読書&映画日記 こんな日々だった。
晴れ。練習やたら疲れる。こんどの小学校コンサートでトライアングルを2曲ほど担当することになる。持つて帰るのに案外重かつた。■朝:昨晩の残り物。昼:天津飯。夕:ごはん、いわしの南蛮漬け、けんちん汁、ブロッコリ、りんご。
晴れ。朝はマイナスに。指先がじんじん痛かつた。夜にビールのつまみにと、生食用牡蠣(半額)をさつと酒蒸し風にチンしてキムチでくるんで食べてみた。うまかつた。■朝:チーズクラッカー、野菜ジュース。昼:うめがゆ、けんちん汁。夕:ごはん、牡蠣とキムチ、肉団子、コーンスープ、カボチャと冬瓜の煮物。
CD『イマージュ ヴォーカル』image vocal[amazon]アマゾンで予約してたのが到着。さっそく聴いてコピー演奏してみたいなあとかぼんやり思っている。なんでこんなの買ったかというと、何のことはないトヨタ・カローラスパシオのCMソング、Clémentineの歌う「悪女」が入つているから。それがまたなんとも良いです。ギターとフルートが印象的でボサノバ風ジャズという感じ。詞の評価がずっといつも先行しているけれど、中島みゆきのメロディーメーカーとしての魅力はこういうときすごくよく分かる。詞のせいで日本的情念歌のように、一歩間違えると演歌のように思われがちで、確かに中にはそういう曲もあるがそればかりでは全然なくて、根っこのところで案外ブルージーであったり、ジャジーであったりしてるのもわかる(で、『悪女』はジャジーなほうなわけ)。で、かつ、みゆきさん自ら歌詞の訳詞が忠実になされているかチェックしたらしいから、フランス的価値観(?)から見ると「悪女」ツてどうなんだろ。
試行錯誤しながら書いてゐくことになるだらうはてなダイアリー(β版。1/30夜時点でテスターはまだ引き続き募集中のやう)。開発スタッフのフットワークが軽いこと、目指してゐるラインがすごく高いことが見へてきて、これは、とかなり期待してみたりしてゐる。ツて書くと自分、何様のつもりぢやといふ感じなんだけれど、まあ。かういふところに場所を借りて書くとやつぱり考へてしまふのは、「何か人様に有意義な情報が自分に吐き出せるだらうか」といふことである。どんなつまらないと思へることでも日常生活のあれこれでも、その情報を求めている「誰か」にとつては有意義なのだ、といつた考へも持つてゐるのだがそれはそれとして。
晴れ。強い冬型でキーンと寒い。日本海側では大雪。昨晩NHKで見た小澤征爾氏の番組。ボストンでの業績、音楽キャラバンの模様など。演奏するときには技術だけではなく心を、気持ちを。作曲家はこの曲を作曲するときにどういう気持ちでゐただらうか、どんな顔をして書いてゐただらうか笑つてゐただらうか、それとも悲しげに泣いてゐたのだらうか。想像してみること、考へてみること。愛を告白することばは大声ではいはない(言ひたくない)だらう、とロストロボービッチ氏がオケのメンバーの若い演奏家たちに。静けさを大切に。ボストンでは仕事場から自宅の15分間のドライブが貴重だつたとのこと。ご自宅の離れ「勉強部屋」が壮観。莫大な量の譜面が楽団のライブラリアンの手によつてきつちり整理されてゐる(見習はねば…)。ただ、当たり前のことだが音楽家として「演奏し、聴衆(一般人)に聴かせること」が話の中心だつたのがえーと、やつぱりそれは小澤征爾氏のはなしとしては当たり前のことではあるが、だけど音楽家ではない人々だつて聴くことだけが音楽の愛し方ではないんだよね。自分たちだつて歌つたり弾いたり、するのだ、できるのだツてこと。今日は突然の所用で多忙。くたびれてしまつてパソコン作業はジャズを垂れ流しながらあれこれ(さう、細かい作業で疲れるとジャズな気分になるのだ)。確定申告書を書く。うーん計算が不安だ^^;。朝青龍横綱昇進。伝達式の口上は「相撲道発展のため一生懸命がんばります」くわー背負はされてるものの巨大なこと。ほんと重責だなあ…。武蔵丸もしつかりね(早くなおしてね)。■朝:昨晩の残り物。昼:けつねうどん、ほうれん草サラダ。夕:昨晩の残り物、もずく、りんご。
読書メモ。★藤原正彦『天才の栄光と挫折 数学者列伝』(新潮選書、2002.5、ISBN4-10-603511-1)[bk1/amazon]1/24の読了メモのフォロー。この本の内容は実は、以前に読んだサイモン・シン『フェルマーの最終定理』ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで(青木薫訳、新潮社、2000.1、ISBN4-10-539301-4。yukattiのレビュー)並びに同『暗号解読』ロゼッタストーンから量子暗号まで(青木薫訳、新潮社、2001.7、ISBN4-10-539302-2。yukattiのレビュー。エニグマの解読の章でチューリングについてかなり述べられている)と重なっているところが大きくて、読む上でシンの本の内容がずいぶん助けになった。というのは、サイモン・シンの本には、数学者それぞれの理論の内容…というか概念、根幹についてがわたしのような数学的素人でも理解できるようにうまくまとめて述べられていたからで、いっぽう藤原氏の数学者列伝にはほとんどそれがない(例外的に関の、和算の項くらいか)。もちろん述べられていないのは、この列伝が理論の説明がなくてもじゅうぶん理解できる内容だからだけれど、「この人の理論はどんなの?」とわかってないまま読むのはちとつまらんなーとか思ってしまうのも人情。理論を知っていないほうが悪いんだけど。ということで、ある程度の前知識すら持っていないわたしのようなド素人としては、この列伝より先にサイモン・シンのほうを先に読んでたことがプラスになったのである。で、えー、とりあえず「数学者の評伝を読みたいがどちらがいいかな?」と問われたら、分厚いのが苦にならない人ならばサイモン・シンの二冊をおすすめしようかな、と思っている。
読書メモ。★梶尾真治『黄泉がえり』(新潮文庫、2002.12、ISBN4-10-149004-X)[bk1/amazon]読了。とりあえずメモ。泣くのかなー泣くもんかと小憎たらしげなことを思っていたのだが、やっぱり最後、読んでて少し泣いた。映画ではマーチンは柴咲コウさん、なのかな(予備知識ゼロ)。だったらものすごいぴったり。ヴィヴィアン・リー=スカーレット・オハラみたいに。
快晴。低気圧が去つたあと南西の風が入つて暖かくなつたが、夕方からだんだんまず風がぴりぴりと冷へてきた。明日にはきちんと今日のぶんの「落とし前…」が来て、寒くなるだらう。※はてなダイアリーの第2次ベータテスターにならせてもらう。なつただけでまだ書いてゐない(スミマセン)。はてなダイアリーのキーワードでリンクされてゐく機能を利用してオープンな、相互参照できるやうな読書&映画日記(or メモ)にしたきたいなあとか考へてはいるんだけれど、まだ頭のなかの鍋で構想を煮込み中。■朝:チーズクラッカー、オレンジジュース。昼:のり弁当。夕:ごはん、ビーフシチュー、ポテトサラダ、じゃこ。
季節はずれの大雨。寒い・灰色・家族は風邪で早退。某・今入つてるマンドリンのグループで、「われわれもホームページを持たう」といふことになつて、「ホームページ作り」に年末から取りかかつてゐてもう1ヶ月くらい。成り行きで結局わたしひとりが作つてゐる状態になり、ただもう克己心と職人根性(?)だけでがむばつている。独学だからスキルはあまり…ほとんど、ないのだけれど。できたサイトを見て今、これで良いナと思つても、数ヶ月や一年二年経つとまずさが目についたり古くさく感じられてしまつたりするのが、またはかなくてそしてオモロイなあ。■朝:ごはん、ほうれん草のお味噌汁。昼:焼きそば、リンゴジュース。夕:卵雑炊、根菜と豆腐のお味噌汁、もずく。
曇り。大阪国際女子マラソンを例年の如く、見る。今年はタイムも良く新星同士のデッドヒートが最後まで続き、山中選手の途中棄権といふ残念なこともあつたがテレビ観戦組としてはたいそう面白かつた。マラソン2回目(初マラソンは名古屋女子マラソンで優勝)の野口みずき選手が2:21:18(大会新記録・日本歴代2位、世界歴代8位)の好タイムで優勝!「筋肉走り」が最後まで続くのがすごかつたが、ラドクリフといいスピードマラソンの時代、かういふのが世界の趨勢となつてゆく走りなのかも。千葉ちゃん復活もうれし。自己新2:21:45で2位。最後まで先頭争ひをした初マラソンの天満屋・坂本直子選手は力尽き最後惜しくも3位だつたが、素質ありそー。沿道警備に立つてゐるはずの友達は今年もわかんなかつた^^;。
