☆02年1月 28日(月)於 六本木 スイートベイジル(STB)139
  『
越智 順子〜CD“Jesse”発売記念LIVE

   
出演: 越智 順子(vo)
     大石 学(pf、key)、納 浩一(b)、セシル・モンロー(ds)、多田 誠司(as、ss)、道下 和彦(g)


ファースト・セット
  @シスター・セイディ、Aデイ・バイ・デイ(〜マシュケナダ)、Bラブダンス、Cくよくよするなよ、Dダニー・ボーイ、Eバイ・バイ・ブラックバード、Fラビング・ユー・ワズ・ライク・ア・パーティ

セカンド・セット 
 @恋人よ我に帰れ、Aジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス、Bシェイプ・オブ・マイ・ハート、Cユー・ガッタ・ビー、Dエブリシング・マスト・チェンジ、Eスペイン、Fア・ナチュラル・ウーマン

アンコール
 @ジェシー、Aユーブ・ガット・ア・フレンド


昨年11月にメジャー盤としては初の作品となる『JESSE』を発表したお馴染みのオチジュンこと越智順子さん。 当夜は、都内では最大級のライブ・スポット、『STB139』(キャパシティは300席以上)にて、そのCD発売を記念した一連のライブ・シリーズの締めくくりとも言えるスペシャル・ライブです。

仕事の都合で、開演予定の20時ちょい過ぎにお店に到着。 『STB139』は、毎度、定刻通りにライブがスタートする店なので、恐らくオチジュン登場前のインスト演奏が既に始まっているのだろう、と思いながらエントランスの受付でチャージを払ったり、クロークにコートを預けたりしていると、案の定、分厚い扉で仕切られた店内から、生演奏の音が漏れてきます。 フッと視線を上げると、エントランスに設置されたモニタにステージの模様が生中継(?)されており、そこにはオチジュンの姿が。 どうやら、インスト演奏なしで、一曲目から登場した模様。 音の中継はされていませんが、会場内からオルガンの音が漏れ聞こえているので、曲は『シスター・セイディ』のようです。  受付を済ませて店内に滑り込むと、ステージ上では次の曲に進行しており、軽めのボッサ・テンポの演奏が始まっていました。  案内の店員さんが、どの辺りの席にしますか?と言うので、事前の計画通り、『2階のカウンタ席』を指定。  PAから流れる、気持ちの良いオチジュンのアドリブ・ボーカルに包まれながら、店の後方にある急な階段を使い、2階へと登って行きます。  1階のレベルから1メートル程高くなっているステージは、1階席からは若干見上げるか、同レベルで水平に見る格好になりますが、地上5〜6メートルの高さの2階席は、ステージを眼下に俯瞰するような位置です。  ステージの正面上方にある音響をコントロールするミキシング・ルームの直ぐ横にある2階カウンタ席に案内して貰い、計画通り、ステージ全体は勿論、店内の空間の殆どが見渡せる状態でのライブ鑑賞となりました。  折角の大型店でのスペシャル・ライブですので、『スペース感』を味わいながら、『高みの見物』の気分(?)でユッタリと・・・というのが、その狙いです。

さて、そのボッサ調の曲は、『デイ・バイ・デイ』で、終盤にオチジュンとしては珍しいパーカッシブなスキャットも聴け、なんかブラジル系でも勉強したんかいなあ〜?と思っていると、僕の心が読まれたのか・・・(んなわけないやろ?)・・・セルジオ・メンデスの演奏でお馴染みのジョルジュ・ベンの名曲『マシュケナダ』をアドリブし始めるオチジュン。 うぉ〜っ、なんか、こりゃ文字通り『スペシャル』という感じ!  『24時間タフマン状態』(?)で絶好調に吹きまくる多田さんとの絡みも面白い展開を見せます。  2曲終わってMCが入り、観客への御礼と御挨拶、そして、自分はMCで喋り過ぎる、まるで【たかじん】のようだ・・・と言った、お馴染みの軽口噺も飛び出し、観客から笑いが。  当夜のお客様は、スペシャル・ライブということもあってか、『オチジュン初体験』の方が大半のようで、なんとなく固さが目立ちますが、こういったジョークで少しずつ解れていくことでしょう。  従前、気になっていた『入り』ですが、2階席及び1階側面の後方に空きはあるものの、メイン・フロアは満席で、全体でも8割強の集客といった感じ。 これには、ちょっと一安心しました。  

『今夜は、お喋りし過ぎないようにします』と言いながら、次の曲は、【お喋りし過ぎから、静かな触れ合いに・・・】と歌う『ラブ・ダンス』。  続く、スティービー・ワンダーの『くよくよするなよ』では、大石学さんがキーボードでフェンダー・ローズ系の気持ちの良いエレピ・サウンドを聴かせてくれ、オチジュンのボーカルとの相性もバッチリです。  続いては、歌詞の解説を丁寧に行ってから、CDと同様、納浩一さんのアコースティック・ベースとのデュオで、『ダニー・ボーイ』。  納さんのプレイは、深さ、広さ、大きさ、どれをとっても、まいった〜、としか言いようがない、凄さ。  毎度のことながら、聴く毎に彼の天才ぶりが益々恐くなってきます。 

