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アンコールワット案内 |
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■アンコールワット案内
![]() ●アンコール遺跡群:
1860年タイからカンボジアを探検していたフランス人の学者Henri Mouhot(アンリムーオ)は、カンボジア奥地の森林の中でアンコールワットを発見し、帰国後フランスで書物にして発表しました。このことにより西洋にアンコールワットが知られることになりました。これほどの大規模な石造寺院建築を東南アジアの森の中で発見した時の彼の驚きはとても想像もできませんが、今日ここを訪れる観光客にとっても、やはり同様に大きな驚きと感動をアンコール遺跡は与えてくれるはずです。 アンコールの遺跡群は、西暦802〜1431年のアンコール王朝時代に建設された寺院群です。有名なアンコールワットはスリーヤバルマン2世(1112〜1152年)によって建設、アンコールトムはジャヤーバルマン7世(1181〜1201年)により外周の塀や内部の主要な建物の建設が完成されたと言われています。 この時代のアンコール王朝の王は、王都に巨大な溜池を作り雨季と乾季の水の調整を行いながら水田で3部作を行う豊かな都市で、その豊かな富を背景にインドシナ半島の中央部に強力な王国を築いていました。また、インドからはバラモン経(ヒンズー経)、大乗仏教を取りいれ、盛んに大規模な寺院を建設してゆきました。 アンコールの遺跡に残される仏塔や神像は、バラモン経(ヒンズー経)と大乗仏教の文化を色濃く繁栄しています。また、壁面に描かれているレリーフには、当時の国王とその軍隊や家臣たち、ヒンズー教の物語や天国地獄図などが描かれ、当時の様子を知る手がかりとなっています。 @アンコールワット(国都寺): ![]() スリーヤバルマン2世(1112〜1152年)によって建設されました、ビシュヌ神を祭ったヒンズー経の寺院で自らの王廟として建立されたと言われています。 12世紀、スリーヤバルマン2世在位前のアンコールの都は、勢力が衰えていましたが、敵国ダラニンドラバルマン王と30年の戦争に勝利をして、分裂していた国家を統一しました。スリーヤバルマン2世を即位すると、すぐにアンコールワット寺院を王廟として建設を開始したのです。 当時のアンコールの都では、バラモン経により国王はシバ神の化身として考えられていて、天から降りてきた神々と国王が交信する場所が王廟だったのです。王廟が立派に完成し、王廟の祭壇で国王が儀式を行うことで、国が安泰におさめられることになったのでした。 アンコールワットの中央神殿は、インドの空想上の世界の中心と考えられていた須弥山に例えられます。中央神殿には60度の角度の旧勾配の階段があり、テラスまで登ることができます。アンコールワット全体の広さは1.5KmX1.3Kmで外側を水をたたえた濠が取り巻き、その内側は塀で取り囲まれています。西正面口を入って西大門を通り第一回廊と第二回廊を経てビシュヌ神を祭る中央神殿にいたる造りになっています。回廊には、スーリヤバルマン王の座像や、ヒンズー経の天地創造図、天国と地獄の図、戦争の図などがレリーフで描かれています。 →アンコールトム他の案内はこちら |
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