思えばその日は朝から体調が悪かった。
睡眠はたっぷりとっているはずなのだ。なにしろ日の出とともに起き、日没とともに寝るという、しごく原始的だが健康的な毎日を送っているのだから。それなのに、なぜか眠気がつきまとって離れない。
体の奥の方から疼くように関節が痛む。体がずっしりと重かった。
「トットリ、食料を探しに行くべ」
相棒は今日も元気である。
さっさとねぐらにしている洞穴の裏でみつけた湧き水で顔を洗い終えると、トットリの袖を引いた。これはそうとう腹を減らしているらしい。
「それがすんだら、シンタローを陥れるための罠を仕掛けて、そうだ、この頃ちぃっとばかし体がなまってきてるから、訓練もしておかねばな」
いつもなら、ミヤギがこんなに機嫌よくしゃべりまくってくれるのをとても心地よく感じるのに。
たいていは気づかないうちに口喧嘩になってしまい、トットリはミヤギに一方的にやりこめられて、そのあまり出来のよくない頭を抱えて
『ごめんよぉ、ミヤギくん』
などと泣き出すのがおちだ。
だから、こんなミヤギのひとことひとことが嬉しくて、わくわくして。
けれど、今日は。
頼むからこのまま眠らせておいてほしい。自分のことなんか放っておいてほしい。
「さあ、早く支度するだよ、トットリ」
満面の笑みを浮かべたミヤギの手を、だから彼は振り払った。
「トットリ・・・・・・?」
「僕は行かんよ、ミヤギ君」
思いっきり不機嫌な声が耳に届いた。それが自分の声だと気づいたときには時すでに遅し。たちまちミヤギの顔が苦虫を噛み潰したような渋面にしかめられる。
もともとそんなに気の長いたちではない。どちらかといえばすぐに頭に血が上るタイプだ。
「何を馬鹿なことを言ってるだよ。早くせねば、お日様があんなに高くなってしまったではねぇか」
それでももう一度トットリの手をとろうとしたのは、彼の体調不良を薄々感じ取ってはいたからか。
「行かんって言っちょーがん!」
だが今日のトットリも頑固だった。
こうなると、トットリも自分で自分の言っていることが把握出来ているのかどうか怪しいものである。いらいらした気分そのままに、言葉をぶつけるだけだ。いや、案外これがトットリの本来の性格だったのかもしれないが。
ミヤギについていきたい。その思いが彼に従順な少年を演じさせていたとでもいうのか。
ちょっとした不安定さが彼の纏っていたものを力づくではぎとった。
もともと、彼らは体調を崩すなどということには慣れていない。訓練がいくら苦しくても、その度に寝込んでしまっていたのでは、ガンマ団では生きてはいけないから。なんだかんだといいながら、多少のことではまいらない程度には鍛えられている。それがなければ、たとえうわべだけとはいえ笑顔を見せることすら不可能だ。常に足をすくわれる恐怖にさらされて、まともな神経を保っていくこともできないだろう。
総帥たるマジックを筆頭に、総じてガンマ団には変人が多いと部下の間では噂されている。そう噂する者自身もたいがいが一般常識からいえば変人の部類に入れられることを、本人達は自覚していない。
それもすべて、余人にはない実力を持つが故のことではあるのだが、だからといってそれで変人に対する認識が変わるわけでもなく。
しかし、日頃鍛え上げている分、体調を崩したときには以外に脆いのかもしれない。現に今もトットリは自分の不安定さがどこからくるのか、うまく理解できないでいる。
調子が悪ければ、体を休めてやればいい。それすらも教えられずに彼らは育てられたのだ。
「そったら、好きにすればええだ」
答えるミヤギの声はすっかり冷たくなってしまった。
トットリはいつもミヤギに従順だ。思いつくままにああだ、こうだと騒ぎまわるミヤギにトットリが振り回され続けていると言ってもよい。
