日本地名研究所

全国地名保存連盟

新日本古地図学会
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小笠原諸島地名事典 Place Names
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小笠原諸島の地名(島名を含む。)は、日本列島のそれとは大きく異なり、次の特徴を持つ。
1830年まで定住者がいなかったことから近世における命名であること。日本領土となる以前
からの欧米系とハワイ太平洋人からなる先住移民の命名があること。日本の領有を確たる物
にするため、官名の地名が多いこと。日本からは八丈島の移住者が多く、その影響があること。
よって、言語としては、日本語、英語を主とする欧米語、ハワイ語を主とする太平洋諸語からなる。
地名は様々な文化の混在した島の歴史を土地に刻み込んでいる。
地名は、無形の文化財である。これを保全し継承することは現代人の努めであろう。
凡例:地名、読み方、別称、所在地、説明の順。
延島冬生(2000.08.06)
無断転載禁止
写真は都道標識「評議平」
(the signpost "Hyougidaira" in Hahajima)
31 ひょうぎだいら 評議平 Hyougidaira
母島南部の小笠原村現行字名「母島字評議平」、旧沖村の字を1974年に継承*。1888年沖村[おきむら]の字名*2。土地整理事業により旧8字を統合し沖村の字となった*3。沖港後背地の沖村(元地[もとち])、船木山[ふなきやま]に接した南側で、南部は中ノ平[なかのたいら]に接する。狭義の地域は現行都道南進線[なんしんせん]を登り切通しを超え下り坂になったあたりから再び上り坂になりやや平らな畑一帯を指すと思われる。
開拓初期、評議谷平*4、評議谷*5畑地払い下げの記事が見られ「評議谷」が当初の地名と思われる。
由来:次の言い伝えがある*6。
1)行方不明者を捜すために集まり相談した。
2)村役場を何処に置くか相談した。
「此地会議所のありし時議員等時々集合議せしことあり故に此名あり」*7とあり,2)の言い伝えが正しそうに思える。だが港の後背地の元地が集まりやすかった筈が何故という疑問もあり合理的に見える附会の可能性も否定できない。。
「山間部の平台地」を「ダイラ、デーラ」と呼ぶ地方もあると言う*8が、「だいら」は「たいら」に接頭語がついたことによる濁音化と推定される。〇〇平は「平地といっても周囲と比較してのことであるから、かなりの傾斜地も含まれる」*8ので、谷を含む地域を統合し広域化されても一部を除き、さほど不自然ではなかったのであろう。
用例:ラム酒工場は評議平にある。
* 小笠原村(2012)字の名称の変更に関する件,小笠原村例規集CD版
*2 小笠原島庁(1888)稟申録 東京都公文書館蔵
*3 山方石之助編(1906)小笠原島志
*4 東京府庶務課(1885~)小笠原島日誌,明治18年8月7日
*5 東京府庶務課(1886~)小笠原島日誌,明治19年4月2日
*6 延島冬生(1982)沖村の地名(草稿) 私家版
*7 小野田元□〔さんずいニ熙〕(1888)小笠原島誌纂
:8 松永美吉(1994)民俗地名語彙事典 日本民俗文化資料集成14 三一書房(2012-05-07)
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