| love song |
2. 森鴎外 わが跡をふみもとめても来んといふ遠妻あるを誰とかは寐ん |
| 嫁姑問題。このことに関わって鴎外のそれは余りにも有名である。鴎外の文壇デビュー作『舞姫』は、主人公の青年が留学先のドイツで知り合った恋人を、自分の出世のために裏切って帰国するという物語だ。彼はこの小説のモデルとなった女性エリーゼと辛い別れを経験する。 帰国後、明治二二年、母峰の勧める縁談で、赤松登志子と結婚するも、一年にして離婚。ここにも嫁姑問題があった。こんな姑の悪口が伝わる。あの嫁は「何しろ鼻が低くて笑うと歯ぐきがまる見えだから」なんて。 明治三五年、青木しげと結婚。鴎外四一歳、しげ二三歳。これからの嫁姑の確執がすさまじい。鴎外はその模様を私小説『半日』に困惑なかば描いている。そこで夫に向かって妻はこう姑をなじる。「丸であなたの女房気取で。会計もする。側にもゐる。御飯のお給仕をする。お湯を使ふ処を覗く。寐てゐる処を覗く。色気違が」。実際、夫婦と子供が食卓を囲んでいるところに、峰が入ってくると、しげがすっと箸を置いて立つしまつ。それを見て鴎外は「ペストのようにきらわんでもいい」と顔をしかめたと。むこうを立てれば、こちらが立たない。母の小言も聞かなければならないし、妻の機嫌も損ねないようにしなければ。これが「闘う家長」鴎外の家庭内の位置だった。しかしながら夫として父として鴎外は、妻と子供達にあたたかい愛情を注ぎ、終生こまやかな気配りをみせた。 明治三七年二月、日露戦争勃発。軍医でもあった鴎外は、戦地へ赴く。この間、毎日のように何百通もの愛情溢れるラブレターを妻しげへ書いている。任地広島からの手紙(四・一七付)にある。「広しまでおれが馬鹿なことでもするだらうといふやうな事がおまえさんの手紙にあつたから歌をよんだ。お前さんは歌なんぞは分らせようともおもはない人だからだめだけれどついでだから書くよ」。として前掲の一首を添えている。そしてなんとも心優しくもつぎのように解説までしているのだ。「追つかけて来ようというやうに親切に言つてくれるおまえさんがあるのに外のものにかかりあつてなるものかといふ意味なのだよ」と。鴎外はしづ一途だった。 |
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