Report # 8 1 de Julho

「We are the champions!!!」

告白してしまうと、この国で起きていることを表す言葉を見つけることが出来ない。本当に・・・・。

狂喜・・・たぶん、みんなの気持ちを表す正しい言葉はこれだと思う。でも、何か足りない。ロナウドが見せた信じられない「前進しよう」という出来事はどうやって書けばいいのだろう?映画か何かのようだ。夢のよう、大きな楽園・・・・。

 でも、ロナウドは夢ではない。私たちそれぞれにとって。彼のファンタスティックな二つのゴールがブラジルの人々を5度目のタイトルに導いた。信じられないくらいの幸せに。

 ブラジルの人たちは、まだ、不可能だと思われていたことが現実になったことが飲み込めていない。起きたことすべてが忘れがたい大変出来の良い映画のようだ。アルゼンチンとフランスがあまりにも早く立ち去ってくれた。非難されていたフィリポンの戦術が完璧になってきた。ロナウドはよみがえった。あぁ〜、夢を見ているのではない。

 試合の興奮、そして、レフリーがショーの終了を告げた直後に、花火と「ペンタ・カンペオーン」の叫び声が国中に広がった。1994年と同じように昼も夜も大騒ぎしている。そして、今もまだ、みんな狂っている!

 ガウボン・ブエノの声が非現実的に聞こえる。「エ、ペンタ! 5度目の優勝! ブラジルはワールドカップで5度目の優勝だ!!!!!!!」

 非現実的な感じは選手達が喜んでいる時にも感じた。選手たちがブラジルの旗を身にまとっている。ロナウドはセレソンの広報、ロドリゴ・パイーバの肩で泣いている。カフーがカップを掲げて叫んだ。「ヘジーナ! 愛しているよ!」(ヘジーナはカフーの奥さん)

 スタジアムでの祝典の後、選手とフィリポン監督は毎度お馴染みのグローボ・テレビが作ったスタジオへ行った。ロナウドはいつもと変らぬ素直さを見せていた。ロナウドは優勝を家族とニルトン・ペトローニ、”フィレ”として有名なフィジオセラピストに捧げると言った。ロナウドはフィレはロナウドが一番大変な時期に助けてくれたと言っていた。ロナウジーニョ・ガウーショや他の選手達は楽器を持ち込んでいた。サンバのリズムで歌いながらスタジオに到着した。選手全員が踊っているのを見るのはとっても可笑しかった。そしてジャーナリストも巻き込んで大騒ぎになった。

 試合の前後に、テレビは選手の家族を映していた。ソニア(ロナウドのお母さん)とミレーネ(ロナウドの奥さん)はスタジアムの前でインタビューを受けていた。二人とも優勝を確信していた。

 ブラジルでは、いたるところで、小さな男の子たちが、ロナウドのあの変な髪型を真似している。そして、通りは黄色と緑に塗られている。

 いつもは退屈な月曜日が今はホリデーだ。

 本当に、何もかも信じられない。でも、私は思う。常に信じること、これがチームからのメッセージだ。ワールドカップの前には悪者だったフィリポンが今はヒーロだ。ロナウドは死んだと言った同じメディアがロナウドは復活したと言っている。ブラジルのサッカーは退廃したと言ったフランスの何人かの選手たちは新しい現実を受け入れなければならないだろう。マラドーナとアルゼンチンもそうだ。そう、ブラジルは5度目の優勝を成し遂げたのだ!

 最後に、フィリポンが本を書くと言ってことを記しておく。彼はこの戦いの一番重要な部分について書く。ペンタへの道が記されるのだろう。

 火曜日から、消防車による長いパレードが始まる。まずは、首都ブラジリアから。そして、リオ、サンパウロと続く。そう夢の続きはまだある。物語のようだ。でも、これは、本当に起きている物語だ。この優勝がブラジルのサッカーに良い雰囲気をもたらしますように!クラブや協会の権力者たちが価値あるものを再発見し、正直さを取り戻すことを祈ろう。

