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拾 遺 2005
 




love song

24.吉屋鶴

おぞで取て投げる とがもないぬ枕 里が面影や 夢にしちゆて



 吉屋鶴。通称、よしや。また敬称の「思」を冠して思鶴(うみちる)とも表記される。琉歌(琉球で詠われる短歌の一種。八・八・八・六の音数律で成り立つ)の代表的な女流歌人。生没年不詳。一八世紀初め、尚敬王時代の人らしい。七歳で遊郭に売られて一八歳で世を去ったと。郷里読谷山(よんたんさん)から那覇は仲島遊郭に売られ行く途中、比謝川(ひじやがわ)に架かる橋を渡る姿を詠む一首。
  恨む比謝橋や わぬ渡さともて 情ないぬ人の かけておきやら
 恨めしい比謝橋よ、私を渡そうと、心ない人が架けておいたのか。 生い立ちの不幸、遊女の身の哀れ。鶴は憂さのかぎりを歌に託すのだった。やがて「歌よみ遊女」として評判となる。縛られた身である。いっさい客の選り好みは許されない。
  花の身やあはれ 糸柳心 風の押すままに 馴れる心気
 遊女の身は哀れよ、風になびく柳のほそ枝とおなじ、苦界の水にも馴れようとは。   
 ところがである。じつはこの鶴に愛しい人がいたという。相手は首里士族の仲里按司(大名)。按司も鶴を愛しく思っていたが、添い遂げられる身ではない。
  及ばらぬとめば 思ひ増す鏡 影やちやうもうつち 拝みぼしやの
 叶わぬとなれば、ますます思いが募るもの、せめて影でも鏡に写して拝みたいものよ。
 相手は身分の高い按司さまである。自由に足繁く行き来はできない。一日千秋の思いで、枕を並べて待っていても、幾日幾晩もお出でにならない。いきおい鶴は癇癪を起こすのだ。そこで前掲の一首である。
  おぞで(目覚めて)取て投げる とが(咎)もないぬ枕 里(主)が面影や 夢にしちゆて
 愛しい人は夢の中に現れるばかりとて、覚めて取り乱し、罪もない枕にまで八つ当たりしようとは。
 苦界で短い一生を終えた鶴。その歌は深く哀しい。

*『琉歌大成』(沖縄タイムス社)


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