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1.
「お、お願いです。彼女を助けてください!」
そう叫び、蒼白な顔で青年は部屋に入ってきた。肩まで伸ばした 茶髪、端正な輪郭に涼
しげな目元。品のよさそうな白いシャツを…
赤く血で汚して。
/
「あら、急患かしら。よくここまで来れたこと」
薄暗がりの部屋で、女医は囁くように言った。妖艶に微笑む真紅の唇。
ドアには「診殺室」、と書かれている。
シンプルな黒のワンピースに白衣を無造作にかけている。深めに切れた 胸元や腕からも引
き締まった美しい陶磁のような肉体が見てとれる。
なびく長髪。黒く輝く瞳。
「ふうん。それで、彼女って…それ?」
「な、なに言ってるんですか。もちろんですよ。彼女以外に誰がいるん です!」
神経質そうに眉を吊り上げ男は叫ぶ。彼がかき抱いているのは―――
引きちぎられた、白い、女性の右腕だった。
2.
「本当は、ちぎれた身体のほうにする応急処置なんだけど」
そう言いながら美しき女医は腕の断面を縫い治療を施した。傷口はみるみるうちになくな
ったかに見えた。水槽のような透明な箱に入れる。何かしらの培養液に浸かり、ゆっくり
と沈む白く艶かしい右腕。それは何か別の生き物のようにも見える。
「すごい、神技だ…。あ、ありがとうございます。その、そう、この 先で大型トレーラー
にマナミは轢かれてしまって…体はもうボロボロでした。せめて腕だけでも、生き残って
くれたら。いや、彼女の腕は 美しくて、本人も自慢していました。この腕こそ、彼女自身
なんです!」
北大路と名乗る青年は整った顔を歪め、女医に詰め寄った。
「ふうん…執刀医の大薮ひかるといいます。患者に繋ぐ処理じゃなくていいのね。なら…
あなたが望むなら、"彼女"を助けることも、出来るわよ。つまり、人工血液や薬液を循環
させ、腕だけで生命機能を維持させることも。フフフ、とても倫理上はお勧めできないけ
れど。」
男の目がぎらつく。人を超越した視線の女医の黒い瞳を見る。
「ええ、ぜひ! お願いします。彼女もそれを望んでいるはずだ…僕たちは相思相愛だか
ら…」
「わかったわ。―――私は"闇の診殺医"。世にとっての悪しき患部をえぐり取り、治癒す
るのが生業(なりわい)。でも覚えておいて。偽りの依頼なら、いつかそれ相応の報いがあ
ることを。」
。
数日後。青年の住まいだろうか。広々としたマンションの一室、しかし窓にはどこもカ
ーテンやシャッターが閉じられ、目張りがしてあり、光は差してこない。昼も夜もない世
界。 中央には…水槽に浮かぶ美しい右腕があった。
「ただいま。帰ってきたよ、マナミ。寂しかったろう?」
腕に語りかける北大路。水槽から青白い腕を取り出し、濡れるのもかまわず抱き寄せる。
うっとりと白い指を見つめ、己の指を絡めた。
「今日はマニキュアを買ってきたよ。君の好きな赤だ。血のような、真っ赤だ」
ほほ笑みながらつぶやいた。
。
3.