 Report # 7 28 de Junho

「驚き」

ファンの間に、ジャーナリストの間に驚きが、大きな驚きが広がっている。

ワールドカップが始まる前には、誰もブラジルがそこまでいけるとは思っていなかった。批評家連中はフィリポンを信用していなかった。批評家のほとんどはロナウドを「たいしたことがない奴」として捉えていた。セレソンに対する信頼感がメディアにはなかった。

人々はだいたいにおいてテレビの意見に影響を受けやすい。だから、フィリポンのことを大嫌いな人物としてあげていた。ロマーリオを代表へという動きもそうだった。

セレソンを非難するというのは伝統のようなもので、悪い方ばかり見ていた。昨年の南米予選を思い出せば、チームのモラルは完璧に死んでいたことがわかる。最も難しい時に、たぶん、セレソンの歴史上でも難しい時に、フィリポンは勇気をもって挑戦者としての立場を引き受けた。

フィリポンがクルゼイロで監督をしていたので、あの時のことを私はよく覚えている。最初、彼はセレソンの監督を最悪の時期に引き受けるのに気乗りはしていなかった。有名な監督たちが次から次に責任を引き受けるのを拒否していた。だから、私はフィリポンは大変勇気がある人だと思う。

予選通過の後も、メディアによるロマーリオを呼べという大きな声やあらゆる否定的なプレッシャーに対しても勇気を持って立ち向かっていた。彼はロナウジーニョがやってくれるだろうと信じていたから勇気を持てたのだ。

このようにして、セレソンは1994年に起きたことと同じように、何の強いサポートもなしにワールドカップに向って行った。 本当に同じだ。前に書いたように、批評家たちは悪いサイドばかり見たがった。リバウドとロナウドのケガと言ったような・・・。誰も、セレソンのドクター、ジョゼ・ルイス・ルンコがこんなに早く彼等を回復させるとは思っていなかった。

カフーとロベルト・カルロスに対する批判もなされていた。しかし、フィリポンは強い信念を持って前に進んだ。

情けないことに、フィリポンの名誉を「殺して」いたメディアが今ではセレソンを「信じきって」いることだ。アルゼンチンや他のチームを応援すると言っていたジャーナリストたちも今では、言葉を尽くしてフィリポンを誉めている。フィリポンは今やブラジルの王様だ。

本当に、メディアの周辺には飛んでもない人達がいるもんだ。いとも簡単に意見を変える輩たち。

ブラジルは、またもや喜びに満ちている。あちこちで希望という感情が溢れている。でも、誰も、ロマーリオがいたらセレソンは救われたと言ったことを思い出さない。

日曜日にどんなことが起きようと、ブラジルの人たちは選手達に感謝するに違いない。1998年に準優勝に終わった時、ブラジリア、ブラジルの首都で選手達は大歓迎を受けた。私にとっては驚きだった。ブラジルにとって2位というのはビリと同じだと思われていたから。

だから、何が起きようとブラジルのメディアはどうしたらいいか知っていると思いたい。

とにかく、日曜日までパーティを続けましょう。この戦争の最後の戦いを! どんな非難の嵐があったにせよ、今、選手達は勝者なのだ。ロナウドは本当に「前に行け」という素晴らしい精神を表している。

もし5度目の優勝が叶ったなら、それはブラジルの人たちだけのものではない。セレソンをいつも賞賛してくれるすべての人たちのものだ。

レオはこのチームに大きな貢献をした。 数ヶ月前に、フィルポンはレオがどれだけこのグループにとって大きな存在だったかと話をした。予選の間の難しい時期に、若い選手達を支えていた。

私はフィリポンはレオがしたことを決して忘れないと思う。今はそんなところです。

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●ジュリさんからの情報によれば、ロナウドの大五郎ヘアを真似する人たちが続出しているそうです(^^;

 Report # 6 21 de Junho

太陽が一杯の日々。

冬が到来したのに・・・・

 そう、夏のお天気はブラジルから出て行かない!

 ブラジルの人々にとって最高の夜だった。2対1という結果が5度目の優勝という夢にブラジルをさらに近づけた。

 ブラジルの今の様子を伝えるのはものすごく難しい。あえて言うなら、希望と言う感情があり、より良い日々がやってくるような気がしている。そして、お祭りだ! 大きなお祭り!

