大木裕之と『光の庭の子どもたち』
石原郁子(映画評論家)
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今年の2月28日、世田谷美術館で『光の庭の子どもたち』#01を観たときの、魂の底から震撼させられるような思いは、忘れることができない。それは、最高級の映画でありながら通常の映画という概念をはるかに超えたもの、ダンス・ワークショップの記録であってしかもそこから限りなく自由に飛翔するもの、音楽ライヴでありパフォーマンスであり実験であり遊びであってかつそのどれからも朗らかに逸脱したもの、つまり、何か一つのジャンルでたやすくくくることのできない、特別な、豊饒な、幸福のひとときだった。
映画作家としての大木裕之は、もともと常識の枠にはまらない創り手ではあった。彼は当初、自ら16ミリのカメラを担いで旅をしながら、そこで自分の心に適った風景や人々の顔、また、自慰する自らの姿や性器などを撮影し、日本でよりも先に海外の映画祭で高く評価された、まったく独自の幾本もの作品を世に送り出した。それらの作品において彼は、<撮影者>として、もっともふさわしい被写体をもっともふさわしいかたちでフィルムに定着する。また、当時の作品はいわゆる「編集」をほどこさずただ撮影順にフィルムを繋いだものだったが、じつは彼は<編集者>として、何をどういう順序でどのくらいの長さでフィルムに収めるか、いわば映画の律動を、予め決定している。さらに、前述のように彼は自作の<出演者>でもあり、あるときには民衆の祭りを先導する<パフォーマー><芸能者>の役割を果たしつつ、またあるときには、自らを模索する<素朴な素人>としての生々しい存在を鮮烈につきつけてくる。つまり、通常の映画は、撮影・編集などそれぞれ専門のスタッフが監督を支える分業体制で創られるが、大木作品はすみずみまで完全に大木という個性で満たされていた。そのことは、彼が出資者を得て劇映画を創るようになった現在でも、基本的にほとんど変わらない。
そして、その作品は、本能、直感、身体感覚、動物的カンや欲望、突然の閃き、天啓、
等によって創り出される。東大工学部建築学科卒という経歴からは、知的な理論家を想像されるかもしれないが、彼の作品の被写体も構図も映画を前進させる(あるいはたゆたわせる)リズムも、頭脳で計算されたものではなく、彼の肉体そのものによって一瞬に掴み取られるのだ。彼は、自らのからだを、そのあらゆる感覚を、精神を、外界に向かって完全に無防備に、無垢の素直さで、開く。風や光や彼の愛する美しい少年たちの肉体などに、その開かれた感覚で直接触れ、即座に反応する。彼を稀有の映画作家としている、そのカンの鋭敏さ、反応の素速さは、ただ、赤ん坊のように無邪気な自然さで生きる彼を、天が愛して授けた、幸福な才能と言うしかない。だから、彼がすぐれた<撮影者>であるというのは、画面の”見た目がよくできている”という意味ではない。むしろ、光量不足やブレなどで対象がはっきり映っていないことが多いのに、そこに満ちる<気配>の奥行きが、私たちを捉えるのだ。
常に外界の生きた<現在>に向けて自らを開いている彼にとって、その映画は”完成”というかたちで終わることはない。映画は彼自身であり、それゆえ彼と共に常に<現在>を生きつづけ、状況にぶつかって反応し、変化する。彼の作品にさまざまなヴァージョンが存在するのも、彼が、上映会場で即興のピアノ演奏やダンス・パフォーマンスを行なうのも、そのためだ。いや、今では彼はたんに<映画作家>というより、あらゆる意味においての<生きる人><存在者>であり、<感じ、欲望し、行為し、愛する人>であり、映画・音楽・ダンス・絵画などを縦横に駆使しての、<進行する現在>の全的な<表現者>であるというほうが、ふさわしいかもしれない。
(2)
『光の庭の子どもたち』#01は、そうした方向にある彼の作品の中で、もっとも幸福な一作といえる。大木は、長期間に渡って船橋ダンスワークの会の記録映像を撮り溜め、それを編集して一本の映画にするはずだったが、世田谷美術館で決定した上映日の直前になって、それらのフィルムを放棄し、一日で、一気に、いわゆる「編集」をせず、ただありのまま目の前に繰り広げられるワークショップの光景を、与えられた上映時間の長さだけカメラにおさめるというやり方で、この作品を撮り上げた。そのことは、素材の<現在>ともっとも熱く生々しいかたちでぶつかりあうという、大木ならではの姿勢の顕われに他ならない。だが、いくらそうしたやり方で映画を創りたくても、通常なら不可能だ。ドキュメンタリー作品でもふつうは「演出」がほどこされ、「よい映像」だけが選ばれて「編集」される。というより、実際問題として通常、そうしなければ観るに耐える力を持った作品はできない。どんなに良い素材でもそのまま撮っただけでは素人のホームムービーと同じで、人の心を動かすには、プロの目による厳しい映像の取捨選択が必要なのだ。
