| love song |
5. 福田英子 若き人よ恋は御身等の専有ならじ五十ぢの恋の深さを知らずや |
| 福田英子。自由民権家、婦人解放運動家。『妾の半生涯』の著者。いまその名を知る人は多くはない。英子は日本の近代史にあって、自由民権運動の初期からつねに第一線にあった唯一の女性であった。この先駆者の生涯は、運動家として、一人の女として、その生活も愛も、変転めまぐるしく波乱にみちたものだ。英子は開明的な母の影響で早くから民権運動に参画する。 明治一八年、大阪事件に連座し入獄。最初の女性政治犯として「東洋のジャンヌ・ダーク」と称される。出獄後、婚約者がある身ながら、妻子のある同志・大井憲太郎と結ばれ、一子をなしている。しかしほどなく大井が自分の親友である清水豊子にも子供を産ませたことから離別やむなきにいたる。 二五年、米国帰りの自由党員福田友作を知り、翌年結婚。三児をもうけるも、八年後、夫が病死。友作の書生をしていた十一歳下の石川三四郎(一八七六〜一九五六)と親しくなる。これから幸徳秋水らの平民社に出入りする、いっぽう田中正造翁の谷中村救済運動にも力を注ぐ。 三七年、『妾の半生涯』を刊行。誕生時から夫の一周忌までを赤裸々に描く自叙伝でベストセラーとなる。さらに石川ともども、明治四〇年「世界婦人」を創刊し、婦人の独立、人権の平等を叫ぶ。 大正二年、相次ぐ発禁と度重なる投獄で活動を封じられた石川はベルギーへ非合法出国を決意。英子四九歳。さてそこで前掲の一首であるが、じつはこの歌は、石川の出立後の翌年、谷中村から英子を訪ねてきた島田宗三(正造翁の後継者)が「若い人はいいですね。これから恋ができますからね、貴方はまだ恋をしたことはありませんか。これは此頃私の詠んだ歌です」と手渡された一五首、そのうちの一つ。まことに若い恋人に去られた「五十ぢの恋の深さ」を詠んで生々しいかぎり。ほかにこんな熱い歌が並んでいる。 君を恋うて睡りもならぬ真夜中にかなたの空にほとゝぎす啼く 我が病むをメランコリーと人はいふ長生きすれば恥多きかや *『福田英子書簡集』(唐沢柳三編 ソオル社 昭和三四) |
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