相馬さん著 


 西に海、東に山、その中央の草原に一人の若い共和国軍の指揮官が立っている。その背景に溶け込む様にして彼の軍は、挟撃の陣をひき、来るべき敵をその内に秘めたる憎悪と共に待ちわびていた。
吹き荒ぶ風。あの時と同じ風が吹いている。嫌な海からの湿った風。
肌にベトつく感じ。そして、あの時の憎しみが蘇る。初めて自分の指揮官としての能力の無さを痛感されたあの時。自分の判断の甘さを呪ったあの時…

―――数ヶ月前…
港町での突然の帝国軍との戦闘、湿った空気が辺りを占領し、新鮮な鉄の香りが周囲を漂う。そして、人形のように固まった兵士がそこら中に無残に残されている。そして、最後に残された兵士が倒され、そこには女性の指揮官が立ち尽くしていた。
「ステラ!早く逃げるんだ!」
青いマリンブルーの髪がきらきらと光る一人の将校が、港より離れ行く船の上から懸命にそして願うように叫んだ。
「船を、戻せ!戻してくれ!早く!」
「し、しかし、この状況では我々も全滅の危険性が…」
兵士は答えた。無理も無い、周りは、味方兵士の死体の山。
誰も、進んで戻れる状況では無かった。
「お前らの命より、ステラだ。ステラさえ…」
「だめ、来てはだめ、絶対に!私の、皆の命が無駄になる!だから…」
指揮官としては、当然の判断。これが戦場。
彼女は、青年将校よりも戦場の理を理解しているようであった。
だが、彼に届くはずも無く…
「しかし!だからといって、お前を死なせる事はできない!」
しかし、ステラと呼ばれた女性は、覚悟を決めた様子で敵の指揮官らしき人物に最後の止めを刺されようとしていた。
「あなた、私の分まで生きて、そして…」
「ステラああ!逃げてくれぇぇ。止めてくれ、殺さないでくれええ、彼女にはまだ…」
それを静止して、帝国側の指揮官は口を開いた。
「君に恨みはないが…」
その瞳には、冷徹だがしかし憂いを含んだ輝きがあった。
しかし、その次の瞬間、その目は真っ赤に染まった…
「ス、ステラああああぁぁぁぁ」
普段、物静かな船着き場に絶叫がこだまする。
「う、ああああああああぁぁぁぁぁ!!!」
青年の目からは血のような涙が流れ、髪の毛は微妙に逆立っているように見えた。しかし、無情にも船は更に沖へと離れていく。
「ていこくおおじいいいい」
声にならない声で、敵の指揮官を睨みつけそして、叫んだ。
帝国王子と呼ばれた敵の指揮官は、それを無表情に見つめていた。
「メディオン!この恨み必ずはらしてやる!必ずだ。この屈辱を必ず!お前を地獄に落としてやる。いや、もっと深い恐怖と屈辱を与えてやる!」
遠く離れていく船の上で、青年は絶望とも絶叫とも分からない吠えるような声で、その少年に復讐を誓った。

そして――――
今、正にその帝国王子に、仇敵に、絶望を恐怖を屈辱を与えるその時がやって来ようとしていた。
「敵はジュリアン軍。しかし、斥候の情報によると、帝国第二夫人メリンダと帝国の王女イザベラが従軍しているそうだ。これで奴を、帝国王子を憎きメディオンを絶望のどん底に叩き落とす事ができる!」
更に半刻が過ぎ、ジュリアン軍がその眼前に姿をあらわした。
青髪の指揮官の傍らに、異様な仮面を被った輩が音も無く現れた。そして、その仮面は、淡々としゃべった。
「手筈通りにお願いしますぞ」
「分かってる、お前らと利害は一致している。ステラの仇、ジュリアン軍は皆殺しだ。行くぞ皆の者!」
そして、ジュリアン軍と邪教軍は相対した。
「我が妻ステラの仇を!帝国王子に憎しみを!メリンダの首を!」
そう言い捨てると、全軍に戦闘開始の合図を出した。
「待って!それは…」
ジュリアン軍のケイトが何かを言おうとするのを咎めるように、ある者を確認したジュリアンが静止した。そして、ジュリアンはメリンダにも目で合図を送った。
「……」
メリンダは、自分の息子の行為を受け入れるかのように自分を押し黙らせた。
軍師であるブレスビィが一言言った。
「まだ時間がかかるか…辛い戦いになりそうじゃな」
そして、激しい攻防戦が始まった―――

