
晴天の霹靂、仕事で中国に行くことになりました。
いちのせにとっては初めての海外旅行。
はてさて、どんな旅行になりますことやら・・・(^_^;)
それは2月に入ったばかりのある日のこと。
いちのせは課長に呼ばれました。
うーん、叱られるようなことはやってないはずだぞ・・・?
いちのせを呼んだ課長はにっこり笑って、いちのせに書類を手渡しました。
「生涯学習課からどうしてもっていう要請があったの。去年は係長が行ってくれたから、順番からいくとあなたに行ってもらうことになるのよねえ」
手渡された書類。それは「少年サッカー親善試合」引率依頼。期間は5月1日から6日。場所は・・・中国。
ちょっと待て。ゴールデンウィークはすでに同人誌即売会の申し込みをしているぞ。おまけに小学生のサッカーチームの救護だと?なぜに養護教諭が行かんのだ。24時間拘束の仕事を6日間も続けるのか!?
更に、更に、いちのせは海外に出たことがないのだーーー!!他人の救護なんぞやってられるか。
いちのせの脳みそはぐるぐるとそんな言葉を叫んでいます。
今回一緒に中国に行くサッカー交流団の子供たちと、親御さんも一緒に参加説明会が開かれました。
ほとんどの子が小学校6年生。つまり、春から新中学生になる子供たちです。
まだいかにも子供子供した顔の子やら、監督よりもでかい子まで16名。顔と名前を覚えるのが一苦労です。
初日からいきなり夜行列車での移動だったり、ついてすぐにサッカーの試合があったりと、日程が結構厳しいので、元気に6日間をすごしてくれるのを祈るのみ。
・・・で、あとの3日間は観光なんだけど、「子供は興味がないから」って胡宮見学がデパートでお買い物に変更されてしまいそう。何が悲しゅうて、中国まで行ってデパートなんだか・・・。万里の長城には連れて行ってくれるらしいけど。
次は23日にパスポートを受け取ってきます。
3月23日にパスポートを受け取ってきました。
10年パスポート。申請の時に、「結婚などで名前などが変わると、有料で申請をしなおすことになりますが・・・」と念を押されましたが、「いいです」と即答してしまったいちのせでした・・・(^_^;)
これでも嫁入り前なのに。
さて、10年もおんなじパスポートを持つんだから、写真写りは気をつけようと思ってたんですが、それでも出来上がったパスポートを見たら、「あたし、疲れてますぅ」と言わんばかりのしまりのない顔をしてました。うう、写真写りがよくなりたい・・・。
はっと気づくと来月の今ごろはすでに中国にいるのね。まだまだ先のことだと思ってたんですが。
ただいま持っていく荷物のリストアップ中です。
第2回目の少年サッカー派遣団説明会に参加しました。
今回は参加するはずだった学校の先生が転勤で参加できなくなったり、コーチが胆石で参加が危うかったり、松葉杖をつく羽目になっている子供がいたり、喘息がひどくなるかもしれない子がいたり・・・。
なんだかとっても不安(^_^;)
無事に帰ってくることを祈っておいてくださいまし。
さあて、旅行用品の買出しに出なければ。
出発が間近です。・・・まだろくに荷物も詰めていない・・・(^_^;)
とりあえず、荷物のリストアップと買い物を今日中に済ませてしまわねば。
仕事の方をまる1週間留守にするので、申し送りやらにてんてこ舞い。ま、うちのスタッフはしっかりしてるから、いちのせがいなくても安心ですが。
昨年中国に行った係長から、「持っていって役に立った物」一式をいただきました。中身はミニカップめんやらラスクやら。ほとんど子供たちの胃袋に納まる予定です。
(・・・3時間ほどの間・・・)
お買い物に行ってきました。
たすきがけ出来るナイロンバッグとウォーキングシューズを買ってきました。明日は一日靴を慣らすために歩かねば。
トランクが小さいので、着替えと薬ですでにパンパンです。かといってトランクを大きくしても重くなるだけだしね。
明日は旅行用のスリッパとミネラルウォーターとフィルムを買い込んできます。
もう忘れ物はなかったかなあ・・・。あ、滅菌ガーゼを入れとかなくちゃ。
朝9時半にアパートまで職場の人が迎えに来てくださって、空港へ。
実は集合時間は10時半なのですが、9時40分ごろに空港に着くと、もうすでに来ているおばさんたちが(^_^;)遠足に出かける子供みたいですねえ。
受付をすませて、10時半から荷物の検査。米子空港にはスーツケースをチェックするX線装置がないので、税関の職員がかなりたくさん動員されての検査です。
11時半から出発式。今回は市の主催で中国にチャーター便を飛ばすので、うちの市長さんが団長さんです。
子供たちは見送りの親御さんに出発のあいさつをして、二階の待合室へ。
程なく搭乗手続きの開始です。
なぜかしっかり金属探知機に引っかかったりして(^_^;) もっともやましいことはありませんので、ボディチェックを受けて通過。
チャーター機は中国国際航空。はっきり言って、狭くて古いです。日本の国内便で飛んでるのと同じタイプ。これで外国へ行くのかい(^_^;)
午後1時出発の予定が25分遅れでフライト。
機内はクーラーがきいておらず、快晴の米子ではむちゃくちゃ暑い。どうやら外気を入れているだけらしいのです。
高度が上がると少し涼しくなってきました。
30分程すると、機内では飲み物や機内食が配られます。
飲み物はワイン、ビール、ジュース、ミネラルウォーター、コーヒー、コーラ、スプライトなど。
機内食のメニューは「フィッシュ オア チキン?」と聞かれいちのせはチキンを頼みました。パックで暖められたご飯のかたわらに鶏肉のあんかけが添えられたもの、スモークサーモン、果物の缶詰、パンにバター、正体不明の果物の砂糖漬けのパック、ミネラルウォーターといったラインナップ。味は・・・(^_^;)ご飯がぱさぱさで、子供たちはパンを食べてたようです。
さて、機内で時計の修正です。中国は日本より1時間遅いので、時計を1時間もとに戻します。いちのせは腕時計を2つ持っていってしまいました。
ここからは中国時間。
午後3時20分、長春空港着。約3時間飛行機に乗っていた計算になります。
機内から外を見ると・・・空港の係員がオーバーを着て仕事をしている・・・?げ、そんなにこっちは寒いのか!?
