BROKEN's Advanced Vehicle Laboratory

インド研修日誌 2004年 11月

2004年 11月 30日 火曜日 会社訪問

VERTEXを訪問。日本に注力している。

バスが壊れた。

日記が抜け落ちててごめんなさい。

2004年 11月 29日 月曜日 Cross Culturral Trainning 2nd Week

今週はインドのIT企業について学ぶ。企業訪問は明日から。今日は手始めに KPIT と (企業じゃないけど)C-DACの紹介。二つともいつも講義を受けている教室で。

KPIT Commins Infosystem Ltd.のプレゼンターは Mr. Prashant Gharakar 。プラシャントって名前を聞くのは何回目だろう? "KPIT"というのは創設者の名前の頭文字をとったものだそうだ。組み込み分野での実績があり、例えばエンジン解析ツールやエンジン診断システムの開発などが事例として取り上げられた。KPITがプネ市内に拠点を置くメリットとして、プネはムンバイに近く(ムンバイに本社を置く会社が多い)、プネにはIT企業以外に自動車関連企業が多いことをあげていた。(TATAやベンツの工場がプネにある。) ケーススタディでは具体的なプロジェクトと期間、金額までだして説明をしてくれた。生産性の指標に関して、LOC/Day(一日あたりに作成するソースコードの論理行数)をあげていたが、要求仕様策定からテスト、デバッグまでを含めて生産性を計算するとどうしても数字が小さくなってしまう。LOC/Dayで他分野と生産性を比較するのは難しいかもしれない。

C-DACの紹介、スパコン。

昨日の日本人グループを夕食にご招待。女性3名(若いの二人と引率?)。マリーとめぐみと、下山さんだっけ? 基本的にキリスト教系の団体で、ボランティア活動をしているんだそうな。インドに来るのに1週間くらいでは観光旅行になってしまって勉強にならないから、1ヶ月にしたのだそうだ。その間学校はどうするの?と聞いてみたところ、通信制の学校に行ってたりするので、勉強のペースは自分でコントロールできる、とのこと。彼女らはハーフだったり帰国子女だったり。めぐ英語はえ〜〜。マシンガントーク。

2004年 11月 28日 日曜日 トレッキングとテニス

朝4:30起床。5:15シリンガーデン前集合。Clarion Park の警備員は毛布をかぶって寝ていた。月が西の空にあり、満月までもう一日といった感じ。時間が時間なだけに空いているお店はほとんど無いが、どこかに向かう人の群れはいくつかある。山まではいつも私たちをC-DACに送迎してくれるバスで移動。早朝からご苦労様です>ドライバー様

早朝のクラリオンパーク前

山を上りるまえにすでに夜が明けていた。この山はトレッキングに来る人が多いらしい。山のふもとのお店の駐車場でトヨタカローラを発見。カローラといっても、ロゴがカローラなだけで車のつくりはもっと高級。レクサスに近いかな?

山道は登るにつれて急になっていく。頂上まで1時間半〜2時間くらいかかっただろうか。この山の上にはFort(要塞)のあとが残っており、門や見張り台などがある。現在はインド政府が持っているテレビ局の電波塔が頂上にある。

山の上で食べ物や飲み物が売られている ここは要塞だったらしい

山の上のレストランでブランチ。10時くらいになっていたかな。レストランといっても木の下にござをしいて、みんなで座って食事。食事の前に、国枝さんと小川君の誕生日をケーキでお祝い。小川君や南山さんが木に登ってみたり。ヨーグルトが沢山出た。マサラをかけて食べた。なんかちょっとチーズっぽくなってた。なんだか忘れたけど異様に辛いものがあった。

バースデーケーキ
カンダバジル(インド風掻き揚げ?) これもカレーらしい

お昼の後は頂上の周りをぐるっと回ってから下山。もと来た道を下るのではなく、山の上で送迎用のジープをチャーターしてバスのところまで降りた。山の上りのりのためにこのようなサービスがある。バスのところに戻ったら、日本人のグループに遭遇。あまり日本人ぽくない人も。ボランティアのグループだそうで、14〜18歳位の男女。久しぶりに日本人の女の子と話をしたような気がする。でも、としが16だとか聞くとちょっとショック。 伊藤君がバッチリ電話番号をゲット。彼ら/彼女らは今週で日本に帰ってしまうとのこと。

バッタリ出会った日本人グループとグループ写真

山からかえってからはシャワーを浴びて一眠りするはずだったのだが、日報を書いていたらテニスの時間になった。先週より人数が増えた。テニスコートのあるところにいくとウェディングパーティの準備が行われていた。テニスコートは真っ暗。福島さんプンプン。 テニスコートの照明をつけてもらってもまだ暗い。ロストボールに気をつけながら2時間ほどテニスを楽しんだ。テニスを終えたのは午後9時。 あ〜疲れた。

2004年 11月 27日 土曜日 ぐったり休日

朝遅めに起きて、部屋を掃除して洗濯してシャワーを浴びて、それから二度寝。会社に提出する週報を書かなきゃとは思うものの、PCに向かうとなかなか書けない。

お昼は午後2時くらいにシヴサガールに行ったら満席だったので、ポルカドットに行った。Taiwan Spring Roll とチャーハンのようなインド風マサラ炒めご飯 with お野菜。 相変わらず量が多い。

VisualBasicの練習がてら、PC上で動くキッチンタイマーを作ってみたくなった。適当にごそごそやってみてそれらしいものが出来たことは出来た。エラー処理などはM君に手伝ってもらった。まだVer.0.1くらいかな。

2004年 11月 26日 金曜日 プレゼン

徹夜でやろうと思ったのだが、効率が悪いので2時間だけ寝て、それからバスが出るぎりぎりの時間まで資料を作った。それでも資料の準備が間に合わなくて、朝C-DACについてからも資料作りをした。計算の上でのこととは思うが、先生が朝45分だけ資料を準備する時間をくれたので、なんとか4人分をまとめることができた。

