読書&映画日記 こんな日々だった。
晴れのち曇り。暖かい。桜の開花進む。空気が明るくなるみたい。
私信、「ほうれん草のごまよごし」は白胡麻で、こつくりした味に作りました。春たけなは。センバツも白熱してますね(いいな〜)。春です。■朝:チーズクラコット、野菜ジュース。昼:ミックスサンド、オレンジジュース。夕:炊き込み御飯、湯豆腐、焼き鳥、じゃがいもとブロッコリーのサラダ。
○映画『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』Catch Me If You Can(2002・米、スティーブン・スピルバーグ監督・製作、ジェフ・ネイサンソン脚本、レオナルド・ディカプリオ/トム・ハンクス/クリストファー・ウォーケン/マーティン・シーン/ナタリー・パイ/エイミー・アダムス ほか)。1960年代はじめ、16歳の高校生フランク(ディカプリオ)は親の離婚を機に家を飛び出し、しばらくするとパンナムの制服に身を包んでパイロットに化けて偽造小切手を切るようになっていた…。世界26ヵ国、全米50州を飛び回り、小切手偽造で稼ぎ出した金は400万ドル。犯罪史上最も若い大胆不敵な詐欺師、フランク・W・アバグネイルの逮捕までの5年間と、彼を追うFBI捜査官(トム・ハンクス)のおはなし。逃げるフランクは実在の人物だが、追っかける役どころ・FBIのカール・ハンラティは複数の人物をミックスして創作した映画上の人物。実話に基づく映画(原作『世界をだました男』F・アバネイル、S・レディング。新潮文庫 ISBN:4102227210)である。
舌触り滑らか、上質で贅沢な味に酔う。パンフレットにもあるように『明日に向って撃て!』や『スティング』(いずれもジョージ・ロイ・ヒル監督、ポール・ニューマン&ロバート・レッドフォード主演)を連想させる、オマージュともいえる映画だと思う。軽くて明るく華やかであっと思わされ、そしてやがて哀しき…、甘い悲哀と不条理のある美しい犯罪映画に仕上がっている。非常に洒落たつくり。60年代風のオープニングと(公式サイトで楽しむことができます)洒落たサウンドトラック(音楽:ジョン・ウィリアムズ)、「シャンパングラスのような」明るいライティングの安定した映像(撮影:ヤヌス・カミンスキー)、カラフルな衣装…手練れが集まってさっと作りました、という感じだが、スタッフもキャストも製作を楽しんでいたことが画面から漂ってきており、悪くないんじゃないかな、こういう映画。56日間の撮影期間ということ。少年がものすごいスピードで大人になる。都会のやりきれない孤独、成功と金、身なりと魅力で人を信用させられたナイーブな美しい時代、牧歌的なコンピュータ登場前の犯罪、父と息子の不器用な愛情の物語でもある。141分。
晴れ。11時ごろご近所ショッピングセンターへ。食事をとつて、2Fの広場、のやうになつてゐる広めの通路で行はれた地元のマンドリンクラブ演奏を聴く。ぱちぱちぱち。演奏は良いのだけれど場所はひどいな、がやがやがやがや、マイクもなしだつたので音量が出ないアコースティック楽器の生演奏はキツい。そのあと無料シャトルバスに乗つて家の前を通過し駅まで。そこから一駅乗つてマイカル・シネマズへ映画を観に行つた。キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン。すぱげちぃを食べて帰宅。ウルルン観てから「ちゅらさん」総集編でほろり涙、スポーツニュースをチェック、バグダッドのあちらこちらが炎上しているのをCNNで観て、眠つた。そんな日曜日。
ファイト! 闘うきみの唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ中島みゆき「ファイト!」より
いまのこれがあなたたちの生きてゐる、あなたたちが作つた世界だ、「大人」たちよ、と思ふのです。ひよつ子おとなとしては思ふのです。これ、日常なんです。「平和の国」ニッポンの若者が反戦運動をする世の中になつてます。どうして世の中をこんなにならせたんだらう。どうしてかうなつたんだらう。これからどうなるんだらう。考へる。これまでを、今を、次を、これからを。■朝:フルーツグラノーラ、ヨーグルト。昼:カレーランチセット。夕:ミネルバ(スパゲティ)、魚介のマリネサラダ。
曇り。メモ:じぶん更新日記3/28から、斎藤隆夫「支那事変処理に関する質問演説」昭和十五年二月二日、第七十五議会における演説(全文)。発言の根底にある思想だけ見ると、これが1940年の発言ではなく昨日今日の発言だとしても驚かれないだらう。いま現実に起こつてゐることとクロスマッチさせて考へることができる。長谷川先生のご指摘の通りで、戦争の・国家の本質を突く内容である。日本国憲法9-1日本国民は,正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し,国権の発動たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する。
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晴れ。雨上がりで空気がきれい。杉花粉のピークです、と言はれはじめたころから肌にたぶん「アトピー症状」といふやうなものが出てしまつたのだらうと思ふ。様子を見ておさまらなければ大事だと思つてゐたのだが、ここ数日でそれがほとんど消えてきて楽になつた。季節が移つたか。昨日、東京で桜開花宣言が出されたさうだが、我が家の近所のソメイヨシノもちらりと。プロ野球セ・パ同時開幕。■朝:昨晩の残り物。昼:たぬきそば。夕:ごはん、ほうれん草のごまよごし、酢豚、ぎょうさ。
★高村薫『マークスの山』(講談社文庫全2冊、2003.1、下ISBN:4-06-273492-3)[bk1:(上) (下)/amazon:(上) (下)]、(下)に入った。これまでの感想は3/16、3/19。今は「四 開花」の章。合田たちが捜査の糸口をつかんで少しずつ真相に迫っていっているとこ。その道筋を陰惨な炎で照らすように、事件も次々と起こる。彼ら自身はそれとは気づかないままじりじりと確かな方向に進んで、やがてひとつの方向へとすべてが収束していく…のだろう。
霞がかかつた晴れ、のち曇り、夕方から一時雨。がうがうと風強し。黄砂か?