 「10」 これはほとんどの批評家がセレソンに与えた点数だ。普段は辛口の批評家たちも完全に軟化している。本当のところ、批評家達はブラジルの出来に驚いているのだ。誰もがこんな風に行くとは考えていなかった。批評家の一部はブラジル人選手の才能という力を考えるより、反対のことに怖れを抱きたがっていた。

 またしても一晩中お祭り騒ぎがおきている。花火、叫び声、あちこちで大騒ぎだ。

 ベロ・オリゾンチでは、試合前日に、町の中心に集合場所を作って、そこにいろんなものを差し出した。ビートルス、エリザベス女王、ふたりのロナウドやフィリポンの写真。冗談を言い合いパーティの準備をしていた。1000人以上の人たちが集まって「ペンタカンペオーン!」と叫んでいた。

 リオやバイーアでのお馴染みのお祭りも当然行われている。

 ホナウジーニョ・ガウショのゴールが決まった時、サンパウロで上がる花火をテレビは映した。まるで、花火のウエーブだ。テレビではホナウジーニョのお母さんの様子も中継していた。お母さんの目は感激で潤んでいた。

 ブラジルのベスト・ゲームだった・・・少なくとも、多くの批評家たちはそう言っている。世間では、ヒバウドとホナウジーニョ・ガウショをベスト・プレーヤーに選んだ。ルッシオのヘマ、オーウェンへのプレゼント・パスはすっかり忘れられた。なぜなら、後半は良い仕事をしたと言う評価だからだ。

 今やすべてが完璧のように見えている。特にグローボテレビでは。 試合後のスタジオにはカフーとドゥンガがいた。

 今日、人々の顔は喜びに輝いている。勝利の喜びがそこらじゅうに満ちている。ブラジルは目覚めて、国中が気が狂ったようになっている。

 そんなところだ。結果? 誰もがベッカムがハンサムだと言っていたが、最後には、ブラジルのチームの才能、ホナウジーニョ・ガウショとヒバウドが本当に美しいのだということになった。「天国まで、あと2段上がるだけ」。この冬だと言うのに夏のような気候が続きますように!

 私は最高のことを期待している。レオがいないワールドカップは同じではないとわかっているけれど。

 でも、ブラジルがタイトルを得ると言うことは、ブラジルのサッカーの勝利だ。組織改革がなされ、モラルの向上も行われるだろう。だから、良くないことがたくさんあるにしても、勝利はブラジルの人たちは希望を感じるためにある。そして、多くの国がブラジルのフチボウを信用しなくなっているから、そういった国々から尊敬の念を取り戻すためにも。

 太陽が輝き続けますように!

 Report # 5 17 de Junho

 「風と共に去りぬ」

 一段、一段とブラジルは高みに向かって登って行く。

 誰もがセレソンに注目している。国中の人が起きて、花火を上げ、旗を振り、色とりどりに塗りたくっている。そこかしこで。

 なぜなら、ワールドカップの勝利は、チームの勝利というだけではないからだ。むしろ、みんなが一緒になれる理由だからだ。国民にとってそれは大きな理由だ。(政府でさえ、問題や責任を忘れている)

 それで現実が変るわけではない。メディアが作り出すことも大したものではない。でも、あらゆる人種、すべての階層の人たちが一緒になって何かを願う。この時ばかりは対立はない。

 このような感情は歴史を通じても本当に人々の気持ちを動かしてきた。サッカーはブラジルの人たちに結束を呼び起こす何かなのだ。だれもが試合を通じてあらゆる感情を得る。信じられないぐらい素晴らしい思い出が甦る。又、ブラジル国民の声を二つにわけた悲劇も。

 私は突然、82年のワールドカップのことを思い出した。名将テレ・サンターナに率いられたジーコ、トニーニョ・セレーゾ、ファルカン、ソクラテス、素晴らしい選手たちが敗れてしまい、深い悲しみに落ちてしまったブラジル。本当に、サッカーとは不思議なものだ。未だに、疑問が宙に浮んでいる。「82年の偉大なチームがどうしてタイトルを得ることが出来なかったんだ?」

