入院生活


入院当日

愛染橋病院の看護婦さん、先生たちはとても気さくで優しい。
入院当日は確か木曜日で、その日は個室に入院し、私も泊まり込んだ。
翌日、会社には休みの届を出して、2〜3日泊まり込みを決め込んでいたのだが、この病院は完全介護制らしく、身内の泊まり込みは基本的に出来ないらしい。
まあ、病室の中がやたら暑いもので、ソファーの上に寝ていると知らない内に上半身裸になっていたらしい。それが原因ではないが、泊まり込みを指摘され、止む無く家に帰る事にした。

ただ、妻が特に不安を感じており、もう1日程度同伴したい旨の書類を出したらどうか、と言う婦長さんの計らいによって、もう1日泊まり込む事が出来た。先生や看護婦さん達は医療的に優秀である事はもとより、心のケアと言う事に付いても優秀である。
妊婦に余計な心配や負担が掛からない様、言葉や態度で接してくれる。
(孫の事に付いては後で述べるが、孫の生まれた病院の看護婦さん達の態度は良くなかった。病院名は伏せるが)

症状が安定(1週間くらい経って)すると、相部屋へと移る。


病室の人々

病室には、産婦人科であるから当然妊婦と、婦人科の病をもつ人々が入院している。
出産間近な人、慢性病で長期入院している人、うるさい人、外国人、ガンの末期患者、身寄りのない人、等など。
大阪府日本橋という土地柄もあって、入院患者は様々な人が居る。

妻は生来、社交性が強い事からこれらの人々とすぐにお友達になったようである。


本格的な入院生活

さて、これから本格的な入院生活となるわけである。
妻は常に点滴(機械につながれた正確なやつ)をされ、実際ベッドの周辺1m以上は動く事が出来ない。
ベッドの横に簡易トイレを設置され、ここで用を足す。ベッドに括り付けられていると言っても過言ではない。
かわいそうだが、絶対安静。おなかの子供を今出すわけには行かないのだ。

子供の為には安静が必要だが、動かないと言う事では母体にいい影響を与えるわけがない。運動不足で便秘がちとなり、それなりの処置をせざるを得なかった事もある。

食事に関しては、どこの病院でもそうであるように、決しておいしいとは言えない(栄養的には十分吟味された食事である事は言うまでもないが)。これはいつも私たちがおいしいものばかり、好きなものばかり食べているせいでもある。
私は、休日の土曜と日曜、平日は火曜と木曜、都合4日程度妻の所へ通っていた(住まいと病院とは阪神高速道路と地道を使って40〜50分かかるので平均して4日程度、見舞っていた)が、その度焼きそばだのお好み焼きだのを買っていったものだ。
数回ではあるものの、おにぎりと卵焼きを作ってもっていった。
妻にとっては、周に数回の私の来訪が待ち遠しかったらしい。

私が行く時には、妻は私の買ってきたものを食べ、私は病院食を食べていた。こんな事していていいのだろうか。
私が行かない時にはどうも食が進まなかったらしい。


そら、泣き言も出るわな

端から観ていてもかわいそうなくらいだったから、本人は毎日がつらかった事でしょう。
毎日忙しい私にとっては、1日が過ぎるのが早かったが妻にとって1日はどんなに長かった事だろう。
入院中数回『なんで私がこんな目にあうの?何にも悪い事してないよね?』と泣き言を言った事もあった。その都度慰め、穏やかな気持ちにさせようと努力した。が、比較的簡単に平成を取り戻した。
全体的にいえば妻は優等生の入院患者であったと思う。

私にとって初めての子供であり、その子供と妻が病院のベッドに括り付けと言うのは残念でならない。妻の威張った妊婦姿を見た事がないのだ。
毎日行われる胎児の心音チェック(超音波探知器の様なものをお腹に当てて、心音を増幅して聞くのだ)が私の楽しみ。
スピーカを通してシャンシャン、シャンシャンという音が聞こえてくる。
じっと聞き入る私の姿が看護婦さんには面白いらしい。


出産をする人々

出産をする人々を見ていると様々である。
外国人、20歳年上女房、出産時わめき散らす人、特にこのわめき散らす人が面白い。
病室の中で、そして分娩台の上で『痛い、痛い、助けて、殺せ』とわめき散らすのだそうだ。看護婦さんも最初の2〜3回はなだめるのだが、それ以上になると知らん振りして通り過ぎるらしい。看護婦さんも大事か否かは当然見極めている。たった一人のわがままには付き合っていられ無いのだ。

事実、数分後にこの人は難なく出産する。安産だったらしい。
病室に帰ってきたその人は、泣き喚いた事が恥ずかしいらしく、今まで大きな顔で居座っていたのが妙におとなしくなったそうな。めでたしめでたし。

そんな妊婦さんや、新生児達を見ながら入院生活を過ごしていた。

この頃私たちには出産予定日が永遠に遠く感じられていた。


えっ、もう出産?

入院1ヶ月ほど経ったある日、夜中に病院から電話が掛かってきた。
『破水したようですから、こちらに来てください』との事だった。えっ、まさか、と顔面真っ青。車を飛ばし、病院へ向かった。
通常、病院からは電話をしないはずだが、妻のたっての希望で電話したらしい。破水はしたもののすぐ生まれると言うものではなかったらしい。
妻の性格を考慮して、配慮してくれたのだろう。
もちろん夜間は面会禁止。この事を知らない看護婦さんに話したものだから、最初は入室を拒否された。事情を説明し、担当の先生に了解を頂いた上で入室した。
その時、妻はもう涙声。あわただしく処置がなされ、症状は安定した。持ち直したのだ。
ただ、この時先生は(あと1週間が限度やな)と感じていたらしい。

安定はしたものの妻の心理状態を考慮して、病院のロビーのソファーで寝る事にした。妻に変化があったら同室の人が呼びに来てくれる事になっている。
10月初頭、ロビーは暑くなく寒くなく、寝心地が良いとは言えないが、朝を迎える事が出来た。

とんとん、と肩をたたく人が居る。目を開けると同室のSさんである。『奥さんが呼んでますよ』と。呼びに来てくれたのである。ありがたい事だ。礼を言って起き上がると、回りはざわざわ、もう診療の時間で患者さん達が沢山。…昨日ひっそりしていたロビーが目を覚ますと突然にぎやかになっていた。その雑踏の中ですやすやとねむっていたらしい。
ちょっと恥ずかしくなってそそくさと病室へ向かう。
妻はちょっと安定したようで、落ち着いている。

一応安定しました、と言う医師の言葉。

もう出産が近づいている事を私たちは知る由もなかった。

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