※昨日から韓国など東アジアを中心に全世界的にネットワークが繋がりにくくなるなどの被害。結局、新種のウィルスがSQLサーバにDDoS攻撃をしかけてた(ちよつと自分でもちんぷんかんぷんなところが^^;。トレンドマイクロ、シマンテックの報告)のが原因みたい。
ニュースでは「日本の一般の家庭には影響はない」とか言つていたけれどそんなことはなかつた。重い、繋がりにくい。他にはGoogle検索したところ変なページに飛んでいつてしまつたり(DNSサーバの不調?)、エラーが出たり。マンドリン関係で作曲者について調べごとをしてゐたのだがはかどらぬことはなはだし。いらいらいらいら。だいたいマンドリン音楽の作曲者つてマイナーな人が多くて、検索してひつかかツたのの多くは日本の(マンドリン関係の)サイト。本国、例えばイタリアなどではほとんど演奏されなくなつてゐるけれど(作曲家の名さへも忘れられ)、遠い日本の地ではなほ盛んに演奏されてゐることを草葉の陰で作曲家は喜んでゐる、のかもしれませぬ。「マンドリンオリジナルだから」ありがたがるといふ思ひは実はわたしにはそんなにはない(大学マンドリンクラブが主に邦人作曲家による現代曲を演奏するクラブだつたから)し、古さにとどまつてゐてはいけないとすら思ふのだけれど、一種の古典として尊重するにしくはないしまたマンドリンとギターの特性と魅力を引き出してくれる名曲はやはり大変によろしい。そんなふうにヨーロッパでは時の流れに消えてしまつた20世紀前半のマンドリン音楽隆盛期の名曲が日本に多く残つてゐるのは、やはり中野二郎氏に負ふところが非常に大きいわけで、月並みだが愛好者の後裔の一人として感謝の念を改めて抱いてゐたりするのである。ご冥福を祈ることにもなつてゐるかな。
朝青龍14勝1敗で2場所連続優勝。横綱昇進へ。一昨年の五月場所を見に行つたときちやうど国技館に入るところにかち合つたのだがそのときはまだまだ幕内下位だつたやうな記憶があるのだが。昇り龍の勢いは、すばらしい。■朝:フルーツグラノーラ、カフェオレ。昼:野菜たっぷり塩ラーメン。夕:中華風おかゆ、フカヒレスープ、キムチ。
読書メモ。★梶尾真治『黄泉がえり』(新潮文庫、2002.12、ISBN4-10-149004-X)[bk1/amazon]読み始め。氏の作品を読むのは初めて。熊本が舞台で、読んで早々端的に言えば「死んだ人が蘇る(黄泉がえる)話」が始まっていて、けっこうそれでぐいっと引き込まれた。軽妙なタッチだが軽妙に流れず読みやすい。落ち着いた人情物風のところもあり、またそれが押しつけがましくなく端正の範囲に抑えられている。このあたりの全体を整えるところに流れるバランス感覚が絶妙で大人な味わい、なんとも知的でよい感じ。ところどころに挿入されている謎の「“彼”」の声。“彼”が何者なのか、“彼”が述べている「“力”」とは何なのかが気になる…。
晴れ。大寝坊する。昨晩からの頭痛まだ残り体も重くてだるだる。風邪未満の、「風邪気味」、なのかしらん。大島が今日もよく見える。「黒潮の影響もあるだらうし暖かいのかな?」とネットでちらりと調べたら(『ようこそ伊豆大島へ!』など)ここらあたりとそんなには変はらないみたい。でもいちど行つてみたい(あー今年は車買いたい車欲しい!)。でもやつぱりいまはどこかー暖かいところに行きたいなあ。■朝昼兼用:昨晩の残り物。夕:鰺の押し寿司、じゃがいもスープ残り、もずく、キムチ。
読書メモ。★藤原正彦『天才の栄光と挫折 数学者列伝』(新潮選書、2002.5、ISBN4-10-603511-1)[bk1/amazon]読了。NHK「人間講座」テキストを大幅加筆したもの。それぞれの人物の数学的業績を紹介することよりも「一人の人間としてどう生きたか」を綴ることにポイントが置かれているのだが、筆者の同業者ならではの深い理解
(本書背表紙より)と初々しくすらある熱情、人物と数学への深い尊敬の念により列伝は清められ、読後感は何れもすがすがしくも美しい。そして少しばかり悲しい。天才たちのゆかりの地に筆者・藤原氏は実際に地に足を運び、建物を訪れたり子孫や学問の弟子と面会したりしてそれらの写真も掲載されていて興味深かった。それらによって天才たちが身近になりはしたが、逆にそれだけでなくいっそう人間のはなかさと尊さみたいなものを感じてしまったのはなぜだろう。
和算については藤原氏の父・新田次郎の印象深い短編を以前読んだことがある(『梅雨将軍信長』所収「算士秘伝」「二十一万石の数学者」)。関孝和の項を読んだとき、氏が父のあとをたどっているような錯覚を一瞬覚えた。
快晴。すばらしい天気で澄んだ空気に眺望がこれまたすばらしい。あまりにくつきり見えるので遠くにあるものがずつとそばにあるやうに見える。初めて見えたものも。海に浮かぶ大島の向かうに小さく三角形にとんがつた島影が。「利島」が見えた。夜は「千と千尋の神隠し」テレビ初放映を観る。色味はやつぱりちよつと赤みがかつて見えて映画館で観たときのには遠く及ばない。あのときは色彩に、映像の美しさに…水や空の青に何よりも感動したのだもの。その2001年公開時の映画館・1年後のDVD、と既に観てきてゐて今回が四回目くらいなんだけれど、筋がすつかり分かつてゐるぶん場面の端々に目を遣るができ、細かな部分のあぢはいを楽しめた。どういう話なのかツてことも興奮なしに観たことですとんと腑に落ちてきたやうな気がする。でも途中でついうとうと。疲れて頭痛もしてきてどうしやうもなし、な気分も、雑誌フライデー2/7号買つてきてもらへて回復。みゆきさんの記事が―ANN最終回放送後、ニッポン放送玄関前でファンに挨拶してる光景のスナップショットが掲載されてゐるのだつた。ははは。あの回はベッドで泣きながら聞いてをりました。ANN終了後のみゆきさんのラジオ番組は「あのとき『音楽に走ります』とゆつたくせにまたぞろ同じやうなラジオしてるやないか」と勝手にひねくれてゐたのでほとんど聞かなかつた。この正月から始まつた番組(ニッポン放送『中島みゆき ほのぼのしちゃうのね』月〜金 10:00-10:10)でやつと平静な気分で楽しみにして聴けるやうになつたので――あのショックから立ち直るのにえーと、16年かかつちやつたわけだ。ぎゃあ。■朝:昨晩の残り物。昼:シソサラダパスタ。夕:ごはん、じゃがいもスープ、ハンバーグ、菜の花の芥子和え。
みぞれまじりの雨が降りしきる。「あめゆじゆ」。寒くてたまらない。夜になつて雨はやつと降り止んだ。演奏会の下準備で参考テープを作らうと久々に大学時代の演奏テープを聞き込むが、うーん、今ならかうするにつて身悶えしたい箇所が多々。でも元気が良くて新鮮で何か熱気が押し寄せてくるようなピュアさは確かにあつて、これはこれで良かツたのかなと。■朝:昨晩の残り物。昼:ミニうどん。夕:ごはん、豚しゃぶ、ごぼうの煮物、トマト。
今朝のNHK生活ほっとモーニングは「ほっと解決隊 今年こそ 日記を続けたい」。ビデオ録画して見た。向後千春先生がご出演になる回だからなんだけれど、内容もとても有意義だったので見て大満足。スタジオのゲストは藤子不二雄Aさん(ずっと日記をかいていらっしゃる。記載する題材ごとに日記を分けておられるらしく、毎日のお弁当を絵で記録した絵日記を披露してくださる。見事だった!)、山形由美さん(日記が続かない)。指南役としてVTRに登場されたのが、ちはる先生と日記研究家の島 利栄子さん。番組では、「日記が続かなくて悩んでいる。子供の成長記録を日記に書きたい。子供が大きくなったときに小さかった頃の思い出を語ってやりたい」という女性が登場。5人家族の主婦で忙しそう。で、指南役のお二人が、日記を長く・楽しく手軽に続けるためのアドバイスを授けに女性宅へ。アドバイスはこんなふうなことだった。緑字(qで囲んだところ)は番組ページより引用。
日付のない日記帳を選ぶ
一番印象に残ったことをワンポイント
楽しい事を書く
イラストを使う
その日の気になる物をはる
