ザインさん著 

「来ますよ、シンビオス様!」
ダンタレスの声に、シンビオスはハッと目の前に意識を戻した。僅かな時間だがぼおっ
としてしまったらしい。既に相手は陣形を整えているのがシンビオスの目に見えた。
 相手は、最近噂されていた謎の仮面僧の集団だ。仮面に隠されたその表情を伺うこ
とはできないが、その全身からは殺気をみなぎらせている。
 まだ実戦経験の無いシンビオスは、僅かながら自分の体が恐怖のために震えている
のを感じていた。訓練はつんでいたが、実戦とは大きく異なる。なんといっても命のやり
とりが行われるのだ。僅かな油断が死を招くことになる。

 だが、彼の傍らにはフラガルド一の槍の使い手と言われる騎士ダンタレス。おてんば
だが、高い魔力を秘める魔術師マスキュリン。癒し手である僧侶のグレイスがついてい
る。シンビオスの部下でもあり、最も信頼できる仲間。
 彼らの、シンビオスに対する期待と信頼。その眼差しを感じて、シンビオスの勇気が
大きく膨れあがってゆく。恐怖を振り払い、彼は訓練で手にすっかりなじんでいる愛刀
を腰から抜きはなった。日射しを反射する剣の輝き・・・その光を受け、シンビオスは今、
初陣に挑もうとしているのだ・・・・。

 帝国のバーランド制圧という事態に、かつて勇敢な剣士として名高いフラガルド領主・
コムラードは病のため、帝国との和平会議への出席を断念せざるをえなかった。
 しかし、代わりの使者としてその息子・シンビオスはまだ若輩者ながら、和平会議の
地・サラバンドへと赴いていた。
 まだ経験の浅いシンビオスに対し、共和国代表国王ベネトレイムは、一般の民の話
に耳を傾けるようシンビオスに命令し、情報収集の名目でサラバンドの町へと送り出す。
ダンタレス、マスキュリン、グレイスの3人を共につれて人々の話を聞くシンビオスは、
しかし迂闊にも帝国寄宿舎付近へ足を踏み入れてしまう。
 それを帝国憲兵に見とがめられ、侮辱を受けるシンビオス達。腹を立てたダンタレス
が帝国憲兵を挑発し、あわや戦闘寸前となった。

 だが、そこに颯爽と現れた帝国第三王子・メディオンの計らいによって、最悪の事態
は免れる。後に大きな運命の中に飲み込まれていく二人の出会いは、しかし突如響き
わたった爆発音によって終わりを告げる。
 慌てて共和国寄宿舎へ引き返すシンビオス達は、町の広場にて謎の仮面僧集団に
遭遇。今の爆発音についての会話をしており、シンビオスの誰何に対して戦闘態勢を
とったのだ。

 実戦経験こそ無いが、シンビオスの知識はコムラード直伝のものだ。小集団戦闘での
戦術をシンビオスは思い出しながら、それを現在の状況に当てはめていく。
 敵の人数は5人。いずれも曲刀を右手に構え、盾は持っていない。鎧もほとんど無き
に等しいようなので、防御力は高くないであろう。
 傍らに佇むダンタレスの武器はランスだ。剣に対しては抜群の威力を発揮するので、
複数の敵にも遅れを取ることはないだろう。
 後ろに控えているマスキュリンの魔法も、一撃で敵に致命傷を与えることができる筈。
怪我もグレイスの奇跡で治療できる。万が一の為にシンビオス達は武装を万全に整え
ていたので、五対四の人数差でも総合力はこちらが上、とシンビオスは判断した。
「マスキュリン、下がって魔法での援護を頼むよ。グレイスも下がって治療に専念。ダン
タレス、僕たちから離れすぎて背後を取られないように注意してくれ。」
「承知しました!」
「はいっ!」
「分かりました!」
 シンビオスの指揮の元、各人僅かに散開する。あまりに近すぎると、味方の武器がぶ
つかってしまう危険があるからだ。
 そして、ケンタウロスであるダンタレスは移動力が極めて高い。敵との戦闘に気を取ら
れると味方との距離が離れてしまい、背後から敵の攻撃を受けることになりかねない。
指揮は、人数差を考慮した上での、シンビオスの的確な判断と言えるだろう。

