ボンネット特急の面々
今でこそJR東日本の653系やJR九州の883系のように編成ごとに色を変え、新製時から個性的な顔を持たされている車両が増えてきたが、たいていの場合、同時期に製造された車両の顔はみな同じである。
まれに、メーカーの違いによって顔付きが変わったり、設計変更の過程で新旧両方の特徴を併せ持つ車両が生まれると、鉄道ファンは大喜びする。昔から鉄道ファンは、消え行くものと、異端車が大好きな人種のようだ。
ところが同じ顔つきに製造されても、5年10年と経つうちに、修理や、部品交換、あるいは運転区独自の小改造、増備車に合わせた改造にいたるまで色々な手が加えられ、しだいに各車各様の違いが出てくる。これがまたファンにはたまらない。
遠くからやってくる先頭車の特徴をいち早くとらえ、「あれは何号機だ。」「今日は何番が先頭だ。」と見当をつける。目の前を通り過ぎる際に見事「BINGO!」となる小気味良さを皆さんも味わったことがあるだろう。昭和48年(1973年)、山陽路を撤収し全車関東に集結した151系直系の181系先頭車も、まさに1両1両顔が違うといって良いほど個性的であった。
直流車に遅れること6年、北陸本線の特急として比較的地味なスタートを切った481系であるが、その後九州方面への進出を皮切りに、交流電化の進展と共に東北方面へも進出、電動車も50Hz用483系の派生、50・60Hz両用のオールマイティー485系への進化を遂げ、ボンネット型先頭車はクハ481が66両、クロ481が改造も含め16両の合わせて82両の大世帯となった。
一方、関東地方から北陸方面へのルートのひとつ信越線は、碓氷峠という大きな障害を越えねばならず、長大編成の入線を拒み続けていたが、485系に横軽強調運転性能を付加した489系の開発により、特急「白山」が誕生、クハ489にも10両のボンネット型先頭車が誕生した。
九州から戻った1985年頃のクハ481初期車、そして1990年代も後半にはいるとクハ481-100番台も含めて1両ごとに顔が違ってきた。
ここにご紹介するのは、そんなボンネット車の面々である。