 でも、片方では、たくさんの楽しい思い出も甦ってくる。レオが12年間のセレソン生活で与えた勇気、力、献身を思うと、すべての勝利が思い出される。そして、94年の良い思い出と悪い思い出。良い思い出の方がずっと多いけれど。そして、98年の準優勝。

 セレソンを見ていると、こういう矛盾が出ている。

 特に、私の場合、レオナルドがいないワールドカップは今までと同じではない。でも、私の心には思い出が浮んでくる。セレソンの勝利は過去に対して敬意を払っているように見える。セレソンの歴史を築いてきた人たち、苦しんだ人たち、泣いた人たち、笑った人たち、すべてに・・・。

 今、テレビはバイーアのパーティの様子を映している。リオでのお祭りも(ロナウド通りは紙で作った大きなブラジルの旗で埋め尽くされている)。ベロ・ホリゾンチやポルト・アレグリや他の町からの中継もしている。

 試合毎に人々のテンションは高くなり、通りにたくさんに人が集まってくるようだ。だから、町の機能は止まったっきりだ。午前中は休日のようなものだ。

 みんな言っているように、これは「SUFOCO」だった。訳をするなら、困難を打ち破る努力や緊張、争い。時間は流れて行く。ゴールは生まれない。

 後半に入って、ついにロナウドにボールが渡る。ロナウドは試合の間中、チャンスをうかがっていた。(デニウソンもホナウジーニョ・ガウーショもやや「自己中心」のプレーだった。実際に、攻撃と中盤はうまく言っていなかったからロナウドにチャンスはなかった)。そして、ロナウドがゴールを決めた。

 批評家たちは、「赤い悪魔」との試合で、さらに改善すべき点がたくさんあることがわかったと言っている。一般的にはブラジルは良くなっていると言われているが、守備陣は相変らず非難されている。今日は、フィリポンがジュニーニョに替えてデニウソンを入れたことを非難している。ヒカルジーニョを入れろ!という声が大きい。

 ヒバウドは意見のまっただなかにいる。あまり悪い批評は受けていない(以前はいつも非難されていた)。でも、彼のピッチでのポジションについてはあまり言われていない。

 とにかくお祭りは続いて行く。それがみんなの願い。

 メディアはヒバウドとロナウドのことを「悪魔払い」と呼んでいる!

 試合の後の番組ではジーコが日本からの中継で呼ばれていた。ジーコはいつものように冷静な分析をしていた。セレソンにはまだまだ修正して行かなければならないところがあると。ヒカルジーニョの起用については反対をしていた。ジーコによれば、フィリポンがヒカルジーニョを使うポジションは、彼がコリンチャンスでやっているポジションではないからだ。

 私の考えは(もし、私がサッカーがなんたるか理解しているとしてだけれど!)、フィリポンはカカにもチャンスを与えるべきだ。カカはサンパウロで素晴らしいプレーをしているのだから。

 映画は又新しい場面に入って。ロナウドが「ハッピー・エンド」を迎えられますように。他の誰より、彼にはその資格がある。悪魔を払い続けられますように! 「タイタニック」ではなく、「風と共に去りぬ」が見られますように。風は強く吹き荒れていた。でも、私たちは進んで行く。

 Report # 4 13 de Junho

 「セレソン: ブラジルの恋人」

 ブラジルの試合が「恋人たちの日」に行われたのは偶然だ(これはヴァレンタインデーのようなもの)。でも、この日に行われたことは、ブラジルの熱狂度が上がるさらなる理由となった。

 セレソンに対する信頼と熱い気持ちはフランス(98年大会でやられた)とアルゼンチン(最大のライバル)の敗退でますます大きくなるばかりだ。

 いつも思うことだけど、ブラジル人のサッカーに対する熱狂振りを説明するのは難しい。でも、サッカーにおけるブラジル・アルゼンチン戦争を説明するのはさらに難しい。私は、正直に言うと、アルゼチンが敗退してとても悲しい。この「敵対する感情」には全く反対の考えを持っている。そんなものはメディアが勝手に作り出したものだ。でも、実際には、この日、アルゼンチンの敗退をリポートする番組で一番かかっていた音楽は、「Don't Cray for me Argentina」(日本ではなんというタイトルがついていたかしらん? by 訳者)だ。アルゼンチン・タンゴを使ったジョークも言っていた。だから、アルゼンチンとフランスに敗退という結果は喜びになり、ブラジルファンの期待に拍車をかけている。まるで夏のような雰囲気が通りにある。カーニバルの時に通りに出たような感じだ。

