
☆02年2月 1日(金)於 吉祥寺 赤いカラス
『三槻 直子+ 2』
出演: 三槻 直子(vo)、吉田 桂一(pf)、紙上 理(b)
今年は、今まであまり聴かなかった日本のジャズ・ボーカルを出来るだけ聴いてみたい、と年頭に思ったのですが、それには幾つかの切っ掛けがあります。 そのうちの一つは、当夜登場の三槻直子さんが、2001年に発表した初CD『A Song of a Dolphin』でした。 三槻さんは、マーサ三宅さんの門下出身で、ライブ・シーンでは長く活躍され、90年代初頭に当時のツムラ・ボーカル賞(現日本ジャズボーカル大賞)で新人賞を受賞されています。 なかなか聴かせて貰う機会がなかったのですが、名古屋で話題のピアノの後藤浩二さんのプレイも聴きたいし・・・と思って購入したそのCDが大当たりで、なるほど、こういう上手い人が日本(東京)にも居るのだな、と気付かされたわけです。
三槻さんのボーカルは、生来に恵まれた地声の良さもあるのでしょうが、中音域での発声がタップリしていて非常に気持ち良く、ポンと声を出しただけで、それがスイングしてしまう、という凄さがあります。 まるで鼻歌のようにナチュラルなのに、テクニックに裏打ちされていて、尚且つ、そのテクを感じさせないリラックス感がある・・・。 こういう人が、本当に上手い人なんだろうなあ、と思うのです。 シッカリと歌えているのに、『私は歌っているのよ〜』と押し付けてこないのですよね。 この辺りは、やはりキャリアが成せる業なのだと思います。 只、CDの最後にゴスペルの『ヒズ・アイズ・オン・ア・スパロウ』が入っているのですが、これは、どうかな〜???と思ってしまいました。 上記したように、『私は歌っているのよ〜』と思わせないところが、三槻さんの良さだと直感的に思ったので、こういうシャウト系は、ちょっと・・・???と思ってしまいました。 まあ、これは僕の好みの問題なのでしょうが。
ちょっと話しが逸れますが、三槻さんが云々ではなくて、最近、全般的に日本のボーカリストがゴスペルを歌うことが多いのですよね。 一つの音楽ジャンル、といった感覚で歌われることが多いのかも知れませんが、そういうのって、ちょっと、如何なものかな?と思うんですよね。 ゴスペルって、極端に言って、『死んでも良い』(あの世に行きたい)と思って全てを投げ打って歌うか、逆に『もう私は死にました』(あの世に居ます)と思って達観して歌うか、いずれかでないと、本来、格好が付かない筈だと思うのです。 ゴスペル曲を歌っているシンガーのうち、何人が、そこまでの境地に到達しているのか? これは宗教的な信心の問題ではなくて、楽曲を選び、歌う時に、シンガーが如何にその楽曲を捉え、理解し、そして尊重しているか?っていう問題なんですけど。 趣味の『ゴスペル・レッスン』なら構わないのですが、そこまで突っ込んで、ゴスペルを歌っている人がどれだけ居るのかな〜?って思うと、ちょっと複雑な心境になります。
さて、当夜のライブです。 実は、またまた『totorom_X』でのライブ偵察からのハシゴだったので、セカンド・セットからですが、歌われた曲は、エリントンの『ラブ・ユー・マッドリー』から始まり、『デイ・バイ・デイ』、『ジー・ベイビー』、『ジャスト・イン・タイム』、『ドント・ゲット・アラウンド・マッチ・エニモア』、『トリステ』、『マイ・ワン・アンド・オンリー・ラブ』、『タイム・アフター・タイム』と、スタンダード中心でした。 三槻さんのライブは初体験だったのですが、第一印象は『流石に、顔から後ろで歌っているなあ』ということです。 これは、ちょっと変な表現かも知れませんが、僕の持論で・・・最近、偉そうにコレが多いね(笑)・・・上手いシンガーは、自分の顔から前方に声を出すのではなくて、声を顔から後方に立ち上らせる、と思っています。 サラ・ヴォーンのライブ・ビデオなんか観ても分かるんですが、上手いシンガーは、声(息)を吐き出さずに、吸い込むイメージがあるのです。 実は、日本のジャズ・シンガーの多くが『イモっぽく』聴こえるのは、英語発音やスイング感の問題もさることながら、こういった『吸い込むように歌う』イメージが足りないから、だと思います。 これは、ジャンル不問だと僕は思っていて、例えば、上手い演歌歌手は、みんな『吸い込んで』歌っています。
勿論、当夜の三槻さんのボーカルは流石にバッチリで、CDでの歌唱では若干感じたエッヂの硬さも全く無く、終始、スムースかつナチュラル。 中音域が素晴らしく、聴いていると、シックリと心の中に染み渡り、深いところに落ちてくる感じがします。 特に、ポルトガル語で歌われたボッサ曲『トリステ』は素晴らしく、そのリラックス感は、『“歌っている”と意識させないのに、バッチリ歌えている』という三槻さんの真骨頂の発露だったように思います。 当夜のライブは、初のリーダーCDが発売直前の吉田桂一さん、そして、ベテランの名べーシスト紙上さんをフィーチャーしようとしてか、敢えて間奏も長めにしていたようで、各セット4曲ずつと、ちょっと不完全燃焼だったようにも思いますが、それが逆に三槻さんの共演者を思う人柄の表れのようにも感じて、好感が持てました。 休憩中に、HPをリンクさせて頂いている、ジャズ・ボーカル・ファンの、ふじのさんにご紹介頂き、三槻さんとお話しさせて貰いましたが、気さくで素敵な方でした。 次回は、ハシゴでなくて、ジックリと聴きに伺いたいと思います。
最後に、三槻さんもフィーチャーされていた共演の吉田さん、紙上さんについてです。 吉田桂一さんは、アルトの小川高生さんのカルテットで何度かライブで聴かせて貰っていますし、小川さんのCDが物凄く好きで・・・そのわりライブには全然伺ってない、ああ、イカン・・・、いつも聴いています。 今から、もう4年以上前になるのか、大阪ジャズクラブのy.さんから、小川さんのCDを初めて聴かせて貰った時、実は、先ず、吉田さんのピアノに“やられて”しまったのです。 90年代も終わろうとしている、今、しかも、日本に、こんな“匂い”と“肌触り”を感じさせてくれるピアニストが居るのか?とビックリしたものです。 1950年代で途切れてしまったかに見えた『モダン・ジャズ(ビ・バップ)の遺伝子』のオリジンを、完全に受継いでいるように思いました。 当夜のライブでも、その印象は強く、ああ、ジャズ・ファンならば、なんじゃ、かんじゃ言わずに、兎に角、これを聴かなくちゃダメだ!と思います。 2月20日には、自己のトリオで、初のCDが発売される、とのことで、是非、この機会に多くのジャズ・ファンに聴いて貰いたいし、僕自身、もっと、もっと聴きに伺いたいと思っています。 又、ベースの紙上さんですが、確か、70年代にはNYでブレーキーとも共演していた筈。 流石に、その時代出身のベテランらしく、若手、中堅にはない『熱いジャズ体質』を感じさせます。 グイッと突っ込んで来たり、ブーンと突き上げたり、グーンと引き伸ばしてみたり、やはり深いですね、プレイの一つ一つが。 西荻アケタへのご出演などが多かったと思いますが、これから機会を見つけて聴きに伺いたいと思います。