◆昔からお茶が好きでしたが、特にのめり込んだのは、1994年夏に静岡を旅してからです。
その頃はまだ、お茶の観光施設が多くありませんでしたが、
岡部町の『玉露の里』や中川根町の『茶茗館』などで飲ませていただいたお茶の美味しさが忘れられず、
これほどまでにお茶好きになったのです。
◆その時の旅で買い求めたお茶の苗木を、ベランダの鉢植えで育てています。
◆お茶が好き、といっても茶道の素養はほとんどありません。
煎茶道は、カルチャーセンターで3カ月だけ習いました。千種流でした。
今は、裏千家のお稽古に通っています。ようやく、小習いのお免状をいただきました。
1999年の6月には人前で初めてお点前をやらせてもらいました。緊張したあ。
◆そして2001年1月には、日本茶インストラクターの認定試験を受験して、合格しました。
お茶好きもここまで高じたか、と自分でも感心してしまいます。(^^;;
◆いつか、日本茶喫茶店の亭主になることを夢見ています。
◆そんな私の、電脳喫茶店です。どうぞ、末長くご贔屓に。(^^)/
◇日本茶飲料の人気がますます高まっています。
次々に新しい緑茶飲料が発売されますが、その中でも最近の大ヒットといえば、
花王の「ヘルシア緑茶」とサントリーの「伊右衛門」でしょう。
◇このふたつのヒット商品、同じ緑茶飲料ですが味は正反対といっていいほど対照的。
「ヘルシア緑茶」はカテキン増量ということで渋味が半端じゃない。
対する「伊右衛門」は茶の甘味を引き立てたそうで、まろやかな味です。
正反対の味が、ともに品切れになるほどの人気商品になるところが面白い。
◇正直言うと、初めて「ヘルシア緑茶」を飲んだ感想は「渋すぎる!」でした。
二度と飲まないだろうと思ったものです。(その後、一度だけ飲みましたが。)
ダイエット効果があるにしても、あの渋さでは売れないだろうと思ったのですが、
ところがどっこい、大ヒット。
渋くても痩せるならば、ということで売れているのかな。青汁と同じだな、と勝手に納得していたのですが。
◇ところがある日、会社の女性が「ヘルシア緑茶」を飲んでいたので聞いてみると、
「美味しい」というのです!
えっ、渋くないの、と尋ねると、この渋さが美味しい、と。
他の茶飲料は味が頼りない、「ヘルシア緑茶」は味が濃くていい、とのこと。
そう言われれば、確かにペットボトルのお茶飲料は味の薄いものが多いなあ。
◇考えてみると、料理の味つけも伝統的な日本食に比べると濃くなっている現代、
お茶の味もそれに負けないものが求められているのかもしれません。
日本茶業界では、今もテアニンの旨味が引き出されているほど高級茶とされていますが、
そういう味が現代に求められている味かどうか、もう一度考え直した方がいいかもしれません。
◇と、そんなことを考えていたところ、
旨味を重視した「伊右衛門」が大ヒット。
おや、まあ、やっぱり旨味も求められているんだ。
消費者の好みは、一筋縄では捉えられません。
短絡的に考えちゃいけませんね。と反省した次第です。
◇なにはともあれ、まずはお茶を一服。ほっ、美味し。(^^)
◇「手作り」というと、
心がこもっているとか、丁寧につくっているとか、美味しいとか、そんなイメージがある。
パッケージに「手作り」「自家製」なんて書いてあると、ついつい手を伸ばしてしまう。
◇そんなわけで、この前、釜炒り茶を作ってみたときのこと。
茶摘みから釜炒り、手揉み、乾燥、仕上まで、ひとりでやってみた。
で、最初の揉みの工程で、お世話になった矢部村の茶農家の栗原さんは、
わざわざ少量の茶葉の揉捻ができる機械を準備しておいてくださったのだが、
いや、手揉みでやってみます、と機械を使わずに、えいや、こらさ、と茶葉を揉んだ。
せっかく便利な機械があるのに、と怪訝そうな栗原さんを横目で見ながら。
◇そして、でき上がったお茶。
「手作り」に満足していたのだが、やはり「最初の揉みが足らなかった。十分に水分が抜けなかった」と
指摘された。
◇そういや、製茶の機械化に貢献した高林謙三氏の製茶機械に手揉み名人が挑戦したが、
5日間勝負していずれも高林翁の機械が勝ったという話を聞いたことがあったっけ。
◇「手作り」が必ず「機械製」よりも美味しいわけではなく、
機械の手を借りた方が美味しくなることもある、というのは考えてみれば当たり前なのだが。
「手作り」とか「自家製」とか「自然仕立て」とか「天然」とか、
そういう言葉に惑わされてしまうことが多いことに反省。
◇とはいえ、自分自身でつくったお茶は、気分が美味しいのである。
たとえ少々渋くても、それはそれ、ああ自然の味だ、などと思えたリして。
◇なにはともあれ、まずはお茶を一服。今日は手作りのお茶で。ほら、ほっ、美味し。(^^)
