愛情のおけいこ
性善説、性悪説
人間は生まれながらにして善なのか悪なのか。難しい問題です。これに関して多くの学者さん達が研究していて、それでも確証は得られないのですから…。
お前はどう思うって?う〜ん、限りなくニュートラルじゃないでしょうか。
育つ環境によって、悪にもなる善にもなる。
かといって、回りの環境だけに影響されるわけではない。
悪に全く接触無く育ったとしても、人間の心の中に悪い虫が潜んでいるのでは無いでしょうか?
何の屈折も無く育った人(こういう人たちを見ていると気持ちが良い物です)でさえ、小さい頃にはいたずら心や、いけない心が宿って居たのでは無いでしょうか?
そう言う点では『人間は生まれながらにして限りなくニュートラルに近い。しかも生まれ付き悪の心はどこかに隠れ持っている』と言えると思います。
ですから、回りの環境が悪いと、悪い方向へはいとも簡単に進んでしまうのです。
しかし人間の社会とは不思議な物で、悪い環境ばかりで生きている人は居ません。
ライオンに育てられた人間みたいな人は99%居ないのです。
成長するに従って、色々な社会とふれあい、自分と照合してみる。そして、それが反社会的なのかどうかを判断し、修正する能力を持っています。
つまり、環境のせいにするのはもってのほかで、人間としての尊厳を主張するならばそれらに甘んじない強い心が必要で、本質的に人間は持ち合わせていると考えています。
さて堅苦しい事はさておいて、
子供が成長する過程において、愛情豊かな人間を形成して行くには、それなりの訓練が必要と思います。愛情いっぱいに育てるだけでは、その子に豊かな愛情ははぐくまれないのでは無いでしょうか?
『子育てでは無く、子育ち』といっておきながらこんな事をいうのもなんですが…。
愛情のお稽古
そう、子供が愛情豊かに育つためには、愛情を高めるための訓練=愛情のおけいこが必要なのではないでしょうか。
別に人形のぽぽちゃんの売りこみをしているわけでは有りませんよ。
例えばおもちゃを与えて、勝手にあそばせておいても、振りまわして遊ぶだけでは愛情は育ちません。
私達が赤ちゃんをあやしたり子供たちと遊んでやったりする姿を見せてやること。
それをみて、子供も人形をあやしたりかわいがったりする行動を覚えます。愛情を掛けているところを見せてあげる→真似する。こう言った行動が、その子の愛情を高めて行くのでは無いでしょうか。
花をみて、人間が勝手に『美しい』と思うわけでは有りません。親や周りの人が『美しいね、かわいいね』というから子供もその気になるのです。こういう行動を続けながら、その子の中に愛情と言うものが育っていくのです。
誰でも自分の子供がかわいいのは当たり前です。親が私を大事に思っていてくれる事は子供は気付いて居る事でしょう。しかしながら、愛情のお稽古は別途必要なのでは無いでしょうか?
転じまして…
私、前にも述べましたが、子供が嫌いだったのです。
ところが、自分に子供が出来て、少なくとも自分の子供は愛せるようになったし、他の子供も少しは許せるようになった。
しかし、これは自分の子供だから当たり前、ではなかったのです。そうなるように訓練されていたのでは無いかと、最近感じるようになってきました。
と、言うのは
そりゃ、自分の子供だからかわいいのはかわいい。だけど、自分の子供だからと言ってきちんと愛情表現が出来たのか。これは否。
もちろん、超未熟児で生まれた事も影響してはいますが、それまでに知らず知らずの内に妻から訓練されていたのでは?と、ふと思い返すのです。
私の妻は、子供に対して強烈なほどの愛情を持っています。そして愛情の表現方法もダイレクトで強烈です。もともと、感情の表現が直接的な人間だったのです。
私は子供が生まれる前から、妻の我が子に対しての愛情、感情みたいなものに常に接していました。
接するだけではなく、常に言葉に出さなければ気が済まない女ですから、自分の子供がかわいいのは当たり前でも、『かわいい』といわざるを得ませんでした。
子供が出来てからでも、子供を前にして『かわいい』とか、『大好き』とか『良く出来ました』『かしこいね』『うわぁ、もうできたの』『すごいね』なんて、傍から見れば『あほちゃうか』といわれそうなことでも口に出して言ってきました。
特に私達の年齢では、『そんなん、いわんでも自分の子供やのにかわいいの解ってるやん。』みたいな気質が多いのです。口に出すのさえこっぱずかしい。そんな年代なのです。
ですから、妻が今の妻でなかったら、こう言う事を口に出すことは無かったかもしれません。心の中ではかわいいのは解っていても、どう言う風に表現したら良いのかわからなかったかもしれません。それでは、私の心も娘に伝わらなかったかもしれません。
私は今の妻に愛情のお稽古をさせられていたのかもしれません(当然本人はそんな気はさらさら無いのでしょうが…)だからこそ、今こうして、娘に対する愛情を豊かに表現できる。豊かに表現できる術を知って、さらに愛情が深まる。娘も愛情を感じるようになる。
妻には面と向かって言えませんが、そう言う意味でも私は妻に感謝しなければなりません。
妻の愛情のおけいこのおかげで、愛を十分表現できる術を手に入れたのですから。そして、娘からの愛情もね。
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