発表。最初のグループがインタビューのビデオを入れたりして凝ったことをしてくれたおかげで、2番手のうちのグループはちょっとプレッシャーだったかもしれない。しかし、話は良くまとまっていて、まあまあの出来だったと思う。午後のグループの発表は寝てしまいました。ごめんなさい。今日で Cross Cultural Communication の授業はおしまい。

疲れて帰ったので、夕飯が何だったかも覚えていない。英語の授業のエクステンションを受けている人たちが宿題か何かをしていたのを覚えている。

2004年 11月 25日 木曜日 国際的ビジネスを知るゲーム

昨日ぐっすり寝たおかげで体調はやや回復。ゴローちゃんのアサイメントは終わっていない。

今日は講義ではなく、ゲームを通して国際的なビジネスを行うにはどうしたらよいかを学ぶ。一つ目のゲームは"Global Negotiation"というゲームで、ホワイトボードに田んぼの田の字のような四角が大きく書いてあり、4カ国に分かれて、十字で区切られた他国の領土に道路を通させてもらってお金を稼ごうというゲーム。ルールはいろいろ。このゲームから学ぶべきことは、「貿易の局地化が起こりやすい」とか「一つの国を優遇すると、他国と敵対することになる」とか。二つ目のゲームは、"Win As Much As You Can"というゲームで、説明は端折るが、うちのチームは一貫したポリシーでゲームを進めたため大負けしてゲームが中断された。学ぶべきことは「他人を信じるな」じゃなくて、「Win-Winの関係を築け」。

ゲームを2つ終えたところでインドのITビジネスにおける国際戦略の話など。インドが伸びてきたのは認めるが、せんせ、そりゃちっと自国を褒めすぎてませんか?

午後は積み木ゲーム。これが国際的なビジネスの姿なのだという。ルールを説明すると以下のようなもの。

最初のチームは指示を出す人を一人に絞り、4ブロック×4ブロックの基礎を築いて積み上げる戦法を採った。結果は6段で見積もりどおり。失敗なし。他のチームも戦法が同じだったので、先生が最初のチームだけでゲームをとめた。次は先生が指示を出すデモンストレーション。伊藤君が目隠しをして積み上げる役になった。先生の指示は「何階崩しても良いから、1個ずつ積み上げなさい。先生は何も指示を出さないよ。」というもの。結果は5〜6回崩して最後に残ったのが6段。

このゲームで学ぶべきことはたった一つ。「パートナーを信用せよ。」 例えば日本の会社がインドでソフトウェアを開発するとする。日本の会社が失敗を恐れて1から10まで事細かに指示を出していたら言うほうも手間がかかるし言われるほうも嫌だろう。なにより、受注先が受身に慣れてしまったら彼らのためにもならない。手取り足取り指導するより、定期的にレビューをするだけで後は任せておいたほうが良いですよ、そういいたいのだと思う。ま、信頼するに足りるパートナーを見つけるのもなかなか大変だろうけど。

休憩時間に積み木で遊ぶ人々。童心に返ってます。積み木は積むより崩すほうが好きだという人も・・・。

ゲームの後は明日の発表の準備。18:00になっても終わらないのは予想通りで、夕飯を食べてから Clarion CB-7で集まって続きを進めることにした。でも、やっぱり23:00近くなっても終わる気配が無く、各自持ち帰って、明日朝にあわせようということになった。徹夜でゴー。

そういえば、授業が終わるころに日経新聞の人ともう一人見学に来たけど、何しに来たのかな? そのもう一人のほうは「刺身を食い飽きた」とか言ったせいで、研修生の多くを敵に回してたな。

2004年 11月 24日 水曜日 インドの国内法とe-commerceに関する法律

I 君も朝からヨガを始めたらしい。私は昨日の後半から体調が悪くてヨガに行く気分ではない。副読本として渡された70ページに渡るPDFは1ページも読んでいない。

今日の授業は Mr. Gaurav Sharm による法律の話。インドの憲法、議会の仕組み、裁判所の仕組み、民法、刑法、WTO、e-commerceなど、幅広い法律の話を聞くことが出来た。この先生は弁護士なのだが、ライセンスカードを見せてもらったところかなり若いことが判明。見た目にも若いが、説明が非常に上手で、英語も聞きやすい。ただ、話が法律の話なだけに知らない単語が多数出てきて、付いて行くのが大変だった。体調が悪かったせいもあって、午後は半分寝ていたというのもある。

今日のお昼 ゴローちゃんと議論する研修生

ゴローちゃん(Gauravがゴローと聞こえる)の説明によると、インドで最近出来たIT関連の法律では民法でも刑法でもかなり厳しい賠償金/刑罰を定めているようだ。これはインドをIT立国として売り出していこうとする政府の方針もあるのだと思う。

金曜日に発表することになっているアサイメントの準備は、申し訳ないけどグループのほかの人に任せて今日は寝ます。

2004年 11月 23日 火曜日

今日は柳川さん親子が授業に参加。

インタビュー。Mrs. Ujiwala Joshi が私たちの質問に答えてくれた。昨日出されたアサイメントに対して話をどう組み立てるかまったく準備していなかったので、なんだか雑談のようになってしまった。それでもなんとか聞けた話をまとめてみるとこんな感じ。

夕飯後はリーダーミーティング。柳川さんが日本から持ってきたお持ちを焼いてくれた。シリンガーデンの部屋のガスが切れてしまったので、電子レンジで調理。いい具合に出来ました。

2004年 11月 22日 月曜日 Cross Cultural Communication 初日

先週末でソフトウェア工学の講義を終えて、今週から 異文化間コミュニケーションの講義に入った。先生は Mr. Niket Karajagi 。ものの言い方が極端な人だが、英語は聞き取りやすい。先生は「インド人はとっても感情的で、なんでも直感で決めるんだ!」てなこと言っていたが、夕飯のときにP.Dに「それってほんと?」って聞いたら、P.Dは仕事柄年間に100人以上の面接をするけど最低でも15分は話をして採用不採用を決めるといっていた。まぁ、きっとあの先生は直感で決めてるんだろうね。