○映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』[amazon]をレンタルビデオで。泣けました。完璧な脚本。おばか要素はあるけれど少なめでストーリーに破綻なしだから、破綻好き・わやわや好き・カオス好きの向きには物足りないかも。もちろん「破綻なし」といってもがちがちに論理づくにしてあるんじゃなくて、子供向けということもあるだろう、細かいコトをうまく端折ってある。たとえばタイムスリップして迷い込んだ戦場で拾われたしんちゃんが未来から来たことを戦国時代の人たちにどう説明したか、そんなちょっとドキドキするようなところをすっと飛ばして、次の場面は侍がすんなり信じちゃってる場面にうつる…そのへん彼らが納得した経緯とか、しんちゃんが説明したことばとかはない。のだけれどそういうので嫌な感じは全くなくて、なんだかドリームぽくもある、さくさく話が進むのがかえって心地よかったりもする。
春日城の弱小城主・春日和泉守康綱のひとり娘・廉姫と、家臣で幼なじみ(おそらく乳兄弟?)の井尻又兵衛の叶わぬ恋物語と、戦国時代の小領主が巻き込まれている動乱を描く。しんちゃん一家は車で大活躍の大暴れ。歴史に名を残しました。95分。もういちど書く。完璧な脚本です。泣けました。
晴れ。霞がかつて柔らかな空気。サイト更新、ギター練習。マークス読書。ニュースステーションに椎名林檎生出演。今、歌つてる。かうやつて見るとずいぶん若いんだなあ。■朝:昨晩の残り物。昼:チーズサンド、野菜ジュース。夕:五目ラーメン。
米軍、劣化ウラン弾使用を認める。26日深夜のニュースで、米軍が今回のイラク空爆で劣化ウラン弾を使用したことを認めたことを知る(26日、米中央軍のブルックス准将のカタールの前線司令部での記者会見。asahi.comhttp://www.asahi.com/international/update/0327/002.html)。最低だ。
イラク開戦のあおりで先週放送中止になつたNHKの「ザ・ホワイトハウス」(原題:THE WEST WING)がこの深夜に放送となり、第1シーズン最終回とその前回を観る。ちようどドラマの放映直前にブッシュ大統領のタンパ演説中継があつて、そのあとのドラマで描かれたのは政策と支持率・イラク飛行禁止区域内で行方不明になつたステルス戦闘機・スペースシャトル事故・極右人種差別集団からの暗殺予告…といふやうなことだつた。1999年制作のドラマと、今の時世とが奇妙にマッチし、クロスする。でも面白かつたのである。ひねりがきかせてあつて予定調和に進まない、洒落てゐて、なんだかなあ、日本のドラマとどうしてかう(良い方向で)違ふのだらうね。ジェド・バートレット大統領役のマーティン・シーンはこのたびのイラク戦に対して反戦的な言動をしてをり、降板圧力がかかつたと本人があかしてゐる)。このドラマ、日本では視聴率的にどうだつたんだらう。次シーズン以降もぜひ放送を続けて願いたい。…といふより早く続きを見せろ、と暴れたいっ\(><@)/。実は暗殺者集団に大統領側が狙撃されるシーンでブラックアウト。これで秋まで待つなんて…。
現実とのクロスという点では、もちろん現実とはいろいろ違ふのだらうが、大統領制といふ議会民主主義制とはまつたく違ふ政治体制の仕組みや内幕、その雰囲気、といふものを、ドラマを通じて少し理解できた気もする。とつても気に入つてる良いドラマなんだけれど吉田栄作のロブ・ロウ吹き替へだけは最後までしつくりきませんでした。へた。
雨。午後一時止み間あるも細かい雨が降り続く。訃報に驚く。俳優の古尾谷雅人さんがマンションの自宅で亡くなつてゐたのを家族が見つけて警察に連絡、警視庁は自殺と見てゐる……ツて(asahi.com http://www.asahi.com/national/update/0325/025.html)。45歳。どうして。また、天本英世さんご葬儀関連ニュースでお元気な頃の映像が流されてゐるのを見て、辛くなつた。23日死去、77歳。ロルカの詩をスペイン語で朗々と。あの方は才人であつたと思ふ。子供心に、スナフキンとイメージを重ねてみたりもしたつけ(としをとつたスナフキン)。遺骨は生前の意思により、スペインの川に流されるといふことだ。■朝:昨晩の残り物。昼:小うどん。夕:じゃこごはん、ロールキャベツ、サラダ菜、レンコンとポテトサラダ。
テレビの向こうでは評論家がアメリカの歴史がどうの、この戦争がどうのとか言っているけど僕はこの場から言いたかった。歴史?戦争?関係ねえよ。人殺しだよ。戦争だよ。帰れるものなら帰りたい。出れるものなら出たい。もう充分働いた気がする。今は何とか生きて帰って日本で僕が体験したことを伝えたい。僕の口から伝えたい。軍事評論家が偉そうに言ってるけど、お前ら戦争を経験したのかと問いたい。1発1発爆弾が落ちてくる。そんな恐怖も体験したことの無い人に、やるべき戦争だとか言っているやつを張り倒したい。今それを一番言いたい。現実を知らぬのに戦争を肯定したり、反対したり、いい加減なことを言うなと言いたい。この爆撃の「上」でなく「下」にいた者にしか言えない事がある。
久保田弘信氏のホームページ フォトレポート:イラク日記 2003年3月 「2003年3月23日 - 昨日までの空爆がお遊びの様なすさまじい爆撃」より
久保田氏のこのパラグラフのうち後段、特に最後の一文に対して思ふのだけれど、気分としては氏の言い分をなんだか理解できるやうに思ふ。気分として、とか、思ふ、とか書いてしまふのはわたしが雑多な頭の持ち主であることと自分の中でまだきちんと「落として」おけていない事項に関連してゐることだからだ。まだ整理できていない、ゆえに言語化と論理化を行ふことがあまりできない。でも忘れないやうに書いておこうと思ふ。自分の体験を貧しく持ちだしてしまつてそのことにいささか恥じらひはあるのだけれど、阪神大震災のときに被災地のなかにゐて、まさに震災直後、生きることに苦心してゐたときに(そしてあとで思へば動転しパニックになつてゐたときに)、外からの「無責任」で「客観的」な震災報道に非常にいらついた、怒りを覚えた経験がわたしにもあるのだつた。地震の起こつたメカニズムは、震災の復興はどのくらいかかるか、費用は、このやうな地震が東京でも起こるのか…。知つたことか、なんで東京のことなんか心配するんだ、それよりも今、こつちがどうなつてゐるのかの方が大事だ、と思ひましたよ。こつちでは生の食べ物に飢へてゐてそんなのはまし、避難所のいくつかには食べ物がなく空腹で寝なくてはならないともいはれていたときに、とある大新聞は夕刊にハンバーガーを粗末にするネタの四コマ漫画を載せたりもした。カリカリして大人げないと自分でも思つたけれど看過出来なかつた。抗議の電話をしてしまつた。
今、思ふのだけれど、それでもやつぱり内にゐて見えること分かることはたくさんあるのだけれど、しかし内にゐては見えないこと、考えられないことはたくさんあるのだね。どうしても自分が生きるための本能が働く。近視眼的になる。パニックになってる、全方位的にアンテナをはりめぐらすことはやつぱりできない…。だからそのときそのときに同時進行で外からも、外からでしか見ることのできない大局を伝える報道、客観報道や分析報道が行はれることは大切で、あるべきことだと思ふのだね。でもなぜ内でそれを聴いていらついてしまふのか。どういうニュースで怒りを覚えてしまつたのかを振り返ると、そこに痛みがない報道に対してだつたやうに思ふのね。痛み。それは、ひとごとぢやないでしょ自分にだつて起こりうることなんだから、といふのとは違ふ。さういふふうにはわたしはあまり思はない。自分に起こつたことだつたらと思つたらそんなことは言へないはずだ、といふのとも違ふ。…さうぢやなくて、今のすべてを自分のほんのわずかの一部として捉へてしまへないだらうか、といふ感じか。宮澤賢治曰く有機交流電燈の明滅。同じ人間といふ種族、いま、地球に生きてゐるもの、細胞から成り立つてゐるもの…。五十億分の一くらいかもしれない、だけれどもひとかけら自分につながつていないか、いやむしろ自分「が」つながつていないか。それらがどこかで失はれ、愚かしい行為で失はれ、苦しんでゐる。そこで痛みを感じるのだつた、さういふたぐいの痛みのない言動に、わたしは怒りを感じた気がする。
