我家から15分も歩くと総持寺の境内に到着します。 鶴見の駅に出るときや鶴見駅前の商店街に出かけるのにこの境内を通過するのですが、あまりじっくりと見る機会がありません。 そこで最近はデジカメを持って出かけるように心がけるのですが、いつでもチャンスがあると思うとなかなかいい写真が撮れません。
なんとなく気ままに撮った写真が多いのですが、載せてみました。

太祖瑩山禅師が石川県に開いた曹洞宗の大本山。
敷地は495,000m2あり、ゆったりとした気分で散策できる。 JR京浜東北線の鶴見駅から5分と交通の便もよく、初詣や節分の豆まきなどのイベントには、人出も毎年増えているようである。
私の家からは徒歩で20分ほどの距離にあり、手軽に行ける散策場所になっている。
写真はこのお寺で一番大きな太祖堂という建物の一部です。
実は我家のお寺は曹洞宗で、親からは大本山は永平寺と教えられてきた。35年ほど前に鶴見に移り住んで来て、近くに同じ曹洞宗の大本山があるのを知った。大本山と言うからには同じ宗派に1つと思っていた私にとって不思議の一つになっている。別に我こそは大本山と言っていがみ合っている訳ではなさそうだし、結構仲のいい兄弟と言う感じ。
この疑問、先日総持寺のパンフを手にいれて見たら、ちょっと分かったようだ?概要はこうだ。
開祖瑩山禅師さんは1268年に越前の国(福井県武生市)に生まれ、8歳のときから永平寺に入り修行を重ね、幾つかのお寺を開き、沢山の弟子を養成して、教線の拡張をはかってきました。そして、54歳のとき(元亨元年:1321年)に石川県能登の門前町に総持寺を開いたのだそうです。その後570年余りの間に1万3千余りの寺院を擁した大本山に成長していった。
明治31年に本堂より出火、折りしもフェーン現象の強風を受け、猛火は全山に広がり、ほとんどの建物を消失してしまいました。
この火災に遭ったのを機に、時の流れに沿って京浜地方にも教線を広げるために、明治44年に鶴見の台地(鶴見が丘)に移転をしてきた。当時は前に東京湾と房総半島を望み、後ろに富士の霊峰がそびえる景勝の地であったようです。残念ながら今では海の埋め立てと開発により、景勝というのにはほど遠くなってしまいました。