そんなわけで、ここでは、納さんのプレイの凄まじさばかりが目立ってしまって、正直なところ、越智さんと納さんのデュオには、『ケミストリー(化学反応)』が感じられませんでした。  勿論、共演歴が短い、というイカンともし難い現実が大きく影響しているのでしょうが、やはり、何処か無理があるように思います。  このデュオ演奏の途中から、『どうすれば、この二人に化学反応が見られるようになるのか?』を考えてみたのですが、結論として、越智さんが日本語で歌ってみたら?・・・という思いに行き着きました。  『ダニー・ボーイ』に日本語詞があるのか分かりませんが、この難曲を歌いこなし、しかも、納さんのような天才的プレイヤーとの『化学反応』を発生させるレベルにまで行き着くには、それしか無いんじゃないかな?・・・と。  最近、益々、『日本語で育った人間(シンガー)は、日本語で歌うのがベスト』という気持ちが強くなっており、英語(外国語)も良いのですが、結局のところ『母国語での歌唱』に勝るものは無いと思うのです。   

ちょっと話しが逸れますが、昔のジャズ歌手は、みんな日本語で歌っていたのに・・・例として、江利チエミの『テネシー・ワルツ』を思い出してみれば分かる通り・・・、どうして、最近のジャズ・シンガーの殆どは、日本語の歌詞を採用しないのでしょうか?  (鈴木重子さんは、日本語詞の曲もライブで歌っていたか?)  でも、これは、送り手(シンガー/制作者)側の問題というよりは、受け手(評論家/ジャーナリスト/リスナー)の側の問題なのかも知れません。 ハッキリ言って、日本の音楽、特に『ジャズ』の『受け手』には『度量』が無いんですよね。  『日本語で歌うなんて、ジャズじゃない』と思っている人が殆どでしょうから。  『日本のジャズはツマラナイ』・・・と言いながら、今の日本のジャズを『狭くてツマラナイもの』にしてしまっているのは、『受け手』自身であるように思います。  現在、J-POPで、『ラブ・サイケデリコ』が馬鹿売れしてますが、彼等の凄さは、『日本語/英語、関係ないでしょ、歌いたいように歌うだけ・・・』という姿勢で音楽を作っているところです。  あのバンドのボーカルの娘は帰国子女らしく、『日本語/英語、ごちゃまぜ』が彼女にとってナチュラルなんでしょう。 そう考えると、シンガーが、一番、良いものを生み出すことが出来るのは、『ナチュラルな自分』を正直に出した時 = 『ネイティブな自分』として歌った時の筈です。  『あんなもんは、売れ線』と言っちゃえばそれまでですけれど、『ラブ・サイケデリコ』の『行き方』から、『送り手』、『受け手』、ともに学ぶところは大きいと思います。

さて、ライブの進行を続けると、『ダニー・ボーイ』のエンディングから、間髪入れずに、他のミュージシャンも入って『バイ・バイ・ブラックバード』に雪崩込みます。  このあたりの展開は、とても自然な流れを感じさせて、前曲の静寂と『バイ・バイ・・・』のスイング感の対比が面白いです。  ファースト・セットの最後は、お馴染みのマリーナ・ショウ。  マリーナのオリジナルに近いユッタリ目のテンポで、大石さんのエレピ、道下さんのハードなギターと、いつものライブと一寸違った雰囲気のグルーブ感に溢れた演奏となりました。  

短め目の休憩を挟んで、セカンド・セットは、スペシャル・ライブらしく、『化粧まわし』をして登場のオチジュン・・・・ドスコ〜イ! ゴッツァンです!・・・・  いや、違った、もとい! 『化粧直し』をして登場のオチジュン。  ファースト・セットは、白のガウンに、お店のカラーに合わせたような緑のドレスだったのですが、セカンドでは水色のガウンに黒のドレスという井出達。  店内のアチコチに設置されたモニタに、ステージの模様が映し出され、気分を盛り上げます。  一曲目は、多田さんをフィーチャーしたカルテットとの共演で、『ラバ・カン』。  多田さんとオチジュンは、キャラクタ的にも通じ合うものがあるのか、このカップリングは最高で、カラッとしたエッチさでの『絡み』は、エキサイティングで、微笑ましい、なんとも言えない雰囲気です。  続いて、メドレーで間髪入れず、『ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス』。  多田さんのアルトの存在感は、兎に角、強烈で、それでいて、目立ち過ぎずに、サクッとくるあたり、流石です。  エンディングは、CD同様、『Why not face the fact?』でシャキッと終わって、これには客席がドッと湧きます。  3曲目は、道下さんが入って、『シェイプ・オブ・マイ・ハート』。  CD同様、道下さんは、アコギでの演奏です。  珍しくマイク・スタンドを使って、ジックリと歌うオチジュンが印象的。  続いて、道下さんが抜けて、ピアノ・トリオとの『ユー・ガッタ・ビー』。  キラキラと輝くような大石さんのピアノが素敵です。 こういうポップな曲調を、跳ねるように歌っていくオチジュンは実に良いと思います。  