あと簡単に。もちろん同じ体験をした人同士でしか分からないことはたくさんあるので(家族でも)、ときに絶望的になつてしまふこと、諦めてしまふことがあるが…、だからといつて体験者は特権者ではない。実際にさうではないのだ。特権者となつてはいけない、さう思つてもならない。サバイバーはサバイバーでしかなく、貴重な体験者でありときに尊敬されもするだらうが、特権意識を持つてはいけない。語り部となるのはその体験を直接はしなかつた多くのひとによつて語り継がれるべきだからなのだ。
晴れのち曇り、夜遅くなって雨。昨日のくたびれが出て軽く頭痛。第75回アカデミー賞授賞式をWOWOWでたらたらと見る。地味に、ということだったが服装などは思つたよりもいつも通り…日本人の一般庶民(笑)であるわたしには十分派手に見えるが、たぶんやつぱり地味なんだらう、色合いが全体にトーン暗め。黒のドレスも多い。会場のコダックシアター前の赤絨毯のインタビュー廃止(ABCの単独インタビューのみ)、入口を囲む一般人の見物席なし。会場内、出席者がいくぶん少なく見える。授賞はアカデミー賞長編アニメ映画賞からスタート。ノミネート作品紹介で会場からいちばん拍手と歓声が多かつた宮崎駿『千と千尋の神隠し』が受賞!(英訳タイトルSPIRITED AWAY)。やツた!めでたい!プレゼンターはキャメロン・ディアス、彼女が封をあけるときにはちょっとどきどきしちゃいました。スタジオジブリ側は授賞式を欠席してゐたので彼女が祝辞を言つて引っ込んでおしまい。うーん、せつかくなのに寂しいといふか残念だつたな。Oscar Night WINNERS LIST。マイケル・ムーアの受賞コメントで感謝から一転、強烈にブッシュ批判(会場から猛烈なブーイングとそれにかき消されるやうな拍手。偽の選挙で選ばれた偽の大統領。ドキュメンタリーはフィクションではない。この戦争はフィクションのような根拠しかない。「ブッシュ大統領、戦争反対です。恥を知れ」「ローマ法皇とディクシー・チックスに批判されるやうならもう終わりだ」。■朝:ソーセージパン、野菜ジュース。昼:うめがゆ、ミニトマト。夕:ごはん、青梗菜のおひたし、湯豆腐、根菜のお味噌汁。
晴れ。朝から夕方まで芸術館で例会、フェスティバル演奏曲を合はせる。ソロの割り振り。吉野屋で「牛皿」を買つて帰り、圧力鍋で御飯を炊いて晩ご飯。鍋で炊くと、(古びていささかくたびれてきた)炊飯器で炊いたものよりふつくらとして米一粒一粒がつややかで、ずつと美味い。のは分かつてゐるのだが、いかんせん留守の間にセット、とかできないわけで、だから毎日はさうできないんだなあ。美味しいから食が進んでばくばく食べてしまふのも問題ありだし。イラク戦況は一方で情報戦の体をなしてきてゐる。ニュースはどんどん入つてくるが大本営発表の分はどうやら信用ならないやうだ(ウンムカスル攻防、ほか)。情報の取捨選択が難しい。■朝:昨晩の残り物。昼:カレーランチ。夕:吉野屋の牛皿、ブロッコリーのサラダ、卵スープ。
21日付に書いた「大規模な空爆」のはなしの続き。気がついたことをメモしておく。
激しい空爆(映像)の直後にホワイトハウスではフライシャー報道官、ペンタゴンではラムズフェルド国防長官とマイヤーズ統合参謀本部長の記者会見。記者団からの質問は意外なほど批判的で厳しかつた。どう見たつて第二次世界大戦の日本への空襲やらD-dayやら思はせる絵だつたのだもの。「イラクへのいぢめではないのか」といつた質問も。当時とは全く爆弾の性能が違ふ、第二次世界大戦は絨毯爆撃だつたが今は精選されたピンポイントの攻撃が可能な精密な爆弾、一般市民には犠牲が出ない、同じにするな、とラムズフェルドは強い口調で。ああ、A-day、といふのだそうだ、今回のこの空爆と地上戦突入の日は。
意外な、のもうひとつ。CNNなど現地リポーターからのリポートが入るアメリカのテレビニュースで、彼らリポーター自身が身の危険を感じつつ空襲が理不尽に残酷であることを口にする、そのことでずいぶん反戦トーンや懐疑的空気(この戦争は間違ひだつたのではないか?我々は取り返しのつかないことをはじめてしまつたのではないか?)が強くなる時間帯がある。どの局も多かれ少なかれさう。ところが、さういふふうになつたあとは必ず反動のように作戦に従事して無事帰艦したパイロットなど軍人が出てきて従軍記者がインタビュー。「作戦は成功してゐます」「あなたたちは英雄だ、がんばつてください」、そんな話になる。戦争に勝利してゐること、正しい戦争であることに話が(雰囲気が)戻る。戻す。
ブッシュは公に姿を出さない。先ほどの空爆の映像を大統領はご覧になつてゐたか、といふ記者団の質問の回答。ブッシュはあまりテレビを―戦況を伝へるテレビを―観てゐない。空爆の中継も観てゐたかどうか分からない、とフライシャー報道官。驚いた口調であれこれそのことについて質問する記者団。どういふ状況になつてゐるのか大統領はご存じないのでは?「戦争をしている国の元首としていかがなものか?」といつたやうなニュアンス。それで戦争が出来るのか?テレビ映像を見なくても大統領には戦況の情報は入るのだ、とフライシャー報道官はいふ。ブッシュ大統領の通常の就寝時間は夜9時半、朝5時半起床らしい(朝日新聞3/21)。
湾岸戦争のときと違ふ点。通信機器の飛躍的な進歩。現地リポートが(ときにはゲリラ的に)入る。インターネットやビデオフォン。同じくインターネットを使つて、多くのひとが自分の考へや思ひを発したり、他人の意見を読んだりして、考へるための「種(タネ)」を増やそうとしてゐるし、さうすることができてゐるやうに思ふ。
ありがとう、再び私たちに、たとえ私たちのことばが聞き届けられることがなくとも、少なくとも自分は黙ってはいなかったのだ、と感じさせてくれて―それは将来において、私たちにより以上の力をあたえてくれることになる。
朝日新聞2003.3.19夕刊第9面(東京本社版)掲載 パウロ・コエーリョ『「ありがとう、ブッシュ大統領」―私たちを無視し、反対者を除け者にし、無力感といかに戦うかを教えてくれて。』
晴れ。風弱く穏やかである。花粉は多く飛んでいるやうだ。
今は22日午前3時25分。バグダッドに「大規模な空爆」。どうして「空襲」と呼ばないのだらう。朝起きたら地上戦が始まつてゐたのだつた。そして今もまだ起きてゐて、なんで起きてゐるかといふとぼんやりテレビを観てゐるのだった。午前2時過ぎからバグダッドに大規模な空襲。「衝撃と恐怖」作戦といふらしい。相手の戦闘意欲をそぐための空襲。モデルはヒロシマ・ナガサキ。どんな原因があれいまバグダッドが燃えてゐるのはアメリカのもたらしたわざはひだ。
○映画『突入せよ!「あさま山荘」事件』(2002・日本、原田眞人脚本・監督、役所広司/藤田まこと/宇崎竜童/天海祐希/伊武雅刀/串田和美/篠井英介ほか)を、レンタルDVDで観たことをとりあえずメモ。けっこう面白かったのである。というとあの事件に対して語弊があるかもしれないが、演出に工夫があり存外軽やかな「娯楽作品」に仕立ててあったのでやはり「面白かった」のである。ひやひやはらはらし、笑い、そしてひやひやという感じ。内容という点からだと「興味深い」というべきか。ただこの映画はあくまで「あさま山荘」事件の映画、人質救出作戦をする警察の立場のみのはなしであり、当時の社会情勢も含めた全体像を捉えられる前知識がある程度ないと、ヘタするとこれはどういう話を描いた何の映画かも分からないだろうなと思う。「あさま山荘事件」をめぐる記憶を前提として共有してこその映画かもしれない。この映画の語らぬところは多い。佐々淳行コメンタリーでもういちど見直してから、感想は後日(…と思ったのだが、叶わぬまま返却期日が来て返してしまった。3/26)。佐々淳行氏の原作(『連合赤軍「あさま山荘」事件―実戦「危機管理」』文春文庫)の映画化。佐々氏を役所広司、後藤田長官(当時)を藤田まこと。133分。
サッカー日本代表のアメリカ遠征中止に。
晴れ。北風強し。マンションのすぐ前の道を歩いて数分のところに、地域最大のショッピングセンターが今日オープン。朝10時、道は大渋滞。1時間ほど経つてみてもさつき目にした車はぴくりとも動いてゐない。やれやれ。この「10時」は、最後通告のタイムリミットでもある。
空爆開始。11:30すぎ、バグダッドで空襲警報が鳴り地上から対空砲火が始まる。飛行機の姿は見えないが、飛行音と爆撃音が間断的に聞こえる。とフジテレビやアルジャジーラテレビの現地リポーター。夜明け前の現地は映像を見る限り薄曇りのよう。
フライシャー報道官がホワイトハウスブリーフィングルームで「武装解除を開始した」とひとこと発表。つまり軍事行動をはじめたのだ。30分後にブッシュ大統領が演説するとのこと。11:45ごろ。
