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黄泉の国


 

 幼いころ、お気に入りの遊びの一つに、砂場を掘るというのがあった。

 友人たちが砂で山をつくっているのを横目に見ながら、ただひたすら穴を掘る。やがて、穴の底に水がしみだしてくる。それを見ると、とてもうれしくなったものだ。そして、満足すると、あっさり埋めてしまっていた。

 もちろん、どこの砂場でもよいというものではない。きまった砂場でのはなしだ。また、いつでもよいというものでもない。いくらほっても水のでてこないこともあった。やはり、雨のふったあとが成功率が高かったようだ。

 おそらく、そこの砂場の地下は水はけが悪かったのだろう。地下水というほどのものではなかった。

 おとなになって、井戸掘りにならなかったのが不思議なくらいである。掘りはしないが、井戸は好きだ。何かがその底に潜んでいそうな雰囲気が恐ろしくもあり、楽しくもある。のぞきこんでいれば、なにかに引きずりこまれそうな気がするのに、のぞきこまずにはいられない。

 昔は、近所にも井戸がいくつかあったが、いまは一つしか残っていない。

 

 いまは死んだ人の行き先をたずねれば、天をしめす人が多いが、昔は地下が死者の国だった。これは、死んだ人を地中にうめることをかんがえれば納得できる。

 一番身近な異国が地面のしただとすると、井戸はさしずめ異国への入り口か。

 そういえば、昔、小野篁という平安時代の俊才は、夜になると井戸から冥府におもむき、閻魔大王について書記のような仕事をしていたという伝説がある。京都のある寺の裏庭には、その井戸があるそうな。

 小野篁は五十年ほど生きて病死したそうだが、案外、昼夜をとわず働いたゆえの過労死だったりして。

 

 冥府が過去の亡者の国ならば、考古学者は亡者の国をのぞき見た日本神話のイザナギか、あるいはギリシア神話のオルペウスの末裔か。

 昔、ミイラを見たときに「未来での復活を夢見た高貴な、または富貴なお方。未来になってみれば、さらし者。ある意味、復活には違いないが……」と思い、ちょっと尋ねてみる。

「復活できて、うれしい?」

 

 過去の人々のことを知るには、その人々自身に語ってもらうのが手っ取り早いのだが、残念ながらタイムマシンの完成していない21世紀では(子供の頃、こんな21世紀は想像もしなかった。アトムはどこだ?)望むことはできない。

 仕方なく、遺跡などに頼ることになるわけだ。

 いろいろな発掘物の中でも、人骨は当時の人々自身のものであるから、多くのことを知らせてくれるようだ。

 

 日本の古代を考えるとき、思い浮かぶのは縄文時代と弥生時代である。

 これまで発掘された人骨を研究した結果、縄文人は彫りが深く横に広がった顔立ちをしており、弥生人は対照的に面長でのっぺりした顔立ちであることがわかっている。なんとなく、縄文人は野暮ったい顔、弥生人は昔の貴族のような(品のある?)顔と思ってしまうのは、彼らの分布を見るとあながち根拠のない思い込みではないようだ。

 日本人の源流については、いくつか説があるようだが、一番有力なのは、前から住んでいた縄文集団のところへ弥生時代に弥生人集団が渡来し、縄文集団と混血、あるいは追いやりながら広まったというものだそうだ。沖縄の人たちや北海道のアイヌたちは縄文人の特徴を残しているという。

 だから、都のおかれた京都の公家たちは渡来系弥生人の子孫であるからのっぺりした顔で、地方に行くほど縄文人の形質をのこした顔立ちになる。力のあるものが基準になるのは世の習いだろう。

 もっとも、彫りの深い顔は力強く刻み込んだエネルギーを感じさせ、角の少ないのっぺり顔は手をかけて磨いた球を連想させるから、上のような見方は自分の田んぼに水を引いているようなものがもしれないが。

 

 ところで、発掘される人骨はたいてい埋葬されたものである。

 ときどき、戦乱のためか、斬りつけられた跡のある骨だとか、鏃のあとのある骨だとか、ひどいのになると首がない骨だとかが見つかるが、それほど多くない。大量に人骨が見つかるのは珍しいことのようだ。

