旅行は終わったが、その後もいろいろやることがある。これが終わらないと、本当の意味で終わりではない。日記のまとまりがよいところで昨日の日記は締めてあるが、昨日の日記は午前中までのこと。昨日の午後は、洗濯、荷物整理、お土産分配など、後片付けに追われた。お土産をもっと買ってきてもよかったな〜と思いながら、出発前に空港のラウンジでみたお土産カタログを思い出し、ネットで何かあるか見てみたが、なんか、あまりぱっとしなかったので、ネット通販で買うのはやめた。
今日は旅の後片付けの続き。近々にお土産を直接手渡せなそうな人に、ゆうパックで送り、写真をCD-Rに焼いて、7班の分のとりまとめをしてくれるSさん宛てに送った。残るジョブは、旅日記、旅の反省、労働組合に出す報告書、マレーシアの中学生からもらったアドレスに手紙と写真を送ること、お金の計算など。片付けるのにあと2〜3日かかりそうだ。
旅とは関係ないところで、カーナビを修理に出してきた。使っているカーナビは、PioneerのDVD楽ナビで、2003年12月に購入したもの。タッチパネルの押したところ押されたと検出される場所がずれてしまっている。これを購入したオートバックス三島店に持っていったところ、あまり報告されていないタイプの故障なので、修理にいくらかかるか予想できないとのこと。私の予想ではタッチパネルの部分を全部取り替えることになって2〜3万円くらいかかるだろう、と思っている。とりあえず、見積もりだけお願いしておいた。
いつからが30日なのかは不明。帰りの飛行機の中は、最初に出された機内食を食べただけで、後はずっと寝ていた。せっかく座席のマルチメディアシステムが動作したのに、映画も見ず、ゲームもしなかった。(でも、今どこを飛んでいて、成田に着くまで後どれくらいの時間なのかが常に表示されたので、すごく便利だった。)
なんとなく目が覚めて腕時計を見ると5:30くらい。成田到着予定は7:00。でも、目の前の画面では後30分で成田に到着することになっている。あれ?とおもったら、腕時計がまだマレーシア時刻だった。腕時計を1時間早めて日本時間に直し、座席に備え付けてある黄色い紙(検疫の問診票)を書いているうちに成田空港に到着した。着陸はすごくスムーズだった。機内のアナウンスによると、成田空港の気温は25℃。
朝早いせいか、入国審査も荷物受け取りも税関も空いていて、すぐに終わってしまった。ここで旅の仲間とお別れ。成田エクスプレスのチケットを買うのにちょっとならんだ。
空港第2ビル駅から品川駅まで成田エクスプレスで、品川駅から三島駅まで東海道新幹線(やまびこ)で、三島駅から会社の寮までは久しぶりにタクシーで帰ってきた。寮に着いたのは10:30か11:00くらいだったとおもう。
マレーシアも暑かったけど、日本の夏もやっぱり暑い。今回のマレーシア植林ボランティアツアーはこれにて終了。
朝6:30くらいになんとなく起床。昨日の夜の段階で一応植林ボランティアが終了しているので、今日はモーニングコールなし。昨日は疲れ果てて寝たので、起きる時間を考えず、目覚ましもセットせず、ライトをつけっぱなしで寝てしまった。しかし、今朝は自然と目が覚めた。
7:00 7班でロビーに集合してから朝食。朝食を取れる場所はホテル内に3箇所あるが、行った場所は初日朝食を取った場所と同じ(ホテル内の)小さな岬にある Pulau Bayu Restrant。
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| 岬のレストラン | 朝食 |
今日は一日、マヌカン島で南国リゾートを味わう予定になっている。8:30頃、ホテルのフロントで1万円をリンギットに両替してもらった(RM 313.0になった)。8:50頃、マヌカン島に行く人達(40人くらい?)がロビーに集合。マヌカン島ツアーに行かない人は、市内観光か独自プランですごすらしい。
9:00 ホテルのロビーを出てすぐのところにある桟橋でライフジャケットを着てボートに乗った。ライフジャケットを着るのは地元警察の指導とのこと。ボートが小さな波でも跳ねる。ほぼ雲のない青い空。日差しは強いが、ボート上の風が涼しく、心地よい。
島に到着して、浜辺のテーブルに荷物を置いて、各種マリンスポーツの説明を受けて、申し込みをした。私が申し込んだのはパラセーリングでRM 80(日本円でおよそ\2,400)。パラセーリングの呼び出しがあるまではシュノーケルを借りてサンゴ礁のきれいな海中を覗いて楽しんだ。パラセーリングは二人一組で飛んで、一組10分程度。高いところから眺める海もまた美しい。パラセーリングって、すごく気持ちいい。
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| マヌカン島の青い空、青い海と白い砂浜 |