 さぁ、試合について話をしよう。

 ブラジルでは古くから言われているけど、「パーティで一番楽しいところは、パーティを待っている時だ!」

 それは、たぶん本当だ。国中で「最高の夜」のための準備をしていた。手馴れたものだけれど。セレソンのシャツをあちこちに飾り、通りを塗りたくり、一日中花火を上げている。

 私の街、ベロ・オリゾンチでは、試合の始まる前からたくさんのファンがバーに繰り出していた(ベロ・オリゾンチは「バー」で有名な町なのだ)。リオでは、コパカパーナやレブロン・ビーチのバーに人々は結集していた。

 国中で大きく目を見開き試合開始を待っていたようなものだ。明け方の3時半、キックオフだと言うのに。

 パーティの結果は5対2。通りを車がクラクションを鳴らしながら通っていく。

 試合の後、グローボテレビではフィリッピ監督を韓国に作られたスタジオに招き話を聞いた。選手はヒカルジーニョとジベルト・シルバだ。他には、有名な評論家(元サッカー選手)が何人かとサッカー・ジャーナリストもいた。そして、ザガロ元監督がブラジルの試合結果を分析した。簡単に言ってしまえば、グローボテレビはブラジルについて悪くは言わない。これは本当だ。たぶん、フィリッピ監督を目の前にしているからか? チームの将来には希望が一杯といった雰囲気だ。ガウボン・ブエーノの熱狂がそこにいる人々を支配してしまったようだ。

 しかし、フィリポン監督や選手の言葉からは、ワールドカップで順調に進めるという自信がうかがえた。でも、全体的には、「控えめ」な気持ちも見えた。誰にも信じてはいるけれど、「地に足をつけて行こう」、まだ大騒ぎすることはないという共通の気持ちがあるようだった。

 私は、そういう控えめな考えが正しいと思う。しかし、ほとんどの人は、グローボの意見に影響を受けて、もう5度目の優勝を強く信じている

 他のケーブル・チャンネルでは(ソクラテスもそのひとりだけれだ)、グローボほど熱くなってはいない。まだ先は長いと言い、来週からがブラジルにとって本当にワールドカップが始まるのだと言っている。

 私は、「地に足をつけて行こう」と言う方がいい。レオが世界中のピッチの上で下した決定的な時を覚えている。レオはいつも自信を持ちながらも知性的に考えていた。レオは常に夢は実現出来ると信じていた。でも、いつもセレソンのシャツを着るという意味について、よく知り、献身的な気持ちでいた。今のセレソンのメンバーがレオと同じような気持ちでいてくれたら素晴らしいと思う。

 セレソンについてはそんなところだ。セレソンは今は「ブラジルの恋人」で、みんなが日ごとに気が狂ったようになっている。もちろん、良い意味でね。

 Report # 3 8 de Junho

 「Rの日」

 イエィ〜! 今日は「Rの日」だった。ホナウジーニョ、ヒバウド、ホナウジーニョ・ガウショ、そしてホベルト・カルロス(ポルトガル語の発音に近い表記に替えました)

 ブラジルの試合の前に私は”アズーリ”対クロアチアを見た。特別な感動が湧き上がってきた。何度も見ていた鹿島スタジアム。レオがレオのキャリアの中でも美しい時を過ごしたスタジアム。アントラーズでの素晴らしかった日々が突然よみがえってきた。素晴らしい”トルシーダ”(応援団)・・・。

 でも、今はブラジルについて話しましょう。
ドンチャン騒ぎはセレソンについての展示がオープンした金曜日から始まった。ベロ・オリゾンチでも、町の中心にでファンが歌い、懐かしのセレソンを見ていた。”クレージー”な人たちがたくさんいて、テレビは一日中、この騒ぎを放映していた。