緯度からすると日本では東北くらいになるそうですから、少し寒いかも、と言われてましたがオーバーを着るほどとは・・・。
外に出てみると、スーツを着ていても肌寒いくらい。10度ちょっとの気温といったところです。
いちのせと、もう一人同行した市の職員Tさんがサッカーチームの団体ビザでの入国手続きのために、一足先に入国審査を受けます。軍服に近い制服の、むっつりと無表情の係員がほとんど無言でパスポートをチェックしていきます。
ゲートを通って、トランクを受け取り、サッカーチームが来るのを待ちます。
ここでトイレをすませておくよう指示したのですが、ずいぶん汚いトイレだったようで、アンモニアで目が痛いと訴える子も。これに懲りてトイレはホテルやレストランできちんとすませてくれるだろうと思っていたのですが、甘かった(-_-;) 苦労させられるんだ、これが。
空港を出ると、子供の鼓笛隊がお出迎え。なんだかすごく仰々しいかも。
空港前からすぐバスに乗り込んで、長春市内のシャングリラホテルへ向かいます。途中、街中に燦然と輝く映画の看板は・・・「セーラームーン」でした。
シャングリラホテルは長春市内でも指折りの高級ホテル。ここでサッカーチームは歓迎レセプションの時間まで休憩です。ホテルの入り口ではかごに果物を山ほど盛ったおじさんたちがたむろしてきます。さっそく珍しそうに立ち止まりかける子供を怒鳴りとばしてホテルの中へ。
豪華な内装のホテルでは子供たちが物を壊すんじゃないか、はらはらし通し(^_^;) だって、ハイパーヨーヨーを始めるんだもん。
ここで日本円を人民元に両替してもらいました。今のレートは1元が約13円。1万円を750元に替えてもらいました。
子供たちの感想・・・「なんかお金がしめってる〜」。紙が薄くてぼろなので、湿った感触がするんですね。
1時間ほどシャングリラホテルで休憩したあと、歓迎レセプションのため「南湖賓館」へ。
ここで長春市人民政府主催のレセプションが開かれます。さっそく中華料理のフルコースです。それも、出てくるのが早い、早い。たちまち乗り切らない料理の皿が、2段重ねに乗せられていきます。
オードブル、肉や野菜の炒め物、ビーフンらしきものに粉砂糖がふってあったり、餡入りゴマ団子などの甘いものがごちゃまぜです。味は全体的に塩が薄く、時々ピリ辛。
最後にスープが出たのですが、先に飲んだ人たちがなんともいえない顔。
一口飲んで絶句・・・甘い(-_-;)
後で聞くところによると、カエルの油のスープで、とても高級な料理なのだそうです、が、はっきり言ってパイナップルの缶詰の汁を水で薄めたような間の抜けた味。さすがに全員に不評でした。
果物はスイカ。あんまり甘くないです。
夜8時過ぎには宴会もお開き。いちのせたちはこの後夜行列車に乗るために長春駅へ移動です。
夜行列車に乗る前に大事件が起こるのですが、それはこのあとに。
ここでいちのせのツアーグループをご紹介しておきましょう。
メインは16人のサッカーチームの少年たち。
1番から16番まで背番号がついています。名前を出すわけにいきませんので、おいおい背番号で紹介させていただきますね。
チームの監督は中学校のH先生。コーチはKさんです。
それに市の職員Tさん、旅行会社の添乗員Sさん、現地ガイドの崔さん、いちのせの21名。
これに場所によっては更に現地ガイドさんがつきました。
さて、長春の駅でいちのせたちを待っていたのは、でかーい夜行列車。
冗談抜きで大きいんです。車両の入り口に立ったときに、視界に列車しか入らないくらいに。
各車両には入り口がひとつしかなく、駅で改札をせずに車両に乗り込むときに一人一人チェックを受けます。
ここで、こどもたちといちのせは乗り込む車両が違うために右と左に分かれることに。12号車に乗り込む子供たちは遥か彼方に見えなくなっていきました。だって、車両が高い分、長さも半端ではありません。1両が何メートルあったのでしょう。いちのせは4号車に乗ることになっていましたので、本当にキロメートルの単位で離れてしまいました。
さて、少し前から添乗員Sさんと崔さんの姿が見えません。
実はいきなり監督が「子供たちに果物を」と言い出したので、二人はバナナを買出しに行っていたのでした。
列車の発射時刻3分前にホームに駆け込んだ二人は、車両の前で待っているいちのせたちを見て顔色を変えました。
「荷物は!?」
実はスーツケース等はマイクロバスから直接各車両の前に届けてあるはずだというのです。
しかし、いちのせも他の車両に乗るグループの人たちもスーツケースは受け取っていません。車両の前にも置かれていません。
「そんなばかな!」
他の添乗員さんたちも大騒ぎです。
それなのに、時間にはルーズだと聞いていた中国の夜行列車は予定時刻きっちりに出発すべく、車両入り口のタラップを閉めてしまいます。
崔さんが状況を説明するのですが、車掌さん(これが全部女性。しかも美人ばっかり)は難しい顔で首を振るばかり。
「仕方がありません。荷物の確認はあとで責任を持って手配しますから、とにかく乗りましょう」
という崔さんの言葉に、手近な車両のタラップを上がろうとして、また車掌に止められました。4号車の切符を持つものは4号車のタラップを上がれと言うのです。
4号車のタラップは更に100メートルくらい向こう。添乗員さんたちと一緒にだーっとダッシュして4号車に行くと、4号車のタラップはすでに上げられていました。車掌は「もう乗せない」というゼスチャー。
もう崔さんが必死に抗議です。これに乗れなきゃいちのせたちはおいてきぼりをくうんですから。
車掌さんはしぶしぶといった顔でタラップを上がれるようにしてくれました。
ここで切符を渡すと、かわりに席の指定が入った鉄のプレートを渡されました。それを見て、指定された個室寝台へ。
女性の数合わせのため、いちのせはSさんともう一人の添乗員さん(これが女優の柴田理恵そっくりのOさん)、それとひとりで旅行に参加された年配の女性といっしょの個室です。
さて、とにかく列車に乗り込んでから、旅行会社関係の皆さんはあわただしく荷物の確認に散らばっていきます。
車両の前に届いているはずだった荷物は、果たしてどこへ消えてしまったのか!?