 埋葬されていない大量殺戮された人骨など、かなり珍しい。

 鳥取県の青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡から見つかったのは、その珍しい大量の人骨だった。しかも、その中の三体の頭蓋骨から脳が発見されたということで、一躍有名になった。

チラシ

 その脳の発見者の井上貴央氏(鳥取大学医学部教授・解剖学)の特別講演が鳥取県立博物館であるというので、行ってみる。

入場券 

 入り江近くにある青谷上寺地遺跡から発掘されたのは、弥生時代の人骨で、五千点以上がバラバラの状態だったそうだ。殺されてバラバラにされたわけではなく、川か土砂の流れかでバラバラになったらしい。

 人骨には殺傷痕があり、得物はわからないが鋭利な刃物で傷つけられたと推察される。

 老若男女、村ごと皆殺しという感じである。

 住んでいたのは骨から渡来系弥生人であることがわかっている。

 時代は弥生後期で、なにゆえの殺戮かはわからない。いわゆる「倭大乱」と関係があるのかどうか。

 チラシ・その2

 さて考古学では、前述のようにたいてい人骨は埋葬されたものである。それはそれで研究価値の高いものであろうが、珍しいものを研究したいというのは人情であろう。

 その点、井上教授はとても幸運である。実際、ある研究者から「俺のところじゃ、傷跡のある人骨なんて一つも出ていない」とうらやましがられたそうだ。

 殺戮を望むのはよいことではないが、そうした遺物がその時代について多くを教えてくれるのはたしかなようだ。

  また、この遺跡から出た人骨の中には脊椎カリエスが認められるものが出土している。これも大した遺物で、日本最古のものだそうだ。これのおかげで、日本における結核の歴史は、400年ほどのびたそうだ。結核の伝搬ルートを考えるのにも貴重なものらしい。渡来した弥生人が結核を持ち込んだことも考えられるという。

 結核によって引き起こされる骨の破壊現象である脊椎カリエスは、病気が進むにつれ知覚麻痺や運動麻痺があらわれ、排便も困難になる。

 発掘された骨の中には、カリエスによって90度ほど曲がってしまった骨があることから、かなり病気が進行していた人も生きていたらしい。すると、自分一人では生きていられないことから、きちんと世話をされていたようだ。

  古代人骨に残された病変を研究する分野があり、古病理学というそうだ。それによると、縄文時代にも少ないながらガン患者がいたことがわかっている。骨折なども多く見つかっているが、ほとんどが変形しながらもよく癒合しているそうで、副木などをあてる治療が行われていた可能性があるという。

 また、小児麻痺と思われる縄文時代の女性の骨もみつかっている。その寝たきりになったであろう女性は、発病後十数年生きていた。つまり、彼女を世話する社会環境があった想像される。

 おそらく、青谷上寺地遺跡で見つかった脊椎カリエスを患った人も、そうした環境があったのだろう。

 そんな想像をすると、この集団を襲った悲劇はより凄惨さを増す。

 

 こうした珍しい出土物の極めつけが、脳みそということになる。

 脳は三つ見つかった。

 

 ●男性 壮年後半〜熟年前半 殺傷痕らしきものあり

     脳は約1/5程度と思われる約230g残存(前頭葉部分)

  ●男性 熟年 左右犬歯を抜歯 残存脳は少なく数10g

  ●女性 壮年 左犬歯を抜歯 

     脳は約1/4程度と思われる約300g残存

 

 展示されていたのは、一番大きな脳だったが、たしかにミイラなどの干からびたイメージとはちがい、生ものらしく感じた。

 この脳の発見が騒がれているのは、珍しいからというだけではない。保存状態がよく、脳細胞内の核DNAを取り出せるかもしれないからだ。もし成功すれば、ほとんど世界初となるらしい。

 世界的に見れば、脳が発掘された例はいくつかある。

 デンマークのWindebyでは酸性が強い土壌に埋まっていたため骨だけが溶けたミイラが見つかり皮だけになった頭の中から脳が見つかっている。実はこの脳細胞から核DNAは取り出されているのだが、過程で現代人のDNAに汚染された疑いが強く、疑問視されているという。