Y君は体調がだいぶ戻ったみたいだけど、O君は調子が悪そうだ。

2004年 11月 21日 日曜日 ご来光とテニスと麺パーティ

朝5:30起床。6時にシリンガーデン前に集合して、日の出を見るためにチャトルシンギ(プネ市内のヒンドゥー教のお寺)の山に行った。朝の6時はまだ真っ暗で、街灯がないと何も見えない。ちょうど長距離バスを使う旅行のお店がオープンする時間らしく、開店準備をする光景が見られた。そのほかにもいくつかの店で電気がついており、暗い中街を歩く人もいた。シリンガーデン前からチャトルシンギまではP.Dの車とリキシャで移動。外は結構寒いので厚手の上着が必要。息は白くならない。

朝から山道を登るのは結構疲れる。P.Dは途中で気分が悪くなったようだ。Hさん、M山さん、I 君、K君、Nさん、私が頂上まで上ってだんだん明るくなっていくもやがかかった地平線から日が昇るのを見ることが出来た。頂上では散歩に来ている親子や運動しているおじさんにも会った。

夜明け 元気玉?
朝のチャトルシンギ(お寺) なぜか装甲車

山を降りてからJMロードにあるお店で朝食。ドーナツみたいなヤツ(ワダというらしい)とか、白い蒸しパンみたいなヤツとか、タコの入ってないたこ焼きみたいなやつとか、黒いお好み焼きの平べったいようなヤツとか。P.Dに「いったいカレーって何なんですうか?」と聞いてみたところ、「液状のものをカレーといっている」との答えを得た。やっぱり日本人のカレーに対する概念は間違っているらしい。

朝ごはんを終えてからClarionに戻り、少しだけ寝た。それから9時ぐらいに起きてテニスの準備。9:30オゾン前集合。テニスコートはオゾンの前の通りより東側にある高級住宅街の中。クレイコートが1面あって、地元の人たち(きっとお金持ち?)がテニスをしていた。テニスは10時から11時までの1時間だけ。私はマイラケットが無いので、5人でローテーションする間に空く人のラケットを借りた。いい汗かいた。ボールを結構無くした様な。福島さん、Nさん、Sさん、Mくんともにテニス経験者。

テニスが終わってからピザハットでピザを注文して福島さんの部屋でお昼ご飯。部屋の中の様子は省略。きれいにしてます。福島さんは午後から仕事らしく、12:50にP.Dが迎えに来て、テニス部はこれにて解散。

帰ってきてからシャワーを浴びて昼寝。おきたら4時か5時くらいだったろうか。

夜は再びClarion CB-7 で麺パーティ。焼きソバとか山葵そばとか、インスタントラーメンとか、そば系ばっかり。盛りそばをフォークで取ってコーヒーカップに入れためんつゆにつけて食べた。それぞれ味が違うのでなかなか美味しかったです。でもちょっと野菜不足気味。食後はUさん提供の玄米茶。ご馳走様でした。

麺パーティ

M山さんは明日も早起きしてヨガをやりにいくそうだ。私もヨガやってみたい。

2004年 11月 20日 土曜日 餃子パーティ

朝はまったりとすごして、午後になってからお昼を食べにMGロード近くにあるThe Coffee Connection へ。ここはいつもケータリングサービスをしてくれているレストランで、まだここに食べに行ったことがなかったので、M君に大体の場所を聞いてClarion前からリキシャで出かけた。Clarion前からMGロードまでリキシャの運賃はRs70だった。

店内はアーリーアメリカン調の装飾で、店内にかけられている絵などは値札がついていて売り物になっているようだ。店の雰囲気はアメリカンだが、匂いや店員はインド人なので、やっぱりインド? 私はお店に入ってすぐの帆船模型が飾ってある部屋に席を取った。午後2時くらいだったが、お客さんがぜんぜんいなくて店員がすごく暇そう。クリームベジスープとハンバーガー(ビーフ100%)と紅茶を注文。ハンバーガーが大きい。マクドナルドにビーフ100%のパティがないので、ここでたっぷり堪能させていただきました。

Coffe Connection ハンバーガー

昼食後はMGロードを散策。ファッション系のお店が多い。ラジャスターン地方のおみやげ物や産を発見したので入ってみた。うん、先週アーグラーとかジャイプールで見たお土産と大体同じだ。結局MGロードでは何も買わずにオゾン(アウンドゥにあるスパーマーケット)の隣のクロスワード(本屋さん)でヒンディ語の教科書を買って、オゾンで食料を買って今日のお出かけは終了。帰ってきたら子供たちがプールで遊んでいた。外はまだそれくらいの暑さだということだ。

プールで遊ぶ子供たち 3ヶ月ヒンディ語

夜はClarionのCB-7で餃子パーティ。Hさん、M山さん、Y君が餃子を作ってくれたので、お酒と一緒に美味しくいただいた。材料はすべてこちら(プネ市内)で調達したそうだ。インド国内の中華料理屋では餃子を見かけないので、久しぶりに焼き餃子を食べられて満足。あまった具で作ったハンバーグっぽいのもGood。これに白いご飯があればなぁ。(他所のアパートではケンチン汁を作ったと、後で聞いた。)

2004年 11月 19日 金曜日 ヨーグルトに唐辛子入れるかよ

ソフトウェア工学の最終日。

昨日寝るのが遅かったせいか、疲れがたまっているのか、はたまた授業がつまらないのか、午前中の講義はほとんど寝てしまった。11:00くらいから13:00くらいまでグループでアサイメントの続きをまとめて提出。昨日テストをほとんど済ませてあったから今日は資料をまとめるだけで済んだ。まあまあよく出来たつもり。河原君のおかげで。

お昼ごはん。ヨーグルトに唐辛子が丸ごと入っているというセンスに未だになじめない。

昼食 唐辛子発見

午後はちょっとだけソフトウェア工学のテストがあって、その後にメンテナンスや品質に関する話をして、これでソフトウェア工学の講義が終了。

2004年 11月 18日 木曜日

ソフトウェア工学のアサイメントを進めるために、夕食後にClarion G-8 に集まってプログラムのコーディングとテストの続きを行った。終わったときには24時を回っていた。

2004年 11月 17日 水曜日

なんかあったっけ?