みんなが帰ってくるまでに、1時間を要しました。
結論からいうと、荷物はすべて12号車に届いていたのだそうです。
旅行会社のスタッフで一緒くたになっていた荷物を見つけて、誰が何号車に乗っているかを確認して、さらにそれぞれの個室まで荷物を届けるのにさらに30分。
SさんやOさん、崔さんたちは12号車から4号車までを何回も全力疾走して、すっかり疲れた顔になって帰ってきました。
「この列車の中で何キロ走ったんだろう〜」
もし荷物がなくなっていたらという心痛と、本当に大きい車両をダッシュした疲れは大変なものだったでしょう。
なにはともあれ、無事に荷物は全員のもとに届きました。
一方、いちのせと年配の女性が二人で個室の留守番をしていたとき。
個室は原則として中から鍵がかかるのですが、実際にはちからまかせにドアを引くと簡単に開いてしまいます。
そのドアがノックもなしにがらりとあけられました。
立っていたのは先ほどの美人の車掌さん。
中国語で何かをしきりに言われるのですが、いちのせも同室の人も、中国語は見当がつきません。
どうも、何かを見せろと言っているようなのですが、切符を見せても首を振るし。
焦れた車掌さんはおもむろに引き返し、何かを持ってきました。
パスポート。
国内移動ではパスポートを見せることはないと言われていたのですが、どうもパスポートを見せろということのようです。
荷物はまだ届いていませんでしたが、幸いパスポートは身につけていましたのでごそごそと取り出して渡します。
車掌さんは大学ノートを取り出して、名前を書き写していきました。やれやれ。
でも後で聞いたら、他の人たちはそんなチェックはなかったっていうのよね。不審人物だと思われたのだろうか(^_^;)
中国の夜行寝台は何種類かの等級に分けられているそうですが、日本のツアーで使うのはいちばんよい個室寝台です。
ひとつの個室が4人部屋になっていて、寝台は上下2段。車両の高さがあるので、女性なら天井が低いと感じることもありません。
上の段には、入り口の両脇についている灰皿みたいな小さなタラップに足をかけてのぼります。ので高齢者にはちょっと登れない。女性もスカートだとちょっと人目がきになります。
上の段の奥、廊下の天井にあたるところが荷物置きの棚になっていて、かなりの荷物が置けます。
室内にはコップと、ポットに入ったお湯が準備してあります。他には鉄道新聞とか鉄道雑誌みたいなのが1冊づつ、あと使い捨てのお手拭も置いてありました。
寝具は薄いパッドが敷き布団がわりに椅子にしかれ、シーツがかけられています。枕には掛け布団カバーと同じ柄の枕カバー。なかなかこざっぱりと清潔でした。これらは朝に係の人が片付けにまわってこられました。
日本の夜行列車みたいに乗り心地はよくないよ、と言われていましたが、実際には寝台は広いし、揺れもたいしたことはなかったし。
前に乗ったことのある人の話では、車両によってはカラオケ列車と化しているのもあるそうですが、さすがに他の車両の探検には出られませんでした。いちのせの乗った4号車はときおり中国語の話し声(向こうの人はとにかく大きな声で話をします。別に喧嘩をしているわけじゃないんだけど、まるで口論をしているような勢い)が聞こえましたが、あとはいたって静か。
スーツからジャージに着替えて、さてお休みなさい。
夜行列車っていうのは、いくら寝心地がよくっても行きは寝つきが悪いもの。んで、帰りは疲れてぐっすり眠れるもの。
今回も初日から夜行じゃ、ろくに眠れないだろうなあ、と覚悟していました。
が、認識を改めます。
白状しますと、翌朝、件の車掌さんが枕もとのコップなどを片付けに来るまで、まったく目がさめることなく熟睡していたんですね。
車掌さんの前に、シーツを回収する係の人も来たらしいのですが、そちらはまったく気がつかず。
個室の鍵はかけてもドアが開いちゃうようなものでしたから、夜中に泥棒さんがやってきてスーツケースを持っていっても、誰も気がつかないほどよーく寝ていたわけです。
目を開けたら、車掌さんと目が合うってのは、ちょっとコワイものがありました。いや、美人だったんだけどね。前の晩のいろいろがあったもんで(^_^;)
車両には洗面所がありますが、すでに他の乗客でいっぱい。
手持ちのふき取り化粧水で洗顔して、簡単に化粧(しないとねえ、人前に顔が出せないんだもの)して、スーツに着替えて。さて、今日の準備完了。
列車は目的地のひとつ前、延吉の駅に到着です。
たくさんの人がここで降りていきます。
4号車は一気に静かになってしまいました。
ここでも駅で立っているのは若い女性の駅員さん。それも美人。
延吉を出ると、まわりの景色がどんどんさびしくなってきます。
山には紫色の綺麗な花が満開。あれは何の花だろう。ミヤマツツジっぽかったけど。
樹は樺の樹が多いようです。
日本ではもう絶対に見られないような、地面に直接建てられたレンガの小屋。煙突らしきものから、煙が上がっているということは、あそこに人が住んでいるのね。
まもなく列車は目的地図們(トモン)の駅に到着です。
ちなみに夜行列車の料金は215元。日本円で2795円ってとこですか。物価のちがいをひしひしと感じます。
列車を降りて、駅の建物に向かっててくてく歩きます。2年前はこのホームがとても道が悪くて、キャスターなんか転がるような地面ではなかったそうなのですが、石畳がきれいにしてあってキャスターでらくらく。駅のゲート前で懐かしい人が出迎えてくれました。
5年ほど前に、うちの職場に国際交流員として来日していた池さん。彼女はとっても社交家で、友人の多い人でした。いちのせもよくおしゃべりをする仲間だったのですが、彼女が世話役として出迎えに来てくれていたのです。
顔を見た途端に「きゃ〜あ(はあと)」と抱きつく女二人。子供たちが何事かと目を剥いてました(笑)。
駅のゲートを出ると、図們の街もなかなか賑やか。駅前にはそこから地方に出る乗合タクシーがいっぱいです。ワゴン車タイプの乗合タクシーがほとんどで、中には屋根に布団などの荷物をぎっちりに積み込んで走っているのもありました。雨の時にはどうするんだろう。
ここからマイクロバスでさらに1時間半ほどの琿春(フンチュン)へ。
一応高速道路(通行料は10元だった)らしい道路をバスはひた走ります。
途中、川をはさんで向こう岸は北朝鮮という場所がありました。そう、ここは中国でも北、北朝鮮やロシアと国境を接するところなのです。
まわりはひたすら畑。それも耕運機などはいっさいありません。すべて人力か牛力。昔話に出てくるような、農耕牛が鋤を引っ張っています。ひろ〜いひろ〜い見渡す限りの畑でぽつんと一頭の牛と鋤。色のついた墨絵の世界でした。
そして、遠くに見えてきた高い煙突・・・。琿春火力発電所だそうな。おかげで本当にえんえん山の中に分け入ったような場所でも、ちゃんと電力は供給されているのです。
さらに中国では5月1日のメーデーから1週間、連休なのだそうで、あちこちで結婚式びよりだったようです。バスで通った朝鮮族の居住区ではあちこちに赤い風船を飾った車が。赤い風船や花で飾った車は、結婚式に参列する人々の車なんだそうです。
琿春の街の中に入ってくると、道路の周りが建物で賑やかになってきます。
建物はほとんどが地面から直接建てられていて、日本のように床下がありません。それどころか、入り口を入ると床が低く掘り下げられているくらい。古いレンガを積み上げた長屋がほとんどで、日本人の感覚でいくとスラムにも見えるそれが、一般的な居住区であるようです。
道路は広いけど、中央線や信号などはほとんどありません。
自転車も歩行者もすべてマイペースで道路の真中を横切っていきます。
車はクラクション鳴らしっぱなしで、それをよけていくわけですが、あんなそれぞれがマイペースに道を占領していて、どうして事故を起こさないのか非常に不思議。三叉路も交差点も信号なんてないんですよ。交通量はけっこう多いし、ルールなんかない自転車や歩行者がそれに加わっているのに!