それなのに、この画面から溢れ出してくる、息もつかせずに私たちを虜にする豊かな力はいったい何なのだろう。次々に繰り広げられる場面のひとつひとつ、会員の動作のひとつひとつ、表情のひとつひとつが、新鮮な感動と驚きとで、私たちの心を震わせる。音声もない見るからに地味な低予算のドキュメンタリー・フィルムなのに、たまらなく面白く、観飽きない。限りなく無邪気に、何の計算も無くひたすら対象を愛して喜び戯れているだけでありながら(いや、それだからこそ)、天才・大木は直感的に、対象のその瞬間に於ける最高の魅力を掴み、抱きしめ、大好きなおもちゃを見つけた子供のように、嬉しそうに私たちに掲げて見せるのだ。一般の現代人はとうてい大木のように、赤ん坊にも似た澄明さで外界へ自分を開くことはできないので、彼の作品は、天上的な楽天性を帯びているにもかかわらず、どこか不穏な異形のものとして拒否されることもあるのだが、『光の庭の子どもたち』を拒否することは誰にもできないだろう。いや、実はこの作品にも、不穏さ・危険さは充分潜むのだが、それは、<陰>ではなく、祝祭の持つあのいかがわしくも楽しく自由自在な<陽>のエネルギーとなって、私たちを陶酔させる。
だが、この上映を魅力的なものにしたのは、大木の力だけではない。「最高級の映画でありながら通常の映画という概念をはるかに超えたもの、ダンス・ワークショップの記録であってしかもそこから限りなく自由に飛翔するもの、音楽ライヴでありパフォーマンスであり実験であり遊びであってかつそのどれからも朗らかに逸脱したもの」と、私は最初に書いた。映画を観にきたつもりの大木ファンも、ワークショップの実践記録を観にきたつもりのダンス関係者も、音楽担当の美少年・川野直輝くん目当ての女の子たちも、誰もが予想とはまったく違ったもの(映画と他のものとの境界が溶け、ダンスと他のものとの境界が溶け、音楽と他のものとの境界が溶けた、あるいはそのすべてがあたたかく溶け合いつつそれらを超えて行った、何か)を目にし、耳にし、それゆえに魅了されたのだ。
そこに溶け合ったそれぞれの要素の質の高さも、特記しておかなくてはならない。私はダンスについてはまったく素人だが、船橋ダンスワークの会によるワークショップには、画面を観ているだけでも、こちらのからだもしなやかにほどけて、なにかまったく新しい世界と身体とが出会う可能性の領域へといざなわれる感覚を覚えた。前半の屋内の場面では、画面に音楽がついていないにもかかわらず、会員たちの動きそのものが豊かな音楽を感じさせて美しい。そして、後半の屋外の場面では、紙のお面をかぶることによって、誰が指導者で誰が被・指導者なのか区別がつかないようになった踊り手たちの、いわば一般常識や秩序と言ったものを撹乱し問い返す<異形>が、私たちを戦かせつつ、生命の根源に出会ったような不思議な懐かしさで魅了する。大木自身とパフォーマーによるダンス・ライヴが画面の前で行なわれたが、会場の観客たちの中にも、一緒に踊りたい気分になった人は多かったのではないか。
そして川野直輝による音楽。さまざまの楽器を一人で使いこなしながら、私たちがその瞬間聴きたいと願うまさにその音をみごとに奏でてゆく。上映の前日にこのフィルムを一回観ただけだそうだが、その呼吸のぴったり合っているさまは、あたかも寄り添ってともに踊る恋人どうしのようだ。このワークショップを理解し愛し、大木の映画を理解し愛して、その微細な表現までをすくい上げてともに表現する、こまやかな感受性。しかも、決して画面を侵略することなくしなやかにそこに溶け合いながら、<自分でなければできない表現>をきちんと貫いている、凛と一本通った勁さ。空間にのびやかな筆遣いで絵を描くような、みずみずしく、若々しい響き。この1+1+1が、3に留まらず、4にも5にも豊かにふくらんでいったのは、彼の力が大きいだろう。
満員の観客の喝采を浴びた#01から#02へ。創造者たちの新たな協力・融合が、さらなる至福の瞬間を現出することを期待せずにはいられない。
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