メモ用紙の活用
ちはる先生のほうの内容は頷けることばかり。安孫子先生も同意見でいらっしゃったよう。で、わたし自身にどう生かすか。わたしのココを書き始めた動機と決めごととほぼ合致しているのだけれど、あ、ただ最近は少し、イヤだったことも書いてしまってるなあと反省。書きたいことだけではなく、読み返したいことを考えるようにしよう。ということで、日録をシンプルなスタイルに戻すこと、(なるたけ)楽しかったこと・良かったことだけを書いていくことを心がけ、そのように改めたいと思う。
島さんのほうは自己表現を気楽に楽しもうってことかな。こちらもとても心惹かれることだった。イラストはまあ描くの苦手なのでわたしは真似できないが^^;旅先のあれこれやコンサートパンフなどをはりつけて「日記」にしていくのはとても楽しそうだったし、散逸しがちなちょっとした「思い出の品」を整理し保存していくためによさそうだ。ぜひ真似してやってみようと思っている。真似をして、そのうち自然に自分スタイルの日記になっていくんだね。そうなるとこっちのものでどんどん楽しくなって日記が続く、ということみたい。
曇り。「確定申告書作成説明会」(書き上げた人は提出することもできた)は1時間強。わたしの出た回は3回目で、出席者は30人くらいだつたか。サラリーマン所帯ばかりでみな心なしか表情は不安さう。でも(税務署の方は)さすが蛇の道は蛇やね。言はれたとほりに書き込んでいけばなんといふこともなくできあがり。といつても源泉徴収票がまだなので提出まではいけなかつた。後日空欄を埋めて郵送することになる。確定申告をするのは今回だけで、来年から向かふ9年間は年末調整でOK。■朝:昨晩の残り物。昼:けんちんうどん。昼:まぐろのヅケ丼、根菜のお味噌汁、ごぼうサラダ、キムチ。
曇りのち晴れ。気温はそんなに低くないと思ふが、風は冷たい。神戸の実家では朝方雪が積もつてゐたとかで「デジカメ初写真」をちやんとサイズも小さくして送つてきてくれた。60の手習ひ。たいしたもんだ、なんていふと「ばかにすんな!」と怒られさう。確かにそのとほりで、年を行つた人がみな「デジタル」が苦手だとか学習意欲がなくなるんだとかと考へるのは大間違ひ。
テレビや新聞では昨日の貴乃花引退のニュースをまだ伝へ続けてゐる。そのなかで、最も心に残る取り組みとして貴関があげた曙関との94年の一戦がひんぱんに流されてゐて、いやはや、今見ると結構すごい取り組み、結果知つてるのに思わず手に汗握る。技術的にも面白い。いや、当時も大層話題になつた名勝負ではあるんだが(曙派のわたしは曙を応援してゐたといふ記憶もある)、あのころと比べて今の大相撲の取り口の精彩のなさといふか…ツマラナサ、とまでいふと言ひ過ぎになるだらうが、さういふことを改めて見せつけられたやうな感じだ。徐々にそのレベルダウンに慣らされてきてゐるから、わかんなくなつてゐたけれど。レベルダウン、単調に過ぎてゐる。対曙以外の他の取り組みもなつかしビデオではあるはずなのだが、そこで繰り広げられてゐる相撲は懐かしさを通り越して新鮮ですらあつた。ひじでまわしを切つてゐる!おっつけてる!(おっつける力士のひんぱんな休場も痛いなあ…栃東関がんばれ〜)。わたし個人としては「お相撲さん」として好きな力士だつたのは北の湖と北天佑、やつぱり四つ相撲が好き。そこからあとの力士は相撲の取り口の変化もあつて(この変化には千代の富士の影響が大きいだらうと思ふ。前三つをとつて一気に出るスピード相撲は理にかなつて革命的ではあつたが、取り組み時間が短くなつてあつけなく勝負がつくやうになつた)徐々に魅力を感じなくなつてきた、といふやうな心象を抱いてゐたのだが、ぢやあなぜ四つ相撲の貴乃花を応援しなかつたかといふと、当時の藤島二子山部屋大合併とかのあの雰囲気につくづく嫌気をさしてゐたのとかいふことがあつたからである。曙と比べて全盛期の貴乃花は、横綱対戦も少なかつたし、大関や幕内上位とあたることも圧倒的に少なかつた、今さら言つてはなんだが彼は曙関より断然有利だつたんですよ。でもまあ、貴乃花自身は資質の上に人の何倍もの努力を重ねた努力の人であらうし辛抱の人でもあつただらうと思ふし(これらの点はとても立派)、なんのかんのあつたけれど悪く思へない。何よりも同世代の人、同時代を生きてゐる人つて感じで、なんといふか…彼は88年入門、その現役生活はわたしの青年期としつくり重なつてゐて、はあ、終つたのかあと彼の疾走を思ふと胸がつまるわけです。一人横綱の時期も多くて大変なストレスだつたと思ふよ。かへすがへすも惜しまれるのは、一昨年の夏場所千秋楽に強行出場したこと、優勝の代償に力士生命を投げ出してしまつたこと。貴関に対してドクターストップをかけるべきだつたと思ふ大けがなのに、さういふ制度のない大相撲に対しては絶望的になるし、それに無頓着に拍手喝采を送つた「世間のおおかた」(感動した!と叫んだ小泉首相も含む)にもあれが結果としてどういふものをもたらしたかじつくり考へてもらいたい。ドーピング問題にもこれで曖昧にしないできちんと対処すべきだらう。でもあのときの貴乃花の鬼神の顔は忘れられないな。ナベツネに対しては今日もまだ(--#)。
とかぶちぶち綴つてゐたら剣客商売を見るの忘れてしまつてゐた!慌てて最後だけちよこつと観る。三冬は大路恵美から寺島しのぶになつたんだね…古風な面立ちなので画面的にはしつくり来るかも。わたしの三冬脳内イメージは(今より少し若いころの)清水美砂サンなので、ちよつと違ふんだけれど、まあいっか(生意気)。渡部篤郎の大治郎が見られないのは残念。新シリーズでは山口馬木也。■朝:昨晩の残り物。昼:焼きそば。夕:ごはん、水餃子、おでん、菜の花サラダ。
晴れのち曇り、夕方から時々小雨。貴乃花引退を決め午後から会見。すがすがしい、納得してゐる、と。ナベツネが引退させたやうなものぢやないかと思つてしまふ市井の雑魚なわたしである。明後日、マンションに税務署から講師がわざわざお越しになつて確定申告書作成説明会を開いて下さる(笑)。それにそなへて予習、書き込めるところを書き込んだり(しやうと)する。すうじまはり経理関係に死ぬほど弱いので苦痛この上なし。はかどらず。■朝:昨晩の残り物。昼:チーズトースト、野菜サラダ、ミルクティー。夕:ホタテ炊き込み御飯、湯豆腐+水餃子+長ネギ+マイタケの小鍋だて(というか一人用の土鍋でもって作っただけですね。この土鍋、買ったとたんむちゃくちゃ便利に使い倒してる)、もずく、根菜のお味噌汁。
読書メモ。★コニー・ウィリス『ドゥームズデイ・ブック』(大森望訳、早川書房夢の文学館、1995.10、ISBN4-15-207966-5)[bk1/amazon]読了。第三部33章(ローシュのところ)で涙、涙。★藤原正彦『天才の栄光と挫折 数学者列伝』(新潮選書、2002.5、ISBN4-10-603511-1)[bk1/amazon]、本腰入れて読み始め。この書で語られる天才の一人目はまずやはりアイザック・ニュートン@『プリンキピア』(神の声を求めた人 アイザック・ニュートン
p.9〜36)。1642年生まれ。『プリンキピア』完成は44歳の時(刊行は翌年1687年)。その大理論の端緒をしかしニュートンは遡ること20年前、20代前半で既に発見したのだつた。書き渋りのひとでもあつたみたい。