どんなに道が広くても、中国の道は走れないと思ったいちのせでありました。
マイクロバスでまっすぐホテルへ「琿春賓館」へ。古いけれど、琿春には数少ないホテルの中では最も高級なホテルです。
ここでまず朝食。バイキングです。
さて、どのようなメニューが揃っているかといえば・・・。
野菜の炒め物が大半だったのですが、先ほども言ったとおり琿春は北朝鮮と国境を接する場所。ここに住んでいるのも大半が朝鮮族なのだそうです。公用語も中国語と朝鮮語が両方併記。それも朝鮮語(ハングル語ですね)が優先なのだそうです。
だから、料理も皆さんが思い浮かべる中華ではありません。ほとんど朝鮮料理。そう、キムチです。
味付けは唐辛子。
朝ご飯から大きな皿に盛られた何種類ものキムチ・・・。すごいですよ。
幸い子供たちに辛いものが苦手な子がいなかったのと、お粥以外に白飯が準備されていたので、なんとかみんながしっかり食べることは出来たようです。
いちのせは饅頭(ぱおずって奴ですね)系は好きなので、朝食にはしっかりぱおずをいただいてました。
何にも入っていないのと、あんこのとあるんですが、あんこも微妙に違うものが何種類か。もちもちでおいしかった。
あとはしっかり野菜をいただくようにしてたんですが、ほんとに唐辛子。あとはにこごり系かな。
この日は午後から試合なので、それまでホテルで休憩です。
監督からの申し出で、最初に家に葉書を出そうということでホテル近くの郵便局に行ったのですが、連休のため郵便局は閉まっていました。おまけに、中国では手紙を出す習慣があまりないとのことで(これには中国の郵便事情が関係しています。郵便が無事に届く確率が5割を切っているのだそうで。お正月の年賀状にあたる便りを出す以外には葉書の需要がないとのことで、葉書そのものが手に入らないそうです)、今回はあきらめてその先にあった本屋さんへ。
貸し本屋さんかと思ったくらいぼろぼろになった本が売り物として並んでいました。なんかね、紙が湿っているというか・・・。
日本の雑誌のコピーらしい、婦人雑誌が何点かありましたね。それからどらえモンご出演の絵本とか、アトムやドラゴンボールもあったな。あと、ピカチュウも。
お店の半分で文房具も売ってましたが、こちらは見ているお客さんもなし。値段は日本円で考えると安いものなのですが、質のいいものではありません。また、向こうの感覚でいけば、決して安いものではないのでしょう。
外へ出ると、街は桃の花が満開。
日本は桜の季節も終わっちゃったのにね。
昼食はホテル近くのレストランへ。ここでも中華の大皿料理ですが・・・量が半端じゃない。だいたい人数とおなじ皿数が基準になるらしいのですが、どう考えても倍の人数が満腹になるぞというすごい量。
さすがの食べ盛りの子供たちも半分食べるのがやっとだったみたいです。
メニューは(メモをとってたのよ)湯葉の炒め物、なすとじゃがいもを油で揚げて炒めたもの、ワラビの炒め物、魚(さば?)の唐揚げ、肉(すじ?)の唐揚げ、味噌汁、おこげ、白飯、キムチ2種、しそ(らしきもの)、にんにく(らしきもの)。
ここでおいしかったのはおこげ。あの、中華風のおこげです。あんをかけるときのあのぱちぱちいう音が(^o^)丿
ここでは白飯がでました。黄色い粒のまじったご飯だけど、おいしいの。日本の白飯みたいに粘りはありません。
現地ガイドの催さんが気を利かしてとってくれたのはお味噌汁。中国のお味噌汁ってどんなんかな、と思ったら、今では日本でもなかなか味わえない、ホントのお味噌の味がしました。インスタントに慣れた子供たちには麹臭かったかも。野菜たっぷりでおいしかった。
食事がすんだらホテルで準備をしてさあ、試合です。
場所は第五実験小学校グランド。観客は約1000人。グランドまでマイクロバスで乗り入れてしまいます。
天気は午前中はとてもよかったのだけれど、午後はどんよりと曇ってきました。
試合中には雷がなって、大雨。
試合はうちのチームが先制点!大喜びをしたのですが、中国側はそれではすまなかったらしい。会場に来ていた教育局の局長さん(女性)の顔色が変わっていたというのはうちの職員の言。そのあと、中国チームの選手交代がありまして、ソックスの色の違う選手が入りましたが、そこから試合の流れが変わります。レベルがぜんぜん違うの。足は長いし速い。スライディングの気迫がまるで違う。
中国の学校制度では7歳で小学校に入学するそうですが、同じ歳だと説明された中国チームの選手とうちの選手とでは体格がまったく違います。中国側はまるで高校生。こっちは新中学1年生。ぶつかれば絶対にこっちが跳ね飛ばされるのです。
で、途中から入った選手は実は第五実験小学校の生徒ではなく、体育学校の生徒だったらしいのです。たとえ親善試合だろうとも、体格も劣っているうちのチームに負けることは許されない、大人たちはそう判断したらしいです。
そのたった一人の活躍で、試合は2-5で中国チームの勝ち。
夜に交流パーティがあったときに、子供たちの間ではその選手を入れたことが不評だったらしいです。自分たちの実力で勝負させてもらえなかったっていう意識があったみたいですね。
中国ではスポーツ選手を選ぶさいに、生年月日ではなく骨年齢で年齢を確認するんだそうです。手のレントゲンを撮ることで、年齢の判断をする技術があるんですよ。
それだけ、戸籍とか申告では確実性がないということなのかな。
さて、交流パーティでは大人の席では中国式の「乾杯」です。
小さな小さなグラスに「白酎」がつがれます。これがかなりアルコール度の高いお酒でして、消毒用のアルコールじゃないかと思ったくらい(^_^;)。香りはフルーティなんですが、口に含むと・・・「うっ!」とアルコールがやってきます。
これを乾杯の度に一気に飲み干して、空になったグラスを相手に見せるのが礼儀。
