| love song |
15. まど・みちお はるかな歌 ―わが妻の生まれし日のうた― みなみのくにの さつまのくにの 井戸があつて みかんの木のある 一軒家 しづかな障子 大安日(だいあんにち)か さんりんぼか あたたかい日に 鶏(とり)なく日に 妻よお前はついたのか はるかな旅からついたのか 母も覚(おぼ)えず 父さへ解(げ)せぬ もはやはるかな方言(くにことば)で アヲアヲアヲ アヲアヲアヲ たどりついたといふ挨拶(あいさつ)ばかり 母でもなく 父でもない とほくのとほくへ呼んだのか 障子のむかふの田のむかふ すはうのくにの 海のほとりの 海に映つたひなたの村の 杏樹(あんず)の下に 菜畠(なばたけ)に その日の俺の一年生 きよげにひかる耳殻(みみたぶ)は 風にふかれて遊んでゐた 風にふかれて遊んでゐた *すはう 周防(山口県の東部) |
| まど・みちお。童謡「ぞうさん」の詩人。まどさんの詩はどれも、きらきらと輝いている。まどさんはまるで少年がそのまま大人になったようだ。まどさんはその詩そっくりのお人みたいらしい。だからあえてまどさんは「ぞうさん」でもあるといえる。そんなまどさんが人を好きになってしまった。 1939(昭和14)年、三十歳。まどさんは当時、日本の植民地であった台湾は台北州の役所で設計の仕事をしていた、そこにお見合い話がもちこまれる。お相手は永山寿美さんというお嬢さん。このとき寿美さんは鹿児島の家から、お姉さんの出産の手伝いに台北に来ていた。そこにたまたま両人を知るキリスト教会の方がいて、その人を介して見合いの運びになった。このときまどさんは、背の高いさっぱりとした身なりの娘さんを見て、「いいな」といっぺんに気に入って結婚することにした。 寿美さんはそれはいいお嫁さんで、なんだか二人はその昔から「赤い糸」で結ばれていた、そんなふうに感じるのだった。結婚して三年目、可愛い子供もさずかって、まどさんは感謝をこめて奥さんに恋の歌を捧げるのだ。 ところで、まどさんには別に「生まれて来た時」という詩がある。これは生まれるずっと前、いのちの遠いふるさとから、赤ちゃんがお母さんにあげるホホケタンポポをかざして、日なたの一本道をまぅっしぐら歩いてきた光景を描いている。このふしぎな詩的イメージが奥さんの生まれた日のそれとはるかに交響するふしぎ。まどさんは神さんのおぼしめしで、奥さんがはるかに目指すそのさきで、ちゃんと自分と結ばれているのがわかる。 ある暖かい鶏のなく日、自分と同じように遠い道をひとり歩いて、薩摩の国のみかんの木のある一軒家にたどり着いた赤ちゃんの寿美さん。そのとき、寿美さんは両親にもわからない言葉でアヲアヲアヲと、海の向こうは周防に住む一年坊主の光る耳たぶに、いまたどりついたよと挨拶をしたのだという。いやなんと美しく微笑ましい妻恋の詩ではないか。 *『まど・みちお全詩集』(理論社 平成3年) |
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