2004年 11月 16日 火曜日

夕飯の後でリーダーミーティング。参加はしていないが、ウィルスつきメールの発信源は某氏(インド人)だったという噂を聞いた。

今日の夕飯はハンバーガー

2004年 11月 15日 月曜日 午前半休

連休中のツアーが強行スケジュールになることがわかっていたため、授業は午後からにしてもらっていた。だからといってお昼まで寝ていられるわけではなく、休み前に出された宿題が旅行中はぜんぜん進まなかったので、朝早めに起きて宿題の雑誌の記事を読み、プレゼン資料を作った。(資料のメモを書いたのは12時くらい。) 昨日寝ないで資料を作っていた人もいるようだ。

バスは13:15。連休中私たちとは別にバンガロールに行っていたY君は調子が悪いらしく、今日はお休み。

2004年 11月 14日 日曜日 ジャイプール

ホテルの朝食。コンチネンタルなメニューでバイキングになっているが、皿が空っぽになったまま放置されているメニューがあったりしたのがちょっと不服。朝食をとってからバスに乗り、街を出て最初にアンベール城に向かった。ジャイプールの街は周りが山(丘?)に囲まれていて、その山の上にお城がある。

ホテルの朝食

アンベール城へはバスの駐車場から象に乗って移動。乗らなくても良いのだが、これがここの売り物だということで。一頭の象に4人乗ってRs400くらいだったと思う。私たちが駐車場に着いたときにはすでに外国人観光客であふれかえっており、象に乗るまでに結構待たされた。日差しが強く、象乗り場の階段では観光客向けにターバンのようなものが売られていた。観光客向けなので作りは雑だし、値段も高い。その場で雰囲気を楽しめればよい、という程度のもの。

象を待つ観光客の列 象乗り場
象はお化粧している

象はでかい。象の糞が臭い。小便も垂れ流し。一頭一頭がそれぞれお化粧をしている。象使いは鉤のついた鉄の棒で象をたたいて命令している。言うことを聞かないと、ゴツンという音が出るくらい強く頭をたたかれる。象の上は揺れる。あたりまえだけど。象がくしゃみをすると(?)液体が飛び散って乗っている人にしぶきがもかかる。象に乗ったままアンベール城までの坂道を上る間に物売りが沢山きたり、写真を撮ってあげるといってきたり。象に乗っているとそういうのを無視しやすい。でも、象を降りたときに、さも当然であるかのようにチップを要求されたのにはちょっと腹が立った。チップ渡したけど。(インドにはチップの習慣はないが、欧米から来た観光客がチップを渡すせいで観光地では広まっているらしい。)

象の上から 門のそばでお菓子を売っている

お城の中は、最初はガイドさんについていって説明を聞いていたが、鏡の間あたりから説明を聞くのが面倒になり、(というのも、知らない人の名前を出して説明されてもわからないし、)勝手に城の中を歩き回ってみるようになってしまった。気分はもうRPG。(これはデリーのラール・キラーに行ったときにも思った。) 鍵がかかっていて入れない扉とかがあった。でも、お城の中に宝箱はなかった。観光客と混ざって中学生〜高校生くらいのピンクのシャツを着た女の子の集団がいたるところにいた。きっとあれはインドの修学旅行? お城を出た後でおみやげ物を物色するつもりだったのだが、あまりそういう時間が取れないうちにお城を後にした。お城を出てからは象に乗らず、階段で降りた。その間中、ずっと物売りがしつこく付いて来た。

お城の上から見た中庭 中庭その2
気分はすっかりインド人 お土産を売る人

お城のあとは「水上宮殿」という別名を持つホテル(名前は忘れた)を湖の岸からながめて、それからエンポリウムへ。ここのエンポリウムでは染色のデモンストレーションを行っていた。店内は広く、1階の入り口付近は染物からサリーなど布〜衣類関連、1階階段近くに宝石店。ジャイプールは宝石で有名らしい。(日本がインドから輸入するもので最も金額を占めているのがダイアモンドなのだそうだ。でも、インドではカットの技術があまりよくないので、カットが非常に重要なダイアモンドは日本で買ったほうがいいんじゃないか、って福島さんが言っていた。) 2階は銀の食器とか金属で出来た像、木彫りの像など。タペストリーのようなものもあったかな。

水上宮殿 エンポリウムの中
ハヌマーン
孫悟空のモデルとなった
怪力を持つ猿神
ガネーシャ
学問の神
商売の神

昼食はそこらのレストラン。レストランの奥には日本人らしき若い女性が2名。声はかけなかったけど。

昼食後は宝石店に行く人と市内観光(自由行動)に分かれた。私はO君、I 君と一緒に、シティ・パレス、ジャンタル・マンタル、風の宮殿をまわった。シティ・パレスはマハーラージャが使っていた宮殿で、今でも人が住んでいて、一部が公開されている。中をささっと見て回った。シティ・パレスの中にはお店がいくつかあって、普通の楽器屋さんのようなお店もあった。入り口付近では蛇使いのショーも。

シティ・パレス

シティパレスのあとはジャンタル・マンタル(天文台)に向かったのだが、地球の歩き方の地図を見ながら歩いたところ(地図では来たが上ではなく右になっていたのに気づかず)まったくそれらしからぬ方向に行ってしまい、街の人に道を聞きながら歩いた結果、スラムっぽいところを抜けて元のシティパレスに戻り、先ほどとは逆方向のすぐ近くにジャンタル・マンタルを発見した。ジャンタルマンタルは天文台で、今でも使われているのだそうだが、おかれているものが何の計測器なの説明が無いとさっぱりわからない。ここでも外国人観光客が沢山。O君は元気に走り回るし、高い階段を上るしで、後を追いかけていくのに一苦労。高い階段は怖いのよ。一段一段の段差が大きくて。高い階段を下りたところで、KさんやFさん、K原君と遭遇。彼らは風の宮殿を先に見てきたらしい。