で、乾杯も一度じゃなくて、なにかとお題目をつけて乾杯を「提案」されるのです。今日の試合の健闘をたたえてとか、今日お会いできたことを祝してとか。
3杯も呑めば、お酒に弱い人ならギブアップ。
幸い(?)いちのせはあまり弱くはないほうなので、男の方たちと同じペースでグラスをあけちゃいましたが。
中国の方もみんなが強いわけではないらしく(当たり前か)呑んだふりやら、呑んだあとのグラスに水を注いでいたりとかしてましたが。
食事は中華のフルコース。味付けは普段こちらの方たちが食べているもので、特に日本人向けに変えてあったりはないとのことでした。
白菜のキムチがものすごくおいしかったのですが、このホテルのキムチは地元の人が認めるおいしいキムチなのだそうです。これでご飯がもうおいしくて。
ホテルから窓の外を見ていると、たくさんの自動車に混じって馬やロバが荷車を引いて通ります。
そして輪タク。自転車の後ろに人力車みたいなのをひいたものですが、これが実にたくさん走っています。
最高級のホテルの隣は剥き出しの廃墟ビル。しかも1階だけは店が入っているらしい(^_^;)
本当になんでもありの国なんだなあと実感しているところへ、響きわたる太鼓。
実はレセプションに披露するためにうちの「大漁太鼓」のメンバーが同行していたのですが、そのおじさんたちが練習を始めたところ、ホテルの前には黒山の人だかり。
歩行者も輪タクもトラックも平気でホテル前に車を止めちゃうものだから、広い道路が一時渋滞に。ううん、上から見下ろしているには楽しい光景でしたけどね。おじさんたち、とっても気合が入っていたので、みんなが見に来るのも当然だって。
そんなこんなで琿春の夜は更けていきます。
朝6時起床。
でも起きたときにはすでにフロアが静か・・・。
なんと少年たちはもっと早起きして朝練してました。
ホテルの前がとっても広いのです。
みんな元気よさそうだなーっと安心していたらすっとこどっこい。
朝練後来るわ来るわ。
「お腹が痛いでーす」
・・・そう言いながら皿の上山盛りにしてるなよ・・・(^_^;)
下痢はしてないけど、お腹が痛い子が何人か。朝の排便がまだのようなので、出ればなおるでしょう。
念のため正露丸飲んどいてね。
離日前から腰を痛めていた14番くんが、ちょっとやばそう。
本日は朝から試合です。午前、午後、1試合ずつ。
会場も改装した琿春市競技場に変わります。
実は今回はこの競技場の改装記念に企画された親善試合なのです。
会場は広い。とにかく広い。昨日の小学校のグランドでとったサッカーコートが2面は取れるんじゃないかというくらい。
だからコートの周りがだだっ広くあいていて、おまけにそれを取り囲んで広い観客席ができている。
観客席に座ってたら、選手が豆粒にしか見えないんすけど。
ここで、うちの市長まで臨席して開会式。
午前中のチームも琿春に5つある実験小学校のチームだということだったけど・・・、でかいぞ、きみたち。
やっぱり同い年だとは思えないほど体格差が大きい。
午前中はお偉いさんが臨席する試合だということで、強い選手が集めてあったらしい。
ぶつかるたびにうちのチームはけが人が続出。次々とコートの端に出ては、監督にテーピングされていく。
うち、もしかして無傷の選手がいないんじゃないか?
12歳や13歳で体中テーピングでがちがちにしてスポーツして、どうするんだろうって、考えてしまいました。
はっきり言って、彼らの体は高校生になる頃にはもう使い物になりません。
基礎体力の出来上がる以前にどんどん壊してしまってるから。
いちのせの世代には考えられないことです。彼らのバッグには当たり前のようにコールドスプレーや湿布やキネシオテープが詰め込まれているのです。冗談抜きでテーピングしていない子はいないんです。
なんて言ってる間に試合終了。
2-7で惜敗。みんなこんなぼろぼろになって、午後からも試合ができるのか?
試合中、日本語を話せるというおじいさんが寄ってきました。
「日本人、小さいね」
いちのせが彼らは12歳なのだと言うと、おじいさんは「こっちはみんな16くらいだ」とか言うんだけど・・・(^_^;)本当に?
さて昼食。
現地ガイドの催さんがみんなに元気をつけてもらおうと、琿春の名物料理だそうな串焼き屋さんへ。
羊の肉を鉄の串に刺して、炭火で焼いて食します。つけるたれはやっぱり辛かったです。
子供たちの食欲は半端じゃない。食うわ食うわ。あとで数えたところ、いちのせたちも含めて20名で320本の串を食べていたそうな。
その上にまだとうもろこしの粉でつくったラーメンなんてのも食べている(^_^;)
さすがのガイドさんも目が点。
こんなに食べたんじゃ体が動かないよねーと午後の試合に臨んだんですが・・・。
みんな、すごいよ。どうしちゃったの?
動きはいいし、元気だし。
3試合めのチームはやっぱり体格が大きかったけれど、テクニック的にはうちのチームの方が上みたい。
ここで活躍したのが、大人に負けない巨体の持ち主12番くん。
じつは彼は決して上手ではありません。動きはとろいし、すぐボールをとられるし。
ぶちあたっていけばすごく押しが利くのですが、本人は引いてしまいます。彼がボールを蹴るたびに、会場からあからさまに馬鹿にしたような笑いがおこっていたのです。
その彼が、いきなり走りました。ボールが来るのを待つのではなく、ボールが来るべきところへ走りこんで。
そこへ絶妙なタイミングでボールがきました。12番くんシュート!体が大きいだけにボールはずっしりと重くゴールに突き刺さりました。
おそらく彼にとっては初めてのゴール!どんぴしゃに決まりましたとも!
本人も喜んだでしょうが、いちばん喜んだのは彼を試合に出しつづけた監督。涙まで浮かべてましたもの。
勢いにのったチームは優位に攻めます。そして、2本目のゴール!
信じられないことに決めたのはまたも12番くん!!