 試合開始前に、グローボ・テレビではブラジルのあちこちからファンの様子を中継。もちろん、韓国のスタジアムに集まったファンの様子も。リオでは、昔からファンが集まってくる通りがあって、「アウジーラ・ブランダオン」と呼ばれている。通称、「アウジラン」だ。ここでも大きなスクリーンで試合を放送している。山のように人が集まり、音楽と悲鳴で大変な騒ぎになる。

 今日の試合は朝の8時半から。早起きをしないでいい!グローボ・テレビはバイーアからも中継をしている。有名なアフロ・グループ「オウドム」がいるからだ。他にも各地からの中継は続いている。

 グローボは視聴率の記録を塗り替えている。72%だ!残念なことに、今年はグローボがすべての権利を買ってしまったので、ある意味では、コメントにしろ、視点にしろ、それらは、「ひとつの声」にしかならない。

 ブラジルのどれだけ人々がワールドカップに関わっているか説明するのは難しい。でも、ひとつだけ例を上げてみよう。グローボ・ネットワークのアナウンサーにガウボン・ブエーノをいう人がいる。彼は、「国への愛」を語る一番の人だと思われている。ブラジルで一番名が通ったアナウンサーだ。

 彼の声はセレソンの勝利を表している。本当のことだ。彼はセレソンは万能だと思わせる。ガウボンはアイルトン・セナの中継もすべてやっていた。 セナの特別な友だちだった。

 彼は又、選手のニックネームをいろいろと考え出した。ホナウジーニョがいるから、ホナウジーニョ・ガウショ。ジュニーニョはただの「パウリスタ」になった。デニウソンがピッチに入ると(普通は後半から)、デニウソンのドリブルの動きすべてをガウボンは言葉で表わすことが出来る。ガウボンの声にかかってしまえば、みんながスーパーマンやバットマン、スパイダーマンにだってなれる。

 彼はとてもユニークな存在だけれど、メディアの多くは、ガウボンの大袈裟なやり方うを批判している。たぶん、得点シーンの叫び方のせいだ。「ゴォーーーーーーーーーーーーーウ ド ブラジウ!」 とにかく、誰もがガウボンの声を聞くとワールドカップを思い出す。

 これがマーケティングであろうとなかろうと、この感情は国を覆い尽くし、ワールドカップが終わる頃には強い愛国心が生まれる。もう一度言うと、ガウボンが感情をリードし、誰もがワールドカップの度に狂ったようになる。

 ブラジルは中国に勝った。花火と音楽だ!

 批評家たちは、簡単な試合だった、非常に楽だったと一致している。誰もが、中国にはサッカーという伝統がないと言う言葉を信じて、この結果を予想していた。(でも、誰も、サッカーはゲームだと言うことを立ち止まって考えようとはしない)

 でも、みんな、ブラジルのチームのパフォーマンス、特に攻撃に満足している。ホナウドは良い評価を得ているし、ヒバウドもホベルト・カルロスもだ。一方、守備陣はあまり誉められていない。エジミウソン、アンダーソン・ポウガが非難されている。ジュニーニョも出来が悪いと言われている。

 当然だと思われていた勝利なのに、非難はある。残念なことだけど、どんなに素晴らしい勝利でも、悪い面を探そうとするのも、ブラジルの批評家たちの伝統みたいなもんだ。

 だから、セレソンには大きなプレッシャーがかかる。私はそれもあって、フィリポンがレオを呼び、セレソンに話をしたことは良いことだったと思う。 レオは、いつもセレソンの和を表している。レオがみんなに勇気と力を与えたと確信している。

 試合終了後、カフーはグローボのインタビューに答えて、ワールドカップ3大会続けて決勝に出られると確信していると言っていた。(こんな予想をするのは早すぎる・・・)。ガウボンは1970年のチャンピオンであるリベリーノやザガーロをゲストに迎えていた。

 こんなところかな。簡単な勝利。でも、勝ちは勝ち! ガウボンの予想は? 5度目の優勝まではたったの6試合だけだというもの。(この時点では、これからの対戦相手のことなど考えていない)

 でも、みんなが信じているなら、この望みが叶いますように!

 Report # 2 3 de Junho

 いつもと違う朝。

 始まりの日。これはペンタカンペオン(5度目の優勝)という大きな夢への初まり日だ。

 ブラジルでワールドカップを中継するグローボ・テレビは開設以来最大の視聴者を得た。朝の6時だと言うのに!