ミサイルが街に落ちた模様。一瞬、炎が見える。11:51。トマホークミサイルらしい。イラク幹部集まる拠点を攻撃、とホワイトハウスからの情報。街の明かりはついたまま。イラクは灯火管制をしていない。
夜明け。バグダッドから鳥のさえずりが聞こえる。今、しーんと静まり返っている。
ブッシュ大統領演説。12:15から執務室?の机ごしに4分間ほど。米英軍はイラク武装解除の初期段階にある。選ばれた攻撃ターゲットのみを攻撃している。イラクの安全と自由を守るための行動。解放と武装解除のための第一歩をはじめた、みたいなこと。今回のアメリカの行動には35ヶ国以上の支持があり、それらの国はアメリカともに勇気ある行動していること。神のご加護を。
日本テレビが伝えるところによると、正午頃イラク国営ラジオがアメリカ軍に電波ジャックされた模様。「この日こそ待ちかねていた日である」というメッセージが流された。
13:15から小泉首相が記者会見すると発表あり。日本には11:30ごろ小泉首相に、アーミテージ副長官から事前電話連絡。テロ警備を厳重に。米軍横田基地など。
そして首相官邸会見場で記者会見。骨子。今回のイラク攻撃は湾岸戦争に端を発している。停戦の条件を12年間守らなかったイラクが悪い。国連決議を無視して愚弄してきた。それゆえ米英の決断を支持する。9.11テロ以来、大量破壊兵器への意識が変わった。人々の感じる恐怖がより大きくなった。国際社会は大量破壊兵器に対する監視を強めていかねばならない。テロは民間航空機ハイジャックで起こされ罪のない人々が多く殺された。今後、テロ実行犯や独裁者の手に大量破壊兵器がわたるとどうなるか。大惨事が起こる。国際社会はそういう事態を防がねばならない。日本もひとごとではないのだ。イラクは軍事的圧力をかけないと協力してくれない。(ブッシュ大統領のイラクの民主化と自由のための戦いであるとする姿勢を確認する文言)。イラクがまねいたやむを得ない武力行使。日本は米国の立場を理解し支持する。国際協調体制と日米同盟関係が戦後の日本の二本柱。日本は戦前の反省をふまえ、国際的に孤立することは避けねばならない。重要な友好同盟を保たねばならない。それが国際協調体制を堅持していくことだ。日本は米国の立場を支持するが、武力行使はせず戦闘行為には参加しない。戦後復興支援や周辺諸国への人道支援など出来ることを協力する。世界各国やアラブ諸国、イスラム諸国の連携と友好をはかって国際協調のために力を尽くす。アメリカは、日本への攻撃はアメリカへの攻撃と見なす、と明言している。アメリカは、日本への攻撃はアメリカへの攻撃と見なす、とはっきり言っている。そのことばが、日本を攻撃しようと思ういかなる国にとっても大きな抑止力となっていることを日本国民は忘れてはならない。日本は日米同盟関係と国際協調を両立させていく…。
演説は15分ほどで終了しその後、記者との質疑応答。北朝鮮問題との関係。北朝鮮に脅威を感じている国民は多いと思う。日米同盟関係が有効に機能していると思う。北朝鮮が暴発しないような努力をアメリカ韓国と緊密な連携を元にとっていく必要がある。脅威をなくしていく対応をとる。
外電によるとアフガニスタン・カンダハール郊外の「アルカイダの潜入地」も米軍により空爆された模様。
きれいに晴れていたのが西から少し雲が出てきた。3月20日は地下鉄サリン事件が起こった日でもある(1995年)。東京の友人がもう少しで巻き込まれるところだった。彼女はたまたま、その日だけ通勤時間をずらしていたのだ。神戸にいたわたしに彼女から午後、電話がかかってきて「大丈夫だった」とせき込んで話すのだけれど、わたしはそんなおおごとなことだったとは今一つ理解できずにいて、なぜわざわざ勤務中なのに電話をくれたのかと思いながら近況報告など他愛ない話もして笑ったり少しぼんやりした受け答えをしてしまったのだ。そのときの彼女が感じていた恐怖感やパニックをわたしはきちんと理解できていなかった。慰めのことばも軽く言ってしまったように思う。被害にあった彼女の同僚の人たちのことを慮った内容をわたしは言っただろうか。
今でも悔いの残ることだ。
フセイン大統領テレビ演説。14:30ごろフセイン大統領がイラク国営テレビで演説。録画か生かは不明。軍服を着て(頭にはベレー帽)、老眼鏡らしき眼鏡をかけ、レポート用紙をめくりめくりメッセージを読み上げるかたち。頬の弛みも目立ち老け込んだ印象を受けてしまう(はたしてこれは本人なのか?)。イラクに対する残虐行為の非難、世界へ向けての糾弾。侵略者を言葉を尽くして糾弾。イラク国民に向けて徹底抗戦と奮起を、軍隊には強い結団を促すメッセージらしきものを言っている。イラクは勝利者となる、国家と人道主義が勝利をおさめる。
とここまで、直接アラビア語の同時通訳をつけていたフジテレビは途中から通訳が追いつかず何を言っているか全然理解不能になる:-p。英語の同時通訳からさらに日本語通訳をしている局に切り替えてやっとフセインが何を言っているかわかった。イスラエル(シオニスト)への非難。この攻撃はアラブ諸国に対する犯罪であるとも。パレスチナ、イラク万歳。げ、ジハードを宣誓している。
ワレハニホンジン。あー日本もアメリカ支持国なんだよなあ。我々もするりと戦争状態に入ったんじゃねーか、とか思い始めるとぞっとした。支持してる同盟国なんだもん、そう見なされても仕方ない。勝手に支持しやがって、国民と政府の乖離は、とは思うが、そういうのはいつものことで慣れっこにならされてしまっているのだ。じゃあこういう国になってしまっているのはなんでなんか、だれのせいかというと…。政治家を選んだ国民、日本国そのものの仕組み、歴史、地理的要件などなど。戦前までさかのぼって考えてみるとこうなったのは仕方ないようにも思える(もちろん違う選択肢もいろいろ途中途中であったが、選んでこなかった)。「国」にも因果があるのか。
国内外の戦争の影響。株価は急騰。ドル高がすすんだせいで円安に。TDLでは開園以来はじめて来園者の手荷物検査を行う。イラク情勢が落ち着くまで。USJもガードマンを大幅増員、爆弾物を警戒して駐車中の車輌底部をのぞき込むなど厳しいチェック。厳戒態勢とのこと(こちらは手荷物検査のニュースはまだ聞かない)。マリナーズ日本開幕戦中止(昨日決定)。23日のアカデミー賞授賞式も地味に。米国では、反戦表明や大統領批判をした歌手・俳優に厳しい風当たり。不買運動や降板圧力。ディクシー・チックス、マーチン・シーン、ショーン・ペンほか…。
私事では、5月にマンドリン仲間が行く予定のアメリカ演奏旅行が中止になりそうで、気をもんでしまう。ここ数ヶ月ずっと準備していたことだったのだ。
晴れ。★高村薫『マークスの山』(講談社文庫全2冊、2003.1、上ISBN:4-06-273491-5)[bk1:(上) (下)/amazon:(上) (下)]、(上)のろのろと読書中。これまでの感想は3/16。第二章。殺しの捜索中で、合田を主人公に警察小説っぽい場面が続いている。文体。句点から句点までセンテンスの長いこと。その長さは谷崎的だが谷崎ほど洗練されてこなれた文章ではない。ただその長さ故つらりつらりと読んでいかねばならず、本の世界、作者の頭の中のワールドにますます巻き込まれていく。そんな文体はたぶん単行本時とかなり変わっているのだろうと想うのだけれど、沈鬱でハードな肌触りは変わらない、というよりも、文章が技巧的に巧みになっている分だけ、かえって重くなっているくらいなんじゃないか。おもろ。
曇りのち雨。
これが日常なのだ。ブッシュ演説。日本時間午前10時(ワシントン・ホワイトハウス午後8時)から10分間ほど、ブッシュ大統領が最後通告の演説をする。武力行使までの猶予時間は48時間。48時間以内にサダム・フセイン大統領と二人の息子たちがイラクを退去することが武力行使回避の条件。フセイン大統領が退去すればイラクに解放の日が訪れると。同時通訳を介して聴いたんだけれどなんだか話の筋や具体的な細かいことはよくわからなかつた。といつても原語のままではよけいわからないのだが。演説発表後、ABCニュースをぼんやり観る。あるキャスターの分析として、アメリカがイラクを攻撃することの正当性を確立するためには以下の3条件が不可欠、と(アメリカABCニュースより)。
小泉首相の支持表明。小泉総理大臣は午後1時過ぎに首相官邸で記者団のインタビューに応じ、「ブッシュ大統領支持」と言明した。以下骨子。米国支持の理由。大量破壊兵器の脅威に対する対抗措置(大量破壊兵器によつて何万人、何十万人と死ぬかもしれないことを考へればひとごとではない)と、日米同盟を重視する観点から。日米友好関係を損なはないことが国益にかなふと。よつて米英がやむを得ず武力行使に踏み切つても日本は米英の決断を支持する。この点は今後、日本国民に理解してもらへるよう説明していく。ただし日本は戦闘行為に参加しない、国際協調とイラク戦後復興には協力していく。