そのトットリが反抗した。ミヤギにはそれが腹立たしい。
こんなはずではないのだ。
「オラも好きにさせてもらうからな」
冷たく一瞥を投げかけて、ミヤギはさっさと背を向けた。
「ミヤギ君・・・・・・」
長い髪がさらさらと揺れる背中を見た瞬間、トットリは言い知れぬ不安に胸を鷲掴まれた。
くすん、とトットリの鼻が鳴った。
目が熱い。
「ミヤギくぅん」
ぽろぽろと涙が転がり出た。
泣きたくなんかないのに。泣いてなんかやるもんか、そう思うのに。自制がきかない。
「何やっとるんじゃ。情けない奴じゃのう」
いきなり大きく分厚い手が、トットリの髪をぐしゃぐしゃとかきまぜた。ちょっと低めのガラガラ声。
「構うなよ、ほっといてごせ」
過敏なまでに激しくいやいやをするトットリに、声の主はちょっと驚いたように手を引っ込めた。
「僕だって嫌なもんは嫌だわい・・・。なんでいっつもミヤギ君の言うことをきいてばっかりおらにゃいけんだぁ・・・・・・」
「これ、トットリ!」
うだうだとしゃくりあげながらまくしたてるトットリ。状況把握が出来ているとは言い難い。
関節は痛いし、イライラするし。おまけに目の前にいるのはミヤギではないし。
「・・・え?」
そう、ミヤギではない。目の前に立っている男は・・・。
「コージ君?」
呼ばれた相手はやれやれといったように肩を竦めた。
「そうじゃ」
言いながら、大きな手がぬっと伸びてトットリの額に手のひらが押し付けられた。
「熱があるようじゃのぉ」
「なんで・・・・・・?」
少しばかり頬が赤い。くっきりと人目を引くドングリ眼がうるうると揺れている。
「・・・たまらんのぉ」
コージの口の端がにやりと笑う形に引き歪んだ。
「なんでコージ君がこげなとこにおーだ。ミヤギ君はおらんのに」
「言ってくれる」
がっしりとした男の影がゆっくりとトットリの前に膝をつく。
冷たい手が妙に心地よいな、と普段なら決してこの男を前にしては思いつかないようなことを、彼はぼんやりと考える。
熱が彼からいつもの緊張感を奪い去ってしまったようだ。
「ぬしの顔を見に来たところでそのような顔をされては、どうにも・・・のぉ」
ぐい、と片方の腕を引き寄せられて、トットリは体のバランスを崩し、ぱふ、と盛大な音を立ててコージの腕の中に突っ込む形となった。
「わ・・・」
トットリの頭をかいぐりかいぐり抱きしめるコージがどんなに幸せそうな顔をしているか、トットリ自身には見る術がなかったけれど。もっとも見えたところで、それでトットリも幸せになれたかどうかは甚だ疑問であるが。
「わしはぬしに惚れちょると、いつもそう言っておろうが」
「僕はそんなんじゃな・・・い・・・」
「聞こえん」
ぎゅう、と抱きしめる腕に力がこもる。
知っているのだ。
本当に拒絶したいならとっくの昔にそうしている。また、自分はそれだけの力は持っていると。
本気を出したなら、決してコージに引けをとらないトットリである。・・・もっとも二人とも無事ではすまないだろうけれど。
だから彼は自分を離してはくれない。それどころか・・・。
「手加減は・・・できんぞ。わしはそんなに器用ではないけんの」
耳元でそう囁いた彼の言葉に、だからトットリは思わずうっすらと笑みをこぼす。
「嘘つけ・・・」
いつもいつも、欲しいものをくれようとするのはこの男だけ。それは決して満足の出来るものではなかったけれど。・・・それは絶対に手に入らないものだから。
だけど。この暖かさに浸っていたいのもまた事実で。
こんな自分の姿を知ったら、ミヤギはどんな顔をするのだろう。
軽蔑するだろうか。・・・自分だって時折同じ顔であいつを睨みつけていながら。