お昼を浜辺で食べて、また海中散策。みんなでわいわいやりながら、イソギンチャクに隠れているクマノミ(ニモ)を探したりした。珊瑚の群生しているところは海が浅いため、泳いでいると足がぶつかりそうなところが多い。足を怪我しないようにビーチサンダルを履いて泳いだ。最初はライフジャケット無し、シュノーケル無しで泳いでいたのだが、ずっと足がつけない場所が続くと体力的にきついことがよくわかり、途中からライフジャケットとシュノーケルをつけて泳ぐことにした。結構流される。カメラのバッテリが切れてしまったので、これ以降写真はほとんどない。
関西空港に帰る組が14:30に島から帰るのにあわせて私もホテルに戻り、シャワーを浴びてから関西組を見送った。それからホテルの売店でお土産探しに励んだ。成田空港に向かう関東組も島から帰ってきて、荷物をまとめてお買い物&夕飯へ。
買い物は街中にあるショッピングセンター(Center Point)で。このショッピングセンターは完全にコタキナバル市民が生活で使う商業施設で、食料品店、衣料品店、電気店、書店などの中に混じって民芸品店やお菓子屋さんもある、という場所。このショッピングセンターは初日の夜に一度来ていてわかったつもりになっていたが、回ってみると地下1階から地上5階までテナントがぎっしり入っていて、さらに上の階にもテナントがある様子。あまり広いので回りきれなかった。そんなことをしているうちに、あっという間に2時間たってしまい、結局最初の民芸品店とお菓子屋さんでしか買い物が出来ずに終わってしまった。山の中のドライブインやホテルの売店で売られているものが、ここのお店ではずっと安く売られているし、日本円で買い物をして日本円でお釣りまでもらえてしまって、なんか両替したのがバカバカしく思えてしまった。
夕飯は、場所はよくわからないが、海に面した比較的大きなレストランで食べた。何種類ものお店が連なっていて、大きな屋根の下にいすとテーブルがある。夕飯後に浜辺で南十字星を探してみたが、どれが南十字星かわからなかった。でも、さそり座は見つけた。日本ではさそり座は南の方向地平線近くに見えるのに、コタキナバルでは地平線から仰角20〜30°くらいで見えた。
夕飯後、ホテルにスーツケースを取りに戻り、コタキナバル空港へ。チェックインを済ませ、現地のガイドさんにお別れをして、航空会社に荷物を預けて出発ロビーへ。飛行機の出発は23:45の予定。それまで免税店でお買い物。免税店のほうがホテルや街中のショッピングセンターより高いってのはどういうこと? と思いつつ、Center Point で買いそびれたお土産の追加をここで購入した。
飛行機への搭乗が実際に始まったのは、24:00を過ぎてからだったと思う。
6:45 起床。でも二度寝してしまった。同室のHくんが起こしてくれなかったら、寝過ごして遅刻するところだった。ホテルの部屋の窓からはキナバル山の山頂がよく見える。 7:15から朝食。
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| 部屋から見たキナバル山の山頂 | 今日の朝食 |
朝食後荷物をまとめて、8:10にロビーに集合。あぶなく部屋に帽子を忘れてくるところだった。
今日は午前中に植林の続き、午後はキナバル公園にいき、夜はさよならパーティの予定。
午前中。昨日の残りの400本(600本)を植える作業。でもあっという間に終わってしまって仕方なく休憩。休憩をしながら地元のおばちゃんが鍬を直してくれたり、地元の中学生と写真を撮ったりした。休憩中、左の手の平にとげをさしてしまった。休憩後は植えた木に水をやる作業と、防火帯作りに分かれて作業することになった。ジョウロは20個しかないので、あとは500mlの飲料水用ペットボトルの空いた物を使ってほしいとのこと。4000本からの木に500mlのペットボトルで水をやるのはかなり無理そう。水汲み場は長蛇の列になっていた。(山の上なのでもともと水の出が悪いのもあった。) 私は鉈を借りて防火帯作りに参加した。防火帯作りは、4m程度の幅で草を買った後、根っこまで掘り起こして、山火事の際に木に火が燃え移るのを防ぐ役割があるので手が抜けない。半そでで草刈をしていたので、腕の様々な場所に擦り傷が出来てしまった。草刈り機でもなけりゃ防火帯作りは無理だと思っていたのが、時間内に出来てしまってみんな驚いていた。防火帯作りを終えてからはOISCAの研修生と雑談。ごめん、名前は忘れたよ。ここキルム村の近くの、温泉がわいているところの出身だそうだ。いろいろマレー語も教えてくれたけど、これも覚えていない。
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| 一緒に作業した地元の中学生と記念撮影 | 森にはこんな看板を立てました |