中島みゆき「地上の星/ヘッドライト・テールライト」ミリオン達成。3月24日付オリコン調べによる。139週で達成は史上最長記録。あーまた記録だ(笑)。夜はドラマ「僕の生きる道」最終回。中村秀雄先生の最後のことばは「砂肝」。みどり先生とのフラッシュバック(それの最後が、最初のデート(?)の焼き鳥屋のシーン)に泣いた。丁寧で美しい日本語。久々に本当に心からええドラマやつた、と思つたのである。
雨のち曇り。真冬の寒さが空気が湿つてゐるので体にぴりぴり凍みてくる感じ。一日中薄暗くてなんだか気が滅入つて仕方がなかつたのである。携帯メールにはどばどばと「出会い系」からのスパムメール。いちどに一業者が5,6通は送りつけてくる、もーあほか。
16日、アメリカ、イギリス、スペイン(+ポルトガル?記者会見には4カ国の首脳がいたが…)の首脳がポルトガル領のリゾート地・アゾレス諸島にある米空軍基地に集まつて会談。イラクをめぐる外交努力は17日を期限に打ち切ることで合意したと発表した。アメリカのABCニュースを見てゐて驚いた。彼らが伝へるに、アメリカがこの戦争を行ふのはイラクを自由な民主主義国家にし、抑圧されてゐイラクの人民、経済封鎖で大勢死んでいく子供たちを救ふためなのだ、といふのだ。戦争で死ぬ民間人の数よりも、経済封鎖の影響で死んでいく子供たちの数はずつと多いのだといふのだ。このかはいさうな子供たちの姿を見よ、とやせ細つた子供の写真を大写しにする。が、劣化ウラン弾の影響で癌や白血病などに苦しんでゐる子供が年々増加してゐることはひとことも言はない。
薄曇り、午後から雨。
★高村薫『マークスの山』(上)(講談社文庫全2冊、2003.1、上ISBN4-06-273491-5)[bk1:(上) (下)/amazon:(上) (下)]を数日前から読んでいる。まだ上の第一章「播種」を読み終えたところ(p.108)なので突っ込んだ感想は書けないのだが、ぐいぐいと読み進められて読んだとたんに作品にのめり込んでしまう魅力があり退屈を覚えない。展開に工夫もあり、やはり図抜けてすばらしい作品であると思う。
これは'93年に単行本で出された『マークスの山』(早川書房、ISBN:4152035536。直木賞受賞作)の文庫化で、文庫化されるにあたり作者によって全面改稿されているのだった。手元に単行本がないので直接に比較ができないのだが、確かに感じることは、文庫では詩的ともいえるほど文章がこなれている、ということ。高村氏独特の重く沈鬱なトーンではあるのだけれども、丸く丁寧に整えられている。漢字の使用比率が単行本に比べておそらく下がっているのだろうと思うし、そして比喩が非常に詩的だ。おこがましいことを言うならば格段に文章が「上達」しており、ギクシャクしたところがなくなっているから読みやすくもなっている、と思う。この文体の変化は、同じく1993年に出された『地を這う虫』の全面改稿文庫本(文春文庫、1999.5、ISBN4-16-761601-7。レビュー)ぐらいからわたしには如実に感じられはじめたものである。
曇り時々雨。寝惚けてしまふ。ネットを彷徨つてゐてグリーンスタジアム神戸が今年のシーズンから「YAHOO!BBスタジアム」に名前が変わることになつたのを知る。この球場は神戸市須磨区・神戸総合運動公園内にあるオリックス・ブルーウェーブのホームグラウンド。神戸市が所有し、運営管理をオリックス野球クラブに委託してゐる。知らんかつた。命名権(ネーミングライツ)が売りに出されてゐることすら知らんかつた。ショックである。ソフトバンクが神戸市から購入した命名権は2億円(想像よりも安い)で2年かぁ…。神戸の母に電話して確かめたら今日の新聞の一面にデカデカ載つてをりそれで知つたといふ。野球好きだがファンといふわけではない普通一般の市民には寝耳に水の話だつたのかな。2005年までの震災復興計画の最後の2年間をソフトバンクが支援する、といつた名目があるのだとか(関連記事:朝日新聞asahi.com3/15 グリーンスタジアムが「YAHOO!BBスタジアム」に)。グリーンスタジアムには神戸に居たときにはオープン戦からシーズンからオールスターから、真剣な観戦だつたり割引券が当選してだつたりで、ビールとチキンスティックを楽しみにわりに行つてたんだけど、緑がきれいで空も見えて芝もきれいな良い球場です。いかんせん街の中心地から離れてゐるのとパ・リーグであること、んでBWの成績がすツっかりショボくさくなつてることがなあ…。
晴れのち曇り。昨日までよりも少し暖かい。練習で失敗しやや沈んだ気持ちで帰宅。検索しに行つたGoogleのホリデイ・ロゴに笑ひ、ハッピー目盛りが2くらいあがつた。E=mc2、アインシュタインの愉快なロゴ。Alebert Einstein(1879.3.14 - 1955.4.18)。1999〜2002年のホリデイ・ロゴ→ More Google: Holiday Logos。
薄曇り。どうも体がすつきりしない。富士市で大きな事故。午後3時半頃、解体中のビルの外壁が崩壊し建物横の商店街の道路に鉄骨等構造物が落下、信号待ちで停車中の自動車2台が押しつぶされるなどし死傷者(死者3名、重軽傷者3名…3/19その後、重体の方が亡くなつて死者4名となつた)が出た。なんとも痛ましい。
ひとごとでないやうに思へてぞつとする。うちのあたりは塩害がひどく、駅前の人通りの非常に多い歩道橋などでもひどいさびさびで、どう見てもたわんでるとしか思へないものもある。手入れも悪い。ペンキ塗り替へやさび止め処置といった保全作業をきちんと行つてゐるのだらうか。つけかえの陳情運動などあるようなんだけれども…何かあつてからでは遅いのだな。昼に地震があつたりし、ヒヤリとすることが多い一日だつた。
過去ログを整理してゐたところ、ユリイカ2000年3月臨時増刊『総特集=村上春樹を読む』の感想が出てきたのでクリップ。
○入手・読了 ユリイカ3月臨時増刊『総特集=村上春樹を読む』(青土社)…うーん…『アンダーグラウンド』に関することなどはわたしの読後感と似た論調の文が多かった。しかし一方で『神の子どもたちはみな踊る』についての評論にはどれも物足りなさを感じた。
「地震」は単に連作の連結装置ではない。やはり彼にとってはすでに喪失し、もう戻ることはないであろう地であっても、神戸や芦屋が「故郷」であるということは重大な要素。その故郷が壊滅的に破壊されている様子を「外から」見ることは主題となりうる深い出来事だとわたしには思える。外から見たからこそ、このような形の小説となったのだと言えるのではないか。震災直後、地元にいれば感じることが出来た奇妙なユートピア的・共同体感覚は外からは感じることは出来なかっただろう。それに実体験の被災は現実に追われる。概念としての「被災」のほうが逆に精神的に追いつめられるのではないか。とこれはわたし個人の体験から思うこと。
切り離されていることによってより強く感じる、災害の巨大さ、暴力的破壊力、荒廃。『蜂蜜パイ』(連作集『神の子どもたちはみな踊る』所収)に書かれている「深い孤絶」(P.190)は全作品に敷衍しているのだ。その点を意識して読むとテキストとして違う読み方が出来ると思うのだが。なお川本三郎・川崎賢子両氏の対談でのこの小説への言及にはわりと共感できた。そのなかから一カ所、p.42、川本氏の発言より。
チェーホフの劇のことをよく「静劇」と言いますね。舞台上に見えるところには何も起こっていないんだけれども、その背後のところではものすごく大きなことが起こっている。村上さんの小説は、すごくそれを思い出させて、何も起こっていないけれども、見えないところでなにかが起こっている。今度の小説も、なまなましい地震のことは何も書かれていなくて、地震そのものはすべての背景にあり、テレビで見る情報であるとかいった間接的な話題で語られている。前面で行われているのは全然地震とは関係のない劇だけれど、その背後にはいつも地震が見えている。まさにチェーホフの「静劇」を思わせるような、技巧的なうまさを感じますね。
(2000.4.4)
当時の記憶のフリーズパックだ。2003.3.13現在では、上のやうな文章を本当に自分が書いたのだらうか?と思うほど、読んでどう感じたかを忘れてしまつてゐる。あのころは震災の記憶と衝撃が今よりもまだ生々しく残つてゐて、「世間」に対して率直に怒りのやうなものを感じてゐたのだと思ふ。