それとも。玩具を取り上げられた子供のように腹を立てでもするのだろうか。取られた玩具は突然彼にとっての宝物にされてしまうのだろうか・・・たとえそれがほんの一瞬の気まぐれでも。
「こら。病人のくせにえらく余裕があるのぉ」
コージの軽く笑いを含んだ声で現実にかえる。今ここにミヤギはいない。
「え・・・?あ・あ・・・ッ」
言葉通り容赦なく押し入ってきたコージに、思わず苦痛の声を上げる。
熱い・・・。
この熱さが自分のものなのか、自分を組み敷く男のものなのかはよくわからないけれど。
もうどんなに苦痛の声を上げたところでコージの耳には届かない。彼はそれが本当の苦痛ではないことをよく知っているから。
自分の声に煽られたように激しさを増したコージの背に、トットリの手がまわされる。
せめて今は自分に向けられた思いに浸っていたい。それが逃げだとわかってはいても。
自分はそれほどに強くはないから。だから。
愛しいと思うことはできないけれど。すべてをわかっていてくれて、自分も彼を必要としていて。
形のある思考はここまでだった。
コージの逞しい腕に一層の力がこもり、トットリは考えることを放棄する。
「コージく・・・ん」
あとはやさしい闇が、トットリの意識をからめとった。
☆☆ ☆☆ ☆☆
ちょっぴり・・・いや、かなり後悔している。
今朝のトットリはどこか変だった。
それに気づいていながら、腹立たしさのままに突き放した。
背中でトットリの心細げな声が聞こえていたのに。振り返ることすらしてやれなかった。
かっとなった頭などすぐに冷える。
そのまますぐに引き返せばよかったのに。つまらないプライドがそれを邪魔した。
森の中でたわわに実る甘い果実をみつけて、両手いっぱいにもぎとったのを手土産にして帰り着くことを思いついたのはよかったけれど・・・。
「トットリ・・・?」
拗ねながらでも迎えてくれる相手は、そこにはいなかった。
「トットリも出かけちまったんだべか」
・・・体の調子が悪そうだったのに、と少し、いやかなりむかっときた。
「おらとは一緒に出かけられないってことだべか」
抱えていた果実をゴロゴロとかたわらに転がして、ミヤギはどっかりと腰を下ろした。
・・・そりゃ、おらもすぐかっとなっちまって、悪かったけどな。
だけど・・・とミヤギの独白は続く。調子が悪いならそう言えばいいのだ。それをわざわざ勝手に一人で出かけるなんて。
「あー、トットリくんの友達のミヤギくんだ」
いきなり能天気な声が突き刺さる。
「ねぇ、トットリくんってば一体どうしたの?さっきカオルちゃんが雨を降らしてほしいって声をかけたのに、トットリくんってばちっとも起きてくれないんだよ」
「・・・なんだって?」
ミヤギが厳しい顔つきで睨み返すと、カンガルーネズミのエグチくんは大きな目をゆがめて
「こわーい」
と、まわれ右してしまった。その襟首をミヤギがむんずと捕まえる。
「どこだべ、それは?」
「あっち」
返事をするのももどかしく、たちまちミヤギは駆け抜けていく。
「ほっほー、早い、早い」
茶化すように高みの見物を決め込んでいる男がいたことも、今のミヤギには知る由もない。
「せいぜい手厚く看病してやってくれよ」
意味ありげな台詞を残して、コージはすぐにその気配を消し去った。
☆☆ ☆☆ ☆☆
「これ、トットリ!」
「ごめんよぉ、ミヤギくぅん」
ここは常夏のパプワ島。今日もトットリとミヤギはけたたましい。
いつもと同じ毎日。いつまで続くかわからない毎日。
けれど平和で、幸せな毎日。
□ □ □
ははははは(^_^;)
あっけにとられている方がいらっしゃるんじゃないですか。
パプワ同人の中でも異端でしたからね。
この二人、みずあめ状態だと言われてました。
やれやれ。