11:30に植林作業を終えてから、森の入り口にあつまって集合写真を撮った。実はこれまで、一度も集合写真を撮っていない。それから班毎に集合写真を撮って下山。キルム村を後にしたのは12:00過ぎか、13:00くらいだったと思う。
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| 高床式の家が多い | 広場から見た村の様子 |
キルム村を後にしてキナバル公園に行った。キナバル公園のレストランで昼食。ガイドのルビンさんの説明によると、キナバル公園の広さは 754km2だそうだ。キナバル山の高さは4095.2mで富士山より高いけれど雪は降らず、登山道が整備されていて登山客が多いらしい。お昼を食べて、14:40くらいから公園の資料館を見学。資料館の1階に売店があって、ここで買い物をしたかったのだが時間が無くてさっと見ただけで終わってしまった。それから公園内をちょっとだけトレッキング。ほんとにちょっとだけ。世界最大の花として有名なラフレシアの模型がおいてあった。ラフレシアってボルネオ島にあったんだね。下に写真を載せておくが、これで花の大きさがわかってもらえるだろうか?実物は2〜3年に一度しか咲かないらしく、地元の人でも滅多に目にすることは無いそうだ。
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| 今日のお昼 | ラフレシアの模型(乗ってるのは私) |
トレッキングをしながら現地のガイドさんによく見かける看板について教えてもらった。これまでもたびたび目にしてきた"AWAS"と書いてある看板は、(予想通り)あぶない、注意せよ、という意味らしい。ここは一年中セミが鳴いているとか、ボルネオの蛍は日本の蛍より小さくて、光の点滅が早いとか。公園の看板に書いてあった、"Take Nothing But Photograph, Leave Nothing But Footprint"(とっていいのは写真だけ、残していいのは足跡だけ) という言葉が記憶に残っている。
15:30 公園を後にしてコタキナバルのホテルへ。バスの中では今日の今後の予定や明日の予定などの説明を受けた。17:40頃ホテルに到着。今日のホテルは初日と同じ、タンジュン・アル・リゾートホテル。ホテルについてからは19:20頃まで今夜のさよならパーティの出し物の準備をした。
19:30からさよならパーティ。パーティには領事館からオバタさん(たしか、書記官の方?名前の漢字がわからない)が出席され、挨拶で熱帯雨林が減少した経緯や日本政府の取り組みについて話をされていた。マレーシア・サバ州の熱帯雨林が減少したのは、木を切って木材として日本に大量に輸出したことが原因らしい。責任の一端は日本にもあるのだから、日本が森林の回復を支援するのだ、と。挨拶が終わって、お酒を飲みつつ食事をして、各班の体験発表。体験をあるある探検隊風にまとめたものや替え歌、みんなでダンスをしたりした。最後はKiroroの「未来へ」をみんなで歌った。かなり一体感があって盛り上がったと思う。<歌詞をよく知らなかったけど。
パーティの後、街に繰り出した人もいたようだが、私は疲れがたまっていたのでそのまま部屋に帰って寝た。
朝6:45起床。今朝は村でのセレモニーに超VIPな人たち(マレーシアの農業大臣や日本領事館の領事)がくることになっているから、絶対に遅刻するなという前日のお達しがあった。7班は7:00にホテルのロビーに集合して、展望台まで行って朝のキナバル山を背景に記念撮影をしてから朝食をとった。
8:20 ホテルを出てキルム村へ。朝バタバタしてあわてて荷物をまとめてきたので忘れ物がけっこうある。軍手を忘れたり、替えのTシャツをわすれたり。バスの中では水分補給をこまめに行うよう指導があった。(昨年のスリランカでは暑さのせいで多くの人がダウンしたらしい。)
9:00 キルム村到着。村人や昨日のロハン第2中学校の生徒が出迎えてくれる中、式典を行う村の集会所に入った。銅鑼の音がきれいにそろっている。式典では最初にスマザオ(マレーシアの踊り)が披露され、それから村長の挨拶があった。村長さんは農業大臣などVIPを前にしてすごく緊張している様子。最初はマレー語なので何を言っているのかさっぱりわからなかったが、日本語でも挨拶をしてくれた。この村長さん、OISCAの研修生だったらしく、日本にも行っていたそうで、すごく熱い演説をしてくれた。演説の途中で言葉につまり、村長さんの口から「ん〜、なんちゅーか、」という言葉が思わずこぼれ、私達日本人一行の爆笑を誘った。あとは私達電機連合の団長挨拶、領事館から来た書記官の方(?)の挨拶、マレーシアの農業大臣の挨拶、記念品贈呈をして、集会所の外で記念植樹。それから班毎に分かれて村人、中学生と一緒に山に登って植林作業を始めた。
