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がもりん、ようかん、おみづの方のコーナーです
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がもりんの映画がも〜〜〜っつ!! |
スゴイぜ!「シベ超」 期待して観た映画や本がつまらなかったり、内容に破綻があったりすると、がっかりしたり、怒ったりするものだ。そこへいくと、この「シベリア超特急」なんざ、最低映画と名高く、カルトムービーの殿堂入りを果たしているのだから、破綻がむしろおいしい。まさに「ツッコまれるために存在する」映画だ。 家の近所のレンタルビデオショップに探しに行ったことがあった。サスペンスのコーナーを探したのだが見つからない。ひょっとすると、と思い、コメディのコーナーも見た。やはりない。この店に「カルトムービー」のコーナーがあればきっと簡単に探し出せたに違いない。シリーズが3作目まであるというのに、と残念でたまらなかった。結局その日は「クレヨンシンちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」を借りて帰った(これすごくいいです。泣けます。ぜひ観てください。何なら鑑賞の手引きの本をお貸しします) シベリアから満州へ向かう夜行の特急列車。コンパートメントは他の車両と行き来出来ない、いわば密室。そこで人間が消えたり、殺されたりする。どこへ消えたのか、誰が殺したのか。謎を解くのは水野晴郎演じる山下陸軍大将だ。閣下は座ったままで推理する。重々しさのかけらもない声がたまらない。力が抜ける。通訳と部下は捜査を始める。これがまた破天荒な行動だ。留守の部屋には忍び込む。ドアが開かない時はドアを破らずに窓を割って入る。きっと人権とかプライバシーとかが大切にされなかった時代の話だからOKなのね。そう納得するしかない。アガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」をパクったような設定も、さすがに映画評論家の水野先生だわ、たくさん映画を観ていらっしゃる。後で事件が解明された時にはヒッチコック監督の作品が想起された。これはきっと監督へのオマージュなのよね。そう自分に納得させた。 かたせ梨乃がハンガリー人の娘と契丹人の少数民族の娘の二役を演じつつも、昔日本に住んでいたことがあるので、日本語がペラペラという設定にも苦しいけれど何とかついていった。 しかーし!事件が解決し、エンドロールが流れた後で実はこれが劇中劇でその後また話が展開するに至って、さすがの私も「ナンじゃこりゃ!」になってしまったよ。必然性はどこにある?言いたいことはよくわかった。本編でしつっこく閣下が言っていたじゃないか。それをまた繰り返すのか?駄目押しか?それとも今までにない斬新な映画にしようとして、勢い余ってしまったのか? 水野監督は他に原作、脚本、製作、主題歌の作詞まで担当している。さらに主演だ。 道理で。誰かこの脚本をチェックする奴はいなかったのか、異議を唱えなかったのか、とずっと不審に思っていたのだ。 出演者たちはどんな気持ちで演じていたのだろうと胸ふさがる思いがする。せつない映画だ。 いやしかし、「シベリア超特急」にはパート2、パート3がまだある。それらを観ずして語るのは早計というものだろう。もっと完成されているのかもしれない、もっと暴走しているのかもしれない。他の作品も早く観たい。そして観た人と語り合いたいものだ。こんなに熱く語りたい映画にはなかなか出会えないもの。そこで「おおっ!」とひらめいた。そうだインターネットがあるじゃないか!検索したら他の人もこの映画の感想を語っているに違いない。 いやあ驚いた。「シベリア超特急」すごいよ、第7作まであるらしい。うち2作は舞台だそうだ。回を重ねるごとに質は上がっているらしい。 検索件数が13900件というのがすごい。いろいろ感想を読んだなかで秀逸だったのが、「観たことを後悔させるカルトムービー」というのと、「混乱以外のなにも生み出さないすばらしい作品」という評価。それと映画紹介のHPの中で「本当はこの作品について説明するのはとっても嫌なんですが、泣きながら書きます」という泣きのはいったやつ。 監督の談話によると尊敬する映画監督(ブライアン・デ・パルマやアルフレッド・ヒッチコック)へのオマージュだということだが、オマージュを捧げられて両監督も困惑したのでは。 今まで観た映画で最低だと思ったのは「死霊の盆踊り」という映画(もちろん最低映画と批評されていたので、観た)だったのだが、優るとも劣らない映画を見てしまった。 消さずにしばらくとっておきますので、観たい方申し出てください。寛容な精神を養うのに役立つかも。 |
