| love song |
21. 坂本遼 恋人 ひばりが草むらのちいさいすに あたたかくねむりますと いなかのよるのはたけには わたしひとり こよひもひとり おほきないきをはいて たつてゐます そらとくらいおかは だんだんちかより しづかにねむりました くらいおかのせに しもいろのみちがおほきくまがつたさき そのさきに くろいものがつきでてゐるでせう あれが恋人のいへをとりまいた ひるもくらい もりとやぶです やぶのなかに かそかにしろくひかるものがあるでせう あれがくらのしらかべです おかのうえをわたる ことりが ゆうべ あのしらかべにぶちあたつて しんださうです 恋人はそのなきがらを うづめてやつたといひました |
| 坂本遼。代表的な農民詩人だ。いまはもうほとんど読まれることがないが。その詩には旧い日本の村が息づいている。 明治37年、兵庫県加東郡東条村(現東条町)に生まれる。父は山の中の小学校長として、家庭を省みず辺地教育に一身を捧げる。ために母は女手ひとつで農地を耕し、一人息子を溺愛し育てる。 大正13年、関西学院に入学。これから毎日のように母から手紙が届く。学問のしていない母のそれは金釘流の平仮名だけで書かれていた。二年生になった遼は母の手紙とその返信をもとに詩を書き投稿しはじめる。それらは標準語でなく播州平野の農村で話されていた東播磨地方の方言で書かれている。お母さんは、オカンと。 昭和2年、『たんぽぽ』を自費出版。この一集の構成がユニークで物語仕立てにできている。書き手の名は遼自身である圭と、オカンの音信を交互に続けていく連作詩の形を採っている。この母と息子のほかに死んだ妹の鶴、孤児のおみい、一九歳の女教師らが出てきて、貧しい農村の現実を見事に描き出している。たとえばこんなぐあいに。「春がまはつてくるたんびに/おかんの年がよるのが/目に見えるやうで かなしい/おかんがみたい」(「春」)、「おら六十のおかんを養ふため/働きにいく//お鶴がながい間飼うた牛は/おらの旅費に売つてしまうた/おかんとおらは牽(ひ)かれていく牛見て/涙出た//仏になつたお鶴よ/許してくれよ/おら神戸へいて働くど」(「お鶴の死と俺」) そこで前掲の「恋人」である。圭の少女への思いを綴った一篇。村に帰った圭は夜の畠に立って暗い丘を眺めやる。その丘の上に想う人の家があり白い土蔵が見える。その土蔵にゆうべ小鳥がぶつかって死んでしまった。それで少女はそのなきがらを埋めたという。 この小鳥は少年の想いを携えて少女の許へ飛んだ。しかしなんと哀しいことに……。おそらくこれは圭の、ということは遼の、いつか幼い日の恋の譜であろう。 なんと胸が痛くなる。片恋の少女へほのかな想いを寄せつづける質朴な少年。いまもう日本のどこにもないこの純愛はどうだ。 *『たんぽぽ』(昭和2) |
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