あまりのことにチーム内も狂喜乱舞です。
はっと気づくと、観客がすべてグランドに降りてきて、うちのチームのベンチをぎっしりと取り囲んでいます。
歴然とした体格差をものともせずに粘りつづけるうちのチームをみんなが珍しそうに眺めにやってくるのです。
これじゃあ、立派な観客席なんて役に立ってないって。
3試合目は12番くんの大活躍で2−0でうちのチームが勝利しました。
ばんざーい。
そして、1勝のご褒美に、催さんがアイスクリームを食べに連れて行ってくれました。
ただし、道端で売っているアイスは日本人が食べるとお腹を壊す可能性があるので、ホテル近くの喫茶店のようなお店で。
んー、雰囲気からいくとバーみたいなお店なんだけど。
アイスを待つ間、スナックがわりにひまわりの種が出てきました。
こちらでは人が集まると必ずひまわりの種を食べるんだそうです。日本でいえば柿の種みたいな感じ。これを実に起用に歯で一瞬に剥いて食べるのです。
みんながまねをして挑戦するんだけど、そんなに上手に皮がむけない。
催さん曰く、そのためにこちらの人の歯はぎざぎざになっているんだとか。言われてみれば本当に歯がギザギザなんですよ。ううむ。
アイスはやっぱり一皿が大盛りで出てきました。
ベースはバナナ味。他にイチゴとかメロン味とかは果物そのものの味がしっかり。大変美味でした。
子供たちは1勝出来たことでとってもハイ。
さあて、明日の朝からがコワイぞ・・・。
今日は朝はゆっくりめでOK。
のはずなんですが、6時前から目を覚ましてスタンバイ。
予想通り、来ました。
「夜中に吐きました」
6時きっかりにいちのせの部屋のベルを鳴らして、1名。
試合は終わったし、毎日暴飲暴食だし。
絶対今日から病人が出ると思ってたんだよね。
とりあえず、正露丸をのませて、朝食にはパンを食べるよう指示。ホテルの朝食は香辛料と油がビシバシなので禁止。
梅昆布茶を渡して、部屋のポットのお湯でつくって飲むように。
こっちではスポーツ飲料は手に入らないので、その代わりに。薄い塩水でいいんだけどね。
さて、目を覚ました少年たちが、元気がいいくせに来るわ来るわ。
下痢、腹痛があと4名。
全員正露丸。
どうせ、腹が痛いといいつつ、朝食では好きなものばっかり食べるんだ、彼らは。
本日は移動日です。
ホテルをチェックアウトして、まずは自由市場へ。
言ってみれば広大なアメ横みたいなものなんですが、これが何でもありで面白い。
まず目に飛び込んできたのはバケツに山盛りになった犬の足。そう、食用の犬の足です。
きれいに毛の抜かれた犬の足そのままが、でーんと。
写真を撮りそびれたのが一生の不覚だったわ。
中に入ると、漢方薬やらお茶やらの匂い。いちのせは嫌いじゃないので平気ですが、苦手な人はくらくらくるかも。
果物を原料にした飴の類がたくさん売ってありました。
衣料品コーナーではブランドのコピー商品が安価で並べられています。
サッカーチームのユニフォームとかが、子供のお小遣いで買えるような値段。
子供たちはさっそく店のおばさんたちと賑やかに交渉し始めますが、いかんせんここではあまり時間がないのであった(^_^;)
後ろ髪をひかれる思いで自由市場を後にして、再びバスで図們へ。
図們には北朝鮮との国境税関があり、観光地になっているのです。
北朝鮮との国境って、もっとぴりぴりしたものだと思っていたんですが、ここには緊張感はありません。
ほら、よく離散家族が一目会いたくて、国境の川をはさんで再会するとかって、ドキュメンタリーでやってるじゃありませんか。声を掛け合おうとすると、国境警備隊がとんできて厳しく取り締まられるとか。
ここは本当に観光地なんですよ。
記念撮影用の看板がずらーっと並べてあって、休憩用のあずまやとかおみやげ物屋さんが並んでて。
国境警備の役人さんを写真に撮ってはいけないのですが、そうでなければ写真撮影も自由。
ただし、北朝鮮の山をバックに子供たちの写真を撮っていたら、おばさんがものすごい剣幕でやってきました。んで、早口で何かをまくしたてる。1元札を見せて、いちのせのカメラを指差してぎゃあぎゃあわめいている。
これは「シャッターを押してやるから金よこせ」と言っているのだろうと見当をつけたいちのせはつめたーく「いらない」と首を振るのですが、おばさんは引き下がらないのです。
と、ここでガイドの崔さんが助けに入ってくれました。
おばさん相手に負けない勢いでまくしたてるたてる。
後で聞くと、おばさんは「ここに看板をたてているのは自分だから写真を撮るなら金よこせ」と言ってたんだそうです。
「朝鮮の山の景色を撮るのになんであんたに金を払わなきゃいけないの、言ってやったわよ」と、崔さんは笑ってました。
よく見ると、みんながおばさんが後ろを向いてる隙に写真を撮ってる(^_^;)
どこにでもいるのね、こういう人が。
国境には、消えそうな白線が引いてありました。
白線の前で記念撮影。
国境警備さんは心得たもので、記念写真を撮るときには後ろの方へ引っ込んで写真に写らないようにします。
白線の向こうは川を渡る橋。向こう岸が北朝鮮です。
国境線をちょいちょいと踏んずけて帰りました。
帰国してからきいたところでは、韓国と北朝鮮の国境はものすごく厳しいと。北朝鮮の目は韓国側に厳しく置かれてるから、中国側はさほどでもないんだとのことでした。
さて、再びバスに乗って、空港のある延吉に向かいます。
延吉への道は拡張工事中で、最初の1時間は舗装のされてないガタガタ道。バスの中で舌を噛むかと思いました(^_^;)
でも、さすがにみんなくたびれてるのね。揺れにもめげず、2時間半ばかりの道のりのほとんどを寝てすごしました。
昼頃、延吉市内に着いて昼食。
本日は韓国風焼肉です。
ここで、コーチまでもが下痢。
正露丸をのみながら、ビールまで飲むか?