 シンビオスの前に構えるダンタレスに、まず仮面僧の一人が躍りかかる。と同時に、
回り込んできたもう一人の仮面僧がシンビオスの前に立ちはだかった。曲刀を振り上げ
て飛びかかる仮面僧の攻撃を、シンビオスは左手に構えた盾で受けようとする。
 だが仮面僧は体を回転させ、裏拳の要領で斬撃をシンビオスの右側からあびせかけ
た。
 右利きの相手の攻撃は、通常左側から来る。体の左半分は盾が覆っているため、防
御力はかなり高い。故に攻撃を受けられるという自信がシンビオスを油断させた。
「くぅっ!」
 シンビオスの右腕に血が広がる。とっさに剣で攻撃を受け流したが、十分ではなかっ
たようだ。深い傷ではないが、その一撃はシンビオスの体勢を大きく崩していた。
「実戦は始めてかい、坊や!」
シンビオスのぎこちない動きを素人を見、仮面僧が嘲笑する。しかし笑いはすぐ悲
鳴に変った。はっと顔を上げたシンビオスの目に、炎に身を焼かれている仮面僧が映る。
「シンビオス様、今!」
 それがマスキュリンの魔法だ、ということを認識するより早く、隙のできた仮面僧に
向かって反射的に、シンビオスは崩れた体勢から無理矢理剣を振るう。

ドシュッ!

 手に、これまで感じたことのない鈍い感触が伝わると同時に、視界が赤く染まる。剣
はものの見事に仮面僧の脇腹へ、深々と食い込んでいた。

・・・致命傷・・・?

 どうっ、と地面に倒れる仮面僧の亡骸を、シンビオスは呆然として見る。

・・・死んだ・・・のか?・・・僕が・・・殺した・・・?

これまで見たこともない量の真っ赤な血が大地に広がり、すさまじい血臭が鼻孔の奥を
刺激する。それは、まだ生きているものを殺した事のないシンビオスに想像以上のショッ
クを与えた。

・・・死んだ・・・殺した・・・僕が、この手で人を・・・。

「きゃぁぁぁぁぁ!」
 そのショックに混乱をおこす寸前、シンビオスはその悲鳴で我に返った。必死に周り
を見回すと、仮面僧に斬りつけられているマスキュリンの姿が見えた。
「!!」
 ダンタレスは二人目の仮面僧にトドメをさしているところであり、グレイスももう一人
の仮面僧・・・マスキュリンの魔法で燃やされている・・・をくいとめている。傷を負っ
て地面に倒れている彼女を救える者は、周りにはいない。
「こ、このぉ・・・。」
「魔力が尽きたか、女。・・・今、楽にしてやる!」
 マスキュリンは凄まじい目つきで相手を睨むが、仮面僧は躊躇無く刃を振りかぶる。
その刃が落ちれば、マスキュリンの命は消えてしまうのだ。

・・・・死ぬ? まさか、マスキュリンが?・・・この仮面僧の様に?・・・・
・・・・だめだ・・・・そんな・・・・いやだ・・・・いやだ!!

 シンビオスの死への恐怖は、彼の体の自由を奪っていた。しかし仲間を救いたい想い
は、その束縛を断ち切るほど強いものであった。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
 絶叫しながら剣を構え直すと、シンビオスは仮面僧に向かって突進する。異様な気配
に振り向いた仮面僧は、慌てて防御の構えをとる。しかし、シンビオスの一撃は構えた
剣をへし折り、その剣は半ばまで仮面僧の鳩尾に深々と突き刺さった。
「うごぉぉ・・・・こ、こんな坊主に・・・・。」
仮面の下から、吐いたらしい血がドロリと流れ出る。しかし先ほどとはうって変わっ
て、シンビオスは平静を保っていた。
「僕は・・・・坊主じゃない。」独り言のように呟き、仮面僧から剣を引き抜く。骨を断
ち切る感触が手に伝わるが、彼は剣を取り落とすことなく、逆にしっかりと握りしめた。
「僕は・・・・、フラガルド領主・コムラードの息子、シンビオスだ・・・。」