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つれづれのがもがも |
メトロ文庫の甘い罠 地下鉄を利用される方はご存知かもしれない。新さっぽろ、白石、琴似、真駒内、福住等の地下鉄の駅に設置されている無料で利用出来る本棚を。本を寄贈する人がいて、その本を借りていく人がいる。 私は主に新さっぽろのメトロ文庫を利用している。読み終わった本で、もう読み返すこともないな、と思うものは収納の問題があるので、置かせてもらっている。が、ここに問題がある。そこで読みたい本を見つけてしまうのだ。それは「読みたかった本」ではない。それならとうに手に入れている。もっと微妙な「読みたさ」だ。名前は聞いたことがあるというその分野では評価の高い作家、古今東西のミステリベスト100にあげられている作品、どこかで書評を読み記憶の片隅にあった作家の名前、そのうち機会があったら読みたいと思っていた作品、今となってはおそらく古本屋でも手に入らないであろう古い本、などに遭遇してしまうと、「本との出会いは一期一会、これを逃したら二度と会えないかも…」という、別れを惜しむ心と貧乏性とが絶妙に絡まりあい、手を伸ばさせる。 が、問題はここから発生する。「どうしても読みたい、今読みたい」という状況ではないので本はツン読となる。そしてその時読みたいと思った気持ちは時間が経つにつれ、下降気味になってゆくのだ。だからといってせっかく持ってきた本を戻しにいくのもためらう。せっかくだから読んでから返しにいこうと。この繰り返しとなる。 もっと問題なこともある。その作品、作家が「当たり」だった場合だ。当然他の作品にも興味がわく。私のことだ、リストを作り、古本屋回りをし、図書館通いをしてでも、作品を読み漁る。またこの期間が充実して楽しいことこのうえない。そして毎度のパターンなのだが、一段落つく頃になると溜まった本を見て「ハッ、また横道にそれてしまって溜まった本が全然片付いていない」ということに気付くのだ。 行かなければいいのだ、新さっぽろに行く用がある時でも、何もわざわざ棚に並んでいる本を確認しに行くことはない。はずれの事の方が多いのだから。さっさと用を済ませて帰ればいい話だ。しかし、本がたくさん並んでいるかもしれないのに、そしてその中に探し求めていて未だに見つからない本があるかもしれないのに、素通りすることが出来ようか。私にとってはギャンブルのようなものだ。元手はかからない。失うのは読書にかける時間のみ。それにしては「当たり」が出ると他の作品も読みあさり、収集を始めるために出費が大きくなるのは不思議なことだ。それは「出会えた喜び」で相殺されるのではあるが。 さあ、そろそろまた何か用事を作って新さっぽろに行かなくては。 |
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エッセイ「冬のソナタ」にはまる謎 byがもりん |
NHK衛星第2で放映されていた韓国のドラマ「冬のソナタ」は疑問点続出でつっこみどころがいっぱいで、ストーリーはベタで、毎日リアルタイム(ビデオに録画出来ないため)で二時間観るのはなかなか大変なことなのだが、なぜかすっかりはまって毎度のように涙しながら観てしまった。 本来ラブストーリーものは好みでない。その私が「観てみよう」と思ったのは友人の「とにかく観てごらん」の一言がきっかけだった。書店には関連本がたくさん出ており、小説は数十万部も売れているという。 大人気となったその理由がどこにあるのかを見出そうとした、わけではない。気がついたら「冬ソナ」中心の予定を組んでいたのである。 高校時代の初恋の相手、彼が突然の交通事故で死んでしまってからずっと、主人公は初恋の彼を忘れられないでいた。それから十年後、当時から自分のことを見守っていてくれた幼なじみと婚約をした夜、死んだ初恋の彼とそっくりの男性と出会ってしまう、しかも彼は新しいプロジェクトの取引先でもあった。そして同級生の恋人でもあった。 なんという偶然、そして運命の皮肉。婚約者のいる主人公、恋人のいる男性、いつしかふたりはひかれあってゆく。それは許されない恋だった。 高校時代の初恋、記憶喪失、罠、交通事故、父の秘密、母の秘密、出生の秘密、エトセトラ。 よくぞここまでてんこもりにと感心するほどのベタな濃密さ、美しい風景、メロメロにさせる音楽、これで泣けなきゃウソですよ。 今まで韓国というと食べ物、あるいは日本との歴史、差別の歴史、という側面からしか知らなかったけれど、こんな世界もあったのね、という驚き 考えてみれば当たり前のことだったのだ。もっとよく知ろうとしなければ何も見えてはこないのだ。 韓国映画は次々に公開されているし、テレビドラマもどんどん放映されている。だが、私は「冬のソナタ」止まりで終わった。それ以上はまらなかった。本を買うわけでもなく、サントラCDを買うわけでもなく、出演俳優の他の作品を観ようとしたわけでもない。あんなにはまっていたのに。 何故だろう。その謎を四月からNHKで放映される、これが三度目の放映を観ながら考えてみたいと思う。 |