◇日本茶は種類が少ない。
そう思い込んでいました。確かに中国茶や紅茶に比べると少ないとは思いますが。
日本で作っているお茶なら、飲んだことはなくても結構知っているつもりでいたのです。
ところが、まだまだ知らないお茶があったんです。驚いた。
◇そのひとつが「白茶」。
玉露の産地として知られる福岡県八女郡の星野村と黒木村で作っているお茶です。
白い葉のお茶で作ったそうです、これが甘くて美味しい。
玉露かと思ったほどの旨味を感じたのですが、玉露のように遮光はせずに育てているそうです。
葉緑素が少ないと、旨味がよくでるのでしょうか。
遮光して育てた玉露は葉緑素がより働いて緑色が濃くなるそうです。
旨味と葉緑素の関係はどうなっているのでしょう。
◇玉露と白茶を飲み比べてみると、玉露の方が複雑な味で、白茶はあえていうと単調な味。
白茶は旨味以外の味を感じないのです。
純粋な味、雑味がないといえばそうですし、
単調で深みがないとも言えます。
好き好きでしょうが、少しだけでも渋味が感じられる方がいいなあ。個人的意見としては。
◇それにしても、この旨味には驚きました。
日本にも、いろんなお茶があるもんだ。
日本茶のことなら、たいていわかるつもりでいた自分の浅はかさに反省。
他にも最近、驚きの味に出会ったのです。
それは「阿波番茶」なんですが、そのお話はまた次の機会に。
◇なにはともあれ、まずはお茶を一服。ほっ、美味し。(^^)
◇各地から梅便りが聞こえてくる季節になりました。
まだ寒さが残るとはいえ、春は確かにそこまでやってきています。
◇梅といえば、ウグイス。
昔からの常套句です。でも、本当はウグイスじゃないんですってね、梅にとまる鳥は。
梅の香りに誘われて蜜を吸いにくるのは、メジロだそうです。
メジロは、ウグイスよりもウグイス色で、よくウグイスに間違われる鳥です。
ウグイスは、梅とは微妙に季節もずれ、虫を食べるので梅には寄らないとか。
◇でも、私たちは「梅にウグイス」と条件反射のように覚えている。
お茶とお茶請けにも、同じようなところがありそうです。
抹茶には甘い生菓子。玉露にも、羊羹とか干菓子とか。
もちろん、理由あってその組み合わせがあるわけですが、
いつもいつも同じ組み合わせでなくてもいいんじゃない、とも思うわけで。
◇実は、先頃、いろんなお茶が飲めるティーパーティで玉露と釜炒り茶をお出ししたのですが、
そのときのお茶請けとして用意したのが、干菓子とおかきと漬物だったのです。
用意した方の心積もりとしては、玉露には干菓子で、釜炒り茶にはおかきか漬物と考えていました。
ところが、お茶を飲みにきた人たちは、その組み合わせを気にせず、
好きなお茶請けで好きなお茶を飲んでいました。
「玉露に漬物も美味しいね」とか言いながら。
そうか、好きなように飲めばいいんだ。満足できれば。
◇昔の人も、いろいろ試しながら、一番いい組み合わせを考えたに違いありません。
そして現代は、昔になかった食べ物もたくさんあります。
ならば、新しい組み合わせを考えてみるのは、今の人たちの役割なのかもしれません。
たとえば、ジェラードに合う日本茶は何だろう、
ポテトチップバーベキュー味にはどんなお茶を組み合わせたらいいのだろう。
あなたなら、どんなお茶を淹れますか。
◇いつもいつも変わった組み合わせで飲むのではなく、
「梅にウグイス」のような王道のお茶とお茶請けで飲むのも、もちろん美味しいからいいのですけれどね。
◇なにはともあれ、まずはお茶を一服。ほっ、美味し。(^^)
◇2月4日は立春、「暦の上では今日から春です」とは、テレビのニュースなどの常套句。
2月3日の豆まきは、立春の前日、季節の変わり目に陰と陽が攻めぎあい、そこに発する邪気を払う行事なんですね。
旧暦の元旦は、今年は新暦の1月24日で、
つまり旧暦でみると年が改まってから10日あまりで春が来た、ということになります。
まだまだ寒いけど、もう春なんです。(^^;;
◇旧暦では、たまに元旦より立春が早く来ることもあって、
それは「年の内に春が来た」と喜んだとか。
また、まれに元旦と立春が同時に来る年もあり、それはそれはおめでたいとされたそうです。
◇こんな話を聞くと、新暦よりも旧暦の方が季節感があり、情緒を感じます。
宇治田原町の茶師、谷口さんによると、旧暦を見ればその年の気候が判るそうです。
それで農作業の予定を立てる農家が多いとか。
なぜ気候が判るのか、理由はよくわからなかったのですが(^^;;
旧暦と二四節気を意識して暮らすと、何となく僅かな季節の変化に気づいたりします。
そういえば、近所の公園の木の芽も心なしか膨らんできたような。
◇新茶といえば八十八夜、その八十八夜も、立春から数えてのこと。