WAR IS OVER! (IF YOU WANT IT) 2002 http://suchi.srs.ne.jp/today/wio2002/。
晴れのち曇り。
想像力の代償は…○映画『レッド・ドラゴン』RED DRAGON(2002・米、ブレット・ラトナー監督、テッド・タリー脚本、アンソニー・ホプキンス/エドワード・ノートンほか)感想拾遺。3/9に書いた感想メモの落ち穂拾い。
強く印象に残った台詞がある。といっても台詞回しを正確に記憶できていないのだが、レクター(アンソニー・ホプキンス)がウィル・グレアム(エドワード・ノートン)に向かって言った「想像力の代償は恐怖だ」といったことばだ。原作ではどうだろうと探してみたら、ハヤカワ文庫NV旧版(上)p.270に精神科医のブルーム博士とクロフォードFBI捜査官がグレアムについて語っているシーンに出てきていた。
「(前略)誤解されたくないし、普通なら口にしないんだが、このさいあんたが知っておかなくちゃいかんから言うけど……ウィルをいちばん強く駆りたててるのは何だと思う?」
クロフォードは首を横に振る。
「恐怖心さ、ジャック。彼はものすごい量の恐怖と取っ組んでるんだよ」
「傷を負わされたからか?」
「いや、ともかぎらん。恐怖は想像力から生じるものでね……一種のペナルティー、想像力の代償というわけだ」トマス・ハリス『レッド・ドラゴン』(上)p.270(ハヤカワ文庫NV554 [ISBN:4150405549]
印象に残ったのは、わたし自身が(グレアムと比ぶべくもないが)わりに先回り的なシュミレート、もしくは過去のあれこれを再体験的に思う、などなにかと想像するたち、想像してその結果におびえることが多い質だからだ。自分のことを語られたような気が少しした。先を想像することについて、プラスとマイナスをいくつかごく簡単にいおう。プラスの点としては現在わかっていることを材料として想像し、幾通りかシュミレートすることでこれから進むべき道を選び取りやすくなる利点がある。楽しみが膨らむ利点もあるし、覚悟を決めて落ち着いて歩める点もある。が、マイナスも非常に大きい。想像は所詮独断であり想像した結果は現実と違うかもしれない危険性、結果におびえてしまう危険性(だから、つまらないことをするためにも『勇気』が必要になる)、人を操っているように受け取られること、心身消耗すること、などがあるように思う。この、自分の身に引きつけて受け止められたことまず一点あげておく。
そして印象に残った理由の二点目としては、単に小説の、映画のなかの言葉ではあるのだが鋭く「真実」をついていると思ったから。古今東西の…そして昨今の世界情勢を示していると強く思えたのだ。イラク攻撃の理由としてのアメリカの「言い分」…テロや大量破壊兵器の使用を未然に防ぐための先制攻撃とはすなわちテロへの恐怖、「次に起こされるかもしれない」テロを想像する想像力からくる恐怖といえるのではないだろうか。
晴れ。今日も昨日に増して寒い。週末遊びすぎたので用がいろいろ溜まつてゐる。
タマちゃん危うし。帷子川護岸でひなたぼツこ中に網で捕捉されそうになり、慌てて下流に逃れた。捕獲しようとしたのは自然団体(?)の「タマちゃんのことを想う会」と、その会が協力を要請したアメリカの動物保護団体(MARINE ANIMAL LIFELINE、マリンアニマル・ライフライン。この団体自体は活動を評価されてゐる著名な団体)。無茶やるなあ。今回の保護を主張した団体の言ひ分は、「タマちゃんはアザラシの本来の姿よりもやせてゐる、汚い川にゐることで病気になる、だから捕獲する」「タマちゃんを群に戻し、北極海の本来の生息地に連れ戻す」といふものであったが、をかしい。
などにより、今回の「タマちゃんのことを想う会」の捕獲作戦は人間の誤ったエゴからの行動だと考へざるを得ず、無茶であると言い切つて良いと思ふ。もしも本当に捕獲したかつたのであれば専門家に相談のうえ、河川を管理する機関にきちんと届け出をだし(今回は川底調査という虚偽の届け出をしてゐた)、水族館または動物園などの協力を仰いで捕獲するべきなのではないか。
晴れ。厳しい寒さ。大山の雪。いつたん消ていたのがまた白く光つてゐるのが見える。富士山も真白にすぐそばにあるみたいで、つまり風が強く空気が澄んでいるのだ。
○映画『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』THE LORD OF THE RINGS:THE TWO TOWERS(2002・米、ピーター・ジャクソン監督、フラン・ウォルシュ/フィリッパ・ボウエン/スティーブン・シンクレア/ピータ・ジャクソン脚本、イライジャ・ウッド/イアン・マッケラン/ヴィゴ・モーテンセン/ショーン・アステン/ジョン・リス=デイヴィス/ビリー・ボイド/ドミニク・モナハン/オーランド・ブルーム/リヴ・タイラー/ケイト・ブランシェット/クリストファー・リー/ミランダ・オットー/バーナード・ヒル ほか)。マイカル・シネマズで字幕版を観る。映画『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の第二部で、前作は昨年公開の「旅の仲間」、次作は来年公開される「王の帰還」である。映画サブタイトルの「二つの塔」とは、白の魔法使いサルマンの支配するアイゼンガルドのオルサンクの塔と、冥王サウロンのモルドールの暗黒の塔バラド=ドゥアのこと(あれ?わたしはてっきり、原作を読んで二つの塔とはゴンドールのミナス・ティリスと、それに対してのバラド=ドゥアのことだと思ってしまっていた。大間違いの勘違いしていたのか。それとも原作と映画では違うのかしら)※(注)。
※注 読んでくださった方からご教示をいただく。映画『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』では「二つの塔」とはオルサンクとバラド=ドゥアのこと、原作『指輪物語』ではオルサンクとミナス・モルグルのことを指すのだそうだ(ありがとうございました)。その点でいうと確かにそもそも今回、映画ではミナス・モルグルに至るところまで話が及んでいないのであった(フロド・サムのパートは原作よりも話が進むペースが遅い)。アイゼンガルド/オルサンクの塔が話の中心、バラド=ドゥアもちらちらと出てくるという感じ。
いっぽう、原作をざっと読み返したところ、第一部「旅の仲間」(下)の終わりに「二つの塔」について述べられている箇所があった。以下、メモとして引用しておく。
第二部は「二つの塔」と呼ばれる。そこに物語られる事件が、サルマンの本拠オルサンクの砦とモルドール国への秘密の入口を守るミナス・モルグルの砦という二つの塔によって支配されているからである。
J.R.R.トールキン『新版 指輪物語4』第一部 旅の仲間(下2)p.213より(瀬尾貞二・田中明子訳、評論社文庫、[ISBN:4566023656])
旅の仲間は前作のラストで三つのグループに分かれてしまった。今回はまさしくその続きで、(それぞれがお互いを想ってはいるが)ばらばらになってしまった彼らの三手三通りのストーリーが描かれ、それぞれの旅をカットバックでつないでいく手法がとられる。目まぐるしく、そして目が離せない。メリー・ピピン組のエントとオルサンクの塔の物語(オルサンクの塔をエントたちが大攻撃!!まで)、アラゴルン・レゴラス・ギムリとローハン王国の人々の物語(ヘルムの砦大決戦!!)、そしてフロド・サムとゴラムの苦難に満ちた道程(ファラミアとの出会い)。原作はほとんど骨だけに、といっていいほど刈り込まれ、そのうえで映画向けの肉付けをされている。で、良くも悪しくも「第二部」だったのであった。特に後半はスクリーンから目を離せなかったほど、その映像はダイナミック。次作の公開が待ち遠しくてたまらない、そのように興味を持続させる作りで、第二部の不利と退屈はそこにほとんどなかった。うまい作りだ。
いっぽうで、悪しくも、というのは、映画的にするための原作の豊かなエピソードの刈り込みによって話がわかりやすくなりすぎていたこと、第一部に出てきていて第二部でも十分重要なはずの登場人物やもの、道具などが、忙しく盛りだくさんの映画の中で「フェイドアウト」状態、登場せずじまいになってしまっていたこと…などによる。たとえばサルマンだと、印象に残るのは偉そうに振る舞っている内弁慶の姿と水浸しのアイゼンガルドを見ておろおろするばかりのシーンだけ。パランディアの石はどーなった?彼らは第三部で再び登場するだろうか?
