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  • ずいぶんすごい題ですが、Gから見たすごい人の話です
  • TOKOI職長 01/06/11

    工具商社のS3の依頼で、食品会社で作業をさせてもらいました。休憩時間、車の話から昔話になって、A銀行の金も馬で運んでたというような話になって、T3が馬で通学したという話を聞いてしまいました。何を見ても先ずは乗ってみたくなるというT3は小学生の時、知り合いの馬に乗って学校にいったことがあるそうで、校庭の二宮尊徳の像(そういえばありました)に馬をつないでおきました。

    ところが、そばにあった松ノ木(これもよくあった)をその馬が食べてしまったので、先生にひどく怒られたという話です。それを聞いた日は、作業の最中にも思い出してしまって、笑いをこらえるのに苦労しました。T3は牛にも、ヤギにも、豚にも乗ったことがあるそうです。

    作業に入ると現場たたき上げのT3は何でも自分でやってしまうので、作業者が何人いてもみんなお手伝いさんになってしまうのですが、「自己流だからまねするなよ」といいながら溶接機からテスターまで使いこなしてしまいます。いつも業者のやることを興味をもってよく見ていたのだろうと思います。

    そういえば、この会社での最初の仕事は、ポンプの始動時に給水しなくてもいいようにしたいとS3にいわれて、Gなりの提案をしたのですが、T3が「アイデアだけもらうという訳にはいかない」と言って、Gも作業に加えてもらったのが始まりでした。

    かっつあん 01/03/20

    K3は字違うが、大魔人と同姓同名、性格もにているような気もするKさんです。仲間のページの登場人物でははじめて人間扱いされる理由は、しばらく会っていない事もありますが、何といっても並外れの彼の負けず嫌いは、敗け慣れしているGには、まぶしく見えるのです。

    中学、高校と一緒でしたが、スポーツ、勉強あらゆる分野でただの一度も勝った事がありません。頑張って勝ったところで、K3の目の色が変われば3ヵ月もしないで、抜き返されるのは間違いないのです。サッカーのクラス対抗では彼のクラスは男子が少なく文化部の青白いタイプまでかき集めてやっと11人というありさまで、3チームはできそうな我がクラスは、余裕しゃくしゃくでした。ところがK3一人を前線に残して10人でゴールを死守されたあげく、きっちりとK3に決勝ゴールを許してしまったのでした。そんなK3が一度だけ、困った顔をした事があります。

    同じクラスになった時の体育の時間です。水泳の最後の時間で二人組で競泳するはめになってしまいました。K3のクロールは水泳部員並みの速さで水泳部以上にきれいでした。小沢の住人R君の入知恵もあって(何といっても女子が見てることが最大の理由ではあったし、実はGも背泳なら水泳部員と当たらなければ、そこそこ自信を持ってました。)「かっつあんのクロールと泳いだら離されすぎて、タイムがめちゃくちゃ落ちるから、平泳ぎで泳いでもらえないか?」としつこくお願いしたのであります。

    体育の通知票つまりその期の内申書に直結するレースなのにK3は意外にも、とまどった表情をしていました。(R君も結構しつこく後押ししてくれた)さすがに腹黒いGも良心が邪魔してスタートとする瞬間に「かっつあん、クロールでいいよ」と叫んだのですが、K3の腹は決ってたらしく、規則正しく大きなブレストで泳ぎ出した。飛び込み無しだったので、圧倒的に壁を蹴ってスタート出来る背泳が有利で、その分ゴールもGが早かったけど、体育教官の口から出た言葉は「こんなきれいで豪快な平泳ぎは始めて見た!」でした。

    その時「かっつあんのクロール」を見せてやりたいと思ったのはGだけではなかったと思う。走れる人間を無理矢理車椅子に乗せて走らせた訳だから、当然勝った事にはならないないのにK3はこういった「勝てると思った!くやしい!」社会人になってゴルフ初めて1年でシングルだというので「かっつあんはセンスいいから!」といったら怒ったように左手を広げて見せてくれた、猿の手のように赤く膨れてました。

    BIGSAITOU

    「BIGになりたい!」がY3の口癖でした。布団から足がはみ出すほどの長身なので彼の言うBIGは体型のことをさしているのではないとわかります。彼とはじめてあったのは、新入社員の食事会でたしかグランドパレスとかいうホテルでした。(そんなことをしてたせいか、その会社は今はありません。)

    Gが飛栖先生と出会って会社をやめようとしてた時、営業成績抜群の彼もたまたま浜松の新営業所へ転勤することになって、会社に疑問を持っていたY3はGと同じ道を選ぶことになりました。(脱サラという言葉はまだありませんでした。)昨年父上が他界されましたが、当時、若さに任せて好きな道を行く私たちが家族にどれだけ心配をかけたか、Gも自分の子が成長してきてやっとわかるようになってきました。

    やがてY3は代理店のままではBIGになれないと思うようになり、試作品を作り始めました。吹きっさらしの駐車スペースでGも手伝った記憶があります。テスト機を客先に持ち込み、全てがうまくいったわけではありませんが、彼は、独立しGは残ることになりました。現在彼の会社の製品はGの取扱い品目の中でも大きな役割を果たしています。

