京急800形デハ808-3号

懐かしや、穴守稲荷行の800形です。穴守稲荷〜羽田空港間が運転休止となって、地下区間の穴守稲荷〜羽田(現天空橋)間に生まれ変わろうとしている最中の1コマ。
 

京急蒲田

 

京急600形デハ603-1号

デビュー当時の600形です。ワイパーフードがグレーだった時期は思いの外に短かったようですね。という事で、糞画像も資料性有り、と判断して掲載w
  

京急蒲田

 

都営5300形5302-8号

'98.11.までのダイヤで設定されていた605Tx列車は、空港線内のみを走る「急行 蒲田」行きとされていました。まだ5300形の表示器のROMも載せ変わっていなかったので「蒲田」表示が出来ていません。
 
また、'98.11.改正及び、'99.01.改正のダイヤでは、T車の「蒲田」行きは大幅に増えましたが、表示は「普通 蒲田」となっています。(改正後も'98.11.18のみは他社線の車両を使用する空港線内列車は「急行」を表示していましたが、その日はすべてN車の運用でした。よってT車による「急行 蒲田」表示が見られたのは、改正を前にROM交換の済んだ5300形が605Tx列車に充当されたときのみという事になります。)

更に、'98.11改正を待たずにこの大鳥居第一踏切も消滅していますので、この画像も資料性有りとして、トリミングしまくった上で問答無用で掲載w
 

大鳥居

 

都営5000形5097号

初代トップページの都営5000形のさよなら列車画像を無理にXGAサイズに引き伸ばしてみました。
 

大鳥居

 

京急1000形デハ116

旧99H羽田特急(@'98.11改正までのダイヤ)に充当されて空港線に入った最初の珍客。この1155編成充当されたのは、改正直後のドタバタで羽田幕装備車を99Hに回せなかった為なのでしょうね。例によって資料性のみで掲載した糞画像DEATH。
 

糀谷〜大鳥居

 

京急1500形デハ1725号

旧99Hに充当された2本目の珍客。どうやら1725編成は新製時から“羽田”有りだった様で、この後に“印西牧の原”幕も装備してもう一度平日の旧99Hに充当されたようです。
 

大鳥居〜糀谷

 

京急1500形デハ1730号

この日は土休日ダイヤだったため、99Hの後運用である71Dで夜間まで空港線巡りを続けていました。
 

京急蒲田〜糀谷

 

京成3100形モハ3109号

懐かしの京成3100形。精一杯トリミング、レタッチしてこの結果DEATH。糞画像ゴメンネ でも、今は見られない車輌だし、資料性も加味して(以下略
 

京成津田沼

 

北総7050形7058号

現在は本線となっている引込み線から入線してきた北総7050形第一陣である7058編成を、列車が停車するのを見計らってホーム端にて撮影。今思うとこの行為はあまり好ましくないね。。モウシマセン
 

印西牧の原

 

北総7150形7158号

北総7150形7158号。既に8両ともカラードアとなって7050形と入れ替わりに8連仕業に就いていた頃の姿です。
 

平和島

 

京急2100形デハ2101号

大森海岸でカメラを構えていたら、不意に2101編成が落成後の試運転で品川へ向かうのに遭遇。悶絶しながら、どうにか後打ちで捉えた、というもの。こちらも資料性を考慮した上で(以下略
 

大森海岸

 

京急2100形デハ2109号

まだスリットが車号表記な新車時代。

品川

 

京急2100形デハ2101号

120Km/hでかっ飛ばす2101編成。流石にこのスピードだと、あっという間にファインダーから飛び出していくよ。

このときは焼けたなぁ〜

仲木戸

 

京急2100形デハ2109号

同じ場所で2109編成を狙いますた。
 

仲木戸

 

北総7050形7061号

ごく短期間だけ実現した、7060による8連組成時の1コマ。

この編成、コストダウンで2本の前面帯が1色なのよ。ただ北総はこれを善しとしなかったようで、この後に転入した7050形は元の2色帯が復活しています。

糀谷

 

北総7050形7061号

こちらは上の列車の折り返し運用。
 

糀谷

 

京急2100形デハ2108号

劇走を終え、品川に到着寸前の2101編成。金属製空調キセの前後を覆うFRP製フードがありません。

2100形が初めて迎えた夏、キセの構造不良で空調の放熱が悪く冷房の効きが悪かった為に、暫定的にこのような処置が施されたようです。その後、2次車からキセのファン廻りにフィンを立てることで、空調に熱が篭りにくくなるようにしている様子。後に写真の1次車も改良され、FRPフードも復活しました。

品川

 

京急1500形デハ1625号

安針塚で人身事故があった際に実現した、1625編成の99H「羽田特急」(@'98.11改正までのダイヤ)。 1625編成はこの時が空港線初入線。
 

糀谷〜京急蒲田

 

京急1500形デハ1630号

振り返って後打ち撮影。糀谷駅に5300形が入線しているのが見えます。
 

京急蒲田〜糀谷

 

京急1500形デハ1630号

こちらは上の列車の折り返し。「押上」幕を使用。 
 

糀谷

 

京急1500形デハ1625号

最後は17Dとして文庫まで戻り、17D残り〜37THを1369F(当時まだ8連)に任せて入庫。この時1625編成は、「羽田」幕のみならず、37THで必要な「印西牧の原」幕も持っていなかったからね。
 

横浜

 

京急デト11形デト11号

地味な存在の電動貨車デト11形。その主要機器は旧800形より編入された1000形1095編成から引き継いだもので、A-2型CP、CV-1ブレーキ作用装置等の特徴は種車時代のままです。

週二回、半専用のスジで各基地を巡回してます。
月木はデトの日。

金沢文庫

 

デハ2101号とデハ2051号

新旧看板車輌の並び。2扉時代の2000形が懐かしい。
 

金沢文庫

 

デハ2411号とデハ2451号

当時、2000形は3扉化改造が始まったばかりでした。
 

金沢文庫

 

デハ721号、3758号、デハ2411号

686K〜887K('98.11改正までのダイヤ)の折返し狙いの構図。
ところが両脇をすり抜ける連中の方が目立ってしまって・・

当時は、2000形3扉車は2011、2411編成のみで、白幕700形も数を減らしつつある状況でした。

今となっては何もかも懐かしい。

京急川崎

 

京急2100形デハ2109号


'99年エアポート初日号の返し回送。
当時、8Eの空港線定期スジはありませんでした。
 

羽田空港

 

京急1000形デハ1072号

当時最古参の1071編成。貫通幌がいいアクセントになってます。
 

平和島

 

京急1000形デハ1071号

こちらは下り側先頭車。
 

品川

 

京急1000形デハ1201号

空港線に最初で最後の入線を果たした1201編成。既に、中間の1181ユニットが廃車された6連で細々と寿命が尽きるのを待っている状況にあった同編成、状態はかなり悪化していました。
 

羽田空港

 

5201号とデハ1291号

ダイヤ混乱により5200形が京急に久々の入線を果たす、の図。53T〜09T(2)→61T(@’99.7.30までのダイヤ)と充当された為61Tでは初の特急仕業をこなした模様。

これは53Tから09T(2)へ流れる際の新町に入庫している姿ですが、露出の設定を間違えて、必死でレタッチした結果がこれです。

神奈川新町

 

5201号とデハ1291号

隣は8連末期の1291編成。
 

神奈川新町

 
 
 
 

Back to Data Box

Back to Home