風の宮殿。こちらもリキシャの運ちゃんや街の人に道を聞いて到着。先に中を見ることにした。特に部屋らしい部屋も無い、薄っぺらな建物。風通しはよさそう。外から見ると立派なのに。風の宮殿を見たところで集合時刻にも近くなってきたので集合場所(シティパレス前)に戻り、露天のお店でジュースを飲みつつみんなの帰りを待った。財布ではRs500札が底をついていた。

ジャイプールの街 風の宮殿

シティパレスを後にしてジャイプールの空港へ。空港でバスとスレンドラさんとガイドさん(名前忘れた)と別れて、チェックインして出発を待った。予定より空港に早く着いたのか、搭乗までかなり長い時間があったような気がする。夕飯は機内でチキンカレー。Y君、水もらいすぎ。飛行機がムンバイに着いたのは午後9時くらい。ムンバイの気温は28℃で蒸し暑かった。

機内食のチキンカレー 帰りのバス

ムンバイからバスに揺られて、インドに着いたときと同じ道を通ってプネへ。バスで3時間程度の移動が短く感じられるようになってきた。途中で休憩したドライブインも、10月初頭に来たところと同じ。ドライブインに留まったのが24時くらいで、プネのClarionに帰ってきたのは午前2時を過ぎたころだった。

長旅お疲れ様でした。

2004年 11月 13日 土曜日 アーグラーからジャイプールへ

朝5:30起床で6:00にロビーに集合。外は息が白くなるかならないかくらいの気温。昨晩スレンドラさん(案内役の人)の提案で夜明けのタージマハールを見に行くことになっていた。ホテルからバスでタージマハールの付近まで移動して、そこから電気自動車でタージマハールまで。福島さんの話では以前は馬車だったのだそうだ。これはタージマハールが排気ガスで黒ずんでしまうことを防ぐための策らしい。

タージ前は思ったより物売りが少なかった。ヨーロッパっぽい外国人観光客が多数。チケットを購入してから門をくぐるときにセキュリティチェックをうけた。食べ物やマッチなど、持ち込んではいけないものが沢山決められている。でも、カメラはよくて電子辞書や電卓、懐中電灯などがダメな理由が良くわからない。そんなことをしているうちにタージマハールを見る前に夜が明けてしまった。

タージの門 観光客でいっぱい
朝靄に浮かぶタージマハル 靄は裏手の川から上がってくるようだ
川から上がる靄と西の塔 もう少し日が昇ってからのタージマハル

朝のタージマハール。裏手を流れる川から靄が立ち込めて幻想的な雰囲気を醸し出している。御伽噺の世界にいるようだ。いやというほど同じ写真を撮った。タージは大きく美しい。世界遺産になるのも良くわかる。正面から見て右手前の塔は少し傾いているようだ。

タージ見学後はホテルに戻って朝食。エアコンの吹き出し口から出るゴミがテーブルの上に降って来たり、オーダーしたものがなかなかこなかったり、お客さんの後ろにボーイさんが何人も並んで圧迫感を感じたり、不満はいろいろ。まあ、田舎のホテルはこんなもんでしょう。

朝食後はホテルをチェックアウトして、ホテル近くにあるエンポリウムへ。ここでは大理石に輝石を埋め込む螺鈿細工のデモンストレーションを見た。お店の中は大理石の細工物でいっぱい。エンポリウムは政府が管理していたと思うので値段はフェアだと思う。しかし、高いものが多かったので私は何も買わなかった。でも、細工が見事というのは確か。

螺鈿細工のデモ デモ2
店内の商品例

エンポリウムを出てからジャイプールに向けて出発。ジャイプールに向かう途中でスレンドラさんお勧めのファティープル・スィークリーに寄った。ここは小高い丘の上にあり、坂道を登る途中ではディワリのお祭りがあるせいなのか、小さな移動遊園地っぽいのがいくつかあった。

ファティープル・スィークリーは手前にイスラムの寺院(モスク)があり、奥に宮殿がある。ガイドはつけてもらわず、「地球の歩き方」を片手に適当に歩き回った。ガイドの売込みがやたらとしつこい。イスラム建築とヒンドゥー建築が融合している。謁見の間では日根さんが階段を使わずに中二階に上ろうとして落ちて背中を打った。南山さんは成功。子供が真似するのでやめましょう。敷地内の何箇所かで職人が石を彫って修理作業をしているのを見かけた。宮殿は大体見て回ったが、モスクのほうまでは時間がなくて回れなかった。集合時間は午後2:00。でも遅れた人が続出。

ファティプール・スィークリー 職人さん

ファティープル・スィークリーを出てからはジャイプールまでひたすらバスで移動。途中でバスを止めて道路沿いで売っているフルーツを買って食べたり、途中のレストランで遅い昼食を食べたり、沈む夕日を観賞してみたり。このレストランはインドにしては清潔なレストランだと思う。河原君が注文したチーズスパゲティはいまいちだったようだ。

午後7:30くらいにジャイプールに到着。街の大きさはプネと同じくらいあるのだろうか、ディワリもあってかいたるところに電飾があり、にぎわっているように見えた。(ジャイプール:232万人、プネ:254万人。地球の歩き方より) ジャイプールでのホテルはBest Western Hotel という、市内でも指折りの高さの展望台(レストランらしい)を持つホテル。拡張工事中らしく、私たちは工事が完了していないほうの建物に泊まった。部屋を出て非常階段を上ると屋上に出ることができて、そこから街のあちこちで打ち上げ花火が上がっているのが見えた。ホテルの部屋はダブルなのだが、ベッドがキングサイズのものが1こおいてあるだけで、2個にして欲しいとフロントに伝えたところ、マットレスが1個追加されただけ。<鈴木さん、すみません。インドにしては珍しく、お風呂にバスタブがあった。

