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巻の55 パーフェクト・ベースボール 夢の球宴 (バンダイ) 2004/ 9/ 4

人と人とは縁であり、人と物とも縁である
この言葉は当Webページでも何度か書いておりますが、私が趣味的生活を送る上での信条であります。

今回は、不思議なつながりで私の元にやってきたこのオモチャを、そのいきさつと一緒にご紹介しましょう。



つい先日のことであります。
夏休みに東京方面に遊びに行った私は、せっかくの機会だからと思い、当Webページにリンクさせて戴いている『プラモデルの王国』を運営されている高見さんにお会いしてきました。
まったくの初対面であるにもかかわらず、実に懐深く迎えて戴きまして「本当に初対面かいな?」と思えるほどの濃密な趣味的談笑の時間をターップリと過ごさせていただいたのです。
いやもぅ、本当に楽しかったです。その節はありがとうございました。

さて、ここからは少し個人的なお話を含みますので、不躾なところ多々ありますがご了承下さいませ。
その高見さんですが、少し前に悲しいことがあったと聞きました。
ご親友の方が若くして不慮の病気でお亡くなりになったのだそうです。
その親友の方もかなり趣味に熱心な方だったらしく、初七日も過ぎたころ遺族の方に請われてそのご友人宅へお邪魔し、その方の残したかなりの数のプラモデルや鉄道模型などを形見分けする為に預かってこられたところだったそうです。
私がおじゃましたした時には、預かってこられた分だけでお部屋に模型の壁が出来ているほどの状況で、これらの模型類をどう里子に送り出そうかと思案していたところだったということでした。

せっかくだからという事で、私もいくつかプラモのおすそ分けを戴いたのですが。
その方の残したプラモ類の中に、なぜかポツンと突然古いゲーム機が一つ出てきたのです。
私のオモチャ嗜好をご存知の高見さんは、それをぜひ私にとおっしゃって下さったのでした。

こうして今、私の元にこのオモチャがあるのです。



同梱のカタログによると、1985年の商品となるようです。
1980年に発売されたゲーム&ウォッチ以降、電子ゲームと呼ばれる一連の電池式ゲーム機はまるで恐竜の進化のごとく、どんどん高機能化の道を歩んできました。
1983年にファミコンが発売されて家庭用ビデオゲーム機が急速に普及するにつれ、それら電子ゲームというジャンルは本当に恐竜のごとく急激に衰退消滅という道をたどっていったのでありますが。
その末期には、実に「ここまでやるか!?」な商品が世に出ていたのです。
譲っていただいたこのバンダイのLSIゲーム『パーフェクトベースボール 夢の球宴』は、液晶表示の電子ゲームでそこまでやるのかと思わず感心してしまう、恐竜的進化の果てともいえるだろうゲーム機であります。

パッケージです

単三電池を3本使い、当時の価格は8,800円とけっこうな高額です。

どれほどのことが出来るのか…面倒なのでパッケージに記載されてるキャッチコピーをダダッと書き出してみると。

 ・全選手30人のデータ内蔵 打率、本塁打数、走力などリアル表示!
 ・投手のスタミナ、球速表示の本格派
 ・ランナーのスピードを加速できる
 ・キー操作でファインプレイもOK
 ・各守備位置から各ベースへ送球可能
 ・リリーフ、代打を使った作戦野球も可能
 ・左打者もいて、流し打ちも出来る
 ・タッチアップ、盗塁も自由自在
 ・延長戦も出来る


…とまぁ、当時のTVゲーム機の野球ゲームではムチャ同然なほど豊富な機能が目白押しです。
しかもコレ、掛け声倒れしてません。本当にこれだけのことが出来ます!
ここまでくれば、一人プレイでも二人対戦でも出来るなんてのは、もはや当然ですね。

というわけで、早速遊んでみました。1PLAYモードですが。
ビデオゲームと違い、液晶表示でピッチャーの球が表示されるので、慣れるまでバッティングのタイミングがかなり合わせにくいです。独特のコツが必要のようです。
凄いのは、キャッチャーミットのボールをちゃんとピッチャーに返球するしぐさまで丁寧に再現してることでしょうか。
効果音がメロディといえるのかなんというか…な独特のノリで、最初は調子が狂いそうでしたが、慣れてくると味わいにも感じられ…るよぅな気もしないでもないです(笑)。
そのせいかどうか、1回を終えたところでホームラン連発されて9対0でボロ負け状態になり、その数回後自主的にコールドでゲームセットとしましたが(苦笑)。
くっそー、今日はこのぐらいにしといたるッ!(←元々スポーツゲームは得意な方じゃないんで〜…と負け惜しみ)

それにしても簡単に使いこなせないほど内蔵されている機能が豊富なのはよく分かりました。遊んでみてその凄さに素直に驚嘆しましたね。
もしも家庭用TVゲーム機の登場が数年遅れていたら、電子ゲームの進化がこの先どんな風になっていった事だろうか…と想像するだけでも面白いじゃないですか。

球場を模したデザインの本体



それほどまでに凝って作られているこのゲーム機。
高見さんからこれを譲って戴いたあと、近いうちにこれを当Webページのコンテンツにしますと話しました。
そして大阪に帰り、そのうちゆっくりとコンテンツ化しようかなぁと思いながら箱を開けて中をいろいろと眺めていたら…


取扱説明書の中に、こんなのが出てきたのです。

元の持ち主さんのプレイの記録でした。
タックシールで7枚ほど。試合の日付やスコアが丁寧に記録されていたのです。
古くは88年から、新しいところで92年の日付があり、かなり長い間このゲームで遊んでたことがうかがえます。
写真に撮ったのは90年4月に「初完封」と書かれたスコアです。
嬉しかったんだろうなぁ、という感じがじんわり伝わってきました。
説明書に残された激闘の記録

私は個人的にですが、オモチャの使命は2つあると思っています。

 ひとつは、楽しませること
 もうひとつは、思い出をつくること

目の前のゲーム機は、静かに凛とたたずんでいるかのようでした。

このオモチャには、今は亡くなってしまった一人の人を楽しませた思い出の記録がはっきり刻まれていたのです。
眺めているうちに、胸の奥に不思議な気持ちがこみ上げてきている自分に気づきました。
このオモチャが私の手元にやってきたのは偶然だろうか?そんな感じがしてきたのです。

この人がどのような方なのか、もちろん私にはまったく分かりません。
でも生きてきた、楽しんできたその証がここに、私の手元に残っているのです。
ならばせめて、その立派な務めを果たしたオモチャを紹介するのは今しかないだろう!と。
思えば、高見さんからこれを譲り受けたのは8月15日。お盆なのです。家族や親しい友人たちが集まって亡くなられた方を供養し、しのぶ行事の日であります。

そんな日に高見さん宅を訪問したのは偶然だろうか?と、
そんな日にこれを譲り受けたのは偶然だろうか?と思ったのです。

  人と人とは縁であり、人と物とも縁である

ここで冒頭の言葉につながってくるのですね。
「そのうちゆっくり」書くつもりだったこのオモチャのコンテンツを「今しかない!」と今月作ったのは、そんな想いからなのです。

亡くなったこの人がどのような方なのか、もちろん私にはまったく分かりません。
でもこうやってご縁があったということは、本当はどこかで出会うことがあったかもしれない人なのかも知れません。
本当に不思議なものだなぁ、としみじみ思います。

出会うことの叶わなかった、今は遠い 持ち主さんへ
心をこめて 合掌


この項終わり
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