曇りのち雨。午後からO…のとある公民館でギター三重奏の練習、おつきあいで他のグループのマンドリン・ギター四重奏でする「ベニスの謝肉祭」ドラの代役。夕方、雨が降り始めた頃に帰宅。夜は○映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツオトナ帝国の逆襲」('2001)を観て、かなり笑ってちょっと泣く(お父さんが靴のにおいを嗅がされて回想シーンになだれ込む場面で)。太陽の塔から映画は始まる。「20世紀博」に吸い寄せられるオトナの気持ち…確かに子供にはわかるまい!んー、若ぶるわけではないが、わたしには万博への郷愁はない―そういった類に関してだと、ポートピア'82やシルクロード博、花博を懐古する想いはあるんだけれど、万博は物心つく前の出来事だし(だから行ってないし)、ただ子供の頃買ってもらった百科事典に万博のパビリオンや展示物が「未来」の象徴として掲載されていたり親の書棚から取り出して読んだ社会小説ネタにけっこう万博のはなしが使われていたり、それでさぞかしすごいことだったんだろうなあと想像する、そんな想像で補完すべき歴史上の出来事になっちゃってた。学校の遠足で行ったりもしたがそこはいかにも「跡地」、セイタカアワダチソウが周辺に茂り太陽の塔がぽつんと立つ既に終わった場所、であった(今、千里の万博公園に行くとそれなりに風格が出ていてずっと良くなっているのが逆に面白い。歳月の効果ですな)。当時のギャグについても万博と同様、知識として知ってる、って感じだったので「懐かしい!」とは思ったけれど感情が揺すぶられるまではいかなかった。その一方で自分がけっこうなトシであることをさらしたいわけでもないが、70年代の街の風景に対しては郷愁を感じて非常に切なくなってたまらんかったのである。ああいうまちで幼少、暮らしてたから。当時のテレビ番組やおもちゃなどの小物(リカちゃんハウス、銀玉鉄砲…)、オート三輪などの車に対してもまちと同様の懐かしさ、郷愁あり。…そんなわけで、ふらふらになっちゃったオトナの気持ち、わかるなあって思ったです。しんちゃんはだんだんかわいらしくなって、つるつるくにゃくにゃしてるから観ているうちに母性本能の目覚め?なのか(ちゃうちゃう!)、なんだかいとおしくてぎゅっと抱きしめたくなってきてしまった。でも、子供は「子供としてちゃんとある」のがさすがしんちゃんの映画だ。90分。■朝:チーズ、クラコット、カフェオレ。昼:野菜ラーメン。夕:スパゲッティナポリタン、卵スープ、トマト、野菜サラダ、ささみの茹でたの。
晴れ。少しだらだらして、家事をして、あとはギターの練習。■朝:抜いてしまいました。昼:昨晩の残りカレー、トマト。夕:持ち帰り寿司、もずく、長ネギのお味噌汁。
1995.1.17 阪神淡路大震災 05:46発生 5:47からは震災後の世界
何度も書いたことだけれどまた書きますね。
わたしは当時、神戸に住んでいて、なんとか怪我もなく、家にもそんなに被害なく、ライフラインも電気は当日の昼前に、水道は数日後に復旧、ガスも1ヶ月ちょっとで復旧(確かそう)、だから被災者としては恵まれていた。被害の重かった人には申し訳ない物言いだけれど、当時は被害の軽かった被災者は肩身が狭かったりもしたよね。つまり、被災者としてはたいしたことなかったのだけれど、それでも後輩や知人が亡くなったりしたことや、友人の家が全壊でうちに避難してきたこと、母の仕事場(学習塾)が半壊に近くて修理に手間取ったことなどでそれなりにタイヘンだった。わたしの街、ずうっと育ってきた街、学び、遊び、暮らしてきた街である故郷の神戸が炎上し、崩壊したことがとても苦しかった。この悲しみや苦しみの記憶はずっとずっと消えないだろうと、思っていた。実際その後しばらくたって精神的にまいってしまって、立ち直るのに今振り返ると、3年以上かかったように思う。でもここにきて、やっぱり一昨年くらいから少しずつ、その痛みが、記憶が和らいできて…消えてきている部分がある。そのことによって自分自身が生きるのには辛くなくなった。でも、震災の記憶を風化させることになってしまっているのではと思うと、怖い。
これからさきの大震災の被害を少しでも軽くするためにしなくては。あの被害を一種の踏み台にしてでも、被害軽減を。防災だけではなく「減災」がこのごろ言われはじめているけれどその観点はとても大切だと思う。そして二度と同じような過ちをして被害を大きくすることのないようにしなくてはならなくて、そのためには過去から学ばないといけないし、過去を伝えていかないといけないとも思う。自分自身についていえば、次に地震にあってもこんどは心構えを持ってうまく切り抜けて、家族も一緒に切り抜けられるようにしておきたい。前はがっくりきたけれど今度は強い気持ちを持って行動できるようになっていたい、こんどこそ誰かの手助けがもっとできるように。そして、亡くなった人を悼むために、その人たちのことを忘れないでいたい。神戸大空襲でいったん焼け野原になった神戸。それを復興させたのがわたしの知っている神戸。それすら傷き永久に失われてしまった。そんなかつての(わたしが知っていた)神戸を悼みたいから、忘れないでいたい。遠く離れたこの地に暮らして、故郷の神戸を復興のために、わたしは何が出来るだろう。実質的には何も出来ないが、出来ることをささやかでも何かしたい…。
ポリタンクの話。
ところで、懐中電灯を常備とか寝る前に眼鏡は枕元にめがねケースに入れておくこと、割れたガラスで足の裏を怪我することなく部屋を歩くためのスリッパを手近に等々なんかはまあ誰もが考えついていることだと思うのでそういうのは除けておいて、震災に備えて家に準備しておいたらいい物ベスト1を選ぶなら(なんつー無謀な試みだ)、ポリタンク。です。25リットルポリタンクくらいが適当じゃないかと思う。3人家族ならそれを2つくらい(一つ持つより両手に持ったほうがバランスがとれて軽く感じる)、あと、15リットルとかの小ぶりなポリタンクがあると良いかな。大きすぎると重くて持てません。持てても腰いわしかねません。小さすぎると効率が悪い。ポリバケツでもまあいいけれど、断然ポリタンクのほうが。バケツは運ぶときヘタするとじゃばじゃばとこぼれてしまうので、大きいゴミ袋なんかをバケツにはめこんで、口を縛るようにするとかだと良いかもしれません。で、ポリタンクは買ったらきれいに洗って(言うまでもないけれど灯油タンクをなんとか、なんてぇのは、無理です。水専用にしておきます)、本当は普段から毎日汲み置きしておくのがベストだけれどさすがにそういうのはメンドクサイですから、ちゃんときれいなまま保管してすぐ取り出せるようにしときましょう。都市で震災があって・家が残って・ライフラインが絶たれた場合、避難所には入れない場合が多く、おうちサバイバルとなります。で、きっと給水車がまわってくるので、のがさず給水を受けること。近場に水道局の施設があれば給水車ではなしにそこが開放されて、住民がえっちらおっちら汲みに行かねばならなかったりもします(うちのあたりはそうだった)。水をもらうとき、ポリタンクがあると安心です。あるとないとでは全然違う。大容量の持ち運びできる水容器が無いとやっぱり大変で、ペットボトル、バケツ(へたするとバケツすら無い家もけっこうある?)、水筒、鍋、魔法瓶、電気ポット、洗面器等々を総動員して汲んで、それでもやっぱり足りなかったりするもん。だからおすすめは適当なサイズのポリタンク。今の日本、率直に言って食べ物はなんとかなります。欠乏するのは水やと思う。
数日前に関東大震災の震度分布図(asahi.com http://www.asahi.com/national/update/0112/007.html)を見てぞつとした。震度7の地域に住んでゐるではないか!まあ郷土史などを目にして被害状況はある程度知つてゐはしたし、地盤のことなど考へて若干覚悟はあるのだが、それでもかうやつて現代の研究水準で分析されたデータによる広範囲の再現分布図を突きつけられるとまた違ふショックが。関西の人間としてはやつぱり、関東大震災=東京の大火災、といふイメージが強すぎて(文学作品などで仕入れられるのもやはり東京の話が多い)そのほかの地域の被害のことはあまり知らなかつたりするツてのもあるが、震災は忘れたい災害、よつて過去の伝承がなされてゐない証拠でもあり、といふのは先人を軽く言い過ぎか。自分の過去の事実を学ぶ姿勢が足りなかつたことを反省。阪神大震災も数十年、百年経てば関東大震災と同じやうに歴史の中の一行になつて忘れられていつてしまふのだらうかな。
晴れ。朝靄が朝日に美しかつた。暖かい一日になつた。■朝:昨晩の残り物。昼:カキ釜飯。ミニうどん。夕:チキンカレー、トマト、ポテトサラダ、じゃこ。
誰が悪いのかを言いあてて どうすればいいかを書きたてて
評論家やカウンセラーは米を買う
迷える子羊は彼らほど賢い者はいないと思う
あとをついてさえ行けば なんとかなると思う
見えることとそれができることは 別ものだよと米を買う中島みゆき「時刻表」より(アルバム『寒水魚』所収)
