外伝4-

  (怖い視覚)

キャラクタ原案:HIRO様&BEN様 イラスト:BEN様&JIN

1.

 昼でも日の当たらない雑居ビルの一室、看板もないうさん臭い店が並ぶその中に、 「大

薮眼科」とドアに書かれた一室があった。そこにやって来たひとりの女。流行の ファッショ

ン、手入れされた巻き毛の長髪。美しいが整い過ぎた、年齢の読めない顔。

それは表情もなくさながら人形のよう。

「…どなたか、いませんか?」

女が部屋に入る。部屋はさらに暗く、チューンの外れたラジオのニュースが聞こえる。

歓楽街に起る通り魔事件、美少女たちの顔を切りつけられる…そんな物騒な話題 ばかりが。

奥から涼やかな声が響く。

「――いらっしゃい。よくこの病院にたどり着いたわね。」

まるで客が来るのが不思議だ、とでも言いたげだ。陶磁のような肌、整った顔立ち、 神秘

的な黒瞳。黒のスーツに白衣をかけたラフないでたち。相対する女とまた別に現実感が乏

しくなる美貌である。しかし圧倒的な瞳の奥の光…意志の強さが見える。 そんな女医に羨

望とも敵意ともとれる視線を投げ、女は言った。

「…きれいに、なりたいの」

2.

「なに言ってんの? ここは眼科。美容外科じゃ…」

ない、そう言おうとした大薮の言葉を遮るように女は話を切り出す。切実な口調だが、表

情は変わらない。

「私、整形手術は何度か受けています。初めて整形した時は皆が私を振り返り、賛美 し求

愛してくれたわ。私、幸せだった…でも、それも束の間のこと。どんなに顔を整形しても

美の基点は移り変わり、飽きられ、疎まれていくの。一番の美人にはなれないのよ!」

青白い顔で吐き捨てるように言う。

「そう、それで何度も整形を繰り返して…でも、そんなの気にしていいたらノイローゼに

なるわよ。粘土細工じゃないんだから、整形のし過ぎはよくないわ。顔の神経が硬直気味

だし、若干顔面神経痛も入っているわね。とにかくしわの一つもない顔なんて」

「いやッ! わ、私は綺麗でいたいの、皆がうらやむ美貌でなければいやなのよ! これ

以上整形できないなら、他の女性の美しい顔を見るくらいなら…いっそ、この目を潰して

ほしいわ…」

錯乱する女。手をカバンに差し込み、何かを取り出そうとしては、自らそれを制する。

「ふうん。それで目の手術を? さすがにそれは勘弁だわ。」

(実験も出来ないし、ね)小声でつぶやく大薮。

「確かにその顔はもういじりようがないわ。どこかの歌手のように崩壊しかねないでしょ

うし。―――なら、あなたより美しい顔が見えなくなれば、良いのね?」

眼科医の黒い瞳が、残酷に輝いた。

「ええ、お金ならいくらでも出すわ。どうせ馬鹿な男たちに貢がせた金がいくらでもある

し。こ、このままじゃ、私、また何をするか…先生、あなたのような綺麗な顔を…切り刻

んでやりたい…!」

わなわなと手が震え、女の瞳に闇の濃さが増す。女がカバンに隠し持ったカミソリを持ち

出そうとした時、強烈な睡魔が女を襲う。

「承知しました。担当させてもらいます”闇の診殺医”大薮ひかるです。あなたがここに

来れたのはあなたに歪みがあったため。社会に歪みがあったため。そういう歪みを正すが

私の努め。きっとあなたが、社会が認める成果をあげてみせますわ。たとえ少々強引でも、

ね…」

「あ、ああ…」

 その手にはいつの間にかスプレー缶があった。催眠ガスにまどろむ女に大薮は艶然とほ

ほ笑み、ゆっくりと歩み寄っていった。


3.

