ふぅ!
そうです、こんな事書くっちゅう事は夫婦喧嘩をした後っていうこと。
夫婦喧嘩ぐらいはしますよ、年に1回かそこらはね。
でも、そのスパンは年々長くなっているようにも思えます。
一つには、より理解が深まったと言う事もあるでしょうが、夫婦喧嘩するだけの体力が無くなってきた、と言う事もあると思うんです。
体力って、そんな喧嘩をするんか?
まさか、取っ組み合いの喧嘩をするとでも思っているんじゃないですか。そんなあほな。
プロレスラーの嫁さんを持っているわけでも無し、力対力の喧嘩をしたら、男に有利なのは明白。
でも体力が要るんです。
もうくたくた
だいたい、お互いに譲らないから喧嘩に至るんであって、そう言う点では我が夫婦はどちらも非を認めないタイプ。『絶対に間違っていない』と、お互いに思ってますからね。
ですから、ひとたび夫婦喧嘩をすると後を引きます。
(とはいっても、最終的に折れているのは妻の方かな。これは、負けを認めたと言う意味ではなくて、あくまでも折れているだけ、停戦みたいなものですな。しかし、これで私が助かっている部分も多いわけで、感謝すべき点もあるんです。妻が折れなかったら、泥沼ですよ、泥沼)
喧嘩している最中はそうでもないです。
お互いにテンション高いから『いっそのこと離婚したろうか』位の憩いはあるはず。
問題は一夜経ってからです。
夫婦喧嘩如きで会社を休む訳にも行かず、その日は一人で起きて食事を済ませ、会社へ行きます。
会社へ行っても、忙しいからといって昨日の事から開放される訳ではありません。忙しい中にも、悶々とした精神状態。
そして、終業時間間際になると、憂鬱になる。
家に帰れば、不機嫌で私の事を無視した妻が要る。ああ、憂鬱だ、帰りたくない。しかし帰らねば。
帰ったら帰ったで
昨日の喧嘩の後を引いた妻が、知らん振りして子供と戯れている。もちろん私の事は無視。
子供はそんな事は関係無いから、父親と母親と公平に接する。それが又、妻の機嫌を損ねる。
夕飯の支度は無し。他の部屋へさっさと引きこもってしまう。
ここで、私が夕飯の用意をする時もあるが、当然妻は食べない。食材が無い時は、外へ食べに行かざるを得ないから、食べに行こうとすると、『一人で行ってき』やて。子供は何やら尋常でない雰囲気にうすうす気付いている。
運良く、3人での食卓を囲む事が出来たとしても、その後の状態は、家庭内別居状態。当然、居り辛い、かといって行く当ても無し、あっても出ていったら尚状況は悪化する。
ああ、いやだこんな生活!何で自分の家なのに、帰り難いんや、居り辛いんや!
若いときゃいいですよ。喧嘩したら出ていったらいいし、『なんとでもしたる』っちゅう心境もあった。
でも、もう中年の私には少々きつすぎる。
精神的なストレスが強烈に私を痛めつける、もうくたくたですわ。
そんな妻にもいよいよ体力限界の兆候が…
なにやら今回は、早めに折れてきたんです。やれやれと思っていると、『気分が悪い』と言い出します。顔が青ざめ、ベッドに横になった。熱は無いようですが、体調を崩した模様。
私も夫婦喧嘩でくたくたになっている最中でしたから、とっさに「これは、夫婦喧嘩のストレスによる体調不良ではないか」と、感じたのです。
しめしめ、と思う以前に自分だけじゃなくて良かった、と言う安堵の気持ちが先立ちます。
これが、年下の若い妻だったらどうでしょう。自分はくたくたなのに、依然妻はぴんぴん、どう見ても勝ち目はありません(別に勝ち負けの問題を議論している訳ではありませんが)。
体力の低下が双方の戦意を喪失させ、結果的には早期の終戦に至ったと言えます。
夫婦喧嘩には体力が要ります。年を取れば体力が落ち、そうそう夫婦喧嘩如きに全力をかけるわけには行きません。
年を取れば、この事を自覚し、お互いに思いやる心が増せば、それはそれで良い事だと思うのですが…。