ローハン王国の勇敢でさっぱりした人々の物語は原作でもとても好きな話の一つ。今回の映画では彼らの合戦シーンが非常に大きな見せ場となっており、やはり見応えがあった。
にしても、白人の物語だなあ、と思う。トールキンの原作からしても映画の作り手からしても当たり前といえば当たり前なのだけれど登場するのは白人ばかり、べたべたした汚れた顔に体、中世的な衣装。きっと臭いもすさまじいだろう。前作にあったような、旅の一行がほっと一息入れるくつろぎシーンはほとんどなし(あってもすぐに突発的出来事に遮られてしまう)。懐かしさやなじみを感じさせるものはほとんどなく(砦の合戦シーンに黒沢映画=日本の合戦シーンの影響があったこと、馬が崖を駆け下りるシーンで一ノ谷の合戦を連想したことがわずかに、くらいで)、これは異界の物語だと思わざるを得ず、見ていて少し精神的に疲弊してしまった。179分。長い。途中休憩が設けてあった映画が懐かしい。
映画で疲れてしまひ、寿司折りを購入して早々に帰宅。■朝:チーズクラコット、野菜ジュース。昼:かき揚げ丼、お味噌汁。夕:寿司折り、野菜サラダ、卵スープ。
晴れ。北風猛烈に強くとても寒い。Fに行つてハンズでお買い物。光るサイドテーブル9,800円。半透明のプラスティック、ガラストップ、スチール3本足。リクライナーの横に置く予定。ハンズの隣のショップでCD2枚。堕落して『The 80's』とか。猛烈に寒いし、花粉も多いのか頭がぼおツとしてくるし気が滅入ツてくるところをなんとか耐へて、映画館へ。
○映画『レッド・ドラゴン』RED DRAGON(2002・米、ブレット・ラトナー監督、テッド・タリー脚本、アンソニー・ホプキンス/エドワード・ノートンほか)。原作の枝葉を払って本筋をコンパクトにまとめた、という感じでなかなか良くできている。シンプルで力強くもあり『ハンニバル』とは全くテイストが違い、原点に戻ったのかなという感じだ。映画として「出来が良い」ものになっていた、と思った。原作よりも薄味ですっきりした終わり方。
トマス・ハリスの原作のハンニバル・レクターが登場するシリーズではこの『レッド・ドラゴン』(1981)が第一作、『羊たちの沈黙』(1988)が第二作、三作目が『ハンニバル』(1999)。かたや映画の、アンソニー・ホプキンス=ハンニバル・レクター版では、『羊たちの沈黙』(1991、ジョナサン・デミ監督、テッド・タリー脚本、ジョディ・フォスター/アンソニー・ホプキンス)『ハンニバル』(2000、リドリー・スコット監督、デビッド・マメット/スティーブン・ザイリアン脚本、アンソニー・ホプキンス/ジュリアン・ムーア)、本作『レッド・ドラゴン』(2002)の順となった。だから映画の場合のここで言う「原点」とは『羊たちの沈黙』のことであり、本作で原点に戻った気がするのはさもありなん、『羊たちの…』と同じテッド・タリーが脚本を担当しているのだった。さらに、その脚本をシンプルに、けれんみのない映像にしてみせたのがラトナーということになる。そんなこんなもからんでか、映画『レッド・ドラゴン』には原作の二作目であり映画の一作目である『羊たちの沈黙』へのアプローチが諸処に(いささかサービス過剰気味に)仕掛けてあったのだが、特にラストのそれは、アンソニー・ホプキンス自身の風貌は『羊たちの…』のときよりもぐっと年をとっているそれゆえか、『羊たち』のレクター博士に「続く」のではなく(壮年だったホプキンスに)「戻る」こと、ぐるり終わらない悪夢ウロボロスの蛇みたいなものを連想させたのだった。あざといが憎い演出である。125分。
なお、『レッド・ドラゴン』は再映画されたもので、初作は『刑事グラハム/凍りついた殺意』(1986、ディノ・デ・ラウレンティス製作、マイケル・マン監督。ビデオ題名『レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙』)である。
映画を見終はつたあとは卒倒しそうな冷え込みとなり心なしか街にも人出がずいぶん少ない。駅から少し歩いて和食魚料理の店Kでおいしく食事。春野菜の天ぷら、もちもちとした三崎産の刺身がうまかつた。■朝:フルーツグラノーラ、ヨーグルト、野菜ジュース。昼:ごはん、焼きそば、ブロッコリ。夕:料理店で魚料理あれこれ。
晴れ。わりに暖か。少しのんびり過ごす土曜日、にする。夜はNHK土曜特集でユーミンの特番。30周年かぁ…ユーミンのコンサートツアーは、ドームツアーをええと、二回?見てることになるのかな(神戸・ワールド記念ホール、横浜アリーナ)。中島みゆきに対してほどの執着はないのだけれど、好きは好きだ。中島みゆきの歌を聴くと古い歌であつてもいつも現在に心が向く。ユーミンの歌は、その当時の思ひ出に心が往く。何か強烈にノスタルジックなんだと思ふ。■朝:昨晩の残り物。昼:けつねうどん、温野菜のサラダ。夕:牡蠣雑炊、かぶらのサラダ、塩昆布。
★島田荘司『占星術殺人事件』(光文社文庫、1990.11、ISBN4-334-71242-8)[bk1/amazon]読了。読み通すのに時間をかけてしまつたが心に残っていく作品であったので、日にちをおいても読んだ内容を忘れることはなかった。面白かったのである。いろいろ驚かされたし、人間の業の深さよ、と感じ入らされたこともあり読んで良かったのだけれど、それにしても、うーん。理屈っぽさを楽しめる気分の時には面白いが(だから面白かったのだけれど)、「So what?」ともしも思ってしまえばそれまでなのかもしれない。まあ推理小説とは多かれ少なかれそんなところはあると思う。
昨晩からの氷雨。夕方になつてやつと小やみ。気温たぶん2,3度。風は冷たく猛烈に強く、傘は役に立たなかつた。15分歩いたらば、耳と頭がキーンと痛くなつた。ご近所サティは2/28で閉店してシャッターを下ろしてゐる。たぶん中で新規スーパー入店に備へ撤去改装中。でも外から見るとすでに廃墟じみて見える。雨で人通りもまばらでよけい淋しいサティの前をてくてく頭を下げて歩く。早く家に帰りたいと思ふ。家に帰つてみたら、不在中に玄関のドア先に配達されてゐた米の袋が吹き込んだ雨でぐつしより濡れてゐたのだつた…。
★島田荘司『占星術殺人事件』(光文社文庫、1990.11、ISBN4-334-71242-8)[bk1/amazon]、のろのろ読み進めてをります。凡人としては明治村バーチャル体験ができてよかつたのデスね。ちゅうか、わからんのよ〜(いや、ひとつ、『おや?』とひつかかつたところはあつたのだけれど<強がり)。
イラク問題緊迫。