今夜、1月16日の「NHKニュース10」(22:00〜22:50)でも中島みゆき特集するようなので、メモっておきます。「中島みゆき 歌心の魅力に迫る」。水曜日の最後「明日の予告」のときに紅白のみゆきさんの映像をちらりと使っていたので、今日の特集でももしかしたら少しくらいは流すのかも。紅白を見損ねた方はチェックすると良いかもしれません(もちろん本当に流れるかどうかはわかりませんが、でもNHKのことですし(?)せっかくのコンテンツを使わずにすますことはにゃかろうと)。中島みゆき研究所の情報によると、「詩」を中心に取り上げるのだそうです。スゴイ人が出るって管理人さんが掲示板に。誰だろう。谷川俊太郎さんだったらまじですごいが…。しかしまあ、なんですねー。なんでしょうね、これって。今さらみゆきさんのことをあれこれ新しいもののようにマスコミが語るのって。四半世紀以上、第一線で活動しているシンガーソングライターをつかまえて今さら。みゆきさんのこれまでの活動を何も踏まえないで今さら。それにマスコミはさんざーん、「わかれうたうたい」(わかれうた)とか「暗い」とか言ってきたやないですか、ニューミュージックの女王とか言ってユーミンと並び称してきたやないですか。そういうことすっからかんに忘れてますか。まあいっか。語られるに耐えるだけのものがあるんだと思えば、まあいっか、とも思えるので、ま、いっか。。
でもこんなふうにわたしがくだくだ書いているのも結局は「評論家」と同じように「誰が悪いのかを言いあて」ようとしているのだし(『時刻表』)、「世情」の学者にも通じている。とても恥ずかしいことをしているのだ。そういう自覚は持っていたい。アホみたいやなあと自分のこと思う。もっと大人になって鷹揚に構えていちいちこういったこと気にもとめないでいられるファンになるべしなんだろうし(みゆきさんに関してだけでなく、何事についても)、少しずつそうなってきてはいるのだけれど、ただ中学生時代から聴き続けていてすっかり自我の一部になってしまってるのでありますね^^;。これは冷静に考えて良いことなのか悪いことなのか。
世の中はとても 臆病な猫だから
他愛のない嘘を いつも ついている包帯のような 嘘を 見破ることで
学者は 世間を 見たような気になるシュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため同「世情」より(アルバム『愛していると云ってくれ』所収)
と、かうやつて例えばここまではせいじせいかなで書いていなかつたのだけど、はてなアンテナに拾つていただいてゐて申し訳ない気持ちです。本や映画、音楽の感想などは検索にひつかかりやすくしておきたい、といつたやうな思ひがあり、故に使ひ分けて書いてゐくことにならうかと存じますが、まだそのへんどうするか、定まつてゐません。
昨晩寝る前にここまで書いて、案の定日付を間違へてゐたので訂正。で、上に書いてゐる「NHKニュース10中島みゆき特集に出るスゴイ人」は、もしかしたらねじめ正一氏かもしれないなあ、とか勝手な妄想を楽しめるのもまだ放送前だから(放送観た。実際には倉本聰さんだつた)。今日は曇り。ぴりぴりとした寒さで手がかじかむ。法務局の支局に行つて登記簿謄本一通1,000円。このまちに来てから初めて行つたが、川沿いの白つぽい二階建て(法務局の建物つて白いところが多い?)だつた。夕暮れ時のその川は少し磯臭かつたのでびつくり。ふうん、三年ほど前、そこの川沿いのマンションを買うかどうかでかなり迷ったことがあつたので(広大な森の公園のそばだつたからものすごく惹かれたのだが、結局、若干の予算オーバーと高層に住むのがやつぱりどこか怖くて、やめた)、もし住んでゐればかういふかおりを嗅いで過ごしていたのだね。そこから駅まで戻る途中の市役所で住民票の写し300円。※青木みやさんのお豆のカレー(1/16〔net〕リンクサーチ)でNAVER Japan リンクサーチを知る。早速調べてみたところ、マンドリンクラブのサイトをリンクしてくれてゐて把握してゐなかつたところを発見。地域情報ポータルのやう。でもクラブ名を間違へてはつたんである。それはまあミスだからね…しかし間違はれたことでとても間抜けな名称に…!で萎へつつ早速、訂正依頼メールを送ることに。といつたあんばいで、「リンクサーチ」に関しては初つぱなからご利益ありだつた。サーチしてほしいサイトを登録出来るので、将来的にはGoogleのリンク元サーチよりか使い勝手はよくなりさうな気がする。紹介してくださつてゐた青木さんに感謝しつつ。■朝:昨晩の残り物。昼:ミックスサンドイッチ、野菜ジュース。夕:ちらしずし、わかめと長ネギと薄揚げのお味噌汁、いわしの煮物、ブロッコリとレンコンのサラダ。
天皇陛下ご入院。前立腺ガン。手術は18日。東大付属病院の特別室。
快晴。厳しい寒さ。夜更かしして松井のYankees入団記者会見を観る。さすが松井、と云ひたくなつた、落ち着いて冷静な態度ですばらしい。大風呂敷を広げず今思つてゐること分かつてゐることだけ語り、そして自分のベストを尽くすことを誓つた入団挨拶、キツイ質問にも冷静に答へていたし、どこに出しても恥ずかしくない、誇りに思へる選手ぢや!と興奮する。そのせいで今日は眠くて眠くて。夕方、サティに行つて落ち穂拾い的お買ひ物。公式には「閉店売りつくしセール」はもう終はつたことになつてゐるので、週末の喧噪は消え去り地元民のみの店に戻つてゐるんだけれど、実は残つた商品はさらにどんどん安くなつてゐるのだ。品数が充分でないだけで!といふことで、前から欲しかつた一人用の土鍋をふたつ買ふ。さつそく小鍋だてなどと洒落込んでみたい。明日以降しばらくは確定申告のためのお勉強、ギター練習、サイト作成作業などで余暇時間(?)は使い果たしてしまひさう。★コニー・ウィリス『ドゥームズデイ・ブック』(大森望訳、早川書房夢の文学館、1995.10、ISBN4-15-207966-5)[bk1/amazon]はこつこつ読んでいくつもり。あと残り1/4まで来た。いよいよ…、始まりました。ここまで読み進んで来ると既に「時代人」にどっぷり感情移入してしまっているので、もうむちゃくちゃ切ないなあ。ローシュ神父がますます良い。物語の中でも急激にポジションアップ。それに比べて現代パートのほうはコリンがばたばたばたばたして読んでてこっちもいらいらしてくる。ちょっと、落ち着きないぞ、きみ!■朝:昨晩の残り物。昼:けつねうどん、小松菜のおひたし。夕:ごはん、具だくさん中華風スープ、きずし、ふろふき大根。
晴れ。「春になりました」つて感じだ。風は強いがまつたりと柔らかな空気でこんどは「桜の咲く頃の暖かさ」になり、ぬくもりに体がほぐれて緩んでしまつた。明日は寒冷前線が通過したあと寒気団によつてがくんと寒くなるらしいから、きつとかういふときに風邪が体に入るのだ。乾燥でちよつと喉をやられ加減。一雨欲しいところだが…。サイトをつついたりなどあれこれ。■朝:チーズとクラコット、レモネード。昼:うめがゆ、卵スープ。夕:たこの炊き込み御飯、湯豆腐、ポテトサラダ。
★コニー・ウィリス『ドゥームズデイ・ブック』(大森望訳、早川書房夢の文学館、1995.10、ISBN4-15-207966-5)[bk1/amazon]は半分くらいのところ。面白いんだけれど、いと長々氏。特に現代パート(現代から観れば未来の2054年オックスフォード)のほうを長ったらしく感じてしまう。2/3くらいに刈り込んでくれていたらてきぱきした現代風の、もっと洗練された雰囲気の小説になっていたのでは、と生意気にも思ってしまうのだけれど。けっきょく『航路』とも同じパターンで、ゆうてみれば「君の名は」と同じようなこと狙ってるのかなと。すれ違い、すれ違い、すれ違いを重ねて劇的な効果を…。で、それって「君の名は」好きのひとはいいんだろうけれど、いらちな人間はそのすれ違いの繰り返しを「アホちゃうか」とか「ええ加減にせえ」とか思ってしまうのだ、いらちゆえ(たぶんそうやってカリカリすることで、損もしてるんだろうな)。で、わたしは「君の名は」も(橋田壽賀子ドラマと同じく)あんまり好きじゃないので、ウィリスの狙ってるところもややしんどかったりする。学生キヴリンのほうの中世パートのほうは長さはあまり気にならない。そういう(無駄な)重複やすれ違いがまだ少ないしあったとしても自然な形で出てきていることもあり、中世を生き生きと描き出していて興味を満足させてくれて、かなりの分量があっても短くすら感じてしまう。ただとにかく巧い小説であることは認めたい。わたしが文句をつけているのは好みの問題の範疇で、シンプルで骨太なこの大作はヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞受賞にふさわしい内容だ。文句をつけつつもぐいぐい夢中になって読んでしまってるんだから。やっぱりなんといってもストーリーが面白いことが小説の命なんだなとかと認識を新たにさせられるのであった。