ここでも子供たちの食欲はすさまじい・・・。おいおい、あんたたち、腹が痛いって言ってたじゃないか。
昼食後は熊牧場の見学です。
別働隊の大人たちとここで合流するのですが、待ってる間に牧場の人が熊を1匹出してきて、えさをやらせてくれました。
なでたりさわったり、えさの林檎をやったり。
あまりの珍しさに、後から来た大人たちは「中に人が入ってるんじゃないの?」なんてね。
熊牧場とは、つまりは宮廷料理に出したりするための熊を飼育しているところなんですが、檻の中にひたすら熊、熊、熊。
春に生まれたばかりという子熊ちゃんを抱っこさせてもらいました。うう、かわいい。
熊牧場を出たところで、監督がスポーツ用品店に行きたいと言い出しました。
天安門広場でサッカーの練習をするために、ボールが買いたいと。
で、急遽空港に行く前に延吉市内のスポーツ用品店へ。
都市部に行けば行くほど、物は上等になりますが物価も高くなります。
ボールは日本みたいに気軽に買えるほど種類はないけどほどほど高価だったみたいです。が、監督はここで金色のサッカーボールを購入。
子供たちはスケボーが安いと大喜びで、何人かが購入しました。
あとは延吉空港へ。
空港から飛行機で北京入りするのです。
所要時間は約2時間。ふう、中国は広いなあ。
飛行機では軽食が出ました。たかが2時間だし、時刻も夕方の中途半端な時刻なので、おやつ程度でいいのに・・・と思っていると、案の定子供たちは平らげてました。
知らないぞ。夕食もフルコースなのに。しかも今度は北京だぞ。
息が白くなった梅の花の季節の琿春から、北京に降りたら夏でした。
空港の中はすでに30度以上。
迎えに来ている人は半袖です。
「今日は日中28度は越えてたみたいです」
ガイドさんの言葉に一同ふぅーーー(゚-゚) 暑い・・・。
空港から40分ほどで北京の繁華街へ。
ホテルに入る前にレストランで夕食です。
日本でもおなじみの感じの中華料理のフルコース。
さすがに食傷気味の子供たちは炒飯ばかりを食べ尽くし、他の料理を残したまま炒飯のおかわりを要求し始めたりして。
ここでは見るに見かねて説教せねばなりませんでした。
食事は出された範囲のものをメンバーで分け合って食べるのがルールであること。好きなものばかりを早い者勝ちで食べ尽くして、おかわりを要求するのはわがままであること。
更に監督からは野菜を食べなさい令。そう、ここ数日間、みんな好きなものしか食べてないんですよ。大皿料理ばかりだから。
食事は楽しく食べてもらいたいのはやまやまだけど、マナーは守ろうな。
食後、一人トイレに走りました(^_^;)
今夜からホテルは北京飯店。国際的な豪華ホテルです。
割り当てられた部屋に入った途端「市民の皆さんごめんなさい!税金で出張させてもらって、こんな部屋に泊まるなんて!!!」と叫んでました、マジで。
子供たちや監督はツインルームだったのですが、いちのせはシングルルームだったんです。が、通常このてのホテルにはシングルという設定はないんですね(^_^;)
いちのせの部屋はいわゆるジュニアスィートという奴でした。
シャワーブースつきのお風呂にはテレビまで備えられ、ベッドはいちのせが5人ぐらい並んで寝られそう。部屋にはソファセットとライトテーブルが置かれ、キャビネットに大型テレビがおさめられ、ミニバーまでついている・・・。
そうか、桐ノ院さんが当たり前に使うのはこんなところなわけだ、とフジミスト根性がむくむくと湧いてまいりまして、部屋の写真を撮りまくるいちのせが・・・。
テレビをつけると、いきなり日本語が。BS放送が入ってるんですね。
しかし、スイッチを入れた途端に日本の放送にチャンネルが合うということは、いちのせの前に泊まっていたのも日本人ってことか。
そして、ミーティングの終わった子供たちがまたぞろぞろと薬をもらいにやってきたのでありました。
夜は飲みに出てみたかったけどね、ずいぶん調子の悪い子が多くなってきたのでホテルを空けるわけにはいきそうもない。
落っこちる心配が絶対になさそうなベッドで、熟睡するいちのせでありました。
朝は早く起きて、天安門にサッカーの練習に行くと言うのでいちのせも準備をしていました・・・が。
降りてきた監督から「一人気分が悪くて寝ていますので、よろしく」。
おまけにキャプテンとルームメイトが集合時間になっても降りてこない。
いちのせはロビーでキャプテンたちを待つことになりました。
疲れが出てるんだろうね。モーニングコールが聞こえないほど爆睡していたそうです。
15分くらい遅れて、大慌てで降りてきましたよ。
天安門までは歩いてすぐそこなので、彼らは後を追っかけました。
いちのせは寝込んだ子供の部屋へ。
食欲がなくて、少々下痢気味。吐いたりはなし。水分はとっている。
話をしながらうとうと眠る。
熱はないので、睡眠不足がいちばんの原因とふみまして、正露丸と梅昆布茶を飲ませ、あとは眠らせることにしました。
今日の予定は万里の長城の観光なのですが、彼はホテルで休ませることにしました。
となると、誰かがホテルに残っておかなきゃならない。
スタッフで相談して、市の職員と崔さんが残ることに。崔さんがいてくれれば、彼が目を覚まして食欲が出たときに、適当なものを食べさせてもらうこともOK。熱が出たりするようなら、ホテルドクターにみてもらうようお願いして、他の子供たちは万里の長城へ出発です。
バスの中で天安門の様子をきいたら、サッカーを始めたとたんに警備の人に怒られたので、手つなぎ鬼をしてきたんだとか。
北京から高速道路で1時間くらい。途中、道路ぎわに工事中の巨大遊園地が。
入り口のゲートに、奥にはお城がそびえたち・・・って「ディズニーランド」!?