曇り、夕方から冷たい雨。北東風強し。※ウェブからは消してしまつたのだけれどローカルには保存してゐた「(旧)香雪ジャーナル」のログを整理中です。本や映画の話題などをピックアップして香雪ジャーナルはてな版に、またこちらのブックレビュー・ブックリストページにもまとめなおす予定。いま2000年くらいのを読んでゐて、そのころの方のが今のココよりもシンプルで読みやすかつたりする。サイトの体裁もシンプル、文章も素直(または単純)。うーむ…。■朝:昨晩の残り物。昼:たらことうめのおにぎり、野菜ジュース、きんぴらゴボウ。夕:煮込みうどん、ごはん、菜の花の芥子和え、わかめの酢の物。
遠い南方のいくさばに出た弟の代わりに男はめいの雛かざりを揃へてやることになつた。男は弟とさほど年は変はらなかつたが、子供時分に稲の穂先で左目を突いてしまつてゐたため召集されることはなかつた。男は山村住まいの長男であつたので都会には弟と違つてさほどくわしくもない。つてもなかつた。だがそれなりの農家の長男ではあつたので、金を懐にいくたびか都会暮らしをしてゐた弟のもとへ遊びに行く余裕が戦前にはあつた。男はわらわらと荷物をこさへ、数日分の米や食料を袋にしのばせ、山陰線に揺られて京大阪へ出た。ところが心づもりの店いづこにも雛がない。ほんの数年前に華やかな商ひをしてゐた百貨店、老舗の人形店、灯が消えたやうにひとけも無い。薄暗がりにわずかに置かれた雛飾りは恐ろしく高価であり巨大でもあり、用意の金で買へるものでも汽車で持ち帰れる範囲のものではなかつた。ごく普通のね、雛人形はありませんか。もう誰も、買ひに来る方などをられません。京都の売場の年寄りは男にさう告げた。いまどき雛人形なんて。とんでもないものを買いにきたゐなかものよ。そんな嘲りがそこにありはせぬかと男はおそれたが、さうではなかつた。売場に立つ年寄りは続けて嘆いた。人形の作り手がゐなくなりました、ほどよい素材がもはや手に入らなくなりました。雛に着せられてゐる「おべべ」のかはいさうなこと。男は辞してさらに探し歩いた。弟の家のことをしつかり見てやることが、弟への心配を紛らはすことにもなるのだつた。行つたきり便りに返事はない。男はへめぐりあるき、たうたう大阪のはづれの百貨店で、望みの雛を手に入れた。ひつそり残つていたそれらは、疎開するからと注文品を断つてきた家のものらしい。男が見知つている郷里の家の雛と比べると何もかも粗末であつたが、お内裏様の表情はかはいらしく高雅に思えた。雛飾りの箱を背負ひ男はくにへ帰り、弟の留守宅を訪ねてめいへ雛を贈つた。めいはあどけなく雛へ大きな目をやる。はじめから色あせたような綿の着物はめいの母の雛のそれと比ぶるべくもなく、だから母の雛は土蔵にしまはれめいの雛だけが飾られた。いくさじのひなさま、いくさじのひなさま。娘は父出征後に生まれた。大人は哀れさに泣いたが、ひなさまに吾子笑へりとだけ母は日記に書いた。
曇り。今日も北風が強く寒かつた。■朝:昨晩の残り物。昼:チーズパン、茸入りクリームスープ、カフェオレ。夕:ごはん、湯豆腐、鯛のお刺身ぽっちり、ブロッコリサラダ、塩こんぷ。食後に苺のタルトとミルクティー。
晴れのち曇り。※ローカルに保存してゐた日記の過去ログから引つ張り出して村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話』(文春新書)の読書メモをブックレビューとブックリストに追加。実に久々の更新…。ソースの垢抜けてない箇所が目について駄目だにやあ。当時はそれなりにこれでいいや(まあこんなところやろ)と思つたはずなんだが。それだけでなく、読書メモ自体もずれが出てきてゐるみたいで面白い。2001年3月から人間は変化してゐる? レビューにまとめ直すにあたり本をぱらぱらと読み返してみたのだけれど、読書メモで言及してゐる箇所と今ならここを…と思つた着眼点が少しずれてゐる。当時は翻訳をするときの心構へや総合的な文章論的な話題に関心が向いてゐたのだと思ふ。今は逆に、翻訳技術そのものの部分にあたる細かい話の方に引きつけられた。
北風猛烈に強く真冬の寒さに逆戻り。とにかく寒し、しかし陽光明るく春に重い冬(分厚いセーター)は身につけたくなく。軽やかなセーターにオレンジ色のいただいたコットンマフラーをまくとそれだけでもずいぶん違う。昨日の南風と大雨でべとりと汚れた窓ガラスや手すりを拭いたらば雑巾はうツすらと黄緑色。杉花粉を目一杯この手のひらのなか(の雑巾)にキャッチしてをるのである。ぞつとする。■朝:昨晩の残り物。昼:けつねうどん、ほうれんそうとじゃこのサラダ。夕:ごはん、ふろふき大根、レタスとツナの煮物、根菜のお味噌汁、キムチ。
曇りのち大雨。夜になつてやつと止むが雨はずいぶんひどく、ちよつとした嵐のやうで南風強く横殴りの降り。一瞬は雪まじりになつたし。しめつた暖かい空気はこれは「温気」である。いよいよ本格的に春である。030303の今日は世間的には雛祭り。うちは旧暦でやるので、これからおひなさま(の土鈴)を飾ります。■朝:昨晩の残り物。昼:シーフードヌードル、レタスサラダ。夕:ごはん、酢豚、めざし、大根としめじとわかめのお味噌汁、もずく。
★島田荘司『占星術殺人事件』(光文社文庫、1990.11、ISBN4-334-71242-8)[bk1/amazon]、じりじりと。明治村に行つてみたくなりました。
朝早くへろへろと睡眠不足の起床。窓の外はダイナミックな景色。雲はうずまいて海上彼方へ去りゆかんとし大島が朝靄にきれいに見える。空みるみるまに晴れて風はやや強いが暖かな快晴になつた。花粉ものすごいんだらうな、と思ひながら、いつものS…公会堂で午前中は例会、午後からマンドリンフェスティバル合同合奏の練習。参加者はたぶん50名くらい。トップ席に成り行きで座らされて緊張する。曲ははじめてのわりにはまずまずうまくいつて(わざわざプラスαで合同に出ようかといふメンバーである。さすがだ)、予定よりも少し早く終へることができた。いつもの指揮者ではない、はじめて見るタクトさばきで演奏するのは見込みがきかないから緊張するけれど楽しいもの。脳の使つてない部分を刺激されることで心身が活性化されるやうな気もする(ほんとにさうなんかどうかは知らないけれど感覚として)。帰宅してしかしぐつたり。やつぱり慣れないことで消耗して疲れたのだつた。■朝:おもち、ハムチーズクロワッサン、野菜ジュース。昼:おにぎり2ヶ、お茶。夕:デリバリーのピッツァ。あまりよろしくない食生活。反省してをります。
大雨。降り込められる。メールのお返事と、はてなダイアリー(念願のふりがな属性導入!)。ギター練習。読書をぽツちり。■朝:昨晩の残り物。昼:シーフードヌードル、野菜ジュース、納豆、じゃこ。夕:おみやげのとんかつ弁当。
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