 唇に冷たい感触を感じ、マスキュリンは意識を取り戻した。かすむ視界の中にシンビ
オスの笑顔が映る。血に汚れてはいるが、いつもの優しい笑顔だ。
「・・・シンビオス様?・・・」
「よかった。」ほっとした表情でシンビオス。薬草から搾り取ったエキスを彼女に飲ませ
たのだろう。マスキュリンの服が汚れないように、顎に伝って流れているエキスを、シン
ビオスは綺麗な布で優しく拭う。
 まだはっきりしない意識で見回すと、同じように倒れているグレイスをダンタレスが介
抱しているのが見える。怪我はしていないようだが、敵をくい止めるので疲れ切ったの
だろう。やがて立ち上がると、急いで2人の方へ駆けてくる。
 鼻孔をつく凄まじい血臭で、ようやく彼女の意識がはっきりする。5人いた仮面僧はす
べて息絶えているようだ。しかし、その死体が徐々に地面に吸い込まれるように消えて
いくのに気づき、マスキュリンは怯えた表情でシンビオスを見上げた。
「シンビオス様!・・・・怪我をなさっているのでは!?」駆け寄ってきたダンタレスが、
すぐさまシンビオスの傍らに跪く。言われて初めて気がついたように、シンビオスは力無く
たれ下がっている自分の右腕を見る。まだ出血が止まっておらず、赤い染みが徐々に
袖に広がっている。
「・・・気がつかなかったよ。」苦笑いするシンビオスに、慌ててグレイスが治療の奇跡を
神に祈る。光に包まれるアンクをそこにかざすと、徐々に傷の痛みが退いていくのが分かる。
「斬りつけられた瞬間以外、今まで痛みも感じなかったよ。」
「戦闘で気持ちが興奮している時は、よくある事ですが・・・。」奇跡の光が消えるのを待
ち、ダンタレスは心配そうにシンビオスの腕を取る。
「大丈夫。もう痛みも消えたよ。」ダンタレスの腕を握りかえし、よっとシンビオスは立ち
上がる。グレイスに感謝の言葉をかけると、同じく安心して笑顔を返す。
「ともかく、無事でなによりです。・・・しかし・・・。」
「・・・何者なんでしょう?、あの仮面僧達は・・・・。」すでに消えてしまった仮面僧達
の死体があった場所に、グレイスは気味悪げに視線を向ける。
「その答えを知るためにも、今は急いで宿舎に戻ろう。」感覚の戻ってきた右手を握りつ
つ、シンビオス。
「マスキュリン、立てるかい?」
「あ、は、はい!」
言われてようやく、マスキュリンは自分がまだ地面に座っているのに気がついた。
やや赤くなりながら立ち上がると同時に、シンビオスは共和国宿舎の方へ
体を向け、ゆっくりと歩きだす。爆発のショックから立ち直った人々が、ようやく騒ぎ始め
たようで、町の雰囲気が騒然としかけているのが肌で感じられた。

「・・・大丈夫ですか、シンビオス様?」横に並んだダンタレスが、不安げに問う。
「・・・やっぱり、人殺しは辛いものだね。」自分を心配してくれるダンタレスに、
シンビオスは精一杯の笑顔を向ける。
「やっぱり、練習と実戦は違う・・・。僕も、危うく自分を見失う所だった。・・・・ダンタレスも、初陣の時はそうだったかい?」
「そうですね・・・・無我夢中だったことしか、覚えてません。シンビオス様は・・・
お強いですね。」
「そんなことはないよ。・・・・でも・・・・。」
「・・・そうですね。」シンビオスの言わんとすることを察して、ダンタレスは厳しい表情に
なる。「・・・戦争が、始まるかもしれませんね・・・。」
 広場の出口・・・西地区への門へとたどり着いたとき、一度だけシンビオスは振り返っ
た。

 ・・・僕は、この戦いを・・・いや、これから起こる多くの戦いを忘れない。それが・・・
僕が倒す者達への、精一杯の礼儀だ・・・。
 命を・・・粗末にはしない。相手にだって、僕と同じように負けられない理由があるのだ
ろうから・・・。

 初陣を得て、若者は戦いの恐怖を乗り越え、多くのことを学び取った。そして若者は、
これから大きな戦いへと向かっていくことになる。だが、それは又いつか語られることに
なるであろう・・・。