 もちろん、こうなることはわかっていた。ワールドカップのすさまじいばかりの広告にしてもそうだ。テレビ番組は100%と言っていいくらいにワールドカップについてばかり話をしている。

 とにかく、セレソンへの愛は、ブラジルの人たちに特別な力を与えてくれるようだ。

 私はトルコがゴールを決めた直後に目を覚ました。家の中は静まりかえっていた。隣近所も。

 後半になって、ロナウドのゴールが雰囲気を一瞬にして変えた。花火が上がるのが聞こえ、「ゴール!}という叫び声が響いた。リバウドのペナルティ・キックの時も同じことが起きた。

 これは良い出だしだ。この一勝でブラジル中にさらにワールドカップ熱が広がって行くことは間違いない。学校、レストラン、会社、地下鉄、あらゆるところにスクリーンが置かれている。

 試合終了後、ニュース番組ではブラジル各地からファンの様子を伝えていた。バイーア、ミナス、サンパウロ、リオ・グランデ・ド・スウでのパーティの様子。そして、もちろんリオだ。ロナウドが生まれた街では、通りが黄色と緑に塗られ、そこで何百人という人たちが試合を見ていた。テレビは選手の家族の様子も追う。フィリポン監督のお母さんまでも!

 この様子を見ていてわかったことは、この最初の一歩はみんなに新しい希望を与えたことだ。チームが輝いていたわけではない。でも、どんな勝利でもニコニコできる大きな理由になる!

 私はロナウドのことが嬉しい。レオナルドが世界じゅうを回るのを追ううちに、ロナウドのことも知るようになった。ロナウドは本当に素晴らしい青年だ。彼はいつも誰にでも優しい。

 私の町の人たちは彼が17才でクルゼイロにあらゆるタイトルをもたらした時から彼の歩みを見てきた。それから、テトラカンペオン(94年の4度目の優勝)の熱狂があった。セレソンがブラジル中を優勝のお祝いで回っていた時に、ベロ・オリゾンチの市長は彼に名誉賞を捧げた。何千というファンが彼を、消防車に乗ってパレードをするロナウドを見に集まった。

 ロナウドはまだ子供だったので何千という人の注目を浴びて感銘を受けていたようだった。あの頃のテレビ番組のことを覚えている。ロナウドはとても恥ずかしがり屋さんで、これからどうなって行くのか知らないでいた。 そう、時と共に、さらに注目は大きくなっていった。

 今、ロナウドを見ても、同じ飾らなさ、優しさを持っている。でも、ある面で彼は変った。プレッシャー、特に巨大なブラジルのメディアのプレッシャーとうまく付き合う方法を身につけたんだと思う。誰もが、ロナウドがたちまち”フェノメノ”に戻ることを望んでいる。しかし、実際には彼はこの2年で4試合しかプレーしていない。98年の時と同じプレッシャーが彼にかかっていると思う。でも、ビートルズの美しい歌、「ヘイ・ジュード」の歌詞を借りれば、「やらなければならないことは、彼の肩に乗っている」 だから、ロナウドは「悲しい歌をマシなものにする」ことが必要だと思う。

 カーニバルが続くことを祈って!

 では又!

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Juliさんから追加の情報です。この中継の際にレオナルドのインタビューが流れたそうです。ニュースのところでもお伝えしたように、フィリポン監督に「選手たちに話をしてやってくれ!」と言われたとのこと。話をしたのは、試合前日の夜と試合当日の朝だったそうです。

 Report # 1 24 de Maio

 ブラジル中にワールドカップ・ムードが広がっている。4年ごとに繰り返されるこの雰囲気・・・・・。でも、少なくとも私に関して言えば、物事が変ってしまった。ピッチの上で輝いているレオナルドがいないと言う事実は奇妙だ。私にとって、このワールドカップは50%の気持ちにしかならないだろう。そして、これから先も同じでしょう・・・。

 でも、ショーは続いて行く。どっちみち、再び、国を愛する人々の気持ちがこの国を駆け巡っていく。あらゆる通りがすでに黄色と緑で彩られているのを見ることができる。私の町、ベロ・オリゾンチでも、たくさんのバー、レストランや建物が色を塗られ、最大のスポーツ・イヴェントを祝っている。すべての商店やスーパーマーケットもあらゆる所でワールドカップの飾り付けがされている。