ロビーのシャンデリア ホテルの部屋

夕食はダンスの見られるレストラン。ディワリなせいで営業してないお店もあり、だいぶ待たされた。ナンを焼くところの実演を見たり、踊りを見たり、一緒に踊ったり。店員が少なく、オーダーしてもなかなか料理が来ない。福島さんは大変ご立腹。外国人観光客が多かったように思う。

2004年 11月 12日 金曜日 デリーツアー

朝は8:00頃起床。シャワーを浴びてから朝食。ロビー集合は午前9時だけど5分ほど遅刻してしまった。

ホテルの朝食

最初の観光スポットは蓮の花の形をしたドーム。もともとは回る予定ではなかったが、通りかかったので見ていくことになった。「地球の歩き方」にはバハーイー寺院と書いてある。それからオールドでリーのほうに向かってラールキラーというムガル帝国の大きなお城を見学。お城の目の前が市場になっているせいなのか、物売りも物乞いも少ない(いるにはいる)。 警備をしている人がライフルを持っている姿が目立つ。 赤い正門をくぐるとお店が並んでいて、その先に謁見の間などがある。 雰囲気はまるでRPGの世界に入ったような感じ。 ラールキラーの敷地の半分も見ていないと思うが、十分広いお城だということは良くわかった。 城の前の市場(チャンドニーチョーク)も見に行きたかったが集合時間になってしまったのであきらめた。 ラールキラーの近くにあるジャマー・マスジッドは金曜日は礼拝の日で観光客は入れないらしく、こちらもあきらめた。

バハーイー寺院 ラールキラー入り口 ガイドブックと見比べる
ラールキラーの中(1) ラールキラーの中(2) リキシャのカラーリングが違う

お昼は各自で食べたいものを食べましょうということで、バスをコンノートプレイス近くにあるインペリアルホテルの向かいに止めて一旦解散。私は森君と松平君と一緒にリキシャでホテルニッコーニューデリーの日本料理屋「さくら」へ。たこわさびとカツ丼、味噌汁、抹茶アイスを注文。たまたまこのホテルのGM夫妻(こうのさん)が食事をしていて、夫人にはデリーで日本の食材が手に入るお店(やまとや)を教えてもらったり、良い紅茶が手に入る店としてこのホテルの地下(裏手?)にあるショップ( CRAFT HOUSE )を紹介してもらった。 カツ丼がRs300、味噌汁がRs120。インド的な金銭感覚からすれば高いが、Rs 1 = \ 2.5 という換算レートで考えれば日本で食べるのと変わらない値段だということがわかる。 (GMと話をしていた人が料理長さんだと思うので)料理長さんも日本人ということで味もバッチリ。 このホテルがプネにあったら通ってしまいそうだ。

サイコロステーキその他 カツ重とたこわさび さくらの入り口

久しぶりの日本食を堪能した後はホテルニッコーのCRAFT HOUSE の紅茶コーナーで紅茶を物色。とっても甘い香りのする紅茶があったので、お土産用に購入した。当初の予定ではコンノートプレイスでいろいろ買い物をするつもりだったが、CRAFT HOUSE に長居をしてしまったためコンノートプレイスはタクシーで周りをぐるりと回ってもらってみるだけになってしまった。

午後2時に集合した後はインド門を遠くから眺めて、その足でフマユーン廟へ。そろそろ疲れてきたのでパスしてもいいかなと思っていたが、世界遺産だということで見ていくことにした。 ここは来てみて大正解。 デザイン的にはタージマハールと同じような感じだが、赤い砂岩に白い大理石を埋め込んだ装飾が映えて簡素ながらも美しい。建物の中はお墓なので見てもあまり面白くないかもしれない。(少なくとも私は面白いとは思わなかった) 建物の裏手に大きな蜂の巣があったり手入れが行き届いていなかったりするところは残念だ。

フマユーン廟

フマユーン廟でデリーツアーを締めくくってバスでアーグラーへ。途中で立ち寄ったホテルのレストランで夕食。ここはおみやげ物が沢山おいてあり、ちょっと値段は高めだが、見ていて飽きない。質のよい絵葉書があったので購入した。カーマスートラの日本語版もおいてあった。

アーグラーに向かう道はインドの道らしく、凸凹が多かった。スピードを出しているせいもあって、道の凹凸のせいで体ごと宙に浮くような場面もあった。アーグラーでの宿泊先(Atithi Hotel )に到着したのは22:30くらい。デリーではあまり花火の音を聞かなかったが、アーグラーではいたるところで花火がなっていた。部屋に荷物を置いてから数人で周辺を散歩。爆竹の残骸が大量に散らかっている場所が何箇所もあった。

アーグラーのピザハット 街の様子 ホテルの部屋

2004年 11月 11日 木曜日 デリー

朝は爆竹の音で目が覚めた。夜が明ける前から花火や爆竹があちこちでなっており、ゆっくり寝ていられなかった。福島さんの話では、今日の朝と明日の朝が夜明けに爆竹とかを鳴らしてお祝いする日らしい。

今日は午前中から午後3:30までC-DACで勉強。3:30頃にディワリのお祝いにお菓子が振舞われた。今日は先生はお休み。(というか本業のほうがあるらしい。) 午後4時前にはC-DACを離れてアパートに戻り、午後5:00に Clarion Park 前をバスで出てプネ空港に向かった。プネ市内にいる間ににわか雨があった。乾季に入っている11月のディワリに雨が降ることは滅多にないことだそうだ。

お菓子が振舞われた

プネ空港は小さいけれど、きれいだ。プネ空港から Jet Airway に乗ってデリーへ。飛行機が満席で人が多かったせいでセキュリティチェックに長い時間がかかり、出発時刻が予定より20分くらい遅れた。 Jet Airway は飛行機もフライトアテンダントもきれいだ。 Air India とはえらい違い。 機内食も美味しかった。 フライトは1時間50分ほどだったが、感覚としては乗ってすぐ降りてしまった感じ。