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ようかん日録 |
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母が無事手術を終えました。その後の回復も順調で来週にも退院の運びとなりました。 皆様からのお見舞いの言葉をいただきありがとうございました。私は毎日いろんな家族か ら不安や病気や様々な諍いや葛藤を伺う仕事をしていますが自分自身が身内の心配事に接 して、いっそう人間がいかに危うい存在であるかを再認識いたした次第です。大げさに何 をいまさらようかんは血迷ってと思われるかもしれませんが、実は母親の手術の前後に立 て続けに悪いことが重なって起きました。兄夫婦の一人娘に子宮筋腫が発覚していざ手術 ということになったのはよくあることですが、とても簡単にはいかないと言われ驚かされ ました。精密検査の結果悪性の疑いは晴れたのですが難しい手術となりそうで大学病院に まわされるとのこと、まだ若い姪のこと故本当に驚かされました。結婚していて不妊治療 のために受診して発覚したものです。そうこうするうち、今度は弟が職場で倒れて緊急入 院しました。脳梗塞です。富士通でコンピュータの開発に携わっっており連日帰宅が夜中 になるのも珍しくないという人なので多分過労が誘因と思います。しかし私達兄弟中で一 番若い弟が倒れたことは母親の怪我以上にショックでした。現在高濃度酸素治療というの を受けているようです。まだあるのです。・・・。夫の最も尊敬する兄がALS(筋萎縮性 側索硬化症)という難病にかかったのです。10万人に5、6人という原因も不明、治療法 もないという病気です。手、足などの末梢の筋肉から次第に動かなくなって一番最後は舌 だそうです。頭は最後まではっきりしているとのこと。この兄は世界中を駆け回っている 人でついこの間までヒマラヤに行き、えぞ山岳会の役員をして活動し最近は短歌の会に所 属して楽しみのひきだしを増やしている様子でした。それだけに義兄本人よりも夫の方が まいっています。義兄自身の話では生存率3年が50%、5年が35%徐々に進行して早 くて1年遅いと10年と言っています。私も仕事柄いろんな病気を聞きましたがこんなに 身内に起こってくるとは驚きを通り越して不思議な感覚でいます。 考えてみますと私の読書傾向も以前から人間の不安や怖れやうまくいかなさみたいなも のに翻弄されていく姿や様に感心が引きつけられるような気がします。といっても その中から這い上がっていくけなげな人間のすばらしさに惹かれるのでは決してなくむし ろ深くて暗いパンドラの箱の中身を知りたいというおぞましい欲求に近いものだと自分で は感じています。長々と自己開示してしまいましたが今月の蟹の会に参加しておもいっき り食べたり飲んだりできなかった“ようかんのうさばらし”と思ってお許し下さい。 |
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みずえさんのコーナーです |
ただいま原稿準備中!! |
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みづ入りがもようかんおすすめリンク |
リレー小説 |
同人によるリレー小説の試みです。掲示板でのアップになるので初めて読まれる方は日付の古い(下のほうの)記事からお読みください。 「イニシアルを並べかえているうちにKAYAという女の名ができた。この名を持つ女がいるとしたら、どこでどんな風に生きているのだろう。 それぞれのKAYAという女のイメージを結んでリレー小説を書こうという話になった。 私達のKAYAに会ってほしい。」(前書きより) |
昴の会 |
札幌の文芸同人誌のホームページ。 華やかで話題豊富。ビジュアルも楽しいです。 |
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