 リオ・ジ・ジャネイロ州では、グローボ・テレビの「ワールドカップ・ストリート・コンテスト」が行われ、リオ・ジ・ジャネイロ市やニテロイ市の人たちは創造力を発揮して通りの飾り付けに余念がない。

 テレビ・コマーシャルやテレビ番組もワールドカップ一色だ。すべてのニュース番組、真面目なニュース番組から子供や母親向けの番組やコメディ番組でさえ、ブラジル代表のニュースを取り上げている。「サッカーの歴史」や「ワールドカップの思い出」と言うリポートや特別番組も放送されている。

 ケーブル放送のスポーツ番組は100%ワールドカップだ。このチャンネルには、長年放送されている「円卓会議」という番組がある。評論家、ジャーナリスト、「サッカーのすべてを知っていると思われている人たち」が集まって話をする。通常だと、完全にブラジル代表について悪く言う。ブラジル代表監督は地球にとって危険極まりない創造物となるのだ。

 さらに広告がある。ビール会社は「カップ」を利用する。ソフトドリンクの会社も山のような広告を出す。コーク、グアラナ、アンタルチカ・・・・・。そして、自動車メーカーもだ。(いったいサッカーと何の関係があることか・・・)
テレビや大きなスクリーンを使ってショッピングモールでも宣伝している。こういった広告は今年は最大規模になるのではないだろうかと言われている。

 さらに、ブラジルの試合がある日は、本当の話、国中が「休日」になる。こういう事実があるから、会社や商店はすでに特別な労働時間を設け始めた。ブラジルの試合を見ないのは、神に対する冒涜なのだ。だから、この時期、会社を犠牲にすることは、ある種の「道義上の義務」である!

 本当のことを言えば、私はすべてがメディアのお祭りだと思う。もちろん、サッカーはブラジルの人々にとってずっと強い情熱だった。でも、とにかく、人々の興味をひく最高に輝やいていたブラジル代表ではない。

 メディアはすべてを素晴らしいものに変える。そして、みんながブラジル代表選手は「スーパーマン」だと信じ始めるのだ・・・・。

 外国の人に、ブラジルにとってワールドカップがどれだけ重要なものか説明するのは非常に難しい。この雰囲気は数日のうちに、さらに加速されるでしょう。みんなが夜も昼も大騒ぎになる。今までそうだったように、通りを歩く人がいなくなり、バス、電車、何もかもが動かなくなるでしょう。

 過去と同じように、国中の有名な広場に大きなスクリーンが掲げられる。(そのいくつかのイヴェントはスポンサーがついている。普通はビール会社)

 でも、メディアのパーティ化しているにもかかわらず、ワールドカップは世界中のパーティだ。サッカーは世界の人々の情熱だ。あらゆるところで「一体化した気持ち」を生み出す情熱なのだ。

 ピッチの上だけではなく、ものすごくたくさんのジャーナリストや評論家たちにとっても、ワールドカップは偉大なイベントだ。レオは精一杯、新しいチャレンジ、サッカー評論家としてやってくれると、私は信じている。たぶん、ひとつの経験というだけのことかもしれない。でも、レオがこの偉大なイベントに関わっているのはすごいことだと思う。

 私は、今年はキャーキャーと騒げるかどうかわからない。でも、とにかく、タイトルに相応しいチームに勝利がもたらされたら良いと思う。ブラジルには良いプレーヤーたちがいる。何人かはワールドカップの経験がある。ロベルト・カルロス、ヒバウド、カフー、デニウソン。又、素晴らしい能力を持った若手、ホナウジーニョ・ガウショやカカもいる。ホナウドは、ケガの後の個人的な戦い、前回ワールドカップでのショックを経て、新たな素晴らしいチャンスを得るだろう。

 なるようになる。時間が、メディアがセレソンに対して抱いている確信がピッチの上で本当に実戦されるかどうか教えてくれるだろう。

 では又。



Report by Juli  Translation by KABU  Logo by MAGGIO

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