晴れのち曇り。3月のころの暖かさだとか。近所のサティがいよいよ閉店までのカウントダウンに入つた。金曜日から「閉店売りつくしセール」をしてをり、前の道は大渋滞、人波もわさわさと多いこと多いこと。ただこちらとしては閉店でホント不便になるので、泣く泣くのやけつぱちお買ひ物。文房具あれこれ、プラグとカセットテープ、大きめの皿、肌着、靴下、などなど。そのほかに、買ひもしないぶらぶらと高級品叩き売りの様子などを見物し(さういふ気分が顔に出てをつたらしく、特に店員から声もかけられず。といふか、店員も店員同士、客そつちのけで私語してゐたりして売場のモチベーション非常に低し)、食料品をのんびり吟味して買つたりなどして結局2時間くらい過ごしてしまつた。深夜になって「地上の星」発売130週でオリコン1位獲得のニュースを知る。\(^_^)/■朝:昨晩の残り物。昼:しゃけ弁当。夕:ちゃんぽん鍋、レタスサラダ、クラコット、ハム、チーズ。
○夜には映画「アザーズ」The Others('01・米仏西班牙 アレハンドロ・アメナーバル監督・脚本・音楽、ニコール・キッドマン/フィオヌラ・フラナガン/クリストファー・エクルストン/アラキナ・マン/ジェームズ・ベントレーほか)をレンタルDVDの日本語吹き替え版で。これはかなりの秀作。1回目、非常に怖かったのである。ぶるぶる。2回目、見直したら今度はさほどでもなく、でもあんまり怖くなくなったからといって退屈になったわけではなく、また別のものが浮かび上がってきてそちらもずいぶん面白かった。つまりネタで見せるだけの映画ではないのね。ネタを割り本筋を見せたあとでも、すべてががらりと変わったあとの世界を楽しませるだけの作りにきちんとなっているのだ。ううむ、見応えあり。ゴシック・ホラーの美しさを味わえたのも収穫。ヒッチコックがいま世にありせば、必ずいちどはキッドマンで映画を撮っていただろうな。神経質な母親役は、年輪を身につけたクール・ビューティにはまり役、猛然と演じきっている。104分。
晴れ。Fで今年初の例会。こびとの踊り、田園組曲、亡命者、アンサンブル。終はつたあとはさつさと帰宅。とある人からの返信メールにがつかり、誠意のない返信ならしてくれない方がまし。もうだめだな。がつかり気分解消に根気作業に邁進。ふと思い立つてInternet ArchiveのWayback Machineを根気よく試してみたら、自分が以前書いたテクストを、ある閉鎖されたサイトのアーカイブからサルベージできた。自分にとつてはそれなりに大切な文章だつたのだが手持ちのバックアップを失つてしまひ、再度バックアップを取る前にWWW上からも失はれてしまひ、そんなこんなでもう諦めてゐたものを。小躍りしたい気持ち。これでもう某氏に「コピーを頂戴できないだらうか」などと申し訳ないことを頼まなくていい、煩はせることがなくなつたと思ふとホツとする。またテクストを取り戻せたことで、ある重苦しい因縁を切ることに心残りがなくなつた。非常にすつきりすつぱりしてゐるが、どきどきしながら今この思ひを掌に転がして確かめてみてゐる。でもたぶんこのことは身近な人にも当事者にも、自分以外の人間には全然わからないこと、気付かれぬことであらう。テクストの重要さ加減も含めて。他人にとつてはただの拙い文章でしかないし、それを取り戻しがつてゐたわたしの気持ちは感傷に過ぎぬと見なされたであらう。それ故、誰はばかることなく喜び(と、かすかな痛みと悲しみ)を自分だけの物とできることに安心してわたしはうれしがつてゐる。
書き落としてゐたのだけれど、詩人の吉原幸子氏が去る11月28日に死去されたのであつた。享年70歳。『オンディーヌ』はじめ氏の詩集を一時期かなり傾倒しつつ愛読したことがあつた。12月はじめにニュースでその訃報を知つて以来、惜別の情は今なおゆらゆらと続いてゐる。■朝:昨晩の残り物。昼:うめがゆ(缶詰の貝柱をトッピング)、けんちん汁。夕:よしぎゅうの牛丼(並)、ひじきの煮物、小松菜のサラダ、豆腐とわかめのお味噌汁。
晴れのち曇り。いつときほどは寒さを感じない。今夜10:00〜11:20放送のTBS系「ブロードキャスター」で中島みゆき特集あり。テレビ欄にトップ項目で載せられてゐるけれど(“地上の星”が新記録 中島みゆきが輝く理由)、この特集があるといふ予告、中島みゆき公式ページほかでも紹介されてゐるので観る価値のある(?)内容かと、と、ゴシップや裏話ではない、正面切つてのスタンスでの特集みたいである。「期待しすぎてがつかり」になりさうな予感はするのであるが、やはり必見必見、とビデオ録画などの準備中。考えてみると、中島みゆきが世間にかうやつて世間に「語られる」のはだいたい十年に一度は必ずあつたやうに思ふ。いちばん語られたのはたぶんやつぱり80年代はじめ〜中頃で、ちやうどわたしがファンになつた前後のころ。魔女、とか、歌姫、とか。女神とももう言はれてたんぢやなかつたつけ?そのへんはまあ70年代からの流れでもあつて、ただオールナイトニッポンや明るい響きの「悪女」ヒットもあつたから中島みゆきイコール暗い、であつた70年代に比べて80年代は「実は明るいみゆき」として、内面と外面が違ふ故にか神秘性がよりアピールされてゐたのではなかつたか。音楽ライター以外にも呉智英、吉本隆明、筑紫哲也ほか多くの「知識人」が評を発表し、対談集が出されもして華やかであつた。それらある種(懐かしの)サブカル的な中島みゆき論隆盛のほかに、天沢退二郎・谷川俊太郎氏による高評価などもあり「詩人」みゆきをまともなスタンスで先進的な文芸分野が取り上げはじめてゐたころでもある(、と思ふ)。90年代には「空と君のあいだに」(ドラマ『家なき子』主題歌)や夜会のことで。そして今00年代、「地上の星」中島みゆき、もしかしたら大人への応援歌とか癒しとか慰め、とかいはれる?世情の悪いときに強い、不況に強い、とかといふ分析もされちやつりしまいか(笑)、笑、となんだかどこか可笑しくなつてしまふのはやはり、もう中島みゆきはこれまでもうさんざん語られてきたのだからなあ(そしてここでもわたくしめがまたまた語つてゐる!)といふことで、ここまで、18:51記す。
ブロードキャスター。実質的には「地上の星」について、世のおじさんたちに語つてもらつたといふ内容だつた。プロジェクトXのパロディで締めくくり。自分としては概ね予想通り、どちらかといふとがつかりだつたのだけれど(深みがゼロなんやもん)、中島みゆきをあまり知らない人に対しても果たして興味を満足させる内容だつたのかどうかは、なんだかこのごろよくわからん、いはゆる「世間」とわたしの感覚のずれはきつとあるだらう、ほのぼのしてをりよかつたです、と評価する人もファンの中ではいるやうだし。ああいふ内容を素直に享受できない自分に対し幼稚くさく少し自己嫌悪に走つてしまいさうだ。
でも、インタビューのなかの、あの歌を聴くと「まだがんばれる」と思へるのだ、といふ声にはちよつとはつとさせられたのである。あの歌に過去への追想や慰謝を見出すのでもなく、自己陶酔とも応援歌とも少し違つて、自分自身のプロジェクトX物語を紡ぐ感覚なのかなとも思へたが、そんな分析以前に、なんだか頭の下がる思ひもすこししたのである。さういへば、あれは過労死礼賛だ過酷労働を呼び込む歌だ(正確には番組への批判だつたか?失念)つていふ新聞投稿が少し前にあつたつけ。■朝:昨晩の残り物。昼:長崎チャンポン、菜っぱのゆでたの。夕:明太子スパゲッティ、ソーセージ、レタスとトマトと赤ピーマンのサラダ・いわし蒲焼き添え。