植林はまず山に登るだけで一苦労。ふくらはぎがパンパンになりそう。作業を開始して11:30くらいになると、遠くの山に雲がかかっているのが見え、雲行きが怪しくなり、こちらに雨が迫ってくるのが見えるようになった。雨が降り出したので植林作業は一時中断して村の集会所まで戻った。雨はスコールにはならず、晴れてしまったので、ここでお昼を食べることにした。
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| 山に登るだけでふくらはぎがパンパン | 向こうから雨がやってくるのが見える |
お昼の用意ができるまでの間、集会所の中でみんなでスマザオを踊った。誰がやろうと言い出したのか知らないが、延々と踊り続けたので、腕が上がらなくなりそうだった。
上の写真で見ると山には結構緑があるように見えるが、これらのほとんどはワラビや草などで、右の写真を見てもわかるとおり木はほとんど生えていない。この山に生えていた木は山火事で焼けてしまったそうだ。
午後は作業開始前に植林の仕方について注意があった。実は午前中、ろくに作業指示も聞かずに作業を始めたため、ダメダメな植え方になっているところが沢山出てしまったらしい。植え方が下手だといわれた。植わっている苗木をちょっと引き上げただけで抜けてしまうのがダメダメなヤツ。午後に指示があった植え方はおよそ次の通り。
午後はまずちゃんと苗木が植わっているかどうかをチェックして、ダメなら植えなおし、苗木の根っこを覆っていたビニルのゴミを回収し、それから防火帯作りを行うという説明があった。私は午後の作業はもっぱら苗木がちゃんと植わっているかどうかを確認する作業に費やしたが、村の人に話がちゃんと伝わったかのかどうなのか、午前中と同じように苗を植える作業をしている人が多かった。
今日植える予定だった4000本あまりの苗木をさっさと植え終えてしまったので、私は防火帯作りにまわった。自分の背丈と同じくらいある草むらを鍬で切り開いていくのはかなり無理があるように感じた。草刈り機が欲しい。16:30 今日の植林作業は終了。
17:30頃キルム村を後にしてホテルに帰る途中で、野菜や果物を売っているマーケットに立ち寄った。売られ方は日本とほとんど変わらないが、売られている品物がだいぶ日本とは違うように見える。日本ではあまり見かけない南国の果物(ドリアン、マンゴスチン、ランブータン、スターフルーツ、ドランゴンフルーツなど)が売られている。
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| 果物屋さんの軒先。どこでもバナナ売ってるね。 | 野菜はラッピングされている |
19:00頃ホテルに戻り着き、夕食。夕食後は各班で集まって、明日のさよならパーティの出し物についてネタあわせをした。ネタあわせの後お酒を飲みつつだいぶ話が募り、結局寝たのは午前4:30を過ぎていた。
朝6:30起床。モーニングコールで目が覚めた。 7:30から朝食。バイキング形式だがメニューが豊富でついついとりすぎてしまう。スコーンが美味しい。インドで食べたサモサがあった。朝食後は急いで荷物をまとめ、8:15には何とかロビーへ。チェックアウトして出発。
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| マレーの虎にまたがる人がいるらしい。 (ホテル前に止めてあったバイク。 毛がふさふさしている。) |
10:00頃、コタキナバルからラナウへ向かう途中、ナブル村休憩。おみやげ物やさんが数多く軒を連ねている。民芸品店が多い。頭 1/3 が雲に隠れたキナバル山が見える。お土産やさんで「見ざる、言わざる、聞かざる」の猿の彫刻を見かけたのだが、これのオリジナルはどこにあるのだろう?
ナブル村を出てからラナウへ向かう間、キナバル山の大きな滝が見えた。滝の長さは上から下まで数百メートルはありそう。現地のガイドさんに聞いてみたところ、人が入れない場所にあってまだ測量されていないため実際どれくらいあるかはわからない、とのこと。11:15 ペルカサホテル着。この町はキャベツで有名なのだそうだ。ホテルで昼食。
お昼を食べた後は、ホテルの展望台まで行ってキナバル山を見たり、展望台に併設されているアスレチックコースで遊んだりした。子供に混じって。
13:30頃 ロハン第2中学校に到着。ここでも生徒が出迎えてくれた。女の子が多いような気がするのは気のせいか? まずは学校に入ってすぐのところでダンスを披露してくれた。 歓迎セレモニーを行う講堂に行くまでの間、歓迎の準備をしている生徒を沢山見かけた。学校長挨拶は英語だったので、マレー語で聞くよりわかりやすかった。学校の創立は1992年で、学校の敷地は6ha、生徒が1600人、先生が100人という大きな学校で、校長先生は学校に木や草花を植えて自然公園のような学校にしたいと話していた。こちらの団長の挨拶は、中身がほとんど昨日と同じ。記念品贈呈では、こちらからは飾り羽子板、扇、バレーボール、サッカーボール、テニスラケット、テニスボールなどを送った。その後はお楽しみの時間ということで、ここでもダンスなどを見せてもらった。ダンスはスマザオだけでなく、様々なものがあった。特に歓迎の歌(と踊り)はお気に入り。デジカメで動画をとったが、サイズが大きいのでここには載せられない。
