T 春の章 〜 筍 筍を三日くらひて飽かざりき 石田波郷
竹の子ヤーイ 竹の子 中勘助
毘沙門堂(びしやもんだう)から筍(たけのこ)がきたぞう
山科の名物のよ
竹の子ヤーイ 竹の子
毘沙門堂の竹の子
荒目の籠に笹をしいて
細縄でからげてある
ゐのししのよな二十本
土まみれのころころ
竹の子ヤーイ 竹の子
この竹の子はうまいぞ
毘沙門堂の竹の子
「筍」(『中勘助詩集』岩波文庫)
筍は春から初夏の味覚だ。「三日くらひて飽かざりき」というほど美味なるもの。わたしたち日本人は万葉の昔から食用にしてきたが、ひろく膳に載るようになったのは孟宗竹が輸入された江戸中期だそうな。ことに京都は洛西を中心に筍料理で知られる。筍は鮮度が第一。とりわけ「朝掘りの筍」は美味で、新鮮な輪切りを、花かつおたっぷりの出し汁で煮た直竹(じきたけ)が独特な歯切れと香気で最高という。
毘沙門堂は山科にある天台宗の寺院。桜と紅葉の名所だが、ここの竹林で採れる筍が有名なのだ。わたしも京都の学生時代に山科住まいをしたが、たった一度だけ直竹を戴いたことがある。若竹とワカメの若竹煮、精進揚げ、竹の子飯……。これがまあ美味しいの美味しくないの。
さて、勘助の詩をみよう。昭和十六年四月、五十七歳の作。前年九月、米穀配給制施行された。だんだんに食物が不足しはじめたとき。それにしてもその悦びようはといったら。「竹の子ヤーイ 竹の子/毘沙門堂の竹の子」。なんてまるで躍り回るようなぐあい。それもなんと「ゐのししのよな二十本/土まみれのころころ」というのだ。このときたしか勘助は独居していたのでは。すると「この竹の子はうまいぞ」としても、いったいどれほどの間それを食べつづけたことやら。なんと微笑ましい筍讃歌だろう。