    Y3の会社が自社ビルを持つまでには、いろんなことがあったでしょうが彼は「失敗はいろんなことを教えてくれる」といってました。BIGになるには失敗を恐れないことが大切なようです。

    男!HANADA

    H3は射出成形機のサービスエンジニアで肩書きは部長ですが、普段は優しくてGのような業者にも気を使ってくれますし、設備に詳しいお客さん程、彼の技術をたよっています。ところが現場では時々鬼軍曹のようになることがあって、回りはあっけにとられます。

    ある時大型の成形機のシリンダを解体する必要があって、シリンダを抜こうとしたが抜けないばかりか中の作動油がどんどん出てくる、Gが「ドラム何本分ぐらい入ってますかねー」などと余計な事を言ったせいもあってみんなが躊躇して作業が中断しそうになった時のことでした。

    「迷ってても埒があかん!やっちまえ」とH3は怒鳴りました。大勢の作業者の迷いが消えた途端シリンダは抜けました。それからはGの仕事の能率がよくなりました。

    それまでは問題が起きる可能性があるとすぐに客先の担当者の指示をあおいでいたのです。やるしかないのに、相談するのは時間の浪費と責任逃れっだった気がしています。とにかくH3に「行けーッ」と言われたら火の中でも入っていけそうな気がしてしまうのです。

     

    NAMURA大魔王

    浄油機の修理にベアリングメーカーの製造現場に伺ったところ「NAKAMURA大魔王様の許可なくこの機械にさわるべからず」なる貼紙があり、一瞬、腰がひけましたが、すぐに修理依頼の本人N3(研削工程の責任者)の事だと気づき笑ってしまいました。(N3を恐がってるのは自分だけではないんだと思って)

    後日、同じ会社の生産技術のK3から問い合わせをいただいたので、納めた機械の評価がよかったのでしょうか?と訪ねたらK3はこういいました。「Nが機械をほめることはないよ、批判ならよくするけどね。興味をもったのは彼が悪口を言わないからなんだ」

    N3から電話があると、クレームの時でなくても愛想がなくて小心者のGはまた何かミスしてしまったかなとびくびくしてしまうのですが、心にも無いお世辞があふれてる今日この頃、貴重な存在なのかもしれません。少なくとも、K3同様、GもN3の機械や設備への批判は的を得てるような気がするんです。

     

    YAMAZAKI医師

     その時はベッドのそばにいることだけがGの役目だったのでせめて役目が終わるまでは、息をしてて欲しいなんてことを考えてたら、医者が入ってきて「弟さんですか?」と声をかけられた。「年は同じなんですけどね」と返事をしたら「何か聞きたいことはありますか」と聞いてきたので「苦しくはないんでしょうか?」と聞いた。「ええ」と落ち着いた答えを聞いた所でこの人がYAMAZAKI先生なんだなと感じました。

    Y3のことは、姉の最後の世話をしようと病院に泊まり込んでいたかみさんから聞いていたし、その時はY3の書いた「そして僕はホスピスへ」(主婦の友社)も読み終えていたので、麻酔の専門家に変な質問をしてしまったと思いつつ、ほんとに聞きたい事を聞きました。「意識がないのに、私がここにいることに意味があるんでしょうか?」Y3は「誰という認識はできないかもしれないが、誰かがそばにいることは感じるんですよ」とはっきり答えてくれた。

    おかげでY3が病室からでていっても退屈でも無意味でもない時が過せました。実年齢はGよりうえのはずなのに、はるかに若く見えるのは、外科医が目の前の命を救うことと変わらないぐらい、人間らしい死に方で送ってあげることに使命感を感じて仕事をしてるからではないかと思うんです。

     

    YAGISAWAGI技師

     「正直いって、こんなとこにきてしまって、と最初は思ったよ」休日の工場事務所で二人きりの時、設備の故障が驚くほど減ったことを話すとY3はそういって黙った。Y3が設備の改造や付帯設備の設計をぞくぞくと実行してることは、Gも気づいていたので故障の減った理由を説明する必要も。聞く必要もなかったんです。

    Y3の会社に技師という職制はないのですが、他の会社で名刺に技師とか技師補とありながら、他人の企画や設計の評論ばかりのペテン師みたいな人も見てるGは「自分の設計どおり動くか毎回、はらはらしている」というY3こそ技師という名称が似合うと思う。「会社の予算を無駄に使うことになったら大変だ」ともいってました。

    そんなY3が突然転勤になった。本当のところはGには、わからんが栄転ではないような感じでした。これまた休日のある日Gはいつものように一人でフィルター交換してたら、だれかが「YAGISAWAさんがきてくれたぞー」と大声で騒いだ。電気工事か配管工事か炉の保全業者やらわからんがとにかくみんなうれしそーだ。若い後任の担当者には悪いけどGもほっとした。それはY3が業者に優しいからではなくて、工場内の設備に誰よりも詳しくてみんな余計な心配せずに仕事ができると思ったからに違いない。

    システムを知らない担当者は、よく怒るがたいていの場合、責任逃れのためであることが多い。Y3は設計段階で起こりそうなトラブルを避けようとしていたので、予測できない結果が出ると一生懸命話を聞いてくれた。(もちろん、同じトラブルを繰り返さないために)

     

     

     

     

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