ここで、曲調が一転して、ベナード・アイグナー作の名バラッド、『エブリシング・マスト・チェンジ』。  この曲は様々なシンガーがカバーしており、僕も好きな曲なのですが、正直言って、オチジュン・バージョンには、『う〜〜〜〜ん。。。』という印象があります。  で、何故、そう思うのかな〜???と2階の席から、当夜も、考えながら聴いていたのですが、一つ気付いたのは、越智さんは、こういうバラッドを歌う時、『色んなことをやり過ぎている』のではないかな?と。  別の言い方をすれば、『色んなことを考えすぎている』のではないかな?と。  これは僕の持論なのですが、『歌』に限らず、例えば『演技』も、本当に上手い人って、『何にもしていない』のですよね。  越智さんくらいに歌唱力と表現力のある人は、何もしなくても・・・、いや、何にもしないほうが、聴き手を一層感動させる事が出来るのではないか、と思います。  それは、自分の『歌唱力』、『表現力』に頼る、ということでもなく、もう、そういう自分の能力すら無視して、とにかく何もしないで歌う・・・という、まあ、そういうのを『無我の境地』と言うのかも知れませんが、オチジュンは、そういう境地に行っちゃえるシンガーだと思うのです。  

はあ〜、そうなんだよなあ、何にもしない方が良いんだよ・・・と思っていると、ありゃ不思議! セカンド・コーラスになると、越智さんの歌唱からフ〜ッと憑き物(?)が取れたようです。  これは、『無表情が醸し出す、深い感情』・・・とでも言えばよいか?  小泉首相は、『涙は女の武器』と言ってましたが・・・実体験からの発言か?・・・、でも、ギャーギャー泣かれるのは、本当は恐くないんですよね。 本当に恐いのは、当然、泣くべきシチュエーションで、女性が、泣きもせず、表情一つ変えず、ジッと此方を『怨んでやる・・・』って感じで見つめてきた時です(笑)。  あ、これは実体験からの発言じゃないですけど(爆)。  で、このセカンド・コーラスからのオチジュンの歌唱は、正に『泣きもせず、表情一つ変えず、ジッと此方を見つめてきた』と言った感じ。  うひょ〜〜〜、これよ、これ、これが欲しかったのよ〜〜〜、うへ〜っ、なんか凄いぞ、ジュンちゃ〜〜〜ん!!!と、独り2階席で悶えること暫し・・・。  う〜ん、これが2002年版のオチジュン新境地というものか?  

コンサート終盤は、お馴染みの『スペイン』・・・大石さんのエレピが、70年代の『永遠回帰』風で(笑)、最高でした!・・・、そして、『ナチュラル・ウーマン』で盛り上げて、一先ず終了。  勿論、場内、拍手喝采となり、アンコール。  先ず、大石さんと納さんを連れ立ってステージに戻ってきたオチジュン、曲はアルバム・タイトル・チューンの『ジェシー』。  歌い出し、やはり、いつも同じ感じで、『う〜〜〜ん・・・』と思ったのですが、これまた、セカンド・コーラスになると、ス〜ッと余計なものが抜けた感じになり、『静かな表情の奥に秘めた情念』を感じさせ、これには、正直言って、心がギュイ〜ンと揺さぶられてしまいました。  きっと、越智さん自身、歌いながら、一つの越えるべき『山』の姿が、オボロゲながら見えてきたのではないでしょうか?  なにか、そんな『新境地』を感じさせる瞬間でした。

アンコール2曲目は、共演メンバー全員が入って、『ユーブ・ガット・ア・フレンド』。  客席からコーラスは起こりませんでしたが、今にも皆、声を上げそうな雰囲気となり、ステージの上も下も盛り上がって大団円。  終演後、楽屋から出てきた越智さんは、新旧のファンに囲まれていましたが、その光景は、彼女の『人を惹きつける』特性・・・人柄も、歌も・・・を如実に物語っているようでした。  今回、『オチジュン初体験』の観客も多かったようで、これを機会に、またクチコミでオチジュンの魅力が伝播されていくように思います。  CD発売記念ライブのシリーズが一通り終わり、ちょっと一段落といった所ですが、2002年も始まったばかり。 今年のオチジュンが、どんな『境地』を見せてくれるのか、とても楽しみです。