 1991年にアルプスで発見された旧石器時代のミイラ(アイスマン)は、発見された地名にちなんで「エッツィ」と呼ばれている。脳が残っていることはレントゲンで確認されているが、解剖はまだのようだ。だが、おそらく細胞は壊れてしまっていてDNA発見は無理なのだろう。そうでなければ、すでに調査されているはずだ。

  ところで、日本でも古代人骨を発見された地名にちなんで名付けるが、「エッツィ」のように愛称で呼ばれることはないようである。もっとも、研究者の間では愛称があるのかもしれないが、一般には「明石原人」だの「港川人」だのとあまり親しみがもてない。

 「アオちゃん」「アオヤくん」……今ひとつである。ネーミングセンスのない人間が、親しみがもてないだのと文句をつけるべきではないのかもしれない。

  

 青谷上寺地遺跡で見つかった脳を保存するのは、かなり困難なことであったらしい。なにしろ、細胞を壊してはいけないのだ。もちろん、腐らせてはいけない。

 普通、脳の保存はホルマリン溶液につけるものだが、そうすると後の分析にさしさわりがあるらしい。凍らせると微細形態が壊れるそうだ。

 なにしろ、ほとんど初めてだらけの発見であり、古代の細胞保存に最適な技術が確立されていないのだ。

 この難題を解決したのは、鳥取に住む井上教授ならではの方法だった。

  鳥取といえば、二十世紀梨が有名である。

 その二十世紀梨の長期保存技術として開発された「氷温保存」という技術がある。 井上教授が使ったのは、この技術である。

 「氷温保存」というのは、凍らせず、氷結点ギリギリで保存するという技術で、生の食品をこうして保存すると長期保存が可能となり、うま味が増すという。もちろん、脳を食べるわけではないから、うま味はどうでもいいのだろうが、不味いものを対象とするより、おいしいものを相手にしているほうが研究するのも楽しいだろう。

  さて、遺物からDNAを検出して分析するというのは、今まで細胞内の小器官であるミトコンドリアにあるDNAを対象にしてきたらしい。骨からも、うまくやれば抽出可能だそうだ。

 このミトコンドリアDNAはなかなか面白いヤツで、母系遺伝しかしないらしい。つまり父親から遺伝的影響はまったくない。だから、系統をたどるのに非常に有効なのだそうだ。

 だから、人種が分岐した時期が早いか遅いかなどがわかるらしい。

   ミトコンドリアは大昔、真核細胞が生まれる進化の過程で、好気性細菌が細胞内に共生して細胞小器官になったという説がある。だから、独自にDNAを持っているのだという。

 「パラサイト・イブ」という数年前に話題になった小説は、このミトコンドリアの母系遺伝と共生説がもとになっていたと記憶している。

  青谷上寺地遺跡で見つかった脳の細胞は、核の形態は崩れているそうだが、核に何らかの物質が残っているのは確からしい。断片化しているだろうが、DNA検出の期待は大きい。核DNAが期待されるのは、ミトコンドリアDNAとは情報量が桁違いであるためだそうだ。

  ところで、青谷上寺地遺跡で脳が残った理由だが、寒い時期で腐敗が遅れた上、すぐに埋没して酸素がない状態になったからだろうとか、いろいろ考えられるらしいが、一つ奇妙なことがある。

 実は、泥にまみれた脳を洗った水が腐らないのだそうだ。

 これは土壌に何らかの物質が含まれていることを期待させる。この脳の土を分析することによって、もしかしたら新しい抗生物質が発見されるかもしれないという。

 この水を飲んでいたなら、イザナミもイザナギに逃げられずにすんだかもしれない。

 

 2001/4/29


参考
朝日ワンテーママガジン「原日本人」
  埴原和郎・中橋孝博・溝口優司・馬場悠男・百々幸雄・埴原恒彦・植村博文・三平三郎・宝来聰・針原伸二・田名部雄一・小野有五・河村善也・小林達雄・南川雅男・鈴木隆雄・田中良之・甲元眞之・著
   朝日新聞社

鳥取県立博物館homepage

「パラサイト・イブ」
  瀬名秀明・著
   角川書店

「5000年前の男」
  コンラート・シュピンドラー・著  畔上司・訳
   文芸春秋


鳥取県教育委員会作成のパンフレット・講演レジュメ


 


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