ガイドさんにきいたところ、ディズニーランドのような遊園地、ということでしたが、あの巨大な工事現場に重機がぜんぜん見えない。そう、こちらではとにかく工事は人力。すっごいよね。
高速道路から降りるとすぐに万里の長城です。
長城は文字通り長いので、観光スポットになっているところは何箇所もあるとのことでしたが、今回はいちばん人気のあるスポットということでものすごい人。
中国もゴールデンウィークなので、国中の人が観光地にあつまっているのだとか。満員電車が屋外に出来上がっている、という感じで見えるのはひたすら人の頭。子供たちが行方不明にならないかとスタッフは必死です。
だって、ちょっと目を離すと列から平気で離れていくんだもの。
集合場所を確認するまでにはぐれてしまうと、マジで探す手立てがありません。
人ごみが苦手ないちのせは長城を歩くのは早々にあきらめてお土産物やさんをひやかしに歩きます。
帽子やTシャツ、ペナント、置物など、お土産ってどこでも一緒ね。
降りてきた子供たちが値切って35元を5元にまけさせた置物をいちのせも便乗して買ってみましたが、2件先ではさらにこれを2元にまけさせていた・・・恐るべし、子供たち。
ここでも監督はひたすら安いコピー商品を見つけるのに必死。
典型的な日本人の買い物事情を見たような気がしました(-_-;)
昼食後、北京市内に戻って今度はデパートでお買い物(-_-;)
いちのせはこの日程がいちばん嫌だったんですよね。なんで中国まで来てデパートなんかに行かなきゃならんのだ。
中国にしかないところに行けばいいじゃないか。
でも、これは「子供たちのたっての希望」なのだそうだ。実は買い物をしたい大人の事情だったと思うけどね。
繁華街王府井(ワンフーチン)のデパートと、スポーツ用品店に案内されたんだけど、日本にあるデパートと中身も値段もほぼ同じ。面白くもなんともない。
結局集合時間まで必死に買い物をしていたのは監督とコーチだけだよん。
夕方は夕食パーティの時間が決まっているので、よそに行く暇はない。子供たちは面白くない。
北京に帰ってきてから寝込んでた彼と一緒に合流した崔さんが見かねて、夕食後に子供たちを王府井に連れて行くと言い出した。
子供たちは大喜び。
結局こっちの方が中国らしいあやしげな(失礼。悪い意味じゃなくってね)お店が多く、楽しく買い物が出来たようです。
子供たちの値切り上手には脱帽。とても真似ができませんでした。
北京のお土産は果物を原料にしたお菓子(干した果物やキャンディ)がいちばん多く、あとはパック詰の北京ダックかな。
子供たちがいちばんたくさん買っていたのがコピーものの腕時計。かわいいのが安く買えるのです。彼女のお土産まで買ってる奴がいたな。
いちのせともう一人の市の職員は薔薇のつぼみ入りのお茶を買ってみました。
向こうでは結構高級なお茶だったらしく、はかってもらっている間お客さんが寄ってくるの。
実はいちのせはまだ飲んでみてないんですが、あげた人からは好評だったらしい。早く飲んでみなくっちゃ。
そんなこんなで王府井の夜もあっという間に更けていきます。
明日はもう帰国する日です。
いよいよ中国も最終日。
朝5時半から6時の間にポーターさんがスーツケースを受け取りに来るから、ということで念のために4時半には起きて準備をしていたのですが、5時35分にはスーツケースを持っていかれてしまいました。ああ、早起きしててよかった(^_^;)
朝ご飯を食べて(さすがに外国人しか使わないホテルなので朝食は見慣れた洋食バイキング)、チェックアウトをすませ、バスに乗り込んで北京空港へ。
空港で出国審査を受けるのに、市長さんを筆頭にVIP用カウンターを通りました。これも最初で最後の経験かな。
あとは免税品店でのお買い物タイム。
特に欲しいものや心惹かれるものに出会わなかったいちのせは今までほとんど買い物をしていなかったので、ここで職場へのお土産などを買い込みました。主にパンダの形をしたクッキーとチョコレート。
値段は・・・結構高いかな。ここで両替していた元を全部使い切って、かわりにかさばる荷物が多くなって。
ああ、やっぱりお買い物は田舎の自由市場のものでした。見てるだけで面白かったもん。
外国に行ったら、田舎に行く方が面白いですね。ご当地らしさがよく見えて。
北京の印象は、「ちょっと規模が大きくて人が多くてごみごみした東京」という感じでした。
次に連れて行ってやる、と言われたら北京はもういいな。琿春なら行きたい。
帰りの飛行機も行きと同じで小さくて狭い。これで海を越えるのよねえ・・・。
行きと違うのは入国審査のためにいったん広島空港へ。ここで入国審査を受けて、再び飛行機で米子へ向かうのですが・・・。
最後の最後で事件発生!!
今までとっても元気だった子が、いきなり空港のロビーで鼻血を噴きまして。これが結構な大出血。
飛行機には乗らなきゃならなし、鼻血は止まらないしで、あせりましたわよ。
キーゼルバッハといって、いちばん鼻血の出やすい場所をしっかり抑えて、鼻にティッシュペーパーをぎゅうぎゅうに詰め込んで、とりあえず飛行機に乗るしかありません。
飛行機の入り口で客室係さんに氷をくださいとお願いしたところ、飛び立ってからしばらくしないと氷は出せないとかなんとか言っている。
添乗員のSさんが「エマージェンシー!」の一言で客室係にOKと言わせてくれました。
座席に座らせて、すぐ真っ赤になるティッシュを取り替えるのを見て、さすがに客室係も「オオー」とかなんとか慌ててくれましたが、ああいう点では訓練受けてないな、中国国際航空。
ティッシュは箱で持ってきてくれたけど、氷を紙コップいっぱいに持ってきてくれてもね(^_^;)
あたしゃ片手で子供の鼻を抑えながらもう片手でお手拭のふくろを破って氷を包まなきゃいけませんでしたわよ。
結局米子までの道のり中、なかなか泊まらない鼻血を抑えるため、子供の隣の席でへんな感じに体を捻りながら鼻を抑えてたおかげで、腕はだるいわ、体は痛いわ、気分は悪くなるわで(行きと同じく、冷房がきかなくて機内の温度が高いのだ)。
ようやく米子が見えてきたあたりで鼻血は止まりましたが、今度は子供がかっこ悪いからはやくティッシュを取れと言い出す。
うーん、ちょっと気張ったらまた鼻血噴くぞ、と思うんだけど、いくらいっても本人は言うことをきかないし。どうせ勝手に取っちゃうだろうし。
着陸少し前にティッシュをとって様子を見ます。
ティッシュが備え付けの汚物入れいっぱいになるほど鼻血噴いてて、格好を気にしてても始まらんのだが(^_^;)
ウェットティッシュで顔や手をきれいに拭かせて、きっとむずむずしているであろう鼻を構っちゃダメ、と釘を刺しながら、ようやく飛行機は米子空港へ。
あとはいつもの手順でスーツケースを受け取って、出口へ。
担当課の人と、いちのせの職場の係長が出迎えに来てくれていました。
そして、なんと受験の時ですら迎えになんか来たことのない親父様まで(^_^;) あらびっくり。
子供たちもそれぞれ出迎えの家族の顔を見て、ほっとしたみたいです。ちょっとうるうるの子もいたかな。
ロビーで解散式をして、子供たちからお礼の言葉と記念品にとお茶をいただきました。
長かった中国騒動記も今日でおしまいです。
小さな大事件はたくさんあったけど、無事に全員が元気で帰国してなによりでした。
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