france98torcida

なが〜い前置き

ワールドカップ・・・4年に一度の大会。サッカー選手の選手寿命は短い。予選を戦い抜いてその舞台に立てる選手はわずか。才能はもちろん時の運もが自分に見方しないとその舞台には立てない。それを思うと本当にせつないものを感じてしまう。98年、フランスワールドカップ。日本代表、ロベルト・バッジョ、レオナルド。日本におって、私の敬愛する選手とっても長く険しい道でした。そして、私にとっても遠いフランスでした。何しろ、選手は自分のことだけ考えていれば良いのでしょうが、私はみっつのことに心をくだいていたので心労も3倍でした^^;

出場して当然と思われていたイタリアの出場決定と日本が第三代表になった日が同じだったのは、「日本はワールドカップに行けない」と断言していたイタリア料理店のシェフに威張れる気持ちが良い状況だったのですが、最後の半年は本当に胃が痛い日々でした。イタリアに関しては「ロビーを予選で使わないで、ロビーからワールドカップの舞台を奪ったら・・・ゆるせん!」という状況だったわけです^^;

イタリアの出場が決まってからは、ロベルト・バッジョがアズーリにレオナルドがセレソンに選ばれるかどうか・・・それが気になって5月になってからは本当に落ち着かない日々でした。ロビーのワールドカップへの道についてはAPPYさんの「TUTTO BAGGIO」に詳しいですが、レオナルドも最後の最後まで気が抜けなませんでした。97年のコパ・アメリカでの活躍が注目されてビッグ・クラブ、ACミランにロベルト・バッジョと入れ替わるように入ったのですが、当然、システムも違う、フィジカルも強いミランでレオナルドは苦労をするわけです。しかも、シーズンが始まってからの移籍。チームメートと一緒に練習をする時間もありませんでした。鹿島にいた時ほどではないにしてもレオナルドが自由にできるスペースがあったPSGの方がザカロ監督に対する印象が良かったのではないかなぁ〜と心配でなりません。さらにミランは転換期にあってチーム状態が非常に悪い。レオナルド自身もケガがちでコンディションが悪い。ブラジルは若手の宝庫です。ジュニーニョ、リバウド、ジョバンニ・・・。左利きの選手が多すぎるくらいです。親善試合にも呼ばれません。鹿島からヨーロッパに渡ったのはワールドカップに出るためだったのに、こんなことって・・・。

ジュニーニョが大怪我をしてしまいました。小柄でテクニックがあるジュニーニョは私も好きな選手ですが、このときばかりは、「ジュニーニョ、レオより若い。2002年があるから、ここはひとつ譲ってくれ〜!」と思ってしまいました。すみません。

そんな紆余曲折を経てフランスへ!
私の旅の準備は日本代表の出場が決まった時点から始まっていましたが、結局、エア・チケット以外の手配はゴールデン・ウィークの頃からバタバとやるということに・・・。この頃になるとホテルの部屋も空きが出るようになりました。何よりラッキーだったのは試合のチケット手配です。「チケットぐらいなんとかなるだろう。」とのんきに構えて個人旅行にしていたのがかえって幸運でした。そして、インターネットのおかげで情報をキャッチ。ヨーロッパ諸国がフランス国内での販売が多すぎる、EUの定めた公正取引法に反すると裁判も辞さない姿勢を見せてくれたおかげで、突如、電話で追加発売を受け付けることになったのです。「え? オンラインチケットが確立されてない国で大丈夫だろうか?」とは思ったのですが、EU圏内に住所があることがチケットが買える条件。早速、在ヨーロッパの知人に頼みました。しかし、電話がつながらない。どこからかけているか?ということは予約受け付け係りが知りようはないということに気がついて日本からも昼夜を問わずかけ続けました。一週間ほど悪戦苦闘して日本戦を含めて、イタリアの試合、ブラジルの試合が確保できました。

ところが・・・、やっぱりラテンの国フランスです。チケットが送られてこない。何回フランスへ電話をすることになったことか^^; 電話に出る人によって言うことが違ったりしてラチがあかない。結局、モンペリエでのイタリア戦は出発までに手に入りませんでした。現地での受け取り・・・。不安で一杯。でも、なんとかなるでしょう。こうして日本、ブラジルのチケットを握り締めて出発したのでした。


0616
6月16日 モロッコ戦 

0623
6月23日 ノルウェー戦 

観戦記目次

ecial thanks to Audrey