Zaurus部屋 品書きへ


4.シャープさんそれはまずい

 ザウポケ慶事板経由うーぴーさんからの情報で、シャープ社のZaurus e conceptサイトが"著名人のエッセイ"を載せ始めたと知り、覗いてみた。

 行く前にどうもひっかかったのが、"著名人"と言ってしまえる感覚である。実にどうも大企業的というかお役所的というか多数決的というか衆愚政治的というか長いものに巻かれろ的というか、いやないやぁな感覚。そんなもんに頼らなきゃ自社の製品をアピールできんのかい、というヒクヒクはあったのだが、どんなベクトルであろうが情報は情報である、とにかくクリック。

 行ってみて、まず入り口でひっかかった。普段C1でWebにアクセスする時はイメージ非表示にしているのだが、あきれたことにこの設定だと、コラムのインデックスページは画像枠だけしかなく、どこをたたけばなにが出るのかまったくわからん。どうせコラムだ、中身はテキスト主体の情報に決まっておるというのに、入り口を画像のみで飾り立てるのは神経がガサツだとしか思えん。

 とはいえここで引き下がっても仕方がないので、わざわざイメージ表示に切り替えてみたところで私は我が眼を疑った。渡辺健一ぃ?...

 MOREソフトコンテスト第一回の開催が発表されたとき、"SZABは凄い"と題した煽り文で、彼は何を言ったか。あまり気分のいいものではないので内容について興味のある方はリンクをご覧いただくとして論点のみを記すと、"ソフトを作ると金が儲かるからSZABの発表はうれしい"ときたもんだ。

 この当時私はZaurus使いではなかったのでリアルタイムに体験はしていないのだが、噂をたどって(第二回MOREコン開催発表の頃である)読んでみて愕然とした。噂では"ひどかった"としかコメントされていないので内実は読んではじめてわかったのだが、まず間違いなくZaurusあるいはMOREの歴史に残る汚点であろう。オープンソースあるいはフリーソフトウェア文化の人々が聞いたら噴飯ものである。

 渡辺氏個人については、世の中にはそういう人もいるのよと思ってしまえばそれで済む。正味あの通りの人だったとして、相手にしなければいいだけのことだ。あるいはあのコラムも、渡辺氏の真情ではなく、事前に話の筋道を規定された形の依頼だったのかもしれん。その場合つまらん御用コラムを引き受けてしまう節操の無さが際立つわけで、どちらにせよロクなもんじゃないのではあるが、ようするに放っておけばよろしい。

 この頃の話でもう一つ、第一回MOREコンテストの審査員講評ってのがあるのだが、こちらを読むとどうも渡辺氏は"正味あの通りの人"のようだ。が、まあいい、渡辺氏個人を謗っても埒が明かん。

 問題なのは、彼を起用しあまつさえ未だにリンクを生かしているシャープ社の姿勢である。

 たしかにいわゆる企業には属さず個人でソフトウェアを書いて生計を立てる、あるいは生計を十分にサポートするだけの副収入を得ている人もいるにはいる。が、数字は挙げられないが、ごくごくごくごく一部であろう。なにより、ユーザに開発環境を解放してその文化の裾野を広げるべく企画された(はずだ、当然)コンテストのぶち上げに際して、景気づけの花火役として公開した紹介文の出だしが"金儲け"というのはあまりにいじましいというものではないか。

 幸いにして多数の優秀なMOREが揃って現在の環境、いや文化が成立している。MOREのほとんどはフリーであり、シェアになっているものはごく一部。それぞれに、例えばプロが開発しているあるいは用途が特殊であるなどの至極もっともな理由の裏打ちがあり、使う側は十分納得して送金しており、しかもMORE作者がそれで"家が建つ"ような儲け方をしているあるいはそれを念頭に置いているとは、とても思えん。MOREに関しては実に幸せな状況であり、それが故に今のZaurusがある。これが万が一拝金主義がまかり通って、ろくでもないMOREしかなくてそれらがすべて有料なぞという状況になっていたら、とうの昔にZaurus文化自体が壊滅しているのは確実。