更に半日が経過し、ジュリアン軍が優勢に軍を進めたいた。
「ジュリアン軍…手強い。これほどまでとは。これが本当に寄せ集めの軍隊なのか?傭兵が指揮する軍隊なのか?」
兵士にも疲労の色が見られるようになった。それからは崩れるようにして、ジュリアン軍の快進撃が始まった。邪教軍の士気は落ち、残すは、指揮官二人となった。
「強いなジュリアン軍…私はまた同じ過ちを繰り返すのか…仇もとれぬままここで倒され朽ちるのか…」
「もう良いじゃない。十分でしょ?だから…」
又も、ケイトに割って入ったジュリアン、プロフォンド将軍の背後の異形の仮面を被った者に殺気を感じた。
その皆が気の緩んだ刹那、プロフォンドのすばやい動きに誰も反応する事が出来なかった。そして、彼は右手のナイフをメリンダの喉元に突きつけていた。
「これで私の復讐は果たされる」
一同は、身動きが出来なかった、何故なら、プロフォンドの目には、狂気の劫火で満ち溢れており、少しでも、下手な動きをしようものなら彼の手に持ったナイフが容赦無くメリンダの喉元を切り裂きそうであったからである。その形相は、正に復讐の炎で醜く変わった修羅のようであった。
短い沈黙の後に聞き覚えのある声があたりに響いた。
「あなた、そんな事はもうやめて!」
「お、お前は…」
その時、背後にいた仮面の男は舌打ちをし、プロフォンドにナイフで切りかかった、それに気付いたジュリアンは、とっさに体が動いていた。視界が紅くなり腹に激痛が走ったが、それでも手に持ったブレードに力を込め一太刀のもとに仮面を倒した。しかし、疲労と腹の傷によってジュリアンも地面に崩れ落ちた。

戦い終わって――――
「何故ステラは生きている?何故戦う前に…何故今まで黙っていた?何故ジュリアンは敵の私を…」
プロフォンドはステラやジュリアン軍そしてメリンダを質問攻めにした。
「言いたい事は分かるが、質問は一つずつじゃ」
ブレスビィがたしなめる様に言った。
「お主の奥方の事なら、ホレ本人に聞かんか」
ステラが重い口を開いた。
「あなた、今まで黙っていてごめんなさい。仕方なかったの…でも、私は生きているわ。こうして…」
「だから!どうしてだと訊いている!お前はあの時確かに…」
「私はあの時、メディオン王子に止めを刺されたわけじゃないのよ。これは、メディオン王子の温情で私を行軍させないためにやった事なの、私とお腹の子供のために…」
「そ、そんな、私は確かに…それに…お腹の子?」
「あの時既に私のお腹には貴方の子供がいたのよ。」
「しかし、何で私とお前を引き離すような行為を王子が…」
「それはワシがお答えしよう。王子は気付いてしまったのです、戦闘の最中しきりにお腹を気にする奥方のお腹に赤ん坊がいる事を、そして、同時にそんな夫人を一緒に行軍させる事が母子ともに危険である事も同時に分かってしまわれた。しかし、あの状況では一旦戦死させるしか、たとえ人殺しの汚名を着ようとも、そうするしか出来なかったんですじゃ」
「そのおかげで、見て!可愛い男の子よ。一週間前に産まれたの」
ステラは、寝かせていた赤ん坊をプロフォンドに見せた」
「!?」
プロフォンドはキツネにつままれたような面持ちで子供を覗き込んだ。
「この子が、私の…」
「出産のために、ジュリアン軍より半日遅れて街を出発したので、戦闘が長引いて…」
「それは違いますぞ、どうなっていても結果は変わらなかったようじゃ」
「何てことだ。私は、妻と子の命の恩人を仇と思いここまで…憎みながら、ただ復讐だけを考えていたのに…私は…私は…」
「そう自分を責めなさるな…これもまた戦争の弊害。王子も十分承知しておるつもりですじゃ」
「では、何故戦いが始まった時に、いや私がジュリアン軍と相対した時に教えてくれなかったんだ?」
「それはジュリアン殿がそう仕向けた事です」
メリンダが口を開いた。
「あなたの背後にいた仮面の僧も又知っていたのですよ。ステラ様が生きていた事を。そして、ジュリアン殿もまた、あなたの命を気にしていたのですよ」
「?!」
「あなたがそれを知るとどうなるか分かったでしょう。ステラ様の声が聞こえた時の仮面僧の行動を」
「まさか…」
「そうです、貴方がそれを知ってしまったら、必ず仮面僧の敵になりましょう。そうなると、貴方は真っ先に味方から攻撃を受けるでしょう。それを危惧して、ぎりぎりまで伝えるのを躊躇っていたのです」
「な、何と…ふふ、そのせいで、私の命を守るために彼は傷ついた…か…」
「まだ、眠ってます。グラシア様が直々に治療をなさってます」
「何と不器用なヤツらだ…だから余計にこたえる、その優しさが…メディオン王子も、ジュリアン殿も…まったく…何という指揮官だ。」
彼の目からは一粒の光が零れ落ちた。そして、彼は決意するのだった、彼らと共に、死んでいった者達の償いするために、北へ…この愚かな戦争を一刻も早く終結させるために、そして、二度と同じ目にあう者を同じ思いする者を無くすために…今度こそ愛する者達を守るために…





「なあ、ステラ、子供の名前もう決めたのか?」
「いえ、まだですわ」
「良い指揮官になるように、メディオン王子とジュリアン殿からもらって、メディアンとかどうかな?または、ジュリオン…」
「あなたに任せます…」
「でも、しかし…」
「じゃあ、もっと強い子になるように我が共和国の勇子シンビオスの名前も借りて、ジュメシンというのはどう?」
「何故?シンビオスを?」
「女の勘、みたいなものよ」
「女の勘か…」