1991年2月・・・ドナが派遣スタッフになって初めての仕事は、COBOLでの開発要員だった。
専門学校では、COBOLを含む多くの言語を学んでいたが、実際の業務での経験は無かった。プログラマとして正社員をしていた時は、UNIX・Cでの開発しかしていなかったが、今回の企業側の要望は「プログラマ経験があり、COBOLの基礎知識がある人」という事だったので、引き受ける事にしたのだ。
こうして、ドナの派遣スタッフとしての生活がスタートした。
同じ派遣会社から4人のスタッフが派遣される事になり、派遣先企業の派遣スタッフとして、別会社に勤務する事になった。今になって思えば『二重派遣』だったのだろうか?
ドナとしては勤務地が家から近ければそれで良かった。本来の派遣先企業に通勤するという事だったら引き受ける事はなかっただろう。(かなり遠かったもんなぁ〜)
出社初日、プロジェクト担当者から業務内容の簡単な説明があった。
「今回のシステムは、一部をFORTRANで開発するという事で、4名の派遣の方に来ていただきました。」
おいおい! 話が違うじゃない? 誰がFORTRANで開発するって?
思わず4人で顔を見合わせた。そして・・・。
「あのぉ〜、COBOLじゃないんですか?」 「FORTRANです」
「FORTRANは分からないんですけど・・・」 「それじゃ、勉強していただきましょう」
ドナ以外の3人は「FORTRAN」を聞いた事も無いという状態だったから、一気に不安が込み上げてきた。
そんなやり取りがあって、派遣会社の営業にも連絡したが、言語の違いについて解らない営業だったために、なかなか状況を分かってもらえなかった。
勤務先が変わらず、研修期間を設けてくれるという事もあって、仕方なくそのまま続ける事にした。
1週間程経った頃、プロジェクト担当者との打ち合わせがあった。そこで「開発言語が『プログレスU』に変わりますので、よろしくお願いします」と告げられた。
さすがにこれは4人全員が知らなかった。
最初の話とはどんどん離れて行く・・・これでいいのか?
派遣会社の営業に相談してみたが、対応は前回と変わらなかった。
結局そのまま研修期間に突入する事になったが、交替で2人づつ違う勤務先に行き、研修を行う・・・しかも独学で! 何ともおかしな勤務状況だ!
そんな生活を2週間程続けていたある日、本来の派遣先企業のメンバーでのミーティングが行われた。そこで思わぬ発表があった。
「今月いっぱいで出向元に戻る事になります。作業はそちらで行う事になります。」
開発言語が変更になるだけでなく、勤務先までどんどん変更されていく。
最初の契約内容とは、全く違う内容になってしまっている。
今回ばかりは、4人ともガマンできなかった。
ミーティングが終わるとすぐに派遣会社に連絡し、「ここまで内容が変更されてしまった状態では続けられません。契約不履行じゃないんですか?」と訴えた。
それでもやっぱりうまく伝わらない・・・TELじゃ伝わらないのかと、派遣会社に出向いたりもした。
今回の事で、派遣会社もやっと重い腰を上げてくれた。
派遣会社と派遣先企業の話し合いがもたれたようだが、正確にはどういう話をしたのか・・・?
そして派遣先企業の担当者に4人全員が呼ばれ、「続けられないという話を聞いたが、その原因は何ですか?」と聞かれた。「勤務地です」・・・全員がそう答えた。
派遣で仕事をするにあたって、契約内容として勤務地を重視するスタッフが多いのは事実だろう。
結局、この日を最後に契約は打ち切られる事になった。本来の契約期間終了までは3週間程残っていたが、今回の件については派遣会社も責任を認めていた。
そして、契約内容にあった出勤日(月〜金)に1日1回、派遣会社に出向く事を条件に、給与の保証をしてくれる事になったのだ。朝出社していつ退社してもOKという楽なものだった。
ドナの「派遣スタッフ」デビューは最悪なものだった。でもその反面、『自分の身は自分で守る』という自覚を持ったのも事実だ。
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