機内食

デリー到着時の気温は機内アナウンスによると24℃。予想していたよりはるかに暖かい。明日の朝は寒くなるのだろうか? デリーに到着したのは21:30くらいだろうか。デリーの空港からバスに乗って30分ほど走り、ホテルでチェックインをしたらすでに23:00になっていた。ホテルはまあまあきれいなので一安心。23:00にはお店がみんな閉まってしまうそうなので出かけるわけにも行かず、おとなしく寝ることにした。

デリーの道路はプネと違ってきれいに舗装されている。バイクやリキシャの数が意外と少ない。デリーの女性はプネの女性と雰囲気が違う。サリーの着方も違うようだ。

ホテルはF君とO君と私の3人部屋。部屋の窓から外を見たら、すぐ下の通りで花火をやっていた。

2004年 11月 10日 水曜日 ディワリ

ラジェッシュさんの話によると、今日からディワリが始まるらしい。朝っぱらからあちこちで花火(爆竹?)の音が聞こえる。

今朝は旅行前に何とか洗濯を済ませてしまおうと午前7時に起きて洗濯機を回して脱水したまでは良かったが、朝食を食べたりメールを書いたりしているうちに8:15になってしまい、

授業はソフトウェア工学の2日目で、要求仕様のまとめ方について学んだ。今日もアサインメントがちょっと重め。宿題も重めだったので、明日の午前中は先生がこられないということもあって、プレゼンを月曜日の午後に延ばしてもらった。

昼食

帰りのバスから街中を眺めると、日本のクリスマスのようにイルミネーションで飾られたお店が沢山見える。お店だけでなく、普通のアパートでもイルミネーションの飾り付けをしているところが多い。いつも夕飯を食べる場所になっているシリンガーデンでは、アパートの部屋の前にお米の粉で絵を描いて、その上に飾りつきのランプに火がともされておいていある光景があった。クラリオンのアパートでも、部屋の前に火をともしたランプが置かれている家があった。

街角の様子 近所のアパートの電飾 夕飯

明日からのデリーツアーを控えて現在の所持金をチェック。日本円からルピーへの両替は、インドに着いた当日に空港で行ったのと、10/4 にソフトブリッジのオフィスで行ったのの2回で、それぞれ3万円ずつ両替した。空港では急いでいたので3万円が何ルピーになったか覚えていない(レシートももらっていない)が、ソフトブリッジのオフィスでは3万円が12345ルピーになったので、合計6万円が大体24700ルピーくらいになっているはずだ。現在の所持金を表にしてみるとこんな感じ。

現在の所持金(ルピー)
Rs 500× 22 = Rs 11,000
Rs 100× 5 = Rs 500
Rs 50 × 1 = Rs 50
Rs 20 × 1 = Rs 20
Rs 10 × 7 = Rs 70
Rs 5 × 2 = Rs 10
Rs 2 × 0 = Rs 0
Rs 1 × 4 = Rs 4
合計 Rs 11,654

日本円に直すと11654×2.5 = 29135 で、大体 29,000円くらい。この計算からすると、10月の間におよそ3万円くらい使ったことになる。実際には 256MBのUSBメモリスティックやツアー料金などはクレジットカードで決済したので、現金とは別にRs30000〜35000くらい使っている。(デリーツアーだけでRs 24,000くらい)  インドにいる間はあまりお金を使わないかと思ったが、こうしてみると結構かかっていることがわかる。

N山さんは毎日小遣い帳をつけているそうだ。N澤くんによると、インドでお金がかかるのは、食事、宿、リキシャ、バクシーシだそうだ。

2004年 11月 9日 火曜日 ソフトウェア工学 初日

最近、朝部屋を出るのが微妙に遅くなりつつある。今朝部屋を出たのは8:15をちょっとだけまわったころだった。バスがC-DACについてから授業が始まるまで十分時間があるので、朝ちょっとくらい遅くなっていても問題ないといえば問題ない。だからといって気を抜いていいというわけではないだろう。

今日から授業はソフトウェア工学に入る。先生は Dr. Sundarajan。略してスンダ先生。今日の内容はイントロダクションなので初めて聞く話もなく、英語も明瞭なので十分理解できた。それにしても、参考書として渡された本の内容が古すぎる。著作権表示が1985年だから、いまから20年前に書かれた本だ。こんな本を参考にして良いのだろうか?

昼食(たまには大きな写真で)
夕飯も大きな写真で

ディワリが近いせいなのか、夜になるとあちこちで花火が爆発する音が聞こえてくる。みんなフライングするなよ。祭りはまだだぜ?

2004年 11月 8日 月曜日

昨日の乗馬のせいだと思うが、内股が筋肉痛。他の人はクリケットやサッカーのせいで筋肉痛になっているらしい。

スヌー先生はお疲れの様子。リーダーズミーティング。

夕食

2004年 11月 7日 日曜日 電車と乗馬と中華料理

朝8:15にシリンガーデン前に集合して今日は乗馬体験。リキシャで Khadki 駅まで行って、そこから電車で1時間ほどかけて乗馬クラブのあるところまで行った。電車賃はRs 8。かなり安い。安いというか、駅には改札がなくて、電車の中でも切符のチェックなんかしてない(実際出来ない)ので、ただでも乗れそうなきがする。私たちは2等車にのった。電車の中で靴下を売っているおじいさんがいた。電車の扉はバスと同じで開けっ放し。そこから見る景色もなかなか面白い。

駅のホーム 線路を渡る
インドの電車 キオスクのようなもの?