<行方不明の女性、轢死体で発見さる>
<監禁か? 虐待の痕跡も>
<未だ右腕は見つからず>
診察室で。新聞の事件欄を眺める大薮のところに、顔面蒼白になり、髪を振り乱し、北
大路が現れた。
「うん、どうしたの? 保存液と人工血液の交換はまだのはずだけど」
「せ、先生、マナミは、…本当に生きているんじゃないですか?」
「何を言ってるの? それを望んだのはあなたでしょ」
悪戯っぽく笑う大薮。
「今朝、水槽を見るとマナミ…マナミの腕がドアの近くまで飛び出ていたんです。どう見
ても自分で動いたとしか思えない。ま、また逃げ出すつもりなのか…」
「あら。相思相愛じゃ、なかったのかしら」
男は激昂した。
「当たり前だ! 美しく完璧な僕に愛されて、逃げようとする、は、はずが、ないッ――
こ、今度こそ、マナミは僕の言うことだけを聞く存在になったはずなんだ。」
豹変した態度にも大藪は動じない。
「逃げようと、か。極度の強迫観念から、腕を生きているように思い込み、自作自演で腕
を移動させたんじゃないかしら。」
女医の問いも耳に届いているかどうか。
「さ、最近耳に響くんだ。キチキチ、って床を引っ掻く音が。前にも聞いた音だ。
マナミが僕の言うことを聞かないんで"躾"をすると、彼女は足を痛めつけても手だけでも
這って僕から逃れようとするんだ。キチキチ、キチュリ、って。い、いくら爪が折れるか
ら、と言ってもやめないんだ…!」
青年は独白を続けた。女医は立ち上がる。
「私にも臓器や身体の部位の保管や一時的な延命はできても、まさか腕に知能を持たせる
ことは出来ないわ。…ただ」
大薮の目が残忍に光る。
「"生きている"ってことはどういうことかしら? 意識があるってことなのか、もっとス
ピリチュアルなことなのか。昔は心臓が心や魂のある場所、と考えられていたわ。もしか
すると臓器や手足にだって心があるのかもしれない。腕にだって、魂が宿っているかもし
れないわ。憎しみを抱いて、復讐するかもしれない…」
わざわざ北大路の後ろにまわり、自分の白い二の腕を彼の首に絡ませてみせた。
「ヒイ!」
北大路は叫び、"診殺室"を飛び出した。
「監禁、暴行事件の常習犯、北大路の治療と診察、最終段階…フフ」
闇の診殺医は黒いカルテに記述 し、何事もなかったかのようにそれを閉じた。
。
4.
赤いスポーツカーが勢いよくマンションの車庫に入る。北大路の車だ。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
マンションに戻った北大路は赤いマニキュアを塗った腕を水槽から取り出した。
「マナミ、お、お前…」
そして、床を見ると―――
「うわあああああッッ!」
フローリングの床には爪の掻き傷、そしてマニキュアで字らしきものが書かれていた。
/
イタイ コロサレル ニゲタイ ウデガ ニクイ シニタイ
コ ロ シ テ ヤ ル
/
「あ、あああ」
冷たい汗がどっと吹き出る。生々しいその腕に今さらながら恐怖を憶え、それの血管がぴ
くりと動いたと同時に、彼は腕を部屋の奥へ放り投げた。ごとり、と腕は床にぶつかり、
その反動か、「キチッ」と床を掻く仕種をした。
バタン! 外に出て部屋の鍵を閉める。半狂乱になった男の耳に、ドア越しに微かな音が
聞こえる。
キチ、キチ、キチチ・・・
きちゅり、きちゅり、きちゅりきちゅり・・
きちゅりきちゅりきちゅりきちゅりきちゅりきちゅりきちゅり
「ひ、ひい、ゆ、許してくれ、マナミ」
北大路は再びスポーツカーに飛び乗り、深夜の道路を暴走した。
「あ、あれはマナミなんかじゃない。そ、そうだ、他の美しい腕を、女を探すんだ。僕の
言うことを聞く、ぼ、僕だけの奴隷を…」
きち。
車外から、乾いた音が響く。
「な! な、なんで!」
アクセルを踏み込む。スピードは増すが、その音は付いてくる。
きち、きち、きち、キチキチキチチチチチチ…
「ぎゃあああああっ・・・」
/
/
翌朝。
朝もやの中、パトカーが走る。交通事故の通報を受け、現場に向かう途中である。
キチキチ、と乾いた音がする。
「ああ、またタイヤの溝に小石が挟まったな」
「嫌ですよねえ、この音。車輪が回転するたびに道路と擦れるもんだから、車の速さに合
わせて鳴るし。まるで追いかけられているみたいだ。」
若い警官がぼやいた。
キチ、キチ、キチチ。
/
/
二人は現場に到着し、検証を始めた。
「夜にライトも点けず、暴走、自爆か。」
「うわ、車もそうだけど、中の男も…グチャグチャだ」
「ひどいな…うん? 右手だけはきれいだな。」
「でも、なんだか痣がありますよ。五本の、指で、締めたみたいな」
二人は顔を見合わせ、気色ばんだ。
。
反対車線のやじ馬の中で白衣の美女がそれを見ている。診殺医はメスのように冷たい笑
みを浮かべると、無言で去っていった。

闇の診殺医大藪ひかる - 外伝3- 「腕」(怖い聴覚) …終わり。
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ここまで読んで下さった皆様、どうもありがとうございました。前作が03年ですので、
4年ぶりになります(汗
よかったら感想批評、お聞かせ下さいませませ。それでは。
2007/11/18 UP
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