歓迎セレモニーに引き続き、校庭で記念植樹を行った。まずは先生方の記念植樹、それから私たちと生徒による記念植樹。私たちが記念植樹を行う場所まで講堂から歩いてちょっと距離があった。その間に学校の敷地内をいろいろ見ることが出来た。結構広い。学校の敷地内に寮があるようだ。記念植樹の雰囲気は昨日のアピンアピン中学校とはちょっと違った。みんな黙々と仕事しすぎ。もっと楽しくやろうよ。
記念植樹の後はグラウンドに出てみんなでおやつの時間。おやつといっても、フルーツが中心で、飲み物はヤシの実ジュース。バナナの天ぷらが絶品。すげー美味しい。
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| フルーツが沢山用意してあった。 | やしの実ジュースはいかがですか? |
おやつのあとはスポーツ交流。サッカーはやる気満々で、こちらが準備運動をしている間に、あちらは先生たちのチームを組んできた。本気で勝つつもりできているようだ。私は今日もバレーボールに参加。バレーボールの隣ではセパタクロウ(足でやるバレーボールのようなスポーツ)をやっていた。上手すぎるぞ、こいつら。マレーシア人はみんなこんなに上手いのか?とおもったら、優秀な人が集められているのだそうで、ちょっと安心した。
名残は尽きないけれど、今日はこれにて解散。帰りのバスを数多くの生徒が並んで見送ってくれた。しっかし、女の子ばっかり目に付くような気がする。しかも可愛い子ね。17:30 学校を後にした。
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| 生徒が並んで見送ってくれた。 (100m以上ありそう?) |
18:20 ホテル着。ホテルに帰ってからは早速洗濯。これまでホテルは一日ごとに変わってきたが、今日明日は同じホテルに2泊するので洗濯できるのはここだけ。洗濯機もバケツもないので、一計を案じて洗濯物をビニール袋の中にいれ、ビニール袋の中で揉んで洗うことにした。でも袋の口をちゃんと閉めないと、中の水が飛び出すので注意が必要。
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| ちょっと失敗して床がびしょびしょに・・・ | こうすれば水がこぼれてもOK |
夕飯後は班で集まってさよならパーティのネタあわせ。明日は今日訪問した中学校の生徒と一緒に植林本番。VIPがくるから朝は絶対遅刻しないようにといわれた。
朝6:30起床。モーニングコールがあったらしいのだが、全然記憶にない。6:45〜朝食はバイキング形式。朝食を取った後、ホテルの庭を一回りしてから部屋に戻った。8:15 バスの中で今日の日程を説明。
10:00頃、バスがアピンアピン中学校に到着。沢山の子供たちが並ん出迎えてくれた。10:15くらいから歓迎式典。どこでもそうなのかもしれないが、先生の話が長い。とくに、なんと言っているのかさっぱりわからないと長く感じる。うちの団長の話も、堅いし、長い。
デジカメのバッテリはMさんが私が使っているのと同型のバッテリを予備で持っていたため、それを貸してもらえることになり、なんとか助かった。
歓迎式典後は班毎に中学生と一緒に記念植樹。植える数はたいした数ではなく、地元の中学生と一緒にワイワイやりながら植えるのが目的。一緒に写真を撮ったらり、雑談したりしながら木を植えた。植林が終わると式典をやった場所に戻って中学生がダンスや歌を披露してくれた。ダンスは定番なのかな? バンブーダンスも。会場はこんな感じでした。
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| みんなで記念撮影 | 今日のお昼。 焼きソバ(ミーゴレン)は定番料理らしい |
ダンスや歌を見せてもらった後はそのまま講堂でお昼。お昼を食べた後は「名前と住所を教えてください」って女の子が沢山やってきた。日本だとこうモテモテはありえない(笑) 彼女らは日本人と会うのは初めてなのだそうだ。あまり人数が多かったので、途中から住所を書くのが面倒になり、もって来た仕事用の名刺(英語で書いてある)を渡してしまった。何たる手抜き。でも、向こうの女の子の中にも名刺のような、メールアドレスや電話番号の入ったカードを作っている子がいた。他にも似たようなのをもらった人がいるので、あれはあちらでの流行りなのだろうか? 可愛い子が多いような気がするのは気のせい?