「―――はい、術式、終了。2〜3時間で包帯は取れるわ。」

「そ、そんなに早く?」

術後。手術台から起き上がった女は大薮の声のする方向へ問い尋ねた。不安がる彼女に、

大薮は手を握り優しく答えるのであった。

「親切、スピーディが売りなの、ここ」

 そして時は経ち包帯は解かれ、恐る恐る目を開く。女が見たのは…

「うっ」

少し離れた暗がりから、ガマガエルのように歪んだ顔の女医が眼前に現れた。

「ふふ、とんでもない物を見たって顔ね」

近付くにつれ、顔の歪みが戻り、大薮の端正な顔となった。

「ど、どういうこと?」

「眼球の屈折率とピントを調整しました。それから、脳の一部に繋がる神経も」

「神経って…それに今の、なんなの? あなた顔が」

「世の中にはいろんな奇病があって、人の顔を認識できない、という症状があるの。疑似

的にそれに近い状態が再現出来るようにしてみたわ。魚眼レンズを逆さまにしたように遠

目に写る人 の顔だけが歪み、近付けばそれは普通に見える、というわけ。」

なるほど、大薮が後ずさりすると、顔はまた醜く歪んでいった。

「本当に信頼出来る人や顔の美醜を気にしない人以外は近寄らせなければ、あなたの周り

には醜い人間しかいなくなるわ」

「ほ、ほんとう? ああ、すてき…夢のようだわ」

女ははじめて堅い笑顔らしきものを見せた。

 費用を聞く女に、術後の経過だけ知らせてくれれば良いという女医。女は礼もそこそこ

に、眼科を後にした。

4.

 深夜のホテルで。

「いや、来ないで! あなただってガマガエルのくせに!」

「なんだよ、ケッ。お高くとまってよ、性格ブス!」

手術を受けた美女だ。汚いものを見る目で男をにらみ、部屋を出て行く。

その後、女は人との付き合いを以前より極端に避けるようになった。遠めに人の顔を見て

はほくそ笑む女に、彼女に恋慕していた男たちも、友人も、怒り気味悪がって離れ始めた。

(どんなに醜態をさらしても、あの醜い奴らよりは何万倍も私は美しいわ…)

傲慢さが彼女自身の立ち振る舞いや身なりを、心身の醜さすらを助長させる。

―――そして。

 ずる、ぺたり。

「お、おい。あの女」

「し、目を合わすなよ」

「ああなっちゃあねえ…」

薄暗い街明かりの夕べ。前かがみに体を歪め、のろのろと裸足で徘徊する女がそこにはい

た。髪もぼさぼさに乱れ、服装も肌の手入れもおざなりだ。ぶつぶつと独り言を言い、時

折り獲物を狙うかのように、濁った目で他人の顔を覗き込んでは悦に入る表情を見せる。

「ぐえぇえええっ、げっげっげ」

―――それは、

ガマガエルのようだった。

「―――彼女自身は、お幸せのようね。さよなら、世界一の美女さん」

 雑居ビルの窓から女を眺めていた闇の診殺医は、静かに窓を閉じた。街頭のニュースは

通り魔事件の犯行がばったりと止んだ事を伝えている。

 夕闇は落ち、窓もビルも闇の中に、消えていった。

        闇の診殺医大藪ひかる - 外伝4- 「目」(怖い視覚) …終わり。

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 ここまで読んで下さった皆様、どうもありがとうございました。

前作が07年ですので、今回はわりと早くあがったかな? やっつけなので誤字脱字矛盾等、

いっぱいあってすいませんでした(^^;


久々の大藪女史の出番です。持ち味はトンデモ手術と悪に対する倫理観の欠如(爆)みたいな

人なのですが、やはり根底にあるのは「BJ」だったり高橋葉介氏の怪奇短編だったりします。

それになんだかんだ言って勧善懲悪、信賞必罰、そういうお説教めいたものが好きなんですわ

私みたいなオッサンわ(笑

よかったら感想批評、お聞かせ下さいませませ。それでは。


                           2008/8/22  UP

                
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