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拾 遺 2005
 




love song

3. 野上弥生子

新しい星図

あなたをなにと呼びませう
師よ、友よ、親しいひとよ
いつそ一度に呼びませう。
わたしの新しい三つの星と。
みんなあなたのかづけものです
救ひと花と幸福の星図

*『野上弥生子全集』第U期「日記」(53・11・11)


 野上弥生子。夏目漱石門下としてデビュー以来、つねに第一線にあり『真知子』『迷路』『秀吉と利休』など社会的・政治的なテーマに真正面から取り組む長編小説を書き継いできた作家。弥生子は、家庭人として研究者の夫や息子たちと安定した生活を送るいっぽう、知識人として時事的な発言や行動も辞さない、充実した生涯をまっとうした気骨ある女性。
 この人に秘めた恋があった。それも後半生に二つも、それぞれ著名の人士とだ。その一人は、『銀の匙』の作家中勘助。勘助は初恋の人で敗戦後、昭和二五年、夫豊一郎の急逝に遭って、四〇年ぶりに「公明正大」な交際がはじまり、勘助の死までつづく(参照『中勘助の恋』富岡多恵子)。そしていま一人のそれは、哲学者田辺元(1885〜1962)。ここではこの恋についてふれる。
 田辺は西田幾太郎と並び称される重鎮。昭和九年、田辺は北軽井沢に山荘を購入した。戦争中、ここに疎開し、戦後もそのまま永住した。その同じ別荘地に弥生子の山荘がある。はじめは家族ぐるみの近所づきあいだった。昭和二六年、田辺の夫人が病没する。それから弥生子は孤独をかこつ田辺を毎日のように訪問し、親しく交わるようになる。また頻繁な手紙のやりとりをする。
 弥生子は田辺に執筆の悩みを打ち明け意見を仰ぐいっぽう、ただ一人の聴講生として、ギリシャ哲学にはじまりハイデッカーやフッサールまでの哲学はもとより、ひろく文芸全般に該博な知識を持つ田辺から詩や小説について学ぶ。するうちに敬愛が念から恋慕の情にかわる。いつか『アミエルの日記』について話がはずんだ。日記にある。「『女は理解されると、恋されてゐると思ふ』といふアミエルの言葉は忘れてはならない。しかし異性に対する索引力がいくつになつても、生理的な激情にまで及び得ることを知つたのはめづらしい経験である、これは私がまだ十分女性であるしるしである」(53・9・25)。
 さて、前掲の詩について。これはもう説明は要らない。いやまあ、ごちそうさま、ではある。ときに弥生子、満六八歳という。それがなんと恋を知り始めた一四、五歳の少女でないか。


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