寒さが少し緩んできたこの季節、どんなお茶が似合うでしょう。
春は苦み、とも言いますから、カテキンをしっかり利かして飲みましょうか。
◇なにはともあれ、まずはお茶を一服。ほっ、美味し。(^^)
◇お茶をたくさん飲むと、夜、眠れなくなる。
それは、お茶に含まれるカフェインの仕業ですね。
例えば、煎茶には通常約2〜3%のカフェインが含まれているそうです。
僕は、どんなに濃いお茶を飲んでも、夜はぐっすり寝るタチですが。(^^;;
◇カフェインは、人によっては興奮・不眠など不快な症状として現われることもあるので、
特に乳幼児や高齢者、病人には注意が必要だとされています。
そこで、カフェインの少ないお茶や全く含まないお茶が開発されているのですが。
◇今、遺伝子組み換えによってカフェイン抜きのお茶の木を作る研究が進んでいるそうです。
昨年、お茶の水大、筑波大、英グラスゴー大の研究グループが
カフェインを合成する酵素の遺伝子の分離に成功したとか。
これにより、カフェインを合成しないお茶の木を育てることができるそうです。
◇これまでは、茶葉を高圧状態にしたり、熱湯浸漬と脱水処理をしたりして
カフェインを抜いたり低減させていたのですが、
コストがかかったり、日本茶の色合いの元となるクロロフィルが分解されたり
風味成分が減るなどの欠点があったという話です。
◇そこで、遺伝子組み換えによるカフェイン抜きのお茶の木の登場です。
風味を損なうことなく、カフェイン抜きのお茶ができる。
なるほど、素晴らしい研究です。
◇でも、化学音痴の僕は、遺伝子組み換えというだけでちょっと引いてしまいます。
ホントに大丈夫なのかなあ。
トウモロコシの遺伝子組み換えで問題になったのは、違うものを加えたからで、
この研究の場合は、もともとあったものを除くだけだろうから、
安全性に問題はないと思うのですが。
◇遺伝子組み換えのことはよく知らないので、軽々に問題視するつもりはありません。
でも、そこまでしてノンカフェインのお茶を作る必要があるのか、と考えてしまいます。
昔から、赤ちゃんには焙じ茶を飲ませたように、
日本茶でも、番茶、焙じ茶のようにカフェインの少ないお茶もあるのだし。
カフェインは苦みのもとでもあるのだから、
ノンカフェインの煎茶が普通の煎茶と同じ風味だとは信じられないし。
◇だけど、考えてみれば昔からお茶を美味しくしたり飲みやすくするために
品種改良など、さまざまな工夫をしてきているのも事実。
人の手の入っていないお茶なんてないのだし。
そして現代の新しい知恵で新しいお茶が産まれようとしているのかもしれません。
ちょっと否定的な意見を書きましたが、
実際飲んでみて美味しかったら、人にどんどん薦めたりして。(^^;;
◇なにはともあれ、まずはお茶を一服。ほっ、美味し。(^^)
◇5月1日は八十八夜でした。
「夏も近づく〜」と茶摘歌に歌われているように、八十八夜といえば新茶!
八十八夜の新茶は無病息災の縁起物とも言われているそうで。
皆さんは、もう、飲まれましたか?今年の新茶。
◇ところで、目安としては八十八夜ですが、当然、産地によって新茶の時期は早い遅いがあるわけで。
たとえば京都の宇治よりも鹿児島の方が早く、
あるいは同じ静岡でも山間部の中川根よりも平野部の牧の原の方が早いのは当然といえば当然のこと。
桜前線が北上するように、新茶前線も徐々に南から北へ、里から山へと移動するはずなんですが。
◇ところが、茶市場では、早いものほど高い値がつくそうです。
初物ということで、ご祝儀相場がつくのでしょうが。
山間部でじっくり作ったお茶が美味しくても、時期が遅いだけで値が下がることもあるとか。
昔から初ガツオや近年ではボージョレ・ヌーボーとか、
早いというだけでありがたがるのは日本人の悪い癖かもしれませんね。
◇しかしまた、年中イチゴが食べられるように、食べ物の季節感が失われつつある昨今、
「八十八夜は新茶」という条件反射のような季節のお約束もいいものかもしれません。
お茶のように、年中飲むものなのに季節感がある、というのも面白いし。
◇高いお金を出して新茶を買う必要はないと思います。
むしろ、きちんと探せば、時期は少しずれても美味しくて安い新茶が見つかるかもしれません。
そういうものを探すのも、お茶の楽しみ方のひとつかも。
まあ、新茶くらいは少々高くてもすぱっと払って、お茶農家やお茶屋さんの日頃の苦労に感謝する、
そんな心意気があってもいいかもしれませんけどね。
◇なにはともあれ、まずはお茶を一服。ほっ、美味し。(^^)

◆お品書き◆
◆亭主敬白◆ ◆茶事短信◆ ◆茶茗散策◆ ◆茶々写楽◆ ◆茶風談義◆ ◆茶遊春秋◆
◆茶話縁結◆ ◆茶論百花◆ ◆茶心伝信◆