お昼の後はスポーツ交流をした。サッカーをしている人もいたが、私はバレーボールに参加。14:00頃ゲームを終わりにして、14:20頃学校を後にした。
16:10頃 昨日通った峠のレストランでトイレ休憩。17:30 今日もスコール。今は乾季なので雨は降らないはずらしい。17:50 コタキナバルのプロムナードホテルに到着。
今日は夕飯の後時間があるので、街中に繰り出すことが出来た。とりあえずホテルの裏手をあるいて、Center Point というショッピングセンターへ。時間が遅かったせいかほとんどのお店が閉まっていたので、ほとんど何もみるものもなく出てきてしまった。そのあとは「地球の歩き方」を片手にフィリピンマーケットとよばれる屋台が沢山出ている市場へ向かった。市場の雰囲気は、日本の縁日の出店が集まったような感じで、焼き鳥屋さんからお菓子屋さん、野菜、果物などいろいろなお店が所狭しと屋台を出していた。雑然としているこういう雰囲気、好きです。
フィリピンマーケットは食べ物ばかりだったので、民芸品や雑貨を売っているお店を探してあるいたのだが、時間が時間なだけに、せっかく見つけたお店も店じまいの準備をしていた。仕方が無いのでホテルに帰る途中で、セブンイレブンに立ち寄った。(マレーシアにもコンビニがあるのだ。) そこで見つけたパチモノ。
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| プロムナードホテル裏のセブンイレブン | Rockyだそうです。ボクシングしちゃいそう。 |
Rockyだそうです。しかも、ちゃんとGlicoってかいてある。なんじゃこりゃ?
ホテルに戻ったのは22:30頃。ホテルの入り口に狛犬発見。寝た時間は記憶無し。
朝7:30起床。モーニングコールで目が覚めた。ベランダから見える景色がきれい。
ホテルの部屋の中を探してみたら、LANケーブルらしきものがあった。説明をよく読んでみると、ホテルの部屋からインターネットに無料で接続できるらしい。昨日の夜は眠かったし、今朝は時間に余裕が無かったから結局は接続しなかった。それから、昨日の夜気づいた今回の旅行の大失敗その2。デジカメ(CASIO EXILIM)を持ってきたのはよかったが、クレードルを持ってこなかったためバッテリの充電が出来ない。こっちにきてからこのデジカメがクレードルなしではバッテリの充電が出来ないことに初めて気がついた。やばいな、バッテリもう持たないよ。
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| ホテルの部屋から見える景色 | ホテルにはプールがあるが、泳いでる時間はない。 |
8:00 同室のHくんとホテル敷地内の岬にあるレストランで朝食。9:00から結団式。今回の参加者は全員で86名だそうだ(子供14人、5家族)。結団式では、この植林ボランティアが電機連合の基本理念を実現するための活動の一環であること、1992年から11回でおよそ20万本の木を植えてきたことについて説明があった。昨年はスリランカに行ったこと、昨年泊まったホテルは地震による津波で流されてしまったこと、暑さのせいか多くの体調不良者を出してしまった話もあった。ちなみに、マレーシアには3年前にも植林に来ているそうだ。
今日の目的地は、テノムの近くにあるKPD/OISCA研修センター。OISCAというのは農業を通じて発展途上国を支援する国際的なNGOで、今回の「子供の森計画」の受け入れ先。
私たち(7班)が乗ったバスは3号車。バスの中で生活上の注意と植林の説明があった。3号車の現地ガイドはルビンさん。生活習慣上の諸注意ということで説明を受けた中身を箇条書きにするとこんな感じ。
植林の説明は、OISCAの鈴木さんから。サバ州の事情や木材輸出のための伐採により木が少なくなったこと、禿山ができてしまい大雨で土砂が流れ出し洪水になりやすいことなどの説明があった。切り出された木材は日本向けが多かったそうだ。木材を得るため以外にも、油ヤシのプランテーションのために森を切り開いてきたそうだ。
お昼は山越えをする峠の途中のレストラン。看板が中国語で書いてある。標高1500mの場所だそうで、結構肌寒い。
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| レストランの看板が漢字で書かれている | 今日のお昼ご飯 |
13:00頃、お昼を終えてOISCA研修センターに向けて再び出発。現地ガイドのルビンさんの話によると、コタキナバルからの道は30年前に作られ、15年位前に舗装されたそうだ。道の途中のあちこちでがけ崩れを起こした後があり、また崖崩れの補修工事をしている場所も多数あった。
山を降りてから途中のトイレ休憩で、アピンアピン中学校に立ち寄った。今日は日曜日なので当然お休みで、生徒も先生もいない。校庭にオジギソウの小さいのが沢山生えていたので、みんなで突いて遊んだ。
