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生活の中の伝説: ベトナムには生活の中に今も息づいている伝説があります。それは日本で言うところの迷信であったり、子供のための童話であったりするものと同じものです。例えば、日本の童話の金太郎なども、それ自体は伝説なのですが、5月の子供の日に金太郎の人形を飾って、子供が丈夫に育つように願うのと同じような意味での、生活に根付いた伝説をここで紹介しようと思いました。 旧正月(テト)の伝説。 (テトについての説明はベトナムの祭り頁を参照してください) 雄王とバインチュン(banh chung)の話し。 ベトナムの最初の王国を築いたのが有名な雄王(フンブォン)です。その雄王にはたくさんの息子たちがいました。その息子たちは、それぞれ文学の才能を持つものや、カンフーの得意なものなど、それぞれが特技を持っていました。しかしながら、一番下の息子には特にこれといった特技がありませんでした。そのために、一番下の息子は奥さんと子供の家族を連れて国内の片田舎へ移り住んで、水田の開拓と耕作をしていました。 あるとき雄王がすべての息子を王宮に呼び寄せました。そして今度のテト正月までに、彼に特別の料理を持ってくるように伝えました。そして、一番の料理を持ってきたものに、王位を継がせるといいました。 その話をきいて、息子たち全員は喜んで家に帰ると、料理の準備をはじめました。それぞれの息子たちは特技を生かして、特別な料理法を研究したり、山や海に出かけて特別な山豚や魚を捕らえてきました。しかし、一番末の息子はこれといってよいアイデアが浮かびませんでした。ふらふらと家の周りを歩いていると、水田に黄金色に実った米があることに目がとまりました。そして、その米を手に取るとすぐにひとつのアイデアが浮かびました。 彼は奥さんと子供に手伝わせて、米を炊いて特別のケーキを作りました。ひとつは緑の豆を混ぜて四角くしたお餅をバインチュンと名づけました。もうひとつもち米で作って丸く仕上げたのをバインダイと名づけました。 さてテト正月の当日雄王の息子たちはそれぞれに工夫した料理を持ち寄って、雄王へ献上しました。最初の息子は特別の山豚を使った料理を、次は魚料理をと、それぞれ順番に差し出していって、最後に末の息子の番になりました。彼が米だけで作った餅を差し出すのを見てほかの息子たちは大声で笑いました。しかしながら、受け取った雄王が一口食べてみると非常に美味しいことに驚きました。そしてほかの息子たちも同様に食べてみてそのおいしさに驚きました。そして、雄王は末の息子にむかって「おまえが次の雄王になることを許すことに決めた。その理由は、一般の庶民でも手に入る米と豆だけで、このようなおいしい料理を作ることができたからだ。庶民のことを考えれば、このような料理を考えたものこそ本当の雄王になる資格があるといえる。」と言って、末の息子を雄王にすることに決めました。 それ以来、テト正月にはこの米の餅バインチュンを食べる習慣ができました。 雄王とスイカ(dua hau)の話し。 昔々6番目の雄王の話です。5番目の雄王の息子にアンティムという名の王子がいました。彼は雄王の言いつけを守らなかったために、南の無人島へ流されてしまいました。そこは誰も寄り付かない絶海の孤島で、しかも島の大半は砂漠でした。アンティムは、しかたなく島の半分の森林を切り開き、畑を作ったり、獣を取ったりして暮らしていました。あるとき、アンティムは島で見たことのない緑色をした果物を発見しました。中を割ってみると赤い実があって、たっぷりと水分があります。砂漠ばかりで水の不足していた島の暮らしにはもってこいの果物でした。 かれはこの果物をスイカ(dua hau)と名づけて、島でたくさん栽培しました。見る間にたくさんのスイカができるようになりました。そこでアンティムはスイカに自分の名前と島の場所を刻んで、たくさん海に流しました。 海を漂ってスイカは雄王の国の海岸へも到達しました。そして見たこともない珍しい果物が話題になり、たくさんの商人が、スイカにかかれた地図を見て島にくるようになりました。 その話を聞きつけた雄王は、息子のアンティムをとても誇りに感じ、すぐに王宮へ呼び寄せました。そして「私の息子は、誰の力も借りずに、自分の力で困難を乗り越えた。私は大変にそのことを誇りに思う。したがって彼を私の後継ぎの雄王にする。」とみんなの前で宣言しました。そしてアンティムは6代目の雄王になりました。 それ以来ベトナムでは、スイカは幸運のしるしとして、テト正月にはなくてはならないものになりました。 キッチンの3人の神様の話し。 物語と言うわけではないのですが、テト正月前の12月12日(旧暦)にかならずベトナムの各家庭の女性たちによってキッチンの神様へ供え物をする習慣があります。これは、キッチンには3人の神様がいて、テト正月にあの世の閻魔大王(ベトナムにも閻魔大王がいるんですね)へ1年間の良い事と悪いことの報告をしに帰るので、そのときに良い報告をしてもらって天国へいけるように、供え物をするのだそうです。この行事は主婦にとってはとても大切な行事なのです。地獄のさたも金次第というのは、いかにもベトナムらしいですね。 紙のお金を焼く習慣。 テトの当日、朝一番で家庭の主婦は先祖への供え物をします。祭壇に線香をあげ、西瓜やバインチュン、その他のテト料理を並べます。そして、その後で、あの世にいる先祖にお金を送ります。といっても郵便為替などはないので、線香の煙といっしょに、紙に印刷したお金を燃やしてあの世へ届けるようにします。最近ではUSドルの印刷された(もちろんうその)紙や、ホンダのバイク、トヨタの車、携帯電話などを燃やして、あの世のご先祖様が困らないように、生活必需品一式をとどけるようにします。携帯電話を送られたご先祖様が、あの世の新入りに使い方を聞いている姿が目に浮かんでしまうのは私だけでしょうか? (注:物語についてはベトナム古来からあるもので著作権はありませんが、文章についてはCS WEBマスターが作成しています:禁無断複写) |