 当時現場にいなかったので渡辺氏の各発言に対しMORE作者あるいはユーザがどう反応したかつぶさにはわからないのだが、少なくとも上で危惧したような状況になっていないのはひとえに、両者(作者/ユーザ)が健全かつ穏健だったからである。実に実にやばかったのだ。その認識があるなら、いかに大過去だか中過去だかの話にせよ、説明文一発載せてあのリンクは切るというのが正しい判断である。"過ちは繰り返しません"の証明として残しておくというのならともかく。

 さて。

 で、またも今回の新型の煽りコラムで起用かい。しかも読んでいるこちらの背筋が寒くなるような内容空虚/誤りだらけの提灯コラム。日本語という観点だけから見ても、変換ミスあり、助詞の間違いあり、表記の不統一あり、わずか400字詰め原稿用紙3枚程度の文でこのていたらくだ、単なる書き飛ばしなのは明らかである。

 繰り返すが渡辺氏個人は放っておけばいい。なぜこういう文章を新コンセプト立ち上げコラムの一発目に持ってこなきゃならんのか。つまりMOREコン第一回のあの文に対して、シャープ社はまったく問題を認識していないということになってしまうのだ。

 ここで一つ疑問。冒頭で"著名人"なる物言いへの拒否反応を表明したのだが、それはそれとして、渡辺氏は"著名人"なんだろうか。予定調和みえみえの身内がそう呼ばれるとは、随分と安直でぬるま湯でクローズドな話である。通常の感覚でいうなら、ここで登場すべきはKONISHIKIとか安室奈美恵とか筒井康隆とか永井豪とか森首相とか、ねぇ。"あれま"というようなジャンルから名が売れた人を引っ張ってこなければ意味がない。

 察するに、ぶち上げてみたもののさて未だ実物がこの世に存在しない新型Zaurusである、"期待している著名人"なぞリストアップのしようがない、てんでああいうことになったんだろう。だったら企画を引っ込めれば済む話ではないのか。御用提灯持ちに皮切りをやらせるようでは、しかもあんなWebデザインしているようでは、あのサイトはすでに終わっている。

 そりゃメーカーとしても辛い。標準機能よりもよほど使い勝手のいいMOREがごろごろ出てくるし、標準機能では考えもつかんようなことをやってくるMOREもこれまたごろごろあるのだ。一社独占体制としては認めがたいしかといって無視もできんというジレンマが常にあることは、わかる。CFだって純正品使っているユーザがいようとは思えんしね。それは、わかる。

 わかることはわかるが、なーんでそこで発想の転換ができんかな。ユーザ作のMOREも含めて、サードパーティ製のあれこれ(と言ったってCFくらいしかないが)も含めて、Zaurus文化をきちんと担っている要素であることくらいもっと積極的に認めてもよさそうなものだ。Javaに対応してくれいにも書いたけれど、巷間言われている意味での"オープン"になってくれとまでは言わん、"標準"があるものはそれに乗るべきだ。そして、ユーザが多分に"自分のために"作ったMOREの数々というのは、立派にその文化の標準である。それらを含めて"Zaurus"という世界があると思ってしまえば全員幸せだろうに。"純正"はオプションポート関連で充分、CFにこだわっていくら儲かるというのだろう。

 結局は、自前身内我々の感覚が強過ぎるのだ。Zaurus文化というのは、すでにシャープ社一人で維持できるものではない。であるのに、根底となるモノ自体を提供しているという意識がありすぎて、全体像が見えなくなっている。営利企業である以上"市場拡大"は至上命題だろうが、それを意識するあまり築かれている文化の本質を見誤ることだけは避けていただきたい。閉じこもり体質(追記参照)がこの調子で目にあまるようだと、遠からず新型宣伝のWebページのみならずZaurus自体が終わるぞ。

(2000/10/17)

2000/10/20追記

 ザウポケ慶事板にてTOKさんにご指摘を受けたが、"囲い込み体質"という言葉は不正確だった。健全かつ多様性をもって成長している市場に対して一社が独占的行為に出る場合を囲い込みというのであって、この駄文で問題にしている市場はもとよりシャープ社一社のものなので、意味が整合しない。よって、"囲い込み体質"を"閉じこもり体質"に改めた。