晴れのち曇り。初練習日。お年賀がわりにもらつた「地上の星」「アメージング・グレース(ギター・ソロ譜)」を試奏。終わつたあとイタリア料理店で新年会。北朝鮮がNPT脱退を宣言、の大きなニュースにびっくり。うーむ。■朝:昨晩の残り物。昼夕:ビュッフェスタイルでイタリア料理。軽く食べ、軽く飲む。
晴れ。体調はましになつて、眠気と軽い吐き気はちよつと残つてる。コンピュータの画面やテレビの画面に一定時間以上向かふと頭がくらくらしてきて気持ち悪くなり、駄目。「ちらつき」があかんのかな。
★コニー・ウィリス『ドゥームズデイ・ブック』(大森望訳、早川書房夢の文学館、1995.10、ISBN4-15-207966-5)[bk1/amazon]読み始め。原題:DOOMSDAY BOOK by Connie Willis, 1992。2054年のオックスフォードから幕開け。タイムトラベル技術が確立されていて、歴史研究のために利用されている(みたい)。史学部の学生キヴリンがいよいよ暗黒の中世(つい先日まで危険度ランク10と認定されタイムトラベルはできなかった!)イギリスに旅立った…。といったへんまで。ちょっと読んだだけだけどこれめちゃくちゃ面白い!文学心、語学ゴコロ、中世への興味ゴコロがくすぐられております。牧草地の生け垣のサクソン(死垣)とノルマン(サンザシ)の違いとか(p.55)…もうわくわくしちゃう。
★以前にも少し触れたことであるが改めて。ちくま文庫から全12巻の予定で刊行中の『内田百間集成』(閒けんは門構えに月)シリーズ、2の『立腹帖』3の『冥途』、文庫で手元に置いておけるのはやはり貴重だとおもつて買ひ、ぱらぱらめくつてみたのだが、どうしても感覚的に自分には駄目、許せない、とまでいふと大げさだが。この集成では、表記が「新漢字、現代かなづかい」に、またカタカナ語の表記も「拗促音等は半音」となどに改められてをり、それだけでもう作品の印象ががらり変はつてみえてしまふ。正直コレは、元のままの百閒の文章を知つてゐるひとでないとわからないことかもしれなくて、自分もそれで愛読した経験がなければ何の抵抗感も持たなかつたかもしれないが…。理屈としてうまくこの気持ち悪さ、拒否感を説明することができない。が、今すぐ手に取れるところで中公文庫の『御馳走帖』(1979.1)、こちらは正かな、めくつてみると序などでは漢字カタカナ文のままなところもあるくらいで、さういふところの古めかしさに自分は惹かれてゐるのだらうか?でも、活字面が四角くてぱきぱきしてゐてきれいなのであるし、百閒は客観的にいふなら「古い人」であるのにその異様なまでに細かな感覚が現代の我々と通じるところがあり、そのへんの有様おもしろさをば本来の百閒の文章から見て取れるわけではなからうか、と、我ながらすさまじく感覚的なことである。書いてある内容は「現代かなづかい」になつてゐても変はつていないはずなのになんでこんなに違和感を感じてしまふのだらう。やつぱり自分でもよく分からない(…だから、論理的な理屈を並べることもできない)。■朝:昨晩の残り物。昼:たぬきうどん、ブロッコリ。夕:まぐろの山かけ御飯、根菜の具だくさんお味噌汁、レタスサラダ。
晴れ。昨晩から軽く体調不良。それは突如はじまつた、吐き気と軽いめまいと頭痛。体が重い。以前食あたりになつたときと同じ症状なのでまたもやと観念したのだが、胸のあたりの気持ち悪さが長時間続くし吐き気だけでかがみこんでも実際には出てはこないしで(うぷ)、症状が激しくないのでもしかしたらかういふ症状の風邪なのかしらん。ぶるぶるぶる、やだやだやだ…といふより、今動けなくなるととても困る悪いタイミング。いつもよりもやや大人しく過ごす、つて怠ける口実か^^;。■朝:昨晩の残り物。昼:リンゴジュース。夕:卵雑炊、大根の煮物。
曇りのち晴れ。うーんかういふのつて顕著だな、ちよつと気を抜いたらとたんにはさみの片刃ですぱりと右手の小指の付け根を切つてしまつた。C..の書店で買い逃してゐた講談社『IN★POCKET』2002年12月号(巻頭特集 村上春樹)購入、新★堂でラデツキー行進曲の入つたバーンスタイン/ニューヨーク・フィルのマーチ名曲集を購入。レジ前の華々しい場所に中島みゆきコーナー、といふより正確には「地上の星」コーナーが作られてゐた。■朝:昨晩の残り物。昼:力うどん。夕:炊き込み御飯、大根とわかめの煮物、豆腐とネギのお味噌汁、ゴボウサラダ。
読書メモ。★P.D.ジェイムズ『死の味』全2冊(青木久恵訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、1996.12、ISBN4-15-076608-8(上)ISBN4-15-076609-6(下))[bk1上 下/amazon上 下]、読了。詳しい感想はまた後日書くかもしれないけれど、ジェイムズらしく当然のように(!)ヘビーだったのである。で、ヘビーな内容、広大な物語世界に比べたときに犯人が普通以下のしょぼい人間で、しょぼい描かれ方でその点だけどうしても物足りなく感じちゃう。でも実際の犯罪、現実もこんなものかもしれない。
快晴。寒さ少し緩んで日だまりは暖かい。ニッポン放送で中島みゆきの新ラジオ番組「ほのぼのしちゃうのね」スタート。朝10:00〜10:10、月〜金、といふのがなかなかキツい。やつぱりみゆきさんといへば、夜なんちゃうんー。紅白の最高瞬間視聴率が出た。中島みゆきが歌つてゐた「午後11時1分に瞬間最高視聴率52.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)」(ZAKZAKほか)。後半の平均視聴率は47.3%(同、ほか)。いまさらのネタを引つぱりだしてきての面白半分記事が週刊誌に出始めた。やれやれ。世間では「仕事始め」。こちらはばたばたと片づけものなど。あつといふ間に一日が暮れてしまい嗚呼、時間が足りない。日脚がだいぶん長くなつてきた。■朝:昨晩の残り物。昼:天津飯、青梗菜のおひたし。夕:ごはん、カキスープ、じゃがいもサラダ、みかん。
晴れ。厳しい寒さ。ジョージ・ロイ・ヒルへの追悼といつた気分で久しぶりに○映画「スティング」THE STING('73・米 ジョージ・ロイ・ヒル監督、David S. Ward脚本、ポール・ニューマン/ロバート・レッドフォード/ロバート・ショウほか)を、なんだか作りの甘い(英語音声、字幕は多言語対応…)レンタルDVDで観る。うーむ。もう古典的名画、といってよいものなのだが、やはりこの映画の性格上、具体的内容をオープンテクストにしてしまうのはまずいだろうと、だからあれこれ書けないのがもどかしいのだが、やはり傑作なのである。ラグタイムを浴びながら(スコット・ジョプリンのピアノで主題曲The Entertainer)、笑えて、驚いて…感情を程良く忙しくさせられる。その程良さがなんとまあ贅沢だあなあ。んでもつてレッドフォードの動きの軽快なこと!しかし幾分かは「過ぎ去りし贅沢に酔う」といった、哀悼めいた気持ちもなきにしもあらず。シンプルで力強く面白い映画、このごろこんなのあるかな。ハリウッドは映画を巨大産業としそれ故に万人向けにわかりやすくせねばならなかった、そうしたことで映画はむしろ退化している部分も(映画に限らず、文化全般にいえること、かも、しれぬが)あるのだろうと、つくづく思わされもし、そして撮ったた人演じた人の今、映画を取り巻くシーンや観る人間のがわの変化。歳月のなんと残酷なことよ。129分。
※必要に迫られてスキャナを購入。近所のコンピュータショップで、だいぶん安くなつてきてゐるEPSON GT-9300UF。2400dpi、だつて。フィルムスキャンを(よくわからんまま、必要に迫られて)してみた。ネガをホルダにセットしてうぃんうぃんと6コマ連続スキャン。少しがんばつて、一気にサイトにアップするところまでいけた。うぉ、こりは便利っす。ほかにもごにょごにょと手持ちの(自分にとつて)貴重な古いチラシなどを取り込みデスクトップの壁紙にして欣喜雀躍してみたり、してゐる。。■朝:おもち、コーンスープ、みかん。昼:きのこスパゲッティ、野菜ジュース。夕:デリバリーのピッツァ、大根とコーンのサラダ。
