ブラジルのカーニバルを見たいと思い続けていたけれど、こんなに早く機会がやってくるとは思っていなかった。遠いブラジルにどうせ行くなら最低2週間は行っていたい。そうでないと体力的にもきつい。でも、日本の一般的な社会人に比べれば、しっかり休暇を取る私にしても、カーニバルの期間に都合よく休めるかどうかわからないと思っていた。ところが、7月からロング・バケーション状態になってしまったのである。だから、この旅行はリストラとマイレッジの副産物であった。

 今度の旅行の観光目的はカーニバルとアマゾンだ。でも、私にはどうしてもしたいことがあった。レオナルドの故郷、ニテロイに行くことだ。2001年9月の旅行では、時間が足りなくて行けなかった。そこで、今回はサッカーに感心のない友人より先にリオ入りをすることにした。

 レオは自分のことを「ニテロイ人」と言っているけれど、いったいどんな町なんだろう? そして、ニテロイにあるGol de Letraはどんなところだろう? 前回のサンパウロでは、アポも取らずに押しかけた私だったけれど、今回はちゃんとメールを入れて訪問をお願いした。カーニバルの時期は学校もお休みになるという不安もあった。親切にも「27日に子供たちのカーニバル・パレードがあるから、良かったらその時にお越しください」と返事があった。3時ぐらいに行って説明を聞いて5時からパレード見学である。

 24日にAFの夜便でパリへ。7時間近く乗り継ぎ時間をパリで過ごして25日夜にリオ到着。26日はボケっとして27日にニテロイへ。なかなか良いスケジューリングである。問題は時差ボケだけだな(^^;

 前回もお世話になったガイドのYさんに10時にホテルに来てもらった。別に8時でも9時でも、起きていたので問題はなかったんだけど〜。Gol de Letraに行く前にニテロイを散策だ。

 ニテロイはグアナバラ湾をはさんでリオ・ジ・ジャネイロの対岸にある街だ。大きな橋がかかっている。「通勤時には渋滞をするし、明日からカーニバル休暇が始まるから何時間もかかってこの橋を渡ることになるんだよ」とガイドのYさん。

 レオはフラメンゴにいる時はニテロイに住んで通っていたから、もしかすると、渋滞にひっかかることもあったのだろうか?私たちの車はスイスイと橋を越えてニテロイへ。ニテロイはYさん曰く、「ほこりっぽい田舎」(^^;

 うーむ・・・・。私の印象は「古い街」。リオで働く人たちのベッドタウンだと言うから、新しい町だと思い込んでいた。古い建物が多い。車の中から見ただけだが、人もたくさん歩いている。鹿島より、徒歩人口は多そうだ(^^;

 どこをどう走ったかわからないが、最初の目的地、Rio Cricket Clubへ到着。ここはレオがサッカーを始めた場所だ。ミラネッロやサンパウロFCと同じように、門番さんの小屋があってドライブウェイが続いている。もちろん、規模は小さい。でも、あぁ〜、これがスポーツ・クラブというものでヨーロッパもブラジルも同じなのねと感心してしまった。

 Yさんが門番さんに「この人は日本から来てレオナルドのファンなんだ」とかなんとか言っている。めでたく中に入れてもらうことになった。門番さんは、レオが小さかった頃から知っているようだ。彼が最初に案内してくれたところは、なんと! レオの記念碑。そんなものが作られているなんて知らなかったから、ものすごく感激してしまった。ん? でも、記念碑の名前がちょっと違うぞ〜。まぁ、ブラジルらしいこと!?

 「ソシオのメンバーでありテトラカンペオンのレオナルドを特別に記念して: ブラジルとリオ・クリケットクラブの誇りである模範的なスポーツ選手。 1998年12月25日」と書いてあった。 

クラブの入り口

これが記念碑のプレート

 門番さんは後はクラブ内ご自由にご覧くださいと言ってお仕事に戻って行った。Yさんが、「このクラブは歴史がありそうだなぁ〜。古いなぁ〜」と言っているが、私には良くわからない。それより、気になるのは目の前にあるピッチだ。2面ある。1面は芝の状態もかなり悪い。でも、ここでレオがサッカーをしていたんだ。やせっぽっちで小さかったレオが! 走り回ってゴールを決めて喜んでいたんだろうな〜。ここまでどうやって来たんだろう?お母さんが車を運転して一緒に来たんだろうか? 自転車だろうか?などとミーハーな想像が止まらない(^^;

サッカーのピッチが2面あった。後ろは住宅かなぁ〜?

 テニスコートもある。もちろん、フットサル・コートもある。鹿島ハイツの人工芝のように砂が入っているタイプだ。40度近い気温だったと思うが、何人かの人がボールを蹴っていた。暑いからシャツは着てない。シャツを引っ張るファウルはできないね。でも、やっていることは、シュートだけ。なんて力強いシュートなんだろう。GKにはなりたくない。ゲームをするには人数が足りないんだね。「誰か来いよ〜!ゲームが出来ない」とクラブハウスの方にむかって叫んでいた。

クラブハウス。手前にあるのが記念碑

若きエリザベス女王の肖像画があるホール

 クラブハウスには大きなホールもある。エリザベス女王の肖像画がかかっていた。なぜ?と思ったら、Yさんが「あぁ、ここは、そうだね、クリケット・クラブって言うんだし、イギリス人たちが作ったクラブなんだ」
そうか、プロのクラブだとクラブ創設の由来とかで、イギリスだから英語の名前がついているんだとか認識していたけど、大きなクラブもこういう庶民がスポーツを楽しむことを主としたクラブであってもクラブ創立と言うのは同じようなもんなんだ。

 プールでは3人ぐらいが遊んでいた。あぁ〜、ドボンと飛び込みたいぐらいに暑い。なんとなく心残りだったけれど、門番さんにお礼を言ってバイバイすることにした。外に出て壁を見たら、1872年創立と書いてあった。本当に古い。フラメンゴよりミランより古い。スポーツが生活の一部になるには、100年かかるってこと? 本当にJリーグ100年構想だね。さかんに感心する私に、「スポーツをするより、その後のビールとおしゃべりが楽しみなんだよ。ビールを飲むための言い訳だよ」とYさんが言っていた。ん?いずこも同じか。

 ニテロイは海岸線に山が迫っているところも多く、昨年訪れたイタリアのリゾート、アマルフィやポジターノのようなところもある。海もきれいだ。日本人が好きな景色だと思う。もうちょっと日本に近かったらなぁ〜。ニテロイは漁港でもあるらしい。小さな湾には漁船が浮かび、目の前にはシーフード・レストランがある。昔は、リオから良く食べに来たもんだよ。でも、食事に時間がかかりすぎるから、今日はダメだよとがっかりするようなことを言われてしまった。そして、スポーツもしないのに、たっぷりのお肉を食べる羽目に!ブラジルに来たなと実感する食事だった。 

 きれいなニテロイのビーチ。ひとつひとつ名前があるはずだけど忘れた(^^;

 さぁ、おなかも一杯になったし、いよいよ、Gol de Letra訪問だ。

つづく

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