16:20頃、テノムの街中に到着。中国語の看板が多い。ひとまずホテルに荷物を置いてからOISCA研修センターに向かった。 KPD/OISCA研修センターの、KPDとはサバ州の農村開発公社のことらしい。研修センターでは農業一般を支援しており、1年生は50人。1年間の研修を終えて優秀な人は2年生に進めるそうだ。2年生を終えてさらに優秀な人は日本での研修を受けられるらしい。研修センターのスタッフは15人で、そのうち11人が日本語を話せるそうだ。研修センターには14haの畑があり、50haの山を持っていて、山ではコーヒーの栽培もしているそうだ。そういう話を、ホテルから研修センターにつくまでのバスの中で聞いた。
17:00頃、研修センターに到着。研修生が大勢で出迎えてくれた。ぱっと見若い人が多い。20代が中心だそうだが、研修センターには18歳から入れるそうだ。1年生は日本語の勉強を週に1回、2年生は週に2回行っていると聞いた。ここらでデジカメのバッテリーが切れてしまい、この後の写真なし。
OISCAの鈴木さんに案内してもらって、研修センター内の農場を視察。お米は年に2回取れるそうで、すずめに稲穂を食べられてしまう被害が深刻だそうだ。私たちが訪れたときも研修生がかわるがわる鳴子をならしてすずめを追い払っていた。マレーシアで日本の米を栽培することは難しく、日本の稲を植えるとすぐに夏が来たと勘違いして十分育たないうちに花が咲いてしまうのだそうだ。ここでの稲刈りは完全手作業でおこなっているそうだ。この研修センターでは有機リサイクルにも取り組んでおり、堆肥作りも行っている。生ゴミ、落ち葉、稲藁など捨てるものが一切無い様に指導しているとのこと。そのためゴミの分別も徹底させているが、アルミはお金になるので回収してくれるものの、リサイクルの進んでいないマレーシアではプラスチックなどのゴミは分別しても結局市が山の中に埋め立てているのが現状だそうだ。分別したゴミを野犬が荒らすのも問題視しているそうだ。
17:30頃、農場を見て回っている途中なのに突然スコール。作業小屋に退避して1時間ほど雨が止むのを待った。そのせいでセンターの見学は中断、というより打ち切り。雨が止んだできたのを見計らって講堂に移動し、そこで歓迎セレモニーが始まり、夕飯を食べた。
20:00〜 外の広場でカンフーダンスやスマザオ(サバ州の踊り?)、バンブーダンスなどを見せてもらった。OISCAの歌、Kiroroの「未来へ」も聞かせてもらった。お返しに私たちが歌った「上を向いて歩こう」と「幸せなら手をたたこう(マレー語バージョン)」はボロボロだった(汗)。パーティ終了は21:00頃。帰り際に研修生らが日ごろ作って販売しているお菓子を試食しつつ、購入。普通に市販品レベルの味が出てます、美味しいです。格安だし。チップ2種類、クッキー2パックを購入してMR 10(日本円でやく300円)だった。(お土産に持って帰ろうと思って買ったのだが、結局マレーシアにいる間に全部食べてしまった。)
ホテルに帰りついたのは21:40くらいだったと思う。
朝5:30に目覚ましをかけておいて、6:00起床。朝食を取って7:14三島田町駅発の電車で三島駅へ。三島駅で、今回同じ会社で一緒に行く方(Uさん)と合流して新幹線にのった。Uさんに昨日の件を相談してわかりそうな人に電話をしてもらったが、結局よくわからず。新幹線の中で000〜999まで全部試すことにした。結果、三島から熱海に付くまでの比較的短時間で開錠できた。
10時ごろ成田空港着。参加者の集合は11時だが、実行委員であるUさんの集合が10:30なので、早めに来た。11時まで空港内をぶらぶらして、11時に集合場所へ。班のリーダーから飛行機のチケットをもらってチェックインするために長蛇の列に並んだ。
11:30頃から空港ラウンジの部屋で出発前ミーティング。今回は総勢88名。関空から来る人はクアラルンプールで合流する。13:00〜13:30まで自由行動。お昼は機内で出ると聞いていたが、朝が早くてお昼をまだ食べていなかったのでマックで軽く昼食。オレンジジュースとチーズバーガーでしめて¥200。
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| マレーシア航空とANAの共同運航便 | 座席の前のマルチメディアシステム (私のは故障していて動かなかった) |
13:00 搭乗手続き開始。13:30 飛行機が動き出し、離陸。飛行機の座席はチェックインする際に窓側にしてもらった。飛行機の前の座席にマルチメディア端末が組み込まれており、手元のコントローラで操作が出来るらしい。しかし私の席をはじめ、幾つかの端末で不具合が出ているらしく、何も見ることが出来なかった。前方のスクリーンには、飛行機の通るルートや現在位置、気温、標高などが表示されていた。
機内アナウンスでクアラルンプールに近いことが知らされ、時計を1時間遅らせてマレーシア時刻にしたのが19:00頃。19:15頃機内アナウンスで入国手続きや乗換えの案内があった。19:20 そろそろ着陸。クアラルンプールの街が見える。緑が多いが、よく見ると植林された後なのか、木がきれいに並んで生えている。夕日はまだ沈んでいない。開発途中の土地が多いようだ。19:25着陸。クアラルンプール国際空港は、おしゃれですごくきれい。なんでも、世界で2番目に大きな空港なんだとか。気温は30℃。空港が無駄に広いような気がする。