快晴。ニュースでは夜半、凍結などの交通被害が多かつたことを伝へてゐるが、こちらは日差しさんさんと溢れ、寒かつた昨日とは打つて変はつて日だまりは眠たくなるほど暖かである。しかし西風が猛烈に強い。路上駐輪の自転車がチャリンと音を立ててひつくりかへり、風に気がついて片づけることをしなかつた店の立て看板のぼり旗などがなぎ倒されてゐる。そんな少し荒れ模様のまちを歩いて、マイカル・シネマズで○映画「マイノリティ・リポート」MINORITY REPORT('02・米 スティーブン・スピルバーグ監督、スコット・フランク/ジョン・コーエン脚本、トム・クルーズ/コリン・ファレル/サマンサ・モートン/マックス・フォン・シドーほか)を観る。2054年の世界。2時間25分、途中ちよつとだれてしんどかつたが、どんでん返しがちやうどそのころにきつちり作つてあつて乗り切れた。うーん、巷での評から予想してゐたよりもずつと面白かつたのである。ノワール風に荒らしてあつた映像の工夫も大きいかな。全体的な印象としては、パンフにあつたアレックス・マクドウェル(プロダクション・デザイナー)インタビューからスティーブンは、もともと大災害や世界戦争が起こった後ではない未来を予想したいと言っていたよ。今日の社会が論理的に進化し前進したものをね。僕たちにとってのキーワードは“サイエンス・フィクション”ではなく“フューチャー・リアリティ映画”だったんだよ
、これがまさに言ひ得て妙だつたんではないかと思ふ。ハイウェイシステム(“マグ=レブ”システム)は、かねがねわたしが家族などに「かうなつたらいいのにぃ〜」と熱つぽく語つてゐた夢物語ともう非常にそつくりだつたので驚愕驚喜であつた。電波な言ひでいふと「頭の中を覗いたな!」て、つまりさういふうれしさ。さつさとああいふ車社会になつてほしいよ、いい加減に。終はつたあとは初売りを終へて冬物バーゲンに移行した店みせをぶらぶらのぞき、書店で雑誌を買ひ、中華料理店で晩ご飯、電車が長く来ない時間帯だつたのでスタバでカフェ・モカ。もちろん美味しくて好きなのだが、微妙に粉つぽいところや香ばしさが(インスタント)コーヒーとミロを混ぜた子供の頃の冬の飲み物とちよつと似てゐてどこか懐かしい味でもあるのだ。■朝:海苔巻きお餅。ほうれんそうのお味噌汁(インスタント)。昼:天ぷらうどん、ごはん、昨晩のスープ残り。夕:中華料理店で、中華おこわと点心のセット、八宝菜、ポテトと海老のマヨネーズ和え、生ビール。
昨日あんなに晴れていたのに夜いつの間にか雪になつてゐたいで、起きてみるとパウダーシュガーをふりかけたやうに木々の葉や屋根が白くなつてゐた。分厚い雲に覆はれて天地は灰色、ときどき雨ぱらついて凍えさうな一日、気温は0度あるやなしや。小雪舞ふ駅伝中継の画面。駒沢大学が9区逆転で優勝、往路優勝の山梨学院大学は2位に終はつた。それをぬくぬくした部屋(といふのは形容詞的なことで、実際はあまりの寒さに暖房が充分に効かず薄ら寒かつた)で眺め、そのあとはNHKで時代劇のはしご(信長、小栗上野介)をしながらギターの練習に励む。いろいろな音色を出したいと試行錯誤していたら、音の抜けが急に良くなりそこでちよつとひらめいた。ぼんやりした音にこのごろなつてゐたのは自分の右手のせいだつたのだ。右手の形が崩れてゐたから、弦に指先が良い角度であたらず、それで特にナイロン弦がポコポコといふやうな音になつていたのだ。と、気がつけたので、修正に励んでゐるところ。昨年は弾くことに忙しくひどいときには物理的に「弾き捨て」状態だつたときもあり、さういふときにはどうしても左手に神経が行く。そんな効率重視の演奏活動だつたせいか右手が、楽な風に崩れてしまつてゐたのだ、と思ふ。右手を矯正し終えるまで、正しいポジションにかたまるまではしばらくは丁寧に意識して弾くことを心がけるつもり。夜になつて大雨。■朝:パイナップルジュース、クラッカー。昼:雑煮、菜っぱのおひたし、しそちょろぎ。夕:ごはん、レタススープ、アスパラチーズ巻き、ポテトサラダ。
快晴。やや風はあるが冬の天気としては最高の部類。空気が澄んでいるから景色もきれいで呼吸も楽。箱根駅伝を応援(といふより、関西の大学出身者としてはしがらみもないので、見物)に。歩いて15分ほどでルートの沿道に行けたので(前の家からだと30分以上歩かねばならなかつた)ぐんと近くなつて予定以上に早く着いてしまひ、旗をもらつて余裕で(寒さに震へながら)待つ。で、ランナーはあつといふ間に通り過ぎていつた。そのまま海岸まで散歩に行き、ぐるつと2時間ほど歩きまはる。浜は北風が防砂林に妨げられてまちなかよりもずつと暖かに感じられ、波のわりと高かつたこともありサーファーが数メートルおきに並んでいるやうな状態だつたので、しばらくこちらも日向ぼつこがてら「見物」。すつかり体が冷えて痛いほどなつてからぶらぶら帰宅しテレビをつけて確認すると、おや、4区で逆転して山梨学院大学が往路優勝してしまつた。そのあとはテレビ東京の忠臣蔵を観ながら、だらだらのんびり。私信。郵便振り込みは3が日休業でした。スミマセンうっかりしてました。■朝:雑煮。昼:サンドイッチ、サラダなど。夕:そばめし、おせち、大根サラダ、りんご。
曇りのち晴れ。雪はまだ降つてゐないし外もまだ暗く澄んでゐるが、もし降るなら雨ではなく雪だらう。冷え込みがきつくなり少し外に出たら張りつめきつた空気は頬に痛かつた。いま、紅白のラジオ録音を聴いてゐるところ。映像なしで聴くと、緊張感が声に出てるのがよく分かる。平井堅の歌い出しの音はギターのリード音より低く入つてしまつたやうにやつぱり聞こえる。さつき生放送で観てるときも気になつて一瞬ひやつとしたんだけれど…ああいふ、アカペラは、最初から最後までアカペラで歌ふのならまだしも(もちろんそれもすごいことだけれど)、途中から伴奏楽器が入つてくると本当にすごいと感心するのである。…絶対音感がないと歌の着地点と楽器の出だしの音なんてうまく合はないはずで、それがぴたりと合つて透明なハーモニーとなつた場合は身震ひしたいくらいやつぱり感動、する。すごっ!さすがっ!つて。
わたしは人から見るとギターのアマチュア「演奏家」、なんだらうと思ふ―自分ではとてもさうは思へないのだけれど。だつて独学でインチキな奏者なので…自己規定ではせいぜい、合奏やアンサンブル専用の演奏家なのであるが、でもまあ、さういふ顔をしてアマチュア演奏活動してをり、ゆへに、ステージ上でアガつてしまふ経験を重ねてきてゐる。初めてのサロンコンサートでは演奏前の曲紹介の途中で体がすうと冷たくなつて勝手に震へはじめ、止められないまま演奏が始まつてしまひ左手は大丈夫だつたけれど右手はぶるぶる震へ続けたままで結局、演奏がメロメロに、といつた苦く悔しい経験をした(このごろはそこまでアガることはだいぶ減つた)。そのときわたしをリードしてくれたのは、アガり症のプロのソプラノ歌手。…紅白出場歌手はみなさうだつたけれど、緊張したりアガつたりしてゐるだらうにそれでも自分を出しながら堂々と歌ひきる歌手のみなさんは、さすがプロ、やつぱりすごいと思ふ。「弾けないところがあつたとき、アマチュアは、まあいいや、といへるけれど、プロはそれでは許されない。プロは弾けるやうになるまで何百回でも繰り返して練習するんだ」と以前、マリンバ奏者の方に教へていただいたことがある。うん、アマチュアとプロは違ふ。それでも、同じ「音楽を嗜む者」としての部分はあつて、その面でとらへたときすべての歌手を好き嫌ひではなく音楽家として考へることができて、で、心から尊敬できるのです…。
まさに紅白効果。Amazon.co.jp musicランキングでなんと中島みゆきのSingles2000(『地上の星』『ヘッドライト・テールライト』所収)が1位、「地上の星」シングルが3位(午前6時過ぎ現在)。やまは、ここぞとばかりに供給踏ん張るのだぞ!
年賀状。未年にちなんだ絵をあしらつた人は少なくて、かわりになぜか写真入りが多い。デジタルカメラやプリンタの普及も関係してる?かく言ふ自分も、長らく会つていない人への賀状は写真入り。USJで園の人に撮つてもらつた写真を使つたものにした。■朝昼:雑煮、おせち。夕:カニ御飯、小うどん、ポテトサラダ、トマト。
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