3年保育に通わせます


我娘も、ここまで至るまでいろんな事が有りましたから、一部の方からはまだ小さいのにかわいそうだ、とかもう少しお母さんとひっついていたら?
という意見も有りました。

半面私たちは、だからこそ3歳保育に通わせたい、という気持ちで3年保育を決心しました。


やはり、どっか過保護な部分が有ります。遊びにしても、すこし危なそうなことは止めさせたり、それで運動能力がやや低めと先生に指摘されたことも有りました。
おしゃべりに関しても、ちゃんと発音できるように繰り返し発声させてはいますが、そこは小さな世界の中、私が通訳をすれば事足りる為ある程度で妥協しています。

追跡外来の先生も、大きな子供に混ざって萎縮するような事が無ければ、3年保育は大きな社会に触れるので菜々実ちゃんにとっては有意義だと思う、とおっしゃっていました。

子供のしゃべりたい心とは裏腹に、人工呼吸器の弊害で発声にやや難があり、もっともっとしゃべって練習する必要もあります。
また、同じ3歳半でも外界と接触する期間が短かった為、早く大きな社会と接触させることが成長を促す、と考えて3年保育に踏み切りました。


でも、入れてくれるんかな?
さすがに、面接の時は言葉が足りない為、入れてくれるんかなと心配しましたが、その心配はない様で、すんなり合格。
面接の時も、親はそっちのけで、先生達と絵本で遊んでいました。
年少組は40名程度の私立四葉幼稚園(キリスト教系とのこと)。

おしっこやうんちは大丈夫?
おむつは外れていますが、家のトイレと幼稚園のトイレは違う様だし、ちゃんと出来るだろうか?
滑り台で頭を打たないだろうか?
考え出したらきりが有りません。幼稚園の生活の中で少しづつ慣れてくることも多いでしょう。
危ないことも解ってくるでしょう。

そこまで心配していたら、3年保育に出せません。


晴れて入園式
1999年4月10日
晴れて入園式を迎えました。
3年保育の入園式とあって、まだまだ親離れしない子も多く、泣き出す子供もかなりいてました。
殆ど動物園状態。こりゃ先生達も大変だ。
まあ、3年保育の入園式を始めて経験しましたが、ホント大変です。
これが、1週間経ち、1ヶ月経ちで、落ち着いてくるんですね?

報道関係の方ですか?
少子化と親ばかが増えたのとで、入園式はビデオ、カメラのオンパレード。後ろからイスに立って、窓からビデオを、まさに誰かの記者会見かと思うくらいのにわかカメラマン達が、我子の晴れ姿を納めようと必死です。
中には、新入園児の席に割り込んで我子の写真を撮ろうとする人まで…。そりゃ非常識ですよ、お父さん。

我子は、と言うと
一人子のせいか、我道を行く。
みんな並んでるのに、列を離れて遊んでみたり。
帰りなんか、みんな帰る用意をしているのに自分だけの〜んびりと、くつろいでます。
競争心などこれっぽっちも無いみたい。

式の途中、先生達は泣きじゃくる子供たちを席に付かせるのに必死なのに、娘は泣きもせず、席を離れてぶら〜り、ぶら〜り、親御さんの席を見て回っています。
泣かないから、先生に気付かれもしません。
あわてて、席に連れ戻しましたがな、やれやれ。


最初の登園日
1999年4月12日
最初の登園日と相成りました。
は〜りきっております。迎えに来たバスに乗り込み元気良くママにバイバイ、と手を振って出かけたそうです。
かえって来た娘に問い掛けると、『楽しかった』らしい。

3年保育に通わせた甲斐が有ると言うものです。

こうして、3年保育の火蓋は切って落されたのでありました。

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