| love song |
4. 萩原朔太郎 空いろの花 かはたれどきの薄らあかりと 空いろの花のわれの想ひを たれ一人知るひともありやなしや 廃園の石垣にもたれて わればかりものを思へば まだ春あさき草のあはひに 蛇いちごの実の赤く かくばかり嘆き光る哀しさ 一九一三、三 |
| 詩人は幻視者(ヴジオネル)である。いっとうこの言葉にふさわしい詩人、萩原朔太郎。どうやらこの詩人は生まれつき夢見る人だったらしい。ゆえにその恋にしてから、すべからく現実のではなく、うちなる幻のそれというか。それこそ恋に恋をするばかりの変な人であった。 昭和五三年、詩人について大発見があった。朔太郎手書きの歌集『ソライロノハナ』が出現したのだ。その存在は筑摩書房版全集「習作集第八巻」に「写真に添へて、歌集『空いろの花』の序に」という前掲の詩があるので知られていた。それがなんと六〇年ももっと経って突然現れたのである。 これはどういう事情のものなのか。詩人の四歳下の妹にワカがいる。ワカの女学校の同級生に馬場ナカなる可憐な少女がいて親しかった。前橋中学校時代の朔太郎はこのナカに密かな恋心を抱いた。しかしその胸のうちを告げるもなくことは立ち消えになっていた。 大正二年二月、詩人は東京の生活を切り上げて前橋に帰り、本腰を入れて文学に打ち込むつもりでいた。そのころいつか、近くに住むいま一人の妹ユキに鎌倉七里が浜で療養生活を送るナカから絵葉書が届いた。そこにこう書かれていた。「ばあやと二人きりで淋しうございます」。これを目にした詩人はゆくりもなく若い日の恋を甦らせ、一冊の歌集を編むことを思いたつ。これがかなり大部なもので「……凡そ一千首の中より忘れ難き節のあるもの思ひ出多きもののみを集め」自選して四二一首を収める。自序文「自叙伝」冒頭に述べる。「私の春のめざめは十四歳の春であつた。恋といふものを初めて知つたのもその年の冬であつた。/若きウエルテルのわずらひはその時から初まる」 それにしても朔太郎チックでないか。まったくもって恋に恋をするばかり「たれ一人知るひともありやなしや」「わればかりものを思へば」というしだい。ただもう泣き濡れてひとり、ナカを海浜の病院に見舞ったつもり、こんなセンチな歌を詠うのだ。 かのベンチ海を見て居りかのベンチ 日毎悲しき人を待ち居り *筑摩書房版『萩原朔太郎全集』第十五巻 |
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