クアラルンプール国際空港で入国手続きを済ませ、コタキナバル行きに乗り換えを待った。コタキナバル行きのフライトは21:30発。空港内の一部の売店では日本円も使えるんだそうだ。
23:45 コタキナバル着。ホテル(サングリラ・タンジュン・アル・リゾートホテル)に着いたのは24:50頃。それからホテルの広間に集まって簡単なブリーフィングを行った。何かの手違いで、荷物がまだ飛行機に詰まれたままの人もいるようだ。ブリーフィングでは植林作業用にTシャツが4枚ずつ配られた。ホテルに着いたときは曇り空だったのに、ブリーフィングが終わったときには外は激しい雨になっていた。寝たのは午前3時くらいだったとおもう。
今週は火曜日と今日しか会社に出勤していない。あとは出張と研修だったから。お昼休みに組合事務所にスーツケースを借りに行き、新幹線のチケット、成田エクスプレスのチケット、餞別などをいただいてきた。
17:00〜部署内で希望者を募って始めようとしている勉強会の方向付けミーティング。
会社から帰ってから、TVをみながら荷造りを開始。最近、名刺入れをなくしてしまって、それがどうしても出てこなくてちょっとショック。裏に英語で書いてある名刺が手元に無かったので、夜中に会社まで取りに行った。荷造りがほぼ出来たところでトラブル発生。スーツケースのダイヤルロックを閉めたら、開かなくなってしまった。適当にいじってしまったので番号がわからない。壊して中身を出すか、とも思ったが、明日朝、労働組合の人でわかりそうな人に聞くことにして、寝たのは午前3時過ぎ。
teNet というのは静岡東部のソフトウェアエンジニアの集まりで、今日は東洋大の野中先生を講師にお招きして、沼津市で第1回のワークショップが開催された。午前中は野中先生からPSP(Personal Software Process)の話や品質を経営的観点から見た話などをしていただき、午後は4グループに分かれて「私の品質観」、「後継者育成」について討論を行った。参加者の議論は結構オープンで、率直な意見を交換できたと思う。当然夜は飲み会。
山歩き用の靴とズボンを買いに、ドライブも兼ねて御殿場アウトレットモールに行ってきた。相変わらずすごい渋滞。初めて場外駐車場に車を駐車して送迎バスに乗った。閉園時間までいたけど、なかなかいい買い物が出来たかな。
ちょいとDBMSの勉強をしようと、ノートPCにPostgreSQL Windows版をインストールしてみた。途中で「このパッケージをインストールするときに予期しないエラーが検出されました。このパッケージは問題がある可能性があります。エラーコードは 2755 です」というメッセージが出てインストールできなかったのだが、Norton Internet Security を無効にしたらインストールできた。
午後は東京で、インドIT研修の間お世話になった方々と再会。とくにルシュケシュさんは私のことをよく覚えていてくれてとてもうれしい。午前中は秋葉原などを見てきたそうな。知ってたら秋月とか千石とか、ロボット王国とか案内したのに。両国にある江戸東京博物館を見た後、浅草の浅草寺へ行った。実は私は浅草に行くのが初めて。江戸東京博物館も初めて。夜の宴会が終わったのは22:15くらいだったと思う。東海道新幹線の下りはとっくになくなっていて、私は23:45東京駅発ムーライトながらにのって三島まで帰ってきた。
気が付けばノートPCのHDDの空き容量が30%になってきている。もともと40GBしかないところにいろいろ入れてるからなぁ。一番容量が大きなファイルは、VMWareで使用しているLinuxの実行イメージ。一つのファイルで5GBちょっとある。それ以外で大きいものは、Visual C++とかVisual Basic とか。Linuxの実行イメージはデフラグでは動かせないらしく、断片化されたファイルが沢山あるのにデフラグをやっても無駄な状態。
どうしようかな〜、ノートPCのHDD入れ替え挑戦してみようかな?
ボケボケしていうるうちに7月。ロボット関連のことは何もしてない。
「オブジェクト脳の作り方」(著:牛尾剛、翔泳社)という本を買った。以前からここでその本の存在は知っていた。たまたまSQLの本を探しに本屋さんに行ったらオブ脳の本がおいてあったので買ってしまった。この本は巷でなかなか良書であると評判が高い。まだ読み始めて(演習もしながら)3割くらいだが、それでもGoFのデザインパターンの state / strategy が何をしているか、factory が何なのかよくわかった。今までもオブジェクト指向やデザインパターンの勉強はしてきたはずなのに、如何に理解していなかったか思い知らされた気分。
ちなみに、演習は Java なので開発環境は Eclipse を使っている。すごく使いやすい。
午後は駅の北にあるプールに泳ぎに行ってきた。プールで泳いだのは何年ぶりだろう? 小さい子供〜小学生か中高年が主な客層。一気に地元民になった気分。