乗馬は大学1年生の夏に、カナダに行ったときに1日だけやったことがある。けど、もう全部忘れた。今日はほんのちょっと体験するだけで、レッスンを受けたければ予約を入れて受けるのだそうだ。通常1レッスンRs 300のところを、ここのすでに常連となっている福島さんの紹介ということでRs 200で受けられることになっている。馬小屋の壁に書いてある絵が面白い。馬ってこんなに大きかったんだ。馬に対して「進め」、「止まれ」、「曲がれ」、「スピードアップ」の支持の出し方は、馬に乗ったら思い出した。でも、トロットで走られたらほとんど Out of control だった。 乗馬お勧め。上流階級の遊び。

12:30くらいに帰りの電車に乗って、C-DACに近くにあるシバジナガール駅で降り、JMロードにある浅野くん御用達の中華料理屋で昼食。お店の雰囲気からして高級レストラン。店内の清潔さが普通のインドのレストランと格段に違う。ワンタンスープがマイルドな味でとっても美味しかった。

アパートに帰ってからは日本から持ってきた「ハリーポッターとアズカバンの囚人」(英語版)を読み進めつつ、ソファーでお昼寝。結構疲れてたかも。

夕飯はお餅と味噌汁とほうじ茶。これらは全てMくんやUさんの実家から送られてきたもの。ご馳走様です。

お餅、味噌汁、お茶

2004年 11月 6日 土曜日 G.P.O、プネ駅、MGロード

平日は帰りが遅いので郵便局に行く時間がとれない。ということで、今日は午前中に郵便局まで行くことにした。プネ市の郵便局(G.P.O = Govermental Post Office )はプネ駅より少しだけ南のところにあって、 Clarion Park からリキシャで Rs 50で行けた。日本まで手紙を送るのに、切手は Rs 8 だった。

プネのG.P.O 郵便局の車

郵便局を出てから多少迷子になりながら、地図を見つつ、道を聞きつつぶらぶら散歩。陸橋を渡って線路を越え、プネ駅の北から歩道橋を渡ってプネ駅へ。陸橋の脇にはスラムがあり、ほとんど裸の子供3人に「バブー、バブー」(私の予想では、食べ物をくれ or なんかくれ、の意味?)といって付きまとわれた。 駅の南側にはロータリーがあり、そこにも地面で寝ている人が沢山。リキシャの客引きも。北側から歩道橋を渡ってくると左手に見える建物が駅舎らしく、建物の風格がある。駅の前にはインドの国父ガンジー像があった。

プネ駅前のガンジー像

買い物をするならMGロードがいいよ、と聞いていたので、次は駅からMGロードへ。ファッション系のお店が充実している。バリスタで注文したアイスクリームソーダにはガッカリした。グラスの半分以上が泡で、アイスクリームが3割、ソーダは2割以下だった。

MGロードを散策した後は Sopper's Stop でTシャツとか上着とかを買った。夕飯は何を食べたか記憶がない。夜は会社宛の週報を作成。

2004年 11月 5日 金曜日

夕飯後は来週末のデリーツアーについての打ち合わせ。出発時間や宿泊先、食事、見たい場所など。

昼食 夕食

インターネットへの接続はケーブルモデムを使用している。MACアドレスを偽装するのは意外と簡単だった。これで会社のPCと個人のPCとを切り替えるのがすばやく出来る。(ケーブルモデムはMACアドレスを認識しているらしく、MACアドレスを偽装しなでPCを差し替えようとすると、30分くらい待たされる羽目になる。)

2004年 11月 4日 木曜日

日記欠落。なんかあったっけ?

2004年 11月 3日 水曜日 BlueDiamond

N氏がC-DAC(ACTS)を見学しにこられた。N氏は4月までT社の顧問をされていたそうだ。夜はN氏がT社からの参加者を夕食に招待してくれた。場所はBlueDiamondというホテル。中華料理まいう〜。

2004年 11月 2日 火曜日 インターネットがつながらない理由

昨晩の話では、今日の午後にもケーブルモデムが設置されて、パスワードをもらって、アパートの部屋からインターネットに接続できるはずだった。しかし、夕飯を終えて帰ってみると、昨日と何も変わっておらず、ただCATVのケーブルが横たわっているだけだった。そこで、事態を確認するために福島さんに電話をしてみた。

電話の結果、福島さんとP.D.がアパートに来て、P.Dがここにいたった原因を説明してくれた。Flat No 19 の住人がアパートの建物にケーブルを這わせることに反対していて工事を進められないのだという。P.Dいわく、「クレイジーな人で理屈が通らない。」。その人が反対しているせいで、Clarion Gの建物に住んでいる人全員がインターネットを使えないのだそうだ。電話回線にしても同じ状態だそうで、共用のプールやジムについてもその人が「オーナー以外は使わせない」と言っているそうだ。P.Dの話では、インターネットの接続業者からアパートの管理人、他のオーナー、C-DACのルシュケシュさん、G-8のオーナー、警察、弁護士まで話を通しているけれど、まだ説得できないのでインターネットが使えないのだという。 昨日ケーブルを敷設しおえて、今日にもケーブルモデムを設置することになっていたのだが、昨日の夜にその人がまた反対し始めたので、今日から使えるはずだったのが延期になったのだそうだ。

このバックグラウンドについて、福島さんは今日初めて知ったようだ。P.Dとしては、請け負った側の問題なのでクライアントに余計な心配をかけたくないので理由を伏せていたらしい。ただ、こうなってはソフトブリッジの力でコントロールできないところに話が行ってしまっているので、私たちに理由を開示することにしたそうだ。

この建屋の他のオーナーでインターネットを使いたい人が4人いて、その人たちが明日ケーブルモデムの設置をするそうだ。P.Dはこれに乗じてG-8にもケーブルモデムを設置してしまうことを考えているようだ。 ということで明日に期待する。

M君はVisualBasicマスターだったらしい。学生時代にベンチャー企業でプログラムを作るバイトをしていたそうだ。ちょっと尊敬。

2004年 11月 1日 月曜日

夕飯後に久しぶりのリーダー会議。先月のリーダーからの引継ぎや、生活・授業に関する問